[携帯モード] [URL送信]

小説
Episode 28 かけがえなき友
















「連絡が遅くなってしまって申し訳ない」

「いや、構わぬ」


 苦笑いする青年に対し、フードを深くまで被っているシグルドは微笑した。感情を出せる相手は、本当に限られてくる。友人たる青年──エドガー以外には、きっと2人だけだろう。


「…しかし、雷帝のにはなんと言ってきたのだ?」

「お嬢様は、今日はパーティーに出席なさっていますから。
 ご帰宅にまでに戻れば、なんら問題ないかと」

「ふむ、ならば全力でいくわけにはいかないようだな」


 その言葉を聞いてエドガーは目を見開き、そしてすぐに笑った。


「手加減は無用です。それに、手を抜いた状態で私に勝てるとでも?」


 胸ポケットからカードの形をしたデバイスを取り出し、余裕の笑みを浮かべている。


「そのようだな。なにより俺も、貴殿を相手にして手加減できるほどの腕は持ち合わせていない」


 シグルドも同じようにデバイスを取り出す。親友の彼との手合せほど心躍るものはない。


「いざ参ろう、リベリオン」

《御意》

「心していきましょう、ハイペリオン」

《心得ました》


 互いの身体にバリアジャケットが形成されていく。漆黒を基調としたシグルドのそれとは対照的で、エドガーのバリアジャケットは純白をメインにしたもので、襟や手首などに黒いラインが入っており、それ以外にも水色の装飾が施されている。


「相変わらず絢爛だな」

「そちらは変わらずシンプルですね」


 レイピアを構える姿も様になっている。


「雷帝の小娘に手を焼かれていないで、己が道を歩んではどうだ?
 まぁ、俺のように奔放が過ぎるよりはよっぽどましなのだろうが」

「いえいえ。あれでお嬢様のお世話は楽しいものですよ。
 それに、何れ貴方が戻ってきた時に再会しやすいので」

「ふむ。まさかとは思うが、雷帝のに気があるのか?」

「私が? まさか、そんな。あくまで主と執事です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

「そうか」

「しかし……」

「ん?」

「珍しいですね。シグルドがその手の話題を自分から切り出すとは」


 エドガーに指摘されて、シグルドは深い溜め息を零した。


「すまぬ、下らぬことに現を抜かしている場合ではなかったな」

「そんなことはありません。寧ろ、良い方向に変わられたと思います。
 昔の貴方ほどではないようですが……」

「昔の話はよせ。俺の気を損ねるだけだ」

「…失礼しました」


 踵を返し、しっかりとした所作で距離をとる。そしてある程度の所まで来ると振り返り、レイピアを抜刀した。


「全力でお願いします。例え私が大怪我を負うことになろうとも構いません」

「ふっ、無理難題を言ってくれる。お前に容易く怪我を負わせられるはずもなかろう」


 睨みあい、ゆっくりと構える。


(流石はエドガー……見事な立ち振る舞いだ。まったく隙もない)


 無闇に突っ込むわけにもいかない。それはエドガーも同じだ。シグルドの構えを見て、彼が如何に血の滲むような努力を繰り返し、自分を更に高めているのかよく分かった。


「…先手は、私が!」


 レイピアを中段に構え、腰を僅かに下げる。そして一歩踏み出すと、一気にシグルドとの距離を詰め、剣尖で貫かんとする。顔面に飛来する素早い一突きを、頭を捻るだけで躱し、エドガーがレイピアを持つ右腕を掴んで次の一手を封じようとする。


「そこでよろしいのですか?」

「むっ!」


 しかし、少しだけ手首を捻っただけで刃が迫る。咄嗟に手を放すも、離脱が遅れて蹴りを見舞われてしまった。蹴られたのが顔面だったこともあって後ろに向かってたたらを踏んでしまう。そこで手を止めるはずもなく、今一度貫かんと迫る白刃を、仰向けに仰け反ってやり過ごす。そのままエドガーを蹴り上げて後転しようとしたのだが、彼の方が1枚上手だった。


「逃がしません!」


 蹴り上げるより早く、白刃が煌めいた。頬から肩を裂き、バリアジャケットが少しだけ破損する。

 口の中を切ったエドガーは血を拭い、シグルドと対峙する。


「拭う姿も執事そのものだな」

「褒めても何も出ませんよ」


 エドガーとは、10年以上前からの知り合いだ。エレミアの家と関わりの合ったダールグリュンの家で執事をしていたエドガーとはその関係で知り合った。まだ5歳だったヴィクトーリアとも友として付き合い、徐々にダールグリュンの末裔としての風格を表していった彼女ならばジークリンデともうまくやっていける──そう信じて、エレミアの家を出、1人でがむしゃらに修行へ身を投じたのだ。遥か高みへと上り詰めたとは思わない。だが、少しは開きがあるかと思っていたのだけに、エドガーの腕前は見事と言うしか他にない。


「貴殿も、鍛錬を怠った日は1日としてないようだな」

「当然です。貴方が行方をくらませてしまってからと言うもの、私がお嬢様とジークリンデ様を守らなくてはなりませんでしたから」

「愚妹が世話を焼かせたようだな」

「いえ、そんなことは。ジークリンデ様に負けず劣らず、お嬢様も貴方が恋しくて泣いてばかりでしたから」

「想像できぬ様だな」


 再び手合いを始めるべく、構えを取る。しかしエドガーはそれに倣わず構えない。余程の自信のあらわれか、それとも捨て身の策なのか。何れにせよ、こちらの攻撃を待っていることは間違いないだろう。


(ならば、こちらも相応に手立てをもって立ち向かわせてもらおう)


 シグルドの周囲に魔力弾が次々と形成されていく。エドガーはそれを止めるどころかただ見過ごす。


(ふむ、相当の自信があるようだな)


 先程から、こちらは攻撃を決め切れていない。劣勢を強いられているこの状況を打破するには、何らかの大技が必要になるだろう。


「ジリオン!」


 一斉にエドガーへと放たれた数多の魔力弾。それと共に駆け出すシグルド。しかしエドガーはそれを躱そうとするどころか、迎え撃つ気でいるのか笑みを浮かべていた。


「龍閃!」


 下からレイピアを振り上げ、魔力による衝撃波を繰り出す。一時ではあるが、それを壁として利用した一瞬の隙をついて、シグルドの背後に高速移動の魔法を使って回り込んだ。


「…その程度では、容易いぞ!」


 それを見抜いていたかのように、シグルドが動いた。振り向きざまに、手に生成しておいた魔力弾を放つ。しかし、エドガーはレイピアに魔力刃を付与して思い切り振りぬき、真っ二つに切り裂いた。


「…しまっ……!?」


 その選択が誤りだったと気付いた時には、振り下ろしたレイピアを足で踏みつけるシグルドの姿が眼前にあった。彼を視界におさめるや否や、顔面に痛みが走る。思い切り蹴られたエドガーだったが、それでもまだほんの一撃に過ぎない。彼は吹っ飛びながらも体勢を整え、木の枝を膝で挟んでぶら下がり、一回転してさらに上へと跳躍していった。


(上から来るか……!)


 上空は木が生い茂っていることもあってあまり視界が良くない。すぐに移動しなかった自分の居場所に見当がついているエドガーのことだ。すぐさま攻撃に転じてくるだろう。

 シグルドのこの予想は当たっており、彼の視界の端に薄い桔梗色の鳥が一瞬だけ映った。咄嗟に走り出した彼だったが、それを追尾するように、次々と舞い降りてくる鳥の群れ。

 サイレント・レイヴンと名付けられたそれは、ヴェロッサが使う無限の猟犬こと【ウンエントリヒ・ヤークト】と同様のものだ。しかし、偵察が主となるそれとは違い、エドガーのそれは攻撃に特化している。


(まさしく、追尾ミサイルだな)


 木陰に隠れると、その木に目掛けて何羽ものレイヴンが殺到する。いくらかのレイヴンによって、隠れるのに使った木がなぎ倒される。そのまま木が倒され、地に舞い降りたレイヴンは次々と爆発していく。


(くっ!)


 シールドを張らなければ、あっという間に痛手を負わされて、勝敗が決することとなっていたことだろう。


「…ジリオン!」


 木陰から躍り出ると同時に、レイヴンを相手にするための魔力弾を放つ。エドガーがそれに気を取られることはないが、多少の足止めさえできれば構わないだろう。なにせ彼は、空戦ができない。つまり、まだどこかの気の天辺に居るはずだ。


《前方の木の上に居ます》

「承知!」


 リベリオンが見つけたことに気付いているだろう。それでも動かないのは、こちらの出方を窺っているから。やはり、エドガーとの戦いは面白い。


(面白い、か。こういう時にしか感じられぬが、寧ろ今となっては好都合か)


 両手にある手甲からカートリッジが排出される。全ての指に魔力が籠められ、エドガーのいる木を破壊するべく横に薙ぎ払う。


「フリューゲル・クラッシュ!」


 押し倒された木の天辺から逃れようとするエドガーを、シグルドは指先からバインドを出して捕らえる。そのまま地面へ叩き付け、再びエドガーへと肉薄しようとする。だが、咄嗟に足を止めると急いで真横に跳んだ。それから一拍遅れる形で、先程までシグルドがいた場所をレイピアが通り抜ける。更にエドガーも姿を現し、シグルドへと強襲してきた。


「肉弾戦では俺が有利だが?」

「無論、熟知しています」


 エドガーと取っ組み合い、互いに力の限り相手を押す。それでもエドガーは地形を利用して後ろへ押し倒されぬよう踏んばる。流石に手強い。

 このまま頭突きでも見舞ってくるのかと思っていると、エドガーが僅かに上体を逸らした。


(来る……いや!?)


 だが、あろうことかエドガーは頭突きではなく更に上体を逸らして下からシグルドを蹴り上げようとしてきた。取っ組み合いを続けていては、彼に引っ張られる形で蹴られてしまう。しかし、手を放せばすぐにデバイスを取りに行くことだろう。


「行かせるか!」


 シグルドはエドガーから手を放すが、宙返りしているエドガーを蹴り飛ばす。


「ぐっ!」


 背中を痛め、予定していた位置よりも離れてしまうエドガー。そしてそれを追撃するシグルド。互いに戦いに夢中で頬が緩んでしまう。


「流石はシグルドですね。こちらの手の内を知り尽くしているだけはあります」

「その言葉、そのまま貴殿に返すぞ、エドガー」


 今一度対峙する2人。エドガーがちらりと愛機の方へ視線を移した瞬間、シグルドが走り出す。はっとしたエドガーの眼前には、彼が蹴り上げた土が迫っていた。目潰しのつもりなのだろう。本来であれば咄嗟に目を庇う行動をとるのが人間だが、エドガーは目を瞑ってやり過ごす。そのまま目を閉じたまま、シグルドの足音と服が立てる音を頼りに次の一手を探った。


「甘いですよ!」


 シグルドは、背後に回っている──その読みは正しく、繰り出された拳を掴んでガードし、続く蹴りを自身の蹴りで相殺。そして最後に突き出された拳も掴み、互いに片足だけで力を拮抗させる。

 再び頭突きかはたまた宙返りを赦すはずもないだろう。しかしこのままでは確実にエドガーの方が押し負ける。彼は咄嗟に掴んでいたシグルドの拳を離すと、そのままバックステップで後ろにある愛機を取りに行こうとする。当然、それを追いかけるシグルド。


(かかりましたね)


 が、エドガーはバック宙すると思い切り足を伸ばして接近してきていたシグルドの頭を挟む。そのまま身を強く捻ってシグルドを真横に押し倒した。


「ぐっ……!」

「これで、終わりです!」


 エドガーの手には、既にハイペリオンが戻っており、その刀身に魔力が籠められていく。そして、動けぬシグルドに向かって振り下ろされた。





◆◇◆◇◆





「此度はエドガーの勝ちだな」

「これで790勝789敗100引き分け……ようやく勝ち越せました」


 嬉々の表情を浮かべるエドガーに対し、シグルドは溜め息を禁じ得ない。これまで積んできた修行が全て水泡に帰したわけではないが、それに近いものを感じる。


「時にシグルド。インターミドルチャンピオンシップをご存知ですか?」

「あぁ、知っている。以前、愚妹がインタビューを受けている動画を見たのでな」

「今年も、お嬢様とジークリンデ様が出場なさるんです。
 よろしければ、どちらかのセコンドをやっては如何ですか?」

「……いや、それはできぬ。
 前にも話したが、2人には今、会えぬのでな」

「…何か、あったのですか?」


 しばらく会っていなかったとは言え、彼が妹やヴィクトーリアに会わないと言うとは思わなかった。いったい何が彼を変化させたのか──エドガーには、それを知る権利があるはずだ。


「……今はまだ、言えぬ」

「分かりました。それでは、何れ聞かせて頂きますよ?」

「約束しよう。お前の力が必要となった時、必ずお前に全てを話す」


 エドガーと改めて固く握手を交わし、シグルドは踵を返した。

 森林区に展開してくれていた結界はエドガーのものなので、彼より先に出ていく。街中を歩く際はフードでも被ろうかと思ったが、今は戦いの直後と言うこともあって通り抜ける風が心地よく、フードを被る気にはならなかった。


「あれ、シグルド?」


 だが、その足がすぐに止まる。聞き知った声ではなかったが、どこか懐かしさを覚える声だった。振り返り、声の主を見て驚きに目を見開かれる。


「…ラーディッシュか」


 そこには買い物の途中なのかメモを持ったケインが立っていた。










◆──────────◆

:あとがき
この作品内では、エドガーはだいぶ強いキャラとして描いていきます。
原作で戦っている姿が追加されたら変更せざるを得ませんが……ちなみにエドガーの妹であるクレアは戦っていましたから、或いは追加される可能性が。

シグルドは人間味をだいぶ失っていますが、これが唯一現れるのがエドガーとヴィクトーリア、そしてジークリンデとケインくんだけですね。
当人もそのことを自覚していますが、なおそうとは思っていなかったり。

次回はケインくんとシグルドが初めて会った時の話をお送りしたいと思います。
お楽しみに。







[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!