「……はぁ」
何気なく寝転んでいたソファーから身体を起こし、期待半分で窓の外へ視線を向けたフェイト。艶やかな金髪は、今は照明のお陰で明るさを保っているが、その表情はつまらなさそうだった。
「雨、だね」
「……だな」
残念そうに呟いた通り、今日の天気は生憎の雨。こないだから梅雨入りしたとニュースでやっていたが、なにもこんな時に降らなくても──そう思わずにいられない理由が、フェイトの呟きに淡々と返した声の主にある。
紫色の髪を、こないだフェイトがプレゼントした黒い紐で一条に束ねている男性──ヴィレイサーとは、恋仲の関係にある。仕事の関係上、一緒にいる時間が短いためこうして休みが重なった時にだけデートをしているのだが、今日は雨となってしまい外に出るのも躊躇ってしまう。
もっとも、車を使えば映画などに行くことはできるのだが、残念ながら見たい映画などなかった。そこでこうしてヴィレイサーの家に遊びに来たのだ。当のヴィレイサーはのんびりと読書をしており、フェイトはそれを眺めたり話しかけたりするだけ。しかもさっきまで仕事の疲れがたまっていたこともあって寝てしまっていた。
(ちょっとだらけ過ぎだよね)
自宅ではヴィヴィオとなのはがいるため、こんな風にソファーに横になることも滅多にない。再び恨めしそうに外へ視線を送っていると、ヴィレイサーが溜め息を零して本を閉じた。
「そんなに見ていたって変わらないぞ」
「そうなんだけど……せっかく休みが重なったのに」
「さっきまで疲れで寝ていた奴が言うか?」
「うっ……」
「…まぁ、別に迷惑とかじゃないからいいんだけどな」
「そ、そう?」
「当たり前だろ」
「うん、ありがと」
当然かもしれないが、迷惑ではないと言われてフェイトは顔を綻ばせた。
ヴィレイサーは再び本を開こうとしたが、フェイトが欠伸をしたのを見てソファーに座り直し、彼女を強引に自分の方へ抱き寄せる。
「ふぇ?」
「眠いんだろ。もう少しぐらい寝たらどうだ」
「えっと……じゃあ、ちょっとだけ」
「あぁ」
膝を貸すと言ってくれればいいのにと思うかもしれないが、フェイトはそんなことを考えたことは1度もなかった。彼は素直ではないのだ。ちょっとつっけんどんで言葉が足りずに行動で示すことが多いものの、そういうつんけんしているところも好きでたまらない。
「えへへ♪」
「なんだよ?」
「ううん。ただ、嬉しいなぁって」
ヴィレイサーに何も言っていないのに、彼はそっと髪を梳いたり頭を撫でたりしてくれる。その優しさに惹かれたんだったと自分が彼を好きになったことを改めて実感し、頬を緩める。
「ヴィレイサーは、優しいね」
「何言ってんだよ。優しいのはお前だろ」
「ううん。ヴィレイサーも、優しいよ」
「……ったく。好きに言え」
「ふふっ、照れてるんだ」
「…違う」
「あいたっ!?」
ペシッと頭を軽く叩かれ、フェイトは唸る。照れ隠しなのは分かっているが、もう少し素直になって欲しいとも思う。
「うぅ〜……」
「まったく、変なこと言いやがって」
普段からこうしてヴィレイサーが叩いたりしてくるが、本当に軽く、痛みのないものなので気にしたことはない。
「ねぇ」
「ん?」
「ヴィレイサーも寝よう」
「何でだよ」
「だって、仕事で疲れているのはヴィレイサーもでしょ? お互いに明後日まで休みなんだし、1日くらい怠けてもバチは当たらないよ」
「なら、これはもういいのか?」
膝枕のことを言っているのだと示すように膝を軽く叩く。フェイトはしばし考え───
「も、もう少しだけ」
───甘えることを選んだ。それに対して文句など出ることもなく、「分かった」とだけ返された。安堵し、疲れた身体を休めるべく目を閉じる。少しだけ──そう思っていたフェイトだったが、彼女が次に目を覚ました時はこれから2時間後だった。
◆◇◆◇◆
「起こしてくれて良かったのに」
「起こすに起こせなかったんだよ」
「ヴィレイサーも寝ちゃったの?」
「まぁ、そんなところだ」
実際には寝顔が可愛かったのでそれを見ていたかったのだが、そんな恥ずかしいことなど口が裂けても言えない。
「私もヴィレイサーの寝顔、見たかったなぁ」
「そんなの見てどうするんだよ」
「だって、私だけ見られたなんて不公平だよ」
「知るか」
溜め息を零し、壁に掛けられている時計に視線をうつす。
「そろそろ夕食の買い出しでもするか」
「あ、じゃあ一緒に行こうよ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
「良かった。久しぶりに私が作るよ」
「は? 家に帰らないのか?」
「え? うん、帰らないよ」
「泊まるなんて聞いていないんだが……」
「えっ……ご、ごめん」
言ったつもりだったのか、フェイトは苦笑いする。通りで荷物が多かったわけだ。なんとなく予想していたのだが、やはりちゃんと一言言って欲しかった。
「まぁいいや。じゃあ眠気がなくなったら買い物に行くか」
「うん。何か食べたいものとかある?」
「んー……いや、特には」
「なんでもいいから、指定してくれると助かるんだけど」
「そう言われてもなぁ」
フェイトの料理を食べるのは久しぶりだが、料理上手なだけに特に浮かんでこない。
「なんか自信のある奴でいいんだが」
「えっと……あ、オムライスなら自信あるよ」
「オムライス?」
「うん。よくヴィヴィオに作ってあげているから」
「納得だ」
言いながら、冷蔵庫を開けて卵があるか確認する。ちょうど切らしてしまったようだ。
「…卵、今高いんだよな」
「止める?」
「……いや、必需品だし、安いところを探す」
「分かった」
フェイトが電子チラシを手早く表示し、近場で一番安い場所を探し出す。
「野菜は?」
「基本的なのはあるけど、なんかアレンジするなら買った方がいいだろ」
「パクチーとか?」
「入れたらそのままお前に食わせるから覚悟しておけよ」
冗談のつもりだったが、恐ろしい反撃が待っているようだ。
「それじゃあ、行こうか」
「あぁ」
車を取りにいくべく、玄関を出ていく。運転はもっぱらフェイトがしているので、いつものように助手席に座ろうとした時、窓からウサギのぬいぐるみが鎮座しているのが見えた。
「ヴィヴィオが探しているんじゃないか?」
「え? あぁ、それは助手席がヴィヴィオの席だって示す証みたいなものだから。
ヴィヴィオ、一生懸命案内してくれるんだよ」
「流石にもう地図ぐらい読めるのか」
「10歳だからね」
「俺は10歳の時、地理なんてからきしだったけどな」
「あ、あはは、私も」
ヴィレイサーは後部座席に回り、シートベルトをしたところで車が動き出した。
それからはたあいない話をしながら目的地を向かい、到着するとさっさと食品売り場へ足を運んだ。フェイトはどんな野菜がいいと分かっているのか、いくらか吟味してから野菜を籠へ入れていく。
「…どうかした?」
そんな彼女をまじまじと見ていたヴィレイサーだったが、フェイトが振り返ったので「いや」とだけ返す。
「なぁに? 気になるよ」
「……やっぱり、家庭的だなぁと思ったからさ」
「そ、そうかな」
「まぁ、それだけだ」
「う、うん」
互いに変に意識してしまったためか、頬が赤くなる。なんとか話題を変えようと思い、フェイトはお酒コーナーにカートを向ける。
「ヴィレイサー、何か飲む?」
「どうするかな……久しぶりになんか飲むか」
「私も」
2人ともチューハイの棚に向かい、どれがいいか思案する。お酒には大して強くないため、久しぶりにチューハイを飲んだだけでも飲んでしまう可能性があるが。
「決まったか?」
「うーん……桃とレモネードで迷ってる」
「なら、両方買えよ。俺がどっちか飲むから」
「いいの?」
「あぁ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
缶を籠に入れると、買い忘れがないか他の買い物客の邪魔にならない場所で確認し、今度こそレジへとカートを押していった。
◆◇◆◇◆
帰宅すると、早速フェイトは夕食の準備に入った。その間、ヴィレイサーは風呂を掃除したり洗濯物を取り込んだりしていく。そしてそれを済ませると適当にニュース番組を流しながらフェイトを手伝うことに。
「何か手伝うこと、あるか?」
「えっと、じゃあね……味見をお願いしようかな」
「それって俺がする必要あるのかよ……」
「あるよ。ヴィレイサーが美味しいって言ってくれれば、嬉しいから」
「さいですか」
「それじゃあ、はい、あーん♪」
「あむ……うん、美味しい」
「えへへ、良かった」
本当に嬉しそうだ。料理上手なのだから美味しいのは当たり前だと思うが、確かに言ってもらうと嬉しいものがあるかもしれない。
「ほら、お前も」
「え?」
「あーん」
「あ、あーん」
次いで、ヴィレイサーがフェイトに食べさせる。こうして恋人らしいことをするのは1ヵ月振りだったろうか。随分と久しぶりに感じてしまう。フェイトは食べさせてもらったのが嬉しいのか、顔を綻ばせている。そんな彼女の顔を見ていると、ヴィレイサーもついつい頬を緩めてしまう。やはり恋人が笑っていると、嬉しいものである。
「盛り付けるから、お皿取って」
「あぁ。零すなよ?」
「もう、大丈夫だよ」
そう言いながらも慎重に、零れないように盛り付けていくフェイト。言われなくても、彼女の性格からして気にしていたとは思うが。
「はい、完成〜♪」
「サンキュー」
自信があるのか、えへんと胸を張っている。いつもはヴィヴィオの相手をしていたり仕事で肩を張ったりと大人びた姿が多いが、どこか子供らしさが抜けきらない。とは言え、ヴィレイサーからすればそれもまた彼女の可愛いところなので直さなくてもいいと考えている。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
向かい合うように座り、フェイトが作ってくれた夕食に舌鼓を打ちながらの会話は、やはり盛り上がった。
◆◇◆◇◆
「だいぶ弱まったな」
窓を少しだけ開き、雨脚を確認する。この分なら、天気予報でも言っているように明日の午前中には雨が上がるだろう。そして椅子に座り、ちらりと風呂場に繋がる通路を見る。今はフェイトが湯船に浸かっているのだが、今更になって本当に泊まっていくのだなぁと思う。
別に嫌ではないが、妙に緊張してしまうのはやはり久しぶりに会ったからかもしれない。先にお酒でも飲んでいようかと思ったが、扉を開閉する音が聞こえたのでもう少しだけ待つことに。
「ヴィレイサー、ちょっといい?」
しばらくして扉が開かれ、遠慮がちに声がかかる。バスタオルで艶やかな髪をくるんでいるが、それをほどいて椅子に座る。
「髪、乾かすの手伝って」
「分かった」
いつもはヴィヴィオかなのはにやってもらっていたらしいのだが、せっかくだからと甘えてきた。ドライヤーとバスタオルを使って丁寧に髪を乾かしていく。これも何度かやってきたことがあるだけに、ヴィレイサーは慣れた手つきで進めて行った。
「こんな感じか?」
「うん、ありがと」
ドライヤーとバスタオルは自分で戻しに行くと言ったので彼女に任せ、代わりに冷蔵庫から購入したお酒を取り出す。
「桃でいいんだっけ?」
「うん」
ヴィレイサーから桃のチューハイを受け取り、プルタブを捻って早速一口。冷たく甘いお酒が火照った身体を程よく気持ちよくしてくれる。ヴィレイサーもレモネードの方を飲み、窓の外に視線を向ける。
「午前中には止むみたいだし、明日はどこか行くか?」
「だね。どこか行きたいところとか、ある?」
「んー……水族館とかどうだ? 2ヵ月前にできたところ、お前も行きたいって言っていたし」
「憶えていてくれたんだ」
「まぁ、たまたまだけどな」
「うん、じゃあそこに行こう」
開館から2ヵ月経っているのなら、少しは周るのにも余裕ができているだろう。ちびりちびりとお酒を飲みながら話を進めていると、次第にフェイトの頬が紅潮していく。
「んっ……ヴィレイサーのお酒、一口いい?」
「あぁ」
渡されたレモネードを一口飲むと、何故かにんまりと笑った。
「えへへ〜、間接キスだぁ」
「……お前、酔っているだろ」
「そんなことないよ〜」
口ではそう言っているものの、誰が見ても酔っている風にしか見えない。だが、ほろ酔いと言った方が近そうだ。フェイトもお酒を飲む機会がなく、久しぶりのためにすぐ酔ってしまったのだろう。
「ヴィレイサー、照れてるー」
「照れてない」
「嘘だぁ」
にやにやと笑うフェイト。いつもなら軽く額にチョップをかますところだが、ヴィレイサーもほろ酔い気分のうえ、彼女の言う通り照れてしまっているせいで叩けなかった。
「……そんなに間接キスの方がいいなら、これからはそれだけにするか?」
「え? う、嘘だよね?」
「あぁ、嘘だ」
「もうっ、驚かさないでよ」
からかうつもりで言ったのだが、どうやら少し本気にしてしまったようだ。ヴィレイサーは頭を掻き、身を乗り出してフェイトに近づく。
「悪かったよ」
そっと顔に触れると、意図を察したのか目を閉じて彼女も近づいてきた。そしてそっと唇を重ねる。物凄く、久しぶりに触れ合った互いの唇。その感触は1度触れただけでは満足できるものではなかったが、ずっとキスをしているわけにもいくまい。
ゆっくりと離れると、フェイトは艶っぽく息を吐いた。
「…1回だけしか、してくれないの?」
「もう1度して欲しかったら、お前からすればいいだろ」
「……意地悪」
剥れるフェイトだったが、しばし顔を伏せたあと、ゆっくりと顔を近づけてきた。ヴィレイサーもそれに応えるべく、頬に手を当ててもう1度唇を重ねる。
「んっ、はぁ……ヴィレイサー」
「何だ?」
「その……抱っこ」
「…分かった」
いつの間にかお酒も空になっていた。フェイトが何を思っているのかなんとなく察しがついたので、彼女の甘えに応えて抱き抱える。アルコールが入ったせいで、たがが外れてかけている。
寝室に行き、ベッドにフェイトを寝かせる。だが、戻ろうと思えばまだ戻れるはずだ。ヴィレイサーは一緒に寝ようとしないよう心がけようとしたが、離れようとする彼の服を掴んでそれを制した。
「ヴィレイサー、いいよ」
その言葉が引き鉄となり、ヴィレイサーはフェイトの隣に腰かけた。
このせいで、翌日起きた時には既に昼過ぎになっており、予定していた水族館に行く日が更に1日ずれ込んだのは言うまでもない。
◆──────────◆
:あとがき
久しぶりにヴィレイサー×フェイトを書いたのですが……誰だ、こいつら!?(ぉぃ)
いや、自分が言うのもおかしいんですけど、本当にどなたなんでしょうか、この2人は……!
久しぶり過ぎて最早書き方を忘れてしまう始末。ヴィレイサーはともかく、フェイトも忘れてしまいました(爆)
違和感しかない1話になりましたが、少しでも楽しんでもらえたでしょうか?
では、次回こそエドガーとシグルドの話を投稿しようと思います。
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