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小説
Re:Episode 5 翳る未来












From:フィル・グリード
To:レイス・レジサイド
件名:元気にしているか?

本文
レイス、元気にしているか? せっかくアドレスを交換したって言うのに、メールが来なくてかなり焦ったんだが……。

改めて言うが、自壊魔法は絶対に使わないでくれよ。お前は家族に復讐するって言うけど、それじゃあ復讐にならないと思うんだ。自分が死んで、それで満足して終わり……なんてことになりそうだしな。

古代ベルカの王については、まだ分からないからなんとも言えないが……レイスに殺すほどの殺意なんて芽生えないから大丈夫だよ。

まぁ長くなったけど……要するに、何かあったらまずは俺に相談してくれ。必ず助けてみせるから。


P.S.
ちゃんと返信してくれよ。










「ペイルライダー、準備はいいですか?」

《All right.My master.》


 女性人格をもつペイルライダーは、自分が最初のマスターだと言っていた。レイスのためだけに造られたデバイスだが、だからこそレイスの考えをよく理解し、協力してくれる。何も知らない真っ白な状態から、レジサイドの家が言うところの常識と称される非常識に塗り潰されずに済んで良かった──そう思うばかりだが、それは何もレイスだけの気持ちではなく、彼女も同じだった。


「しかしまさか、噂の覇王が彼女だったとは……」

《同意見です。これが家の方に露呈しないといいのですが……》

「まぁ、被害届が出ない限りは大丈夫だと思いますよ。
 彼女の姿を捉えた映像は局の人間しか知らないはずですから」


 レイス以外にももう1人だけ魔導師はいるが、その人物は今は別の世界で冥府の炎王ことイクスヴェリアについて調べているはずだ。戻ってくるにしても時間がかかるので、しばらくは覇王を名乗っている彼女がアインハルト・ストラトスだと言う事実は自分しか知らないことになるだろう。


「とりあえず、手合わせだけはしておきましょう」

《……よろしいのですか?》

「えぇ。興味もありますから」


 ペイルライダーに命じて、その形態を弓へと変える。そして静かに構え、アインハルトの足元から少し外れた場所に照準を合わせた。ゆっくり、威嚇程度に魔力を籠めていくと、急に頭に痛みが走った。


(し、しまった……!)


 大丈夫だと高をくくっていたのがいけなかったのか、レイスの慢心を見抜いて、植え付けられている覇王への怨みが彼を乗っ取ろうとする。


《Master!!》

「ペイルライダー……照準を……!」


 少しずつ全身が憎しみで埋め尽くされていく。憎悪だけで僅かに動いた腕が、照準をアインハルトの頭に合わせたそれを見て、レイスは懸命に照準から外そうとする。だが、険しい表情には次第に憎しみが宿り、彼の意に反して殺気を籠めてしまう。


(外れろ……!)


 魔力で構成された矢が放たれた瞬間、レイスの願いが通じたのかアインハルトは紙一重でそれをかわした。


「何者ですか!」


 彼女が避けてくれたことに安堵した瞬間、振り返った彼女を見て更に怒りが沸き立った。今はバイザーで隠されているが、その向こうにあるのは虹彩異色の双眸に違いない──そう思うと、もう抑えられなかった。ペイルライダーも自分が声を発してばれてはまずいと思ったのだろう。黙って、刃がアインハルトに当たらないよう善処することに徹するようだ。弓をナイフの形態へと変更し、レイスはアインハルトの前に姿をさらした。フードを深く被っているが、ばれてもおかしくない。そんな不安を抱いたのは一瞬で、すぐに憎しみがそれを掻き消した。


「覇王イングヴァルトとお見受けしました」

「……えぇ、相違ありません」


 否定してくれればいいのに──そう思いはしたが、アインハルトは嘘をつけないと分かっていただけに、今の返事は予想できた。


「貴女に頼みがあります」


 こうなっては仕方ない。自分で口を塞ぐことすらできないのなら、彼女にのしてもらおう。そう思い、レイスは半ば投げやりになり始めてしまう。こんなことを思っているのが、もしも彼に──フィルにばれたら、どれだけ怒られるか分かったものではないが。


「死んでください」


 ナイフを一閃し、肉薄しながら幻術の準備に入る。アインハルトは迎え撃つ気なのか、構えたままその場を動こうとしない。そして距離が縮まると、間合いに捉えたと思っただろう。アインハルトが蹴りを見舞ってきた。レイスはそれをバックステップで僅かに後ろに下がると同時に幻術で自分の姿を見せ、物陰に身を潜める。

 アインハルトは狙い通り、幻術を蹴る羽目になった。それを確認するより早く、再び弓へと形態を変えていたペイルライダーに魔力が籠められ、深紅の矢が出来上がる。そしてなんの躊躇いもなく矢を放つが、アインハルトは後退してやり過ごした。また接近されては敵わないので、小さな矢を立て続けに放っていく。


(アインハルトさん、こんなにも強いんですね)


 予想以上だったが、これなら心配はいらないのかもしれない。それでも残った力を振り絞って彼女から少しでも照準をずらす。やがて背後に壁が迫り、アインハルトは逃げ場を失う。好機と捉えた身体が陰から身を踊らせてアインハルトへと大きな矢を放った。危ない──そう内心で叫んでいたが、彼女は更に後転して壁に足をつけてかわすと、そこを蹴ってレイスへと肉薄してきた。

 その凄さに目を見張るが、舌を巻いている余裕はなかった。わざと粗い幻術を作り出すと、少しだけ後ろに下がった。先程のこともあり、アインハルトは幻術だと気付くと攻撃を止めてしまう。その一瞬の隙をついて、レイスは幻術の奥から襲いかかった。顔面を鷲掴みにして押し倒し、アインハルトに向かってナイフを振り上げる。


(止めろ……止めてくれえええ!)


 目の前にいるのは、確かに覇王の末裔なのだろう。だが、レイス・レジサイドからすれば彼女はただの友達だ。必死に憎しみを捩じ伏せ、レイスはアインハルトから離れる。


「運がいいですね。ごきげんよう、覇王」


 変に思われないよう振る舞いながら、急いでこの場から去ろうとする。それを認めまいと、再び芽生えていく憎悪に足が重たくなっていく。


(もう少しだけ……)


 必死に走り、だいぶ距離を取った。まだアインハルトの姿が見えるので、安心はできないが少しは落ち着いてきたように思う。


(帰らない?)


 一方のアインハルトはと言うと、あんなことがあった後だと言うのに帰ろうとしない。彼女が向けている視線を辿ってみると、赤毛の女性が見えた。


「……ペイルライダー、音声は拾えますか?」

《問題ありません》


 集音性に優れた魔法を近くに設置し、耳をすませる。


「聖王オリヴィエのクローンと、冥府の炎王イクスヴェリア……お二人の所在に関して、お聞きしたいのです」


 次第に明確に聞こえてきたアインハルトと女性の会話に集中していると、そんな言葉が耳に届いた。王と聞いて、心臓が高鳴っていくのを止められない。まだ正気でいたいと強く言い聞かせながら、レイスはぎゅっと胸を掴む。彼の胸中を知るはずもなく、2人の会話は続いていく。ノーヴェはアインハルトの質問に対して知らないと返したが、その瞳には微かだが戸惑いが見て取れた。嘘だと分かるが、アインハルトはそれ以上言及せずに構えた。


「強さを知りたいんです」


 どこか寂しさを感じさせる声色に、耳を傾けるだけだったレイスは顔を上げる。いつの間にか始まった戦いを食い入るように眺めていると、少し気持ちが落ち着いてきた。戦い方は確かに初代の覇王であるクラウスにそっくりだが、彼よりも美しく感じられるだけに、今は憎しみよりも見とれることが優先されたようだ。


「私の確かめたい強さ、そしてなにより生きる意味は、表舞台にはないんです」


 その言葉を聞いて、レイスは親近感を抱いた。だがそれと同時に感じたのは、虚しさや劣等感、そして羨望だった。

 アインハルトは自分と違って、目的をはっきりと伝えられている。自分だってやろうと思えばできるはずなのに、どうしても口を開けない。理解されないと決めつけているのか、はたまた復讐に捕らわれているのか。どちらにせよ、すぐにはできないだろう。

 もちろん、急く必要はないのかもしれない。フィルだってゆっくりでいいと言ってくれたのだから。


「かの王たちを総て斃し、覇を成す……それが、私の成すべきことです」

(総てを……?)


 だが、普段の優しい彼女を知る自分としては、その言葉に違和感を覚えた。何が彼女をそうさせるのか。何が彼女を駆り立てるのか。

 知りたい──レイスはアインハルトの言葉を懸命に拾った。王はもう死しているのだ。確かに末裔は生きているが、彼らが何かをしたわけではない。


「弱い王ならば、この手で屠るまで……私にとっては、まだ何も終わっていないのですから!」


 覇王流の象徴でもある覇王断空拳を目にして、また記憶が憎しみを呼び始める。少しずつ迫る憎悪は、弓の形を維持していたペイルライダーを構えさせる。しかし、レイスは思いの外冷静だった。

 アインハルトの言葉を聞いて、ようやく分かった。彼女が強さに拘るのは、きっと自分と同じように記憶に縛られているからだ。アインハルトも同じ立場にある──ただ、それだけだ。それだけなのだ。

 なのに、どうして――どうして自分は、こんなにも悲しいのだろう。

 レイスの双眸に涙が浮かび、アインハルトの姿がぼやけた。ゆっくりと失せていく憎悪と一緒に、身体の力も抜けていった。それでも必死になって走り、改めて人気のない場所まで来るとそのまま寝転んだ。

 最悪です──聞き取れない程にか細く弱々しい声に、ペイルライダーはただ黙っていた。必要以上に干渉してこないのは今までの経験則と、見守る強さを最初から持ち合わせているからだろう。まるで姉のような存在に、自分はどれだけ甘えているか分からないが、それでも拒絶の意志を見せない彼女はかけがえのない愛機だ。


「彼女が覇王の末裔と言うだけでも最悪なのに、彼女は……!」


 記憶に縛られながらも生きる意味を模索する覇王の姿は、記憶によって総てに絶望しきった幽霊には眩し過ぎる。余計に、生きるのが苦しくなりそうだ。


(ですが、彼女はまだ……)


 アインハルトの戦い方は、どこか危うげだった。このままでは何れ壊れるだろう。もしそんな出来事に直面した時、自分はいったいどうするか。

 ナイフを振り上げ、あの身体を引き裂くのか。或いは声をかけるか。どちらにせよ、このままアインハルトを放置しておけば他の家族に目をつけられるに違いない。それだけは避けなければならないだろう。


「僕は……」


 いつかは潰える命だから──そう思って生きてきたはずなのに、いつしか心の片隅に出来た何かが、それはいけないと訴え続けてくる。


(この命は誰であろう僕のものです。ならばその行方は、僕に委ねられているも同じ……)


 かつてフィルに返信したメールにも、同様のことを記した。その言葉に、彼はなんと返したか一言一句を憶えているわけではないが、きっと否定してきたに違いない。あの頃と何も変わらない考えに、しかしレイスは後悔などしない。

 レイスは、誰よりも自分のことが嫌いだった。王の末裔を殺めるために生を受けたなんて冗談ではない。そんなこと、誰が望むと言うのだろう。それでも生きるためには家から逃れることはできない。死ぬと決めておきながら、結局は自分ではなく魔法の力を頼らざるを得ない自分が心底嫌いだ。

 自壊魔法は身体になじまないと、腕がもがれるだけで終わることもあると聞いたことがある。だから20歳になるまで辛抱する必要があるし、その時に家族への復讐が果たされるわけだが、そんなことをしないで素直に助けを求めればいいのだ。

 彼女──アインハルトのように。


(僕は、彼女が羨ましいんでしょうね……きっと)


 アインハルトのやり方は確かに間違っているかもしれない。だが、彼女は自分に素直だ。ノーヴェに気持ちを吐露していた時、本心は違ったかもしれないがアインハルトは確かに助けて欲しいと言っていたように思う。

 目標を──願いを持っている彼女が羨ましい。それだけに、ますます自分のことが嫌いになったが。


「どうしたいんでしょうね、僕は……」


 誰に聞くでもなく呟いたが、ペイルライダーが聞いていたことを示すように静かにコアを光らせてくれた。今は、それだけで充分だ。

 答えを見いだせぬままレイスは踵を返し、家路を急いだ。







From:レイス・レジサイド
To:フィル・グリード
件名:Re:

本文
よもや本当にメールするとは思わなかったので。それに、何を書いたらいいのか分からなくて……。

自壊魔法の件ですが、しばらくは従います。しかし、今更使わない気にはなりません。
この命は誰であろう僕のものです。ならばその行方は、僕に委ねられているも同じ……僕はそう思っていますから。

殺意なんて、ひょんなことから芽生えてしまうものですよ。もちろん、それを実際に行うかどうかはまた別ですが。


それでは、何れまた。










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:あとがき
前回のあとがきでエドガーとシグルドの話と言いましたが、先にこっちが仕上がったので。

最初と最後にはフィルくんとレイスのメールのやりとりを書いていきますが、これは男女の方が良かったですよね、ごめんなさい……。

それはともかくとして、レイスは自分のことが心底嫌いです。
そのため、同じように記憶を受け継いでいるアインハルトが自分を受け止めていることが羨ましいと思っています。

これから自分がどうしていくべきなのか、その答えを見いだせるかはレイス次第になります。

では、次回もよろしくおお願い致します。







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あきゅろす。
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