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小説
Episode 27 また明日















「よいしょっと……」


 クラスメート全員から預かったノートを抱えて、ユミナ・アンクレイヴはせっせとそれを持って職員室へと歩いていく。流石に全員分ともなると多少なりとも重たいが、運べなくはない。クラス委員長なのだから──自分にそう言い聞かせる反面、少し胸が痛んだ。


「アンクレイヴさん?」

「え? あっ……!」


 呼ばれた声に振り返ろうとしたユミナだったが、階段を上っている途中だったのがいけなかった。バランスを崩し、今にも転げ落ちそうになる。怖くなって思わずぎゅっと目を閉じたが、しかしいつまで経っても痛みを感じることはなかった。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな声に恐る恐る目を開けると、レイスの顔が目に入る。少し近いことに驚いた彼女だったが、支えてもらっているのだと気付いて手すりに掴まって身体を起こす。


「ご、ごめん。レイスくんこそ、大丈夫?」

「えぇ」


 散らばってしまったノートを一緒に拾いながら、ユミナはちらりとレイスを一瞥する。同じクラスにいながら、あまり話をしたことがない。少し近寄りがたい雰囲気があるものの、アインハルトと同様に話したいと思っている人物でもある。


「これで全部ですね」


 ほとんどをレイスが拾ってしまった。申し訳ないと思い、ユミナはしょんぼりとした顔になる。


「もう大丈夫。あとは、私が持っていくから」

「流石にそれは……重たいですし、手伝いますよ」

「で、でも……私、クラス委員だから」

「……えっと、それがどうかしたのですか?」

「え?」

「別段、クラス委員だからと言って全てを1人でこなす必要はありませんよ」


 さも当然のように言われ、ユミナはぱちくりと目を瞬かせる。なんとなくクラスの纏め役として推薦され、流れでクラス委員になってしまったことをずっと悔やんでいた。だが、頼られたからには断れない性格が災いし、なんでも自分だけでやってしまう癖がいつの間にか身についてしまっていたようだ。

 結局、ユミナは何も言えずレイスに半分以上のノートを運ばせてしまう。ほどなくして職員室に到着すると、担任の机にノートを置く。


「2人とも、どうもありがとう」

「いえ」

「私はクラス委員ですから」


 そこで担任から言われた「ありがとう」の言葉を耳にして、はっと気づく。まだレイスにお礼の言葉を言っていなかった。早く言おうと思ったユミナだったが、肝心のレイスは早々に教室に戻ってしまう。


(言いそびれちゃった……)


 ユミナも教室に戻り、自分に割り当てられている席に座りながらちらりとレイスの方を窺う。クラス内でも大人びていると人気のアインハルトと並んでおり、それが余計に話しづらい雰囲気を醸し出しているように見える。


(どうしよう……早く、ありがとうって言わないと)


 そう思いながらも、ユミナはどう話しかければいいか分からず頭を抱えてしまう。


(そうだ。こういう時こそ……)


 女生徒の間で人気のある、自己紹介カード。それを見れば、何か話すきっかけを得られるかもしれない。そう思い、クラスメート全員分を纏めてくれている友人に見せてもらうことに。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「レイスくんの、見当たらないね」

「じゃあ回収し損ねちゃったのかも」

「そっか……あ、それなら私が書いてくれるよう言ってくるよ」

「いいの?」

「うん♪」


 クラスメートから新しい自己紹介カードをもらい、早速次の昼休みに話しかけることにした。





◆◇◆◇◆





 4限目の講義が終わり、昼休みへと突入する。普段、レイスは教室でお弁当を食べていることが多い。ユミナは早速立ち上がると、レイスの席へ。


「レイスくん」

「アンクレイヴさん? どうかしましたか?」

「えっと……よかったらなんだけど、一緒にお昼ご飯どうかな?」

「えぇ、構いませんよ」

「じゃあ、屋上に行こう。今日は天気いいから気持ちいいはずだし」


 ユミナと共に屋上へ上がっていく。屋上は昼休みと放課後にのみ利用することが赦されている。扉を開けて外へ出ると、確かに温かな日差しと程よいそよ風が心地好かった。適当な場所に座り、弁当を開くレイスに対し、しかしユミナは購買部で購入した菓子パンだけだった。


「アンクレイヴさん、それだけですか?」

「え? うん。今日は時間がなかったから……」

「でしたら、いくらかもらってください」

「さ、流石に悪いよ」

「そんなことありませんよ。それに、何かあったら困りますから」

「でも……」


 そう言いつつ、レイスが見せてくれた弁当箱に視線を落とすと、卵焼きや唐揚げなど美味しそうなおかずが目に入ってしまう。


(お、美味しそう)


 ごくっと喉が鳴ってしまいそうになるのを必死に堪えるが、レイスがいつまでも差し出しているのでやがて根負けしてしまう。


「そ、それじゃあ、卵焼きを」

「どうぞ」

「はむ……んーっ、美味しい!」

「良かったです」

「レイスくんのお母さん、料理上手なんだね」

「いえ、これは僕が作ったんです」

「そうなの!?」

「えぇ。お口に合ったのならなによりです」


 まじまじと弁当を見るが、こんなにも料理が上手だとは思ってもいなかった。


(って、私またありがとうって言えてない!?)


 呼び出した理由を危うく忘れてしまいそうになる。レイスがお弁当を食べ終わったところで口を開く。


「あのね、レイスくん」

「はい?」

「さっきは、ありがとう。一緒にノートを運んでくれたし、私のことも助けてくれて……」

「いえ。お役にたてたのなら良かったです」

「私、クラス委員なのに手伝わせちゃって……」

「先程も言いましたが、クラス委員だからと1人で抱え込む必要はありませんよ」


 苦笑いするレイス。その通りだなぁと思いながらも、しかしどこか頑張らなくてはいけないと言う思いもある。


「アンクレイヴさんは、知り合いに少し似ています」

「え? そうなの?」

「えぇ」


 誰だろうかと考え込むユミナを横目に、レイスはふとアインハルトのことを思い出す。彼女も1人で考え込む癖がある。とは言え、彼女ほど頑なではなさそうだが。


「僕は別に迷惑に感じたりしませんし、遠慮なくどうぞ」


 その優しさに甘えていいのだろうか──その反面、初めてそんなことを言ってもらったこともあって思わずドキッとしてしまう。それが顔に出てしまっていないか気になりつつも、それを確認する方法もなくただただ顔を見られまいと座りなおる振りをして少し距離を取る。


「そ、そうだ。レイスくん、よかったらこれ書いてほしいな」

「これは……自己紹介カード、ですか」

「うん。レイスくんはまだ書き上げていないって聞いたから……いいかな?」

「分かりました。期日はありますか?」

「ううん。とりあえず来週くらいでもいいから」

「はい」


 その後は適当な話題でしばらく話を弾ませながら、のんびりと昼休みを過ごした。





◆◇◆◇◆





「ではユミナさん、よろしくお願いしますね」

「はい、お任せください」


 担任から渡された紙の量はユミナの想像していた以上だった。放課後になり、いざ帰ろうと思ったユミナだったが、クラスで使う資料の準備をして欲しいと呼び止められてしまう。特に用事もないので承諾したのだが、これは誰かに手伝ってもらった方がいいかもしれない。


(って、みんな部活に行っちゃった……)


 早々に帰宅する者もいれば、部活に精を出す者もいる。担任から説明を聞いている間に、ほとんどの生徒がそのどちらかの選択をしてしまったようだ。


(うぅ……しょうがない、1人でやろうっと)


 愚痴をこぼしていても仕方がないため、ユミナは席に座っててきぱきと資料を持ってホチキスで止めていく。だが、同じ作業の繰り返しと言うのはどうにも辛い。懸命に進めていくものの、次第にやる気が失せてしまう。


「アンクレイヴさん」

「ふぇ? レイスくん?」

「これ、買ってきました」

「わ、ありがと〜♪」


 渡されたオレンジジュースの缶を開けて、早速一口。渇いたのどをあっという間に潤してもらい、一息つく。


「ごめんね、気遣ってもらってばかりで」

「気にしないでください。たまたま気付いただけですから」

「レイスくん、まだ帰っていなかったんだ」

「えぇ。自己紹介カードを書こうと思って、図書室に行っていましたから」

「そうなんだ」


 ふと、そこでレイスに手伝ってもらった方がいいかもしれないのではと思った。さっきまで彼の方から手伝ってくれていたのだから、自分から助けを求めるべきだろう。


「レ、レイスくん」

「はい?」

「その……この後って、時間あるかな?」

「えぇ、大丈夫ですが」

「じゃあ……手伝ってもらえると、嬉しいなぁって」

「分かりました」


 レイスは鞄を適当な所に置き、机をユミナの対面に向けてくっ付けると彼女から資料の半分を預かる。


「こういう単調な作業って、繰り返していくと途中で飽きちゃうんだよね〜」

「分かります。代わり映えしないので、どうしてもすぐに飽きてしまいますよね」

「うんうん」


 会話は途切れ途切れになるが、それでも1人で進めるよりはずっと気楽だった。

 2人で作業したことで、資料も早々に纏める事が出来た。それを職員室に持っていき、そのまま昇降口を通って帰路に就く。


「ねぇ、レイスくん」

「はい?」

「その……どうして、手伝ってくれたの?」


 急に足を止め、不安そうに問うユミナ。彼女の言わんとしていることを察し、レイスも彼女をしっかりと見据えて口を開いた。


「もちろん、ユミナさんが手伝って欲しいと言ったからです。
 断じて知り合いと似ているからではありません」

「……そっか」


 ほっとしてくれたところを見ると、どうやらこちらの言うことを信じてくれたようだ。レイスも内心で胸をなでおろす。


「ユミナさんは、明るくて優しい方ですから、つい遠慮してしまうんでしょうけど……少し頼ることをしてもいいと思います」

「そ、そうかな? それなりに頼られていると思うんだけど……」

「それに甘えるのが苦手、と言ったところでしょうか」

「多分」

「要因が分かっているのですから、少しずつ改善していけばいいですよ」

「…うん、そうだね」


 不安はあるだろうが、ユミナは笑顔を見せてくれた。レイスも安堵し、彼女が歩き出すのに合わせて歩みを進めていく。


「レイスくん。よかったら、またレイスくんを頼ってもいいかな?」

「もちろんですよ。でも、僕なんかで役に立てるかどうか……」

「役に立つ云々はともかく、レイスくんならなんとかしてくれそうだなぁって、そう思うんだ」

「買いかぶり過ぎな気もしますが……ですが、ちゃんとお手伝いしますよ」

「えへへ、ありがとう」


 嬉しそうにはにかむユミナ。その笑顔は普段教室で見せるものより柔和な気がしたが、レイスはそれを指摘しなかった。指摘しては却って彼女を傷つける可能性があるし、なによりそこまで見ているわけでもないのだから。


「では、僕はここで」

「あ、うん」


 やがて十字路に差し掛かり、レイスはユミナに頭を下げてから左折していく。そんな彼の背中を見送るユミナだったが、そのまま帰る気になれず口を開いた。


「レイスく〜ん!」

「?」


 思わず大きな声で呼んでしまった。今になって恥ずかしくなってきたが、今更だ。ユミナは大きく手を振って、言葉を続ける。


「また明日〜♪」

「…はい。また明日」










◆──────────◆

:あとがき
遂に、アインハルトの強力なライバル、ユミナの登場です!

まだ原作でもあまり出番がありませんが、自分の中では人気急上昇中ですので、もしかしたらアインハルトが危ういかもですね。

自分としては芯の強い、頑張り屋で気遣いのできる女の子と非の打ちどころのないキャラとして見ていますが、今回の話でも描いたようにちょっと自分でできることは全部やってしまおうと考えるイメージでした。
なので、レイスを甘える相手として、弱音を吐けるキャラとして確立出来たらなと思っています。

ユミナとアインハルトの直接対決はありませんが、今後も2人の話を楽しみにしていただけたら幸いです。

さて、次回はシグルドとエドガーが再会して模擬戦の予定です。お楽しみに。







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