カルナージでの3泊4日の合宿を終え、次元港のターミナルでフェイトとなのはがそれぞれ運転する車を待っている間、全員は今回の合宿の感想を話し合ったりしていた。そこにレイスも加わっている様子を見て、ケインはほっとした様子を見せる。
(それにしても、インターミドルか)
スバルの提案でデバイスを介して写真を交換していくヴィヴィオ達を見て、彼女たちが参戦するインターミドルのことをふと考える。ノーヴェの話ではかなりの強者も多々いるようだ。今は楽しそうに話しているが、恐らくは自分らの限界にも気づいているだろう。
(多分、本物の敗北を味わうことになるだろうな……)
彼女たちならば、きっと乗り越えられるはずだ。そう信じているものの、やはり不安はぬぐえない。
「ところで、インターミドルには選考会があるのですか?」
「そうですよ! えっとですね……」
ヴィヴィオらの話によると、インターミドルは多数の選手が出場するため、選考会が存在するそうだ。選考会には健康や体力のチェックに加え、スパーリングの実技テストも存在するのだとか。それによって地区予選の組み合わせが決まっていく。
過去の大会で上位の成績をおさめたりした者はエリートクラスに。それ以外はノービスクラスに振り分けられる。そこから勝ち抜け式でその地区の代表者が決まるまで戦い続け、ミッドチルダの主要17区から20人の代表を集め、前回大会の優勝者を加えた合計21人で都市本戦を行うのだとか。
ちなみにその後、都市選抜を行ってそれに勝ち残れば世界代表戦に出場できるようになる。ミッドチルダでは3人が選ばれるらしい。
「そこまでいければ、文句なしで10代最強女子だな」
「そうなんだけど……」
「私たちにはハードルが高すぎるんですよね」
「狙うなら10年計画で行くしかないですね」
全員で苦笑いしてしまった。本当にそれだけの猛者がいるのだろう。
「元々ミッド中央は激戦区だからな……それに、DSAAルールに沿って鍛えている奴も多い。
このままだと、ヴィヴィオたちは地区予選前半。アインハルトも、よくて中盤までだろうな」
ノーヴェの冷静な分析に、ヴィヴィオらは沈痛な面持ちを見せる。だからと言って今更諦めるような性格ではないことは、皆承知している。案の定、ヴィヴィオが一番に口火を切った。
「でも、まだ2ヵ月あるよ。今から全力で鍛えたら……!」
「まぁ、それでもどうなるか分からねぇな。
だけど、あたしも全力でサポートしてやる。さっきの予想なんてひっくり返せ」
「はい!」
「じゃあ、早速トレーニングメニューを送るから、デバイスを準備しろ」
「これからどうしていくんですか?」
「基礎トレは今まで以上に増やすとして、他はそれぞれの個性を伸ばしていく。
で、アインハルトは……あたしがとやかく言って覇王流を崩すのもまずいからな。公式試合経験のあるスパーリングの相手を務めてくれるやつを探すから、そこで何かつかめればいいんだが、どうだ?」
「はい、是非!」
ノーヴェの問いかけに、アインハルトはすぐさま力強く頷いた。それを見て安心したが、、ヴィヴィオたちが不服そうに口を尖らせる。
「私たちもいろんな人とスパーをやりたいよ〜」
「お、お前たちは練習が先! コーチの言うことを聞け!」
彼女らの微笑ましい光景を見て頬を緩める面々。やがてケインはレイスに改めて問うた。
「レイスはインターミドルに出ないのか?」
「えぇ。アスリートタイプではないですし……ただ、トレーニング自体には興味がありますね」
「それなら、レイスもトレーニングに付き合うか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ。多い方が切磋琢磨できるだろうし」
「では、是非」
その後、なのは達が運転する車に乗ってそれぞれの家まで送ってもらい、合宿は何事もなく無事に幕を閉じたのだった。
◆◇◆◇◆
「祖父君」
「おぉ、よく来たな、シグルド」
祖父と再会した翌日。シグルドは彼に呼ばれて、またヘラクレスへと訪れていた。相変わらず手入れが行き届いた店内は心地好く、前回出されたお酒を注文して隣に座る。
「それで、お話と言うのは?」
「まぁそう急かすな。もっとも、こんな老いぼれに残された時間はあまりないかもしれんし、せかすのも分かるがな」
「ご冗談を。祖父君は少なくともあと20年は生きるに違いない」
「ははっ! 孫にそう言われると頑張らねばと思いたくなるな。
まぁ、寧ろジークリンデに言われた方が嬉しいが」
「承知しています」
「…話って言うのは、お前に頼みがあってな」
「頼み、ですか?」
「あぁ。2ヵ月後に、インターミドルチャンピオンシップが開催されることは知っているな?
実は、あの試合に勝たせてやろうって囁いては、薬を渡す連中が出回っているらしいんだ」
「薬……もしや、イザヤが?」
「残念だが、そこまでは分からん。そこで、お前には薬の出所を探るのと同時に、渡している奴を潰してほしいんだ」
「了解しました」
「すまんな。こんなことを頼んで」
「謝罪は不要です。自分はエレミアの人間ではないので」
ふっと微笑みながら言ったシグルドに、彼の祖父は溜め息を零す。確かに事実上はそうだが、彼を家族として見ないはずがない。なにより、ジークリンデは絶対にそんなことをしないだろう。
「何か希望の報酬はあるか?」
「…では、ジークリンデについての情報を」
「なんだ、心配性なところは相変わらずだな。雷帝のお嬢さんの方も追加しておいてやる」
「…それは、ご自由に」
頼んだ酒を飲みほし、シグルドは祖父に1度頭を下げてから店を出て行った。ヴィクトーリアとジークリンデ。どちらを話題に出しても僅かしか反応に変化はない。だが、他には中々反応に変化がないだけによく分かる。
「あーっ! おじいちゃん、こんなところにおったんやね!」
「ジ、ジーク!? 何故ここが分かった?」
出て行ったシグルドと入れ違うようにして入ってきた少女に、祖父は慌てて飲んでいた酒を下げてもらう。黒い髪をツインテールにした彼女こそ、シグルドの大事な妹たるジークリンデだ。
「ここがお気に入りって言うとったからな。もう、しばらくお酒は控えるって言ってたやん!」
「大丈夫だ。ちゃんと家で飲む分には控えている」
「そういう問題やないと思うんやけど……ともかく、今日はもう帰るよ」
「ま、待て。まだ飲み終わっては……!」
「ええから。はよせんと、トレーニングの時間が減るんやから!」
「やれやれ……お前の面倒を見るのは、やはりシグルドにしか務まらんようだな」
「そうやろか?」
「そうだ。まぁ、まずは彼奴が戻ってこんと話にならんがな」
「せやね……兄やん、どこにいるんやろうか?」
寂しそうに呟いたジークリンデに、祖父はシグルドが一刻も早くちゃんと戻ってくることを願った。
◆◇◆◇◆
合宿から帰宅して1週間が経過した。
「せいっ!」
レイスとアインハルトは空き時間を見つけては互いに覇王流の鍛錬を積んでいた。並んで蹴りの練習をしているが、流石はアインハルトだ。練習でも綺麗な軌道を描いて蹴っている。対してレイスは、繰り返していく内に疲れによって足が重たくなっていく。
「少し、休憩しましょうか」
「そうですね。
すみません。僕のペースに合わせていたら、アインハルトさんも練習にならないのに……」
「そんなことはありません。いつもは1人でしていたことですから、こうして誰かと一緒にできる……それだけでも、凄く嬉しいです」
ふっと柔らかな表情を見せるアインハルト。それが嘘ではないと分かり、レイスはほっとする。だが、彼女は滅多に怒らないだけに色々と抱え込んでいないか気がかりだ。それを聞こうとしても話さないだろう。
「飲み物、どうぞ」
「ありがとうございます」
スポーツタオルと共に差し出されたのは、ボトルに入ったドリンク。それでのどを潤すが、一口飲んですぐに気付く。これは先ほどまで彼が飲んでいたものではない。見ると、アインハルトも飲んでから気がついたのか、まじまじとボトルに視線を落としている。
「どうやら、お互いのを間違えてしまったようですね」
「そ、そうですね」
なんとなく恥ずかしくなって、2人とも顔を赤くしてしまう。
「つまり、間接キスだな」
「ひゃうっ!?」
「ラ、ラーディッシュさん……驚かさないでください」
いきなり2人の背後から声がかけられ、文字通り飛び上がりそうになる。聞きなれた青年の声だっただけに、レイスは冷静に振り返り、溜め息を零す。
「悪い悪い。単にからかっただけなんだが……アインハルトにはまた、効果覿面だったみたいだな」
「そ、そんなことは……」
言葉を濁すアインハルトは、しかしレイスと視線が重なるとまた顔を赤くして明後日の方向を向いてしまう。ただしそれはレイスも同じのようだ。
「ほれ、差し入れだ」
「あ、ありがとうございます」
ちょうど昼食時に差し掛かったこともあり、お腹が空いていただけにありがたい。ケイン曰く、これらはティアナが作ってくれたとのことで、レイスは食する前に彼女にメールで謝辞を送っておいた。
「では、いただきます」
「あぁ」
「そういえば……ラーディッシュさん、ここにいて平気なんですか? お仕事の方は……」
「ん? いや、実は……元々、中途半端に仕事を終わるのが嫌なこともあって、さっさと片付けていたんだが、上司から働き過ぎだって言われてな」
「強制的に休まされたってことですか」
「まぁ、な。ティアナと一緒に仕事ができなくなるってわけじゃなけど。
こうしてちょいちょい有給を消化しているんだ」
「良かったですね。ラーディッシュさんはティアナさんと一緒にいないと落ち着けないみたいですし」
「言ってくれるな……けど、レイスも好きな人が出来たらそうなると思うぜ?」
その言葉に、急にアインハルトの手が止まった。ちらちらとレイスの方を見ては、彼の返答を気にかけている様子だ。しかし当のレイスはそれに気づくはずもなく、ケインだけが内心でにやにやしていた。
「そうは言われましても……生憎とそんな相手はいませんよ」
「いやいや、実はレイスのことを慕っている女の子もいるんじゃないか?」
「まさか」
「…アインハルト、どうなんだ?」
「な、なななにがでしょう?」
唐突に話題を振られたため、アインハルトはどう答えていいか分からず戸惑ってしまう。その様子にレイスは不思議そうに首を傾げるが、特に何も言わなかった。
「レイスはクラスや学校でモテているのかって」
「えっと……特にそう言った話は聞かないですね」
「そうなのか……良かったな」
にやりと笑うケインに、アインハルトはただ黙って視線を外すしかできなかった。幸いにして彼はアインハルトにだけ聞こえるように言ってくれたので、レイスには聞こえなかったようだ。
「僕はともかく、アインハルトさんは人気があると思いますよ」
「わ、私が……ですか?」
「まぁ、確かに可愛いからな」
「ほら、ラーディッシュさんも狙っていますし」
「ケインさん……」
「いやいや、俺はティアナ一筋だから。
レイスだって、アインハルトのことを可愛いと思っているんじゃないか?」
「まぁ、周りの評価に相応な方だとは思いますよ」
はぐらかされてしまった。アインハルトは少ししょんぼりとした表情を見せているが、と言うことは裏を返せば彼女はどうやら脈ありのようだ。
「ごちそうさまでした」
やがて出された昼食を全て食べ終え、それぞれ手を合わせる。ケインは持ってきた弁当箱を持って先に踵を返した。午後からは体を休める必要があるとのことで、今日の練習はここまでだ。
「それでは、帰りましょうか」
「そうですね」
アインハルトとレイスも帰り支度を始める。このまま直帰するのもいいかもしれないが、せっかくだからと街を適当に散策しながら帰ることに。
「そういえば、アインハルトさん専用のデバイス、来週頃には完成すると言う話でしたね」
「えぇ。私もそこまでは詳しくないのですが、1ヵ月はかかるものだと思っていました。
精密なものですし、それ相応の機材や時間が必要になるでしょうから」
「僕も、それには同意見です」
「あの、レイスさんとペイルライダーはどういった経緯で知り合ったのですか?」
「ペイルライダーと、ですか? 彼女は僕のために家が作ってくれたデバイスなんです。
だから、幼い頃からよく話すことはありましたね。まだ子供だからと持たせてはもらえませんでしたが。もう5年は一緒にいますけど」
「5年……結構長いのですね」
「えぇ」
レイスがペイルライダーに全幅の信頼を寄せているのがよく分かる。なんだか、少しばかり───
(私、羨んでいる……?)
───不意に浮かんだ気持ちに、アインハルトは戸惑いを隠せなかった。
「どうかしましたか?」
「あ……いえ、なんでもありません」
どうして羨ましいのか、理由は分からない。なにより羨望を抱いた対象がペイルライダーと言うのも不可思議だ。レイスを羨んだのなら、これから手にするであろう愛機との相性を心配したからだと分かる。だが、そうではないのだ。
(いったい、どうして……?)
少し前から──恐らく合宿最終日の頃から、レイスに対する心情に変化があった。それがどういったものなのかは分からないが、決して不快なものではない。アインハルトは戸惑いながらも、それがいったいなんなのか答えを見出そうとしていた。
やがて散策も終わり、分かれ道が近づいて来る。その時、レイスは唐突に足を止めて言った。
「そういえば……1つ言い忘れていました」
「なんでしょう?」
「あの時は、ラーディッシュさんもいたので言いづらかったのですが……僕も、アインハルトさんは可愛い女性だと、そう思っています」
「え? あ……」
周りの評価に相応だとはぐらかしたはずの答えを言われ、アインハルトは顔を赤らめる。レイスも恥ずかしそうに頬を掻きつつ、一礼して先に家路を歩いていった。
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:あとがき
今回から合宿を終えて、インターミドルへ向けての日常になっていきます。
シグルドは祖父の命を受けて独自に動きますが、そちらもちょこちょこやっていけたらなと思っています。
レイスとアインハルトの仲も、その内徐々に……或いは一気に進展するかも?
ヴィレイサー
「ラストでイチャイチャしたけどな。しかし、ケインに対しては相変わらずだな」
彼の前で素直に言うと、弄られると分かっているからね(笑)
さて、次回はいよいよアインハルトに最大のライバルが登場です。
果たしてアインハルトは彼女に打ち勝つことができるのか!?
……どうしましょう、勝てる気がしません。
ヴィレイサー
「おい」
うーん、本当にどうしよう…………ま、なんとかなるよね!
ヴィレイサー
「適当過ぎるだろ……」
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