真っ暗な部屋に、僅かな明かりをもたらす数個の蝋燭。時折風に揺れはするものの、消えずに絶え間なく明かりを放ち続ける。
その最も奥に位置するスペースは、まるでそこだけ別の空間に感じられる程に厳かな雰囲気が漂っていた。しかし、そこにあるものはその厳かなものとはかけ離れている。床には魔法陣が描かれており、天井からは1つの鎖が垂れていた。
やがて銀髪の少年が、手錠された状態で連れ込まれる。疲れきった瞳に、次第と恐怖が渦巻いていく。だが、必死に抵抗したところで無駄だと知ってしまっているからこそ、何もせずに黙って中央へと向かった。
「さぁ、これから儀式を始めるぞ」
少年を部屋へ連れてきた男が、にこやかに言う。それを見たところで、少年の気は晴れない。それどころか、肉親への憎悪が増えていくだけだ。
「これからお前は、もっとこの家の一員に相応しくなるんだ」
嬉々として語る男の舌を切り裂きたい気分だった。
「レジサイドの名を継ぐ者として、必要なことだ。分かってくれるだろ?」
いつもと変わらない、言葉と称される嘘。初めての儀式の時から一切変わることのないそれに答えるつもりはない。
「……それじゃあ始めるぞ、レイス」
少年──レイスは面を上げ、訳もなく睨んだ。これから忌々しいものが自分を侵略してくるかと思うと、苛立たしくてしょうがない。
レジサイド──王殺しの意味をもつその言葉を姓に冠した末裔、レイス。まだ9歳と幼すぎる彼に、これから多くの王への憎しみをたぎらせるための記憶が流し込まれる。
古代ベルカの諸王時代。数多くの王が生きた時代にありながら、名を馳せた王がいた。聖王オリヴィエ、覇王イングヴァルト。そんな2人は教科書ではもちろんのこと、多くの参考書でも立派な王として語り継がれている。だが、1度たりとも憎まれることのない人間が決していないのと同じように、王とて憎まれずに済むはずがない。王として苦渋の決断を迫られ、そしてその結果逆恨みされてしまった。様々な人間が、王殺し──レジサイドと言う一族を作り出し、やがてその怨み辛みの記憶がレイスへと強引に刻まれる。
様々な人間が集まったことで得られた技術力は高く、されど次代の流れに逆らえずに失われたものも多い。レイスが鎖に繋がれたこれは、そんな生き残りの1つだ。記憶を強引に植え付けるそれに苦しむレイス。ただし、毎日行われるわけではない。少しずつでないと、性格が大きく変わってしまう危険性があるのだとか。
「は、ぁ……はぁ」
やがて記憶の植え付けが終わる。最早虫の息となったレイスに手を差し伸べるものはおらず、彼を1人残してみな部屋を出ていった。
「ペイル……ライ、ダー」
《Master!》
放置された愛機、ペイルライダー。死の象徴を意味する名を冠されたデバイスは、主を心配する。だが、レイスが気がかりだったのは、自身への配慮ではない。
「あれは……ばれて、ないですよね?」
《……Sure.》
唯一、この苦しみから解放されるものだと信じて、自らに課した魔法。いずれ王への憎しみで自分自身が埋め尽くされてしまうのなら、いっそのこと自分の手で──その一心で見つけた、頼みの綱は自壊魔法だった。
自壊魔法とは古の時代から使われていた、文字通り自分を殺すための魔法だ。戦乱の世が長かったためか、敵に捕まって情報を吐き出される前に自害する目的で作られた。だが、その危険性から魔法式の詳細を記した物は少ない。とは言え、レジサイドの家はそれこそ古くからある家柄だ。空想の産物として片づけられる魔法の術式をきっちりと記した書物も多々おいてある。
それを偶然見つけた時から、レイスの決意は変わらない。20歳になった時には自分が自分でなくなってしまうのなら、そのタイミングで発動させればいい。幸いにして術式を完全に解明できていないので、自分の身体に自壊魔法の魔法陣を書いても今すぐに影響が出るわけではない。なにより、発動のタイミングはデバイスに任せられるのが良い。
レイスは弱々しくも立ち上がり、ふらふらとした足取りで部屋を出る。
「レイス」
そこへ、先程の行程に立ち会った男が声をかけてきた。
「また手合わせしてこい」
魔導師としての腕前が高い者はあまり多くはない。それでは王の末裔を葬るのに手がかかってしまう。そんな事態を回避するために、レイスは時折夜中に街へ出ては誰かと戦わされている。
「管理局の男だ。名前は、フィル・グリード」
抛られた写真を一瞥し、レイスは黙って頷いた。
◆◇◆◇◆
「かなり遅くなったなぁ」
《話し込んでしまいましたからね》
無限書庫からの帰り道、フィルはすっかり暗くなった夜空を見上げて溜め息を零す。本来であればバイクを使って急いで機動六課に戻るべきなのだが、今は隊舎に隊長陣やフォワードの面々が地球へ出張任務で出払っているので歩きで帰宅することに。だが、ふと人の気配を感じて立ち止まった。
(誰かにつけられているみたいだな)
振り返るが、人影はない。うまく隠れているようだ。フィルはなるべく人気の少ない道を通っていく。愛機たるプリムも気づいているので、何も言わなかった。
「……ここら辺、かな」
《そうですね》
やがて街灯の少ない場所まで来ると、足を止めてすぐに結界を展開した。
「……俺に何か用かな?」
隠れている居場所にはおおよその見当がついている。声をかけてしばらくすると、物陰からゆっくりと姿を現した。まだ背丈は低く、如何に子供なのか窺える。
「管理局機動六課所属、フィル・グリードさんでしょうか?」
「そうだけど」
「僕と、手合わせ願えませんか?」
愛機を展開し、右手にナイフを握るレイス。断られた場合、強引に戦わざるを得ない。それはあまり好まないが、必要なことだ。致し方なかろう。
「……分かった。受けよう」
驚いた。こちらはまったく情報を見せていないと言うのに、彼は受けると言った。レイスは表情を見られないよう、被っているフードをより深く被る。
「プリム」
フィルもまた、プリムをガンモードにして構える。しかし銃口はまだ向けない。
「遠慮なく来てくれ」
ふっと笑むフィルに、レイスはすぐに立ち向かえなかった。理由は分からないが、彼の底知れぬ実力を感じたのかもしれない。
「…いきます」
一言断ってから、レイスが走り出す。瞬時に照準を合わせるフィルは、2発の魔力弾を放った。1発目は単なる威嚇だ。横に走って避けたレイスの前に、2発目が迫る。それをナイフで強く弾き、更に肉薄した。
(へぇ、やるな)
甘く見ていたわけではないが、想像以上の速さを見せたレイスの行動に感心させられる。佇まいや足の運び方から、ある程度の予想はしていたが凄腕の魔導師になるのも夢ではないことだろう。
《Saber mode.》
フィルも近接戦闘に応対すべく、プリムの形態をセイバーモードへと変更する。そしてレイスが間合いに入った時に振るうも、彼は咄嗟に後ろに下がった。そのまま引き下がるかと思いきや、着地と同時にぐっと腰をかがめてフィルへと再び迫る。
「くっ!」
自身を回転させながら肉薄するレイスに対し、フィルは真横に跳んでやり過ごす。バリアジャケットが僅かに破れはしたものの、大したダメージではない。
《Gun mode.》
《Arrow mode.》
互いのデバイスの声が重なる。カートリッジが使われ、それぞれのデバイスの尖端に魔力が集中していった。
「ヴァリアブルシュート!」
フィルが先に魔力弾を放つ。レイスは逡巡することもなく魔力で編んだ矢を、フィルへと向けて発射した。
「フラッシュアロー!」
レイスは魔力矢を放ってからすぐにその場を動く。ペイルライダーを双頭刃にして、追尾を続けるヴァリアブルシュートを弾き飛ばす。一方のフィルも矢をやり過ごそうとするが、展開したシールドの直前で爆発を起こし、まばゆい閃光を迸らせた。
「しまった……!」
咄嗟に目を庇いはするが、少し遅かった。その一瞬の隙をついて、レイスが背後から強襲する。
「…気づいているよ」
「えっ!」
双頭刃を一閃しようとするレイスだったが、フィルが間一髪で振り返った。そのまま一閃をかわすと、ガンモードから何度も小さな魔力弾を撃ち出す。大したダメージにはならないことは百も承知している。それでも牽制には充分だ。
「くっ!」
1度離れることに決めたレイスは近くにあった草場に身を潜めた。小柄な内だからこそ出来ることだ。
「俺の相棒をなめない方がいいぞ。的確に情報をくれるんだ」
どこか誇らしげな言葉に、レイスはうっすらと対抗心を抱いた。自分にとってペイルライダーは、大事な家族だ。姉であり親友でもある彼女が、劣っているとは思いたくなかった。
ぎゅっと柄を握り締め、再びフィルへと迫る。彼もガンモードのまま相対し、ヴァリアブルシュートを放った。
「幻術!?」
しかしまっすぐにレイスへと向かった弾丸は、ダメージを与えることもなく幻術で生み出された彼を貫通して通り抜けてしまう。慌ててレイスの行方を探すフィルの直上から、何かが飛来した。
「おっと!」
それがレイスだと気付くや否や、必要な分だけ後ろに下がり、紙一重で刃をかわした直後に肉薄した。
「悪いけど、そこまでだ」
再三に渡って双頭刃を振るうレイスだったが、その重たい装備故か、フィルに先手を許してしまう。銃口を向けられ、レイスは観念したようにデバイスから手を離した。
「さて、色々と話を聞かせてもらおうか?」
「…僕に、聞くんですか?」
レイスがふっと笑う。彼の言葉の意味に気付くと同時に、背後で何かが動いた気がした。振り返ると、そこには双頭刃を振るおうとするレイスの姿が。
(間に合うか!?)
ガンモードは取り回しが利きやすいだけあって、咄嗟の迎撃にも向いている。少しでも刃の軌道を変えられればいい──その一心で引き鉄を引く。
だが、あろうことか放たれた魔力弾は“レイスの身体を貫通した”のだった。
(こっちが幻術か!)
内心で舌打ちしたフィルの首筋に、ナイフが当てられる。
「貴方ほどの優秀な魔導師なら、何度か幻術を使えばそちらに対して多少なりとも過敏に反応してくれると思っていました」
「優秀な魔導師って……それは買い被り過ぎだよ」
未だに冷静な姿勢を崩さないフィルに、レイスの方が困惑してしまう。
「けど、優秀だと思っているのなら、俺が何もしないと予想するのは間違いじゃないかな?」
「え?」
その瞬間、右側から白銀の魔力弾が思い切りぶつかってきた。吹っ飛ばされ、手から愛機が零れる。
「今のは……」
痛みを堪えながら身体を起こす。ぶつかってきたのは、レイスの幻術を突き破った魔力弾だった。
「さぁ、今度こそ話を聞かせてくれるよな?」
手足にバインドが施されては致し方ない。それでもレイスは頷くことができなかった。しばらく沈黙が続く。やがてフィルが逡巡しながら口を開いた。
「君は、さっきまで誰と戦っていたんだ?」
ピクリと眉が動く。自然と、拳を握る手に力がこもった。
「俺と戦っているように見えたけど、それも最初だけだった。段々、自分が負けてもいいと思ったんじゃないかな?
だけど、事情があってそれができない……簡単に言うと、君は俺と戦うよりも、自分と戦うことを優先していた……俺には、そう見えたよ」
いきなり核心を突かれるとは思っていなかった。レイスはまだ固く口を閉ざし、言葉を呑み込んだままだったが、フィルには細かい反応で図星なのだと気付いた。
「なぁ、話してくれないかな? 君がそこまで自分を追い詰める理由を。
少しは楽になるかもしれないし、もしかしたら力になれるかもしれない」
初めてだった。他人に、こんなことを言われたのは。いつも嘘と言う仮面をつけて演じ続ける道化の姿を、誰も見抜けないと思っていただけに、レイスは思わず訥々と話し始めた。
◆◇◆◇◆
「なるほど、家の事情か」
結局、レイスは自分の名前と状況を明かすことを選んだ。だが、今になって彼に迷惑がかかってしまうのではないかと思って全てを話すのは止めた。あくまで家の都合で半強制的に様々な魔導師と戦わされており、数多くの魔法について調べ、研究していると語ることに。
「レイスが本当に嫌なら、なんとか助けたいところだけど……何か悪質なことをしている証拠があるわけじゃないもんな」
「えぇ。法に触れるようなことは、何も」
まだ法に関しては疎いが、目立ったことはしていないので管理局に簡単に目を付けられることはないだろう。
「とりあえず、連絡先を交換しよう。
話を聞くぐらいしか今はできないけど、きっと君を助け出してみせる」
「そう、ですね」
ペイルライダーの送られてきた彼のメールアドレスをぼんやりと見ながら、レイスは力なく答える。どうしてこうも一生懸命に、他人のために身を粉にできるのか。不思議でならない。
「あの……何故、そこまで僕を気にかけてくださるんですか?」
「え? 何でって……そりゃあ、助けたいからだよ。
レイスが嘘を言っている可能性もあるけど、少なくとも今は嘘をついていないと思う」
「そんな、根拠のない」
「確かにな。でも俺は、過去に色々とあったから……これでも、少しは人を見る目があるんだ」
フィル・グリード──レイスにとっては不可思議な人だった。自分も誰かのために一生懸命になれたらと、いつの間にか憧れを抱いていく。しかし、いずれは壊れてしまうのだ。そんなことを考える余裕など、自分にはまったくないだろう。
ぎゅっと痛めた右肩を掴んでいると、フィルがあることに気付いた。
「その、魔法陣は……!」
「え?」
「レイス……それ、自壊魔法だよな? 何で、そんなのを施しているんだ!」
急に様子を変えたフィルは、えらい剣幕でレイスの両肩を掴んだ。必死の様子に、しかしレイスは冷たく返す。
「貴方には、関係のないことです」
自分がどうしようが、所詮は自分の決めることだ。今更自壊魔法を止めろと言われても、止める気など毛頭ない。
「それでも! それでも、自分を殺して解決することなんて何もない!」
「何を言おうがグリードさんの勝手です。そして、それに僕がどう対するかも……僕の勝手ですよ」
「レイス!」
「……なんなんですか、いったい?」
先程の優しい姿とは打って変わった様子を見せるフィルに、レイスは訝しむ。フィルはプリムに諭され、深呼吸をして自分を落ち着けた。
「…俺も、前に自壊魔法を使おうとしたんだよ。
でも、その時に大切だった人に言われたんだ。死んで悲しむ人のことを考えろって」
「悲しむ、人?」
「そうさ。いくら家族がレイスに戦いを強いているからって、お前が死んだら悲しむよ。
家族なんだし、当然だろ?」
急に冷たい風が吹いた。気温も先程よりも下がりつつある。もうすぐ一雨来るのかもしれない。
「ふふ……あはは! それこそ、僕が望むことですよ」
「レ、レイス?」
冷徹な笑みを浮かべ、レイスは不気味に笑う。その幼い歳には不相応な程に黒く、冷酷な瞳に、思わずフィルは後ずさる。
「悔やめばいい。僕が死んで、家族が少しでも苦しむのなら、苦しめばいい!
それなら僕としても嬉しいものですよ」
「何を……何を言っているんだ、お前は! 家族だけじゃない。友達だって……!」
「友達……? 僕にそんなの、いませんよ。所詮は上っ面だけ合わせているだけです」
「そんな……ならお前は、このまま自壊魔法で死んでもいいって言うのか!」
「当然です。僕に希望なんてないですから」
「ふざけんな! 希望はそんな簡単に降って湧くようなものじゃない!
それに、このまま自壊魔法を宿したまま、誰とも上辺だけの付き合いを続けていたら、いずれ壊れるぞ」
「……だから、なんですか?」
「なっ!?」
冷淡な一言。最早レイスは、自らを殺す自壊魔法を受け入れきってしまっている。まだ10歳にも満たない少年が、すべてに絶望してしまっている姿なんて見たくなかった。
(レイスは、昔の俺なんだ……)
フィルも、以前大きな絶望に苛まれたことがある。だが、大切な人となって自分を支えてくれた彼女がいてくれたからこそ、希望を捨てずにこうして再び歩むことを選べた。ならば、彼もまた誰かが支えてくれれば──希望を持ってくれさえすれば。
「いずれ壊れるんです……だったら、いつ壊れたって構いはしません!」
いつの間にか降り始めた雨に構うこともなく、フィルはレイスに手を差し出す。
「…何です?」
「きっとレイスには、支えが必要だから。まだ俺しか支えがないけど、俺の仲間や上司も、レイスを気にいるよ」
「…今更、僕は僕にかけた自壊魔法を解く気はありません!」
「レイスは今、希望を見失っているだけだ! だから、ほんの小さなものだっていい。希望を見出してくれ」
「希望……ははっ! 希望って、便利な言葉ですよね」
フィルが差し出した手を叩き、レイスは冷たく言い放つ。
「本当は絶望かもしれないのに、希望って言葉で上塗りして都合のいいように聞かせている……僕は、そう解釈しています」
「そんなことない!」
「何故、そう言えるのですか! そんな根拠、どこにもないでしょう!」
「根拠、根拠って……そんなにそれが大事なのか? それがなきゃ、お前は何もできないのか?」
「それは……」
「違うだろ? レイス、お前はまだ子供だ。だから納得できないことも多いと思う。
だけど、だからって何もしないわけにはいかないはずだ。もし根拠がないから何もしないって言い出したら、もっと何もできなくなるぞ」
「分かっています、そんなことは!」
「だったら!」
「でも……だけど、それでも! それでも僕の目には、絶望しか見えないんですよ!」
フィルの言葉を振り払うように手を振るい、拒み続けるレイス。今の自分には、彼を助ける術はないように見えた。
「…なら、少しずつでいい。ゆっくり、見直していこう」
再び手を差し出したフィル。レイスは自分の手を見詰め返し、しかし首を振ると背を向けて走り出した。
希望を抱いている彼の姿が、自分にはあまりにも眩しすぎたから。
結局それ以来、フィルとレイスが顔を合わせることはなかった。時折メールのやり取りはあったものの、ほとんどがフィルから送っており、レイスが如何に絶望を抱えているのかがよく分かる。
あれから、既に4年が経過した。
新暦79年。レイスはザンクトヒルデ魔法学院の中等科に在籍していた。家からの命令はそれからもずっと続き、抗うこともなく従い続け、幻術魔法を駆使する姿からいつしかファントムと言う通り名までついてしまった。
(フィル・グリード……結局、彼は死してしまいましたか)
メールだけのやり取りしかしていなかったので、いざ彼が死んだのだと知ってもイマイチ実感がわかなかった。無茶をしてしまう性分だと聞いていただけに、恋人を庇って亡くなったのは如何にも彼らしく思う。
しかし、その行動が自分の言葉を否定することになろうとは夢にも思わなかっただろう。
「自壊魔法を使ったわけではないですが……結局は、それと同じことをしたんですよ、貴方は」
自分が死んだら悲しむ。遺される者のことを考えろ──そう言っていた割にはこれだ。だが、決してフィルの行動を嗤うつもりはない。寧ろ、嗤えるはずがない。自分には未だに自分の守りたいと思う相手はいないのだから。
(宿題、か)
レイスは頑なに自分の考えを貫き通し続けた。フィルもそれを否定し続けるだけでなく、肯定しながら別の道を模索してくれたが、唐突にそのメールは終わりを告げることになった。
最後にもらったメールには、宿題と称して「自壊魔法の使い方を考えてみてくれ」と書かれてある。自分が死ぬため以外にどう使うのか、まだ答えは見出せていない。
(彼なら、きっと……)
もしフィルだったら、きっと大切な人を守るために使うと即答することだろう。そんな彼の姿が容易に目に浮かんだ。
しかし、レイスにはそんな相手などいない。よしんば居たとしても、最後は自らの意思で自らの命を絶つためだけに使うに決まっている。そう、自分に言い聞かせるようにして思い続けていた。
「あれが、ハイディ・E・S・イングヴァルト」
夜風を浴びながら、レイスはフードを深く被り直しつつ正面を歩く少女を見詰める。碧銀の髪色は、確かに自分に植え付けられた記憶の中にある覇王と一致していた。だが、よもや“彼女”がその末裔とは思いもしなかっただけに、愛機を握る手が震えてしまう。
「……行こう、ペイルライダー」
だが、これでいい。自分は相手が誰であれ殺しなど絶対にしない。
何故なら──自分が殺めるのは、自分だけでいいから。
◆──────────◆
:あとがき
レイスの過去話、如何だったでしょうか?
今回は彼の出自と、フィルくんとの出会いを描かせて頂きました。
頑なに拒み続けてはいますが、決して影響がなかったわけではありません。真面目に向き合ってくれたのは、フィルくんが初めてですからね。
もっとも、レイスが考えを改めることはありませんでしたが。
この話は、5話に続く形になります。次回は本編か、或いは同じようにレイスについての話になります。
後者の場合、5話でレイスが何を考えていたのかをお届けします。
では、お楽しみに。
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