ヴィヴィオ達が合宿3日目を迎えた日───。
ミッドチルダでは、インターミドル・チャンピオンシップへの参加申し込みの受付が開始された。
「やれやれ……通りで変だと思ったぜ」
しかし、実際は書類に不備が発覚したため、改めて申込用紙を再配布していた。そんな経緯で修正前の申込用紙を持ち込んでしまった選手は何名かおり、今しがた受付会場から出てきた少女、ハリー・トライベッカもその1人となっていた。
前回のインターミドルでは、雷帝の末裔たるヴィクトーリア・ダールグリュンに惜しくも敗北してしまった彼女だが、その実力は折り紙付きだ。砲撃番長(バスターヘッド)の二つ名に相応しい勇姿を見せた彼女は、今回はシード枠で出場することが既に決まっている。だからと言って自分の力を過信するほど愚かしくはない。
(また明日、出しに来るか)
ヴィヴィオらと同じく、ザンクト・ヒルデ魔法学院に通う彼女は勉学も疎かにできないため、帰宅してから書類に書き込んだせいで時間が遅くなってしまった。すっかり空は黒一色に塗り潰されており、ハリーは家路を急ぐことに。
「…ハリー・トライベッカだな?」
「あん?」
だが、突如としてかかった声に振り返ると、暗がりから男が現れた。フードのついたコートを着ているが、ただ者ではない気配を感じて思わず身構える。
「貴殿は砲撃番長(バスターヘッド)こと、ハリー・トライベッカで相違ないか?」
「…あぁ。そういうお前は誰だ?」
「生憎と貴殿に呼ばれるに相応しき名は持ち合わせていないのでな。どうしても必要と言うのならば、ハーミットと呼んでもらおう」
ハーミットと字を示したのは、もちろんシグルドだ。自身が持つ鋼腕の再確認を行って戻ってきてから、シグルドはある密命を受けていた。彼女と会うことも、その密命によるものだ。
「貴殿に訊ねたいことがある。ジークリンデ・エレミアを知っているか?」
「そりゃあ、インターミドルじゃ有名人だからな。あいつに会いたいってのか?
悪いけど、所在は知らないぜ」
「ふむ、そうか」
「なんか伝言があるなら、試合会場で会うからその時に伝えるか?」
「ご厚意、痛み入る。だがそれは不要だ。自力で探す方が貴殿の負担にもならないだろう」
シグルドはそれ以上用がないのか、ハリーに一礼して踵を返した。だが───
「待てよ」
───ハリーが、それを拒んだ。
「お前、ジークに用があるって話だけど、なんの用だ?」
「生憎と、貴殿に言う気は毛頭ない」
そう返せば怪しまれることは間違いないのに、シグルドは躊躇わず返した。
「それなら……わりぃけど、帰らせるわけにはいかねぇな」
愛機のレッドホークに命じて、結界を展開させる。そしてバリアジャケットを纏ってシグルドに対し構える。
「インターミドル・チャンピオンシップに出るのではないのか?」
「出るさ。確かに喧嘩とかばれたら厄介だが……俺のダチに害をなすかもしれねぇ奴を見逃すわけねぇだろ!」
まだバリアジャケットを纏っていないシグルドに向かって走りだし、回し蹴りを繰り出す。だが彼は少し上体を反らしただけでかわしてしまった。
(やるじゃねぇか)
驚いたが、こんなのはまだまだ小手調べだ。ハリーは畳み掛けるように拳と蹴りを繰り出す。
(ふむ……ジークリンデほどではないがそれなりに速さはある。しかし、パワーに重きを置いているようだな)
確実に決めるための重たい一撃はまだ出していないが、ハリーの身体の動かし方にはその兆しがちらほらと見え隠れしている。
(ならば、見せてもらおうか)
シグルドはスロースターターだけあって、序盤は様子見か防御に徹することが多い。今回もその例にもれないが、気分もだいぶ乗ってきた。なによりジークリンデの居場所が分からず、空振りだと思っていたところに彼女を友人だと豪語する彼女の姿勢に惹き付けられた。
わざとかわし方を変えて、本気の突きの威力を見ることにしたシグルド。そしてハリーは、その誘いに乗っかった。
「くらいやがれ!」
思い切り突き出した拳は、しかし本人が自慢する利き手とは反対の右手で放たれた。多少威力は下がるだろうが、それでも中途半端なファイターならば簡単にのしてしまうだろう。
「…この程度か?」
だが、シグルドは中途半端なファイターではない。あろうことか彼は人差し指だけでハリーの正拳を受け止めてしまった。流石にこれにはハリーも目を疑ってしまう。その一瞬の隙に、シグルドは前蹴りでハリーの腹へダメージを叩き込んだ。
(まずい……!)
連撃されてはたまったものではない。ハリーはすぐさま離れ、次に繰り出された蹴りをかわした。更に鎖の形態であるレッドホークを放ち、蹴りで伸ばされた右足に絡み付く。
「このまま……ぶっ倒れろぉ!」
想いを言の葉に乗せて叫び、ぐっと引っ張った。それでも、鎖が動いたのは少しだけ。すぐに止まり、それ以上シグルドを引っ張れなかった。四肢で支えているのか──そう思って見てみるが、その予想はあっさりと裏切られた。
「マジかよ……!」
ハリーの放った鎖は、確かにシグルドを捕らえている。だが、彼は片足だけで身体を支えており、一歩も動く気配がなかった。
「腕組みまでしやがって……余裕みたいだな」
「これも魔法の恩恵があればこそ、だ。流石に砲撃番長(バスターヘッド)の力を甘く見ることはせん」
「嫌味にしか……聞こえねぇんだよ!」
魔力弾を3つ生成し、シグルドに向かって放つ。そしてレッドホークで足を捕らえたまま自分も走り出す。近づけば張っていた鎖がたるんでしまうため、その張った状態を維持してきた様子を見て、シグルドは笑う。
「足腰を疎かにしてよいのか?」
「なに?」
返事をした瞬間、シグルドが鎖の絡まった足で空を蹴り、鎖が思い切り引っ張られた。踏ん張って引っ張っていたハリーは、その力に転倒させられる。そして無防備となった彼女へ、先程の魔力弾をアインハルトのように投げ返した。
「どうした。よもやこの程度ではあるまい?」
「くっ!」
煙が晴れるまでその場にとどまっていようと思ったが、シグルドがそれを赦さなかった。ハリーが動かないのを見て、彼女を踏みつけようと眼前まで迫る。紙一重で後ろに下がったハリーは、先程まで自分がいた場所が陥没したのを見て冷や汗を流す。
「せいっ!」
シグルドはさらに、砕けたコンクリートの塊を蹴り飛ばしてくる。
「なめんな!」
ハリーも負けじと魔力弾で応対し、それらを退けた。
(野郎……平然としやがって)
ハリーの鋭い眼光すら意に介さず、シグルドは足に絡まったレッドホークを踏み砕く。
「……このまま齟齬が生じるのは困る。
先程の貴殿の問いに答えよう」
「なら、改めて聞くが……ジークに何の用だ?」
「用と言うほどのことではないのだがな」
「は?」
「彼奴とは過去に関わりがあるのだが、如何せん様々な世界を回っていただけに、今や有名人となっていたことを知らなかったのだ」
「なんだよ……それなら最初からそう言えよ」
「自覚はあるのだが、人に顔を晒せぬ故に、理由を頑として聞き入れぬ者も多いのでな」
「火傷でも隠しているのか」
「そうだ」
本当は単にジークリンデに似ているので、彼女に迷惑をかけたくないだけなのだが、ハリーの言葉に乗っかった。
「わりぃけど、さっきも言ったように、あいつの居場所は知らねぇんだ。
ヘンテコお嬢の話だと、ミッドチルダにいるのは間違いないけど、各地をまわっているんだと」
「ヘンテコ?」
「あぁ。確か、雷帝なんとかの末裔とか言っていたぜ」
「雷帝……そうか」
ヴィクトーリアでさえ居場所を掴んでいないのなら、探すのに骨が折れそうだ。
「さて……これだけ話したんだ。こっちの要望も聞いてもらうぜ」
「応じる気はないのだが……内容次第と言ったところか」
「サンキュー。要望は簡単さ。もうちょい、俺との勝負に付き合ってもらう」
「……願ってもない言葉だ。砲撃番長(バスターヘッド)とまた手合わせできるとは」
「それなら……遠慮なくいかせてもらうぜ!」
言うが早いか、ハリーは速射砲を放ってシグルドをその場から動かした。少しでも地面から足が離れれば、飛行魔法を会得していない限り、体勢を維持するのは不可能だ。大地にレッドホークを潜らせ、一気にシグルドの足元まで行かせると地中から踊り出させる。案の定、シグルドは絡まったレッドホークによって地面に叩きつけられた。仰向けになった彼に、ハリーは今度こそ、利き腕たる左腕で正拳を見舞う。腕にレッドホークを巻き付いているお陰で、自分に対するダメージは少なくなる。対して相手には想定以上のダメージを期待できる。まだ体勢を整えられていない今がチャンスだ。
「ブラックホーク!」
獲物へ狙いを定めた鷹のように一気に突き出された正拳は完璧にシグルドを捉えた──ように見えた。
(こいつ……!)
ブラックホークを食らって吹っ飛んだシグルドを見て、ハリーはぎりっと悔しそうに奥歯を噛んだ。
「中々の一撃だったな。しかしそれは、完全に決まればの話だが」
「お前……やっぱり力をうまく逃がしやがったな」
「気づいていたか」
「当たり前だ。俺の全力の一撃だぜ。あんな弱っちい威力じゃないっての」
コートについた砂などを軽くはたきながら、平然と立ち上がるシグルドを見て、改めて彼が力を逃がしたことを認識する。
「おまけに魔力弾を投げ返すし、足腰は驚異的だし……ジークといい勝負かもな」
「まさか。全次元世界にて最強と謳われる彼女には敵うまい」
「確かにな。ジークには奥の手もあるし」
「奥の手?」
「あぁ。本人は使うのを嫌がっているけど……俺や他のライバルは、それを含めたあいつを倒したいって思うぜ」
「畏怖する力を含めて、か」
「別に無理強いしないし、あの力は先祖からの大事なギフトだ。大切に使って欲しい」
「……それこそが、既に無理強いではないのか?」
「何?」
「大切な贈り物だと言い聞かせることを悪いとは言わぬ。だが、それを押しつけることは彼奴のためにはならんだろう」
「じゃあ、ずっと自分の力に怯えていろって言うのかよ?」
「いくら向き合わせたところで、その力でまた誰かが傷つけば振り出しだ。
どう向き合わせるかよりも、彼奴自身がどう向き合うか……そちらの方が重要だと思うがな」
「それは……」
「水掛け論にしかならぬ。砲撃番長(バスターヘッド)、貴殿は貴殿の考えを確と持て」
「お、おい、どこ行くんだよ!」
踵を返し始めたシグルドを見て、ハリーは慌てて呼び止める。だが、彼は興が覚めたのか歩みを止めずにそのまま去って行った。
「なんなんだ、あの野郎……?」
◆◇◆◇◆
ハリーと別れてからシグルドは適当に街をふらついた。夕食の買い出しでもしようと思ったが、ふとあるバーで足が止まる。
(ここは……)
見上げ、看板に書かれた店名を内心で呟く。ヘラクレスと名付けられたそこは、バーには似つかわしくないほどの名だった。『大人になったら連れてきてやる』──祖父がそんなことを言っていたことを思いだし、シグルドは何気なく店内へと足を踏み入れる。
クラシックがちょうどよい音で流れており、しかしお酒の匂いに溢れかえっていないだけあって心地好さに満ちたお店だ。カウンターにいた店員が軽く会釈をする。それに返した時、彼の目に見知った男性がうつった。
「…祖父君?」
「ん? お前は……シグルド、か?」
予期せぬ再会だった。シグルドは祖父に対しフードを外してから一礼し、膝を着く。
「畏まることはない。ここはエレミアの家ではないのだからな」
「…は」
コートを脱ぎ、受け取りに来た店員に謝辞を言ってから腰掛ける。
「今までに酒を飲んだことは?」
「あまり。片手で数える程度です」
「そうか。なら軽いのを出そう」
「恐縮です」
すぐに出されたお酒を一口だけ口に含み、一息つく。緊張と懐かしさで、いつもの冷静さが欠けてしまう。
「妹は……ジークリンデは、元気にしているぞ」
「……そうですか」
ジークリンデの話題が出ると、自然と頬が緩んでしまう癖は、昔から治りそうもなかった。
◆──────────◆
:あとがき
今回は砲撃番長ことハリー・トライベッカとシグルドの戦いになりました。
シグルドの考えとしては、極力ジークリンデには殱撃を使って欲しくないと思っています。
もちろんハリーの意見も承知していますが、使う前に自分なりの受け止め方をして欲しいのです。
もっとも、シグルドがそれをジークリンデ本人に伝えることはありません。
シグルドとジークリンデの過去話は、追々やっていく予定ですが、もう既にお分かりのようにシグルドは結構不器用です。
次回ですが、レイスの気持ちをつづった話を投稿します。
ただし、本編の内容ではなく、レイスとある人物のやり取りに重きを置きますので。
では、次回もお楽しみに。
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