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小説
Episode 24 手を繋いで

















 合宿3日目の午後───。

 ピクニックから戻ってきたヴィヴィオ達は、トレーニングをしていたなのは達と合流し、少し休息を取ってから川辺で遊ぶことに決めた。


「明日で帰っちまうからな。目一杯遊んでおきたいんだろ」

「それにしても……皆さん元気ですね」

「まったくだな」


 女性陣は水着に着替えてからくるので、先にレイスとケイン、そしてエリオの3人は先に川辺に行って小石などで怪我をしないように砂利を退けたりレジャーシートを敷いたりして準備を進めておく。


「まぁでも……みんなの水着姿、楽しみだろ?」

「またそれですか……ラーディッシュさんも懲りませんね」

「そりゃあ、みんな可愛いからな。
 まぁ一番はティアナだが……あまりに綺麗だからって、じろじろ見ていると怒るぞ?」

「見ませんからご心配なく」

「……お前、ティアナに魅力がないって言うのか!」

「どう答えればいいんですか!」


 ケインとレイスのやり取りに笑みをこぼすエリオ。彼も、ケインの気持ちはなんとなくだが分かる気がした。自分もルーテシアに同じことがあったら──そう思いはするが、本人にはなんだか言いづらい。束縛感を与えたくないと言うのが理由だが、恐らくルーテシアはそのことに気付いているだろう。


「エ〜リオ、お待たせ〜♪」

「ルー!? さ、流石に抱き締められると……!」

「いいじゃない。エリオが特訓詰めで、私寂しかったのよ?」

「そ、それは……」

「ルーテシア、エリオくんを離してあげなさい。
 エリオくんも、朝食の片づけをしている時に寂しいって言っていたんだから」

「メ、メガーヌさん! それは秘密にしてくださいって言ったじゃないですか!」

「あら、そうだったかしら?」


 あっけからんと言ってしまったメガーヌに慌てた様子のエリオを見て、ルーテシアは頬を膨らませる。


「むぅ……なんだかエリオとママ、随分と仲良しじゃない?」

「ふふっ、貴女ほどじゃないわよ」

「エリオ〜? まさかママをたぶらかしたりは……」

「していないから!」


 ジト目でにらんでくるルーテシアを宥めるエリオ。尻に敷かれているのだなと思うケインだったが、それを口にすると自分もそうだろと言われるのが目に見えているので黙っておく。


「ケイン、お待たせ」

「おう」


 やがてティアナの声が聞こえ、振り返ると思わず見入ってしまった。見慣れたはずの蒼いビキニ姿なのだが、やはり愛する女性ともなると何度見ても見惚れてしまう。


「何よ、そんなに凝視して?」

「いや、やっぱり綺麗だなぁって」

「もう……そんなこと言っても何も出ないわよ」


 照れているのか、ティアナはふいっと頬を逸らした。だがその表情に笑みが浮かんでいるのはケインも気付いているので黙って頷いた。


「レイスさん、お待たせしました」

「あ、はい」


 アインハルトに呼ばれて振り返ると、彼女はパーカーに身を包んでいた。最初は女性しかいなかったから平気だったのだろうが、今は異性がいるので恥ずかしいのかもしれない。


「…レイスさんは水着ではないのですね」

「えぇ」


 スポーツウェアを着ているレイスが少しばかり羨ましい気もするが、彼曰く持っていないので仕方がないのだそうだ。アインハルトはパーカーを羽織ったままレイスの隣に腰かける。


「行かなくてよろしいのですか?」

「少しだけ、のんびりさせてもらいます」


 元気にはしゃいで小川に駆けていくヴィヴィオたちを見送り、風になびく髪を押さえるアインハルト。歳の割に大人びた仕草に、レイスは思わず見惚れてしまう。それを気取られぬよう視線を逸らすが、余計に意識してしまっているような気がして更に戸惑ってしまった。


「そうだ。1つお伺いしたいことが」

「なんでしょうか?」

「あの……」


 口を開こうとした矢先、ヴィヴィオがアインハルトを呼んだ。どうしようかと悩むアインハルトに笑いかけ、レイスは彼女を行かせた。パーカーを脱ぎ、黒いビキニタイプの水着を晒す。露出が過多なだけあり、レイスは見るのが申し訳ない気がして目を逸らす。

 レイスに「失礼しますね」と一言言ってからヴィヴィオらが待つ小川へと足を運んでいく。それを見送り、遠退いたところで安堵の息を漏らした。


「…鼻の下が伸びているぞ」

「伸びていません!」


 ケインに指摘された時はまさかと思ったが、レイスは強く否定する。このまま残っているとまた茶化されそうなので、レイスはそそくさとその場を離れることに。そんな彼の背中を見ながら、ケインは「ふーん」と小さく呟く。


「どうかしたの?」

「いや……前は憎まれ口ばっかりだったからな。
 それを言われないと、なんか変わったのかなぁと」

「どうかしら? あ、でも……」

「なんだ?」

「昨日の夜、レイスとアインハルトが一緒に戻ってきたのを見たわよ」

「え、本当か?」

「もちろん本当よ。夜半に差し掛かる頃だったかしら……それくらいに、2人で戻ってきたから気になったんだけど、喧嘩とかそういう様子じゃなかったから何も聞かなかったのよね」

「……こりゃあ、案外早くに進展が見られるかもな」

「さぁ、どうかしらね」


 よしんばレイスの方が変わってきたとしても、アインハルトが抱えているものは根深いだろう。まだまだ目が離せない──そう言いたげなティアナの頭を、ケインが優しく撫でる。


「ど、どうしたの?」

「いや。なんか、気を張ったままになりそうな予感がしたんだよ。
 俺が言うのも変だけど、あんまり考え込むなよ。ティアナに何かあったら、一番心配するのは俺なんだからな」

「…ありがと」





◆◇◆◇◆





「…はぁ。ここなら、落ち着きますね」


 ケインから逃れて、少し草木が生い茂った場所まで脚を運んだレイスは、適当な場所に腰かけて溜め息をついた。


(しかし……本当に伸びていたのでしょうか)


 あくまで表現として言われただけだろうが、どうにも気になってしまう。別にアインハルトが綺麗ではなかったわけではないので、見惚れていたのは否定しない。ただし内心で、だが。素直に言うのはどうにも苦手だ。変に思われるのではないかと不安になるのもあるが、それ以上に自分を晒すのが嫌だったから。


《…Master.》

「はい?」


 ずっと黙っていたペイルライダーがふと声を上げた。何事かと思って首にぶら下げている愛機へと視線を落とした瞬間、頭から水を被ってしまった。


「……えっと?」

「す、すみません」


 面を上げると、アインハルトが申し訳なさそうに歩み寄ってくるところだった。彼女の周りには苦笑いしているヴィヴィオ達がいる。


「水切りの練習をしていたら、つい熱が入ってしまいまして」

「そういうことでしたか」

「私、タオルを取りに行ってきます」

「別に大丈夫なので……って、聞いていませんね」


 慌てた様子でタオルを取りに行ったアインハルトを呼びとめられず、レイスは濡れた髪を適当に手櫛で整える。


《警告が遅くなってしまって申し訳ありません、マスター》

「気に病むことはありませんよ、ペイルライダー。貴女も少し休んだ方がいいですから」

《ありがとうございます》


 この合宿でもずっと頑張ってくれたので、今日はずっと休止状態にしていてもいいと言ったのだが、どうやら主のことが気がかりで仕方がないようだ。


「レイスさん」

「あ、ありがとうございます。
 別に持ってこなくてもよかったのですが」

「いえ。私のせいで濡れてしまったのですし……」

「あまり気にしないでください。タオル、ありがとうございました」


 適当に拭いて、首にかける。アインハルトはヴィヴィオらに頭を下げて、再びレイスとのんびり過ごすことを選んだ。


「戻らないのですか?」

「少し身体が冷えてしまったので」

「でしたら、パーカーを取りに行ってきますから、待っていてください」

「え? で、ですが……」

「日向にいてください。少しでも暖を取った方がいいですよ」


 呼び止めようとするアインハルトを制して、レイスは足早にパーカーを取りに向かう。荷物を預かっていたメガーヌに理由を話して渡してもらい、速めに戻った。


「お待たせしました。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ただ渡すのではなく、そっと背中にかける。そうしてからアインハルトの隣に座り、のんびりと過ごす。


「そういえば……先程、何か言いかけていたようですが」

「あぁ、そうでした。
 昨日、ストライクフォルムをお見せしたとおり、僕も武術に多少なりとも興味があるのですが……いかんせん我流ですし、師がいないのでどうにも限界を意識してしまって」

「なるほど。確かに私は、師はいませんが記憶を受け継いでいますから、レイスさんのように限界を感じることは少ないですね」

「それでふと思ったのですが……覇王流は、やはり門外不出なのでしょうか?
 多少なりとも興味があるという程度なので、ご迷惑かもしれませんが……」

「覇王流、ですか? 私も詳しくは分からないのですが……奥義などの重要とされる技は、やはりお教えすることはできないと思います」

「流石にそうですよね」


 苦笑いするレイスに、アインハルトは首を振って「ですが」と続けた。


「ですが、それ以外でしたら多少は」

「え? いいんですか?」

「はい。私もいい復習になりますし。
 早速、練習してみましょうか」


 立ち上がり、なるべく足場がしっかりしている場所へ向かう。アインハルトがすぐに行動に移したことに驚かされたが、同じ趣味嗜好を持っているのがよほど嬉しいのだろう。


「まず、手足なのですが……」


 そう言って、アインハルトはレイスの身体にそっと手を当てる。基本的なことは口頭か同じようポーズを取れば良かったのではないか──そう言おうと口を開くが、アインハルトはさっさと説明していく。


「レイスさん、身体が硬いですよ?」

「す、すみません。少し緊張してしまって……」

「そうですか? 無理に力を籠めようとすると、却って身体を壊してしまいますから、無理しないでくださいね」

「は、はい」


 アインハルトはまったく気づいていないのか、気にする素振りを見せない。こんなところをケインに見られたら、間違いなくからかわれることだろう。ふと、誰かがこっちを見ている気がしてそちらに視線を向けると、レイスの予想通りケインがにんまり笑ってこちらを見ていた。


(最悪ですね……)


 睨むと、肩を竦めはするもののそのまま居座っている。だが、やがて彼の背後にティアナが現れ、ずるずると連れ帰って行った。彼女に念話で謝辞を述べ、改めてアインハルトの言葉に耳を傾けた。


「レイスさん、顔が赤いようですが……疲れているのですか?」

「そ、そうではなくて……」


 どうやら武術のこととなると熱中して気づかないようだ。話すのはなんとなく気が引けたが、このままだと集中できないのでレイスは口を割った。


「その……密着しすぎではないかな、と」

「え? あ……あぁ。す、すみません」


 レイスの言葉を聞き、アインハルトはすぐさま離れた。普段よりも余計に距離を取っているように思うが、今は変に言葉をかけると逆に危うくなる気がして素直に謝ることに。


「いえ。こちらこそ、すみません。
 僕が集中すればよかっただけなのですから」

「そ、そんな。私の方こそ、迷惑をかけてしまったみたいで……」

「迷惑だなんて、そんなこと思っていませんよ」

「えっと、それは……」

「あ、その……別に、変な意味ではなくてですね」

「は、はい」


 結局、互いに顔を真っ赤にさせる結果となってしまった。しばらく2人は黙ったままその場に突っ立った。


「そ、そういえば、身体は少しは温まりましたか?」

「あ、はい、大丈夫です」

「それなら良かったです」


 安堵した表情を見せたレイスを見て、アインハルトは思わずまじまじと視線を送ってしまった。


「どうかしましたか?」

「いえ。昨夜のレイスさんとは、だいぶ雰囲気が違うなぁと思って」

「実は多重人格だったりするのかもしれませんね」

「まさか。
 レイスさんは、いつだって優しい方ですよ」

「昨夜は、別段優しくした覚えはありませんが。
 アインハルトさん、少し僕を美化しすぎではないでしょうか?」

「……やっぱり、憶えていないんですね」


 不思議そうにするレイスに、しかしアインハルトは少し残念そうに呟いた。


「憶えてって……」

「私たち、1年前が初見ではないんですが……3年前に、1度だけ会っているんですよ」

「え?」


 驚いた。確かに彼女と同じクラスになったのは1年前で、初等科の最後の時だったが、レイスはそのさらに1年前──つまり2年前が初見だと思っていたからだ。その時は名乗ることはなかったし、少し会話した程度だったが、それ以前に会っていたと言われ、レイスは戸惑う。


「えっと……すみません。やはり、思い出せないです」

「いえ。ほんの少しだけ話した程度でしたから、憶えていなくても無理はないと思います」

「…よろしければ、その時のことを教えて頂いても?」

「もちろんです」


 アインハルト曰く、初等科5年目の梅雨時だったそうだ。アインハルトはその日、夕立に見舞われたのだが傘を忘れてしまって帰宅できずに昇降口の前で雨が止むのを待っていたのだとか。


「当時私は、クラウスの記憶に強く縛られていました。
 特に、雨の日はさらに意識してしまって……」

「と言うと?」

「オリヴィエが乗る聖王のゆりかごを、苦しい表情でクラウスが見上げていた記憶があるのですが、その日は……」

「雨……だったんですね?」

「…はい」


 雨を見ていたアインハルトは、次第に双眸に涙が浮かび、思わず涙ぐんでしまった。既に人気がだいぶなくなっていたこともあり、見られずに済んだが結局立ち尽くしたまま数十分を過ごした。

 だが、やがてレイスがやってきたかと思うと、心配そうに話しかけてくれたのだ。


『どうかしたのですか?』

『…いえ。少し悲しいことを思い出してしまって』


 慌てた様子で涙ぐんでいる瞳を隠すべく粗雑に拭い、アインハルトは空を見上げながら答えた。


『悲しいこと、ですか。では、素直に泣いてはどうでしょう』

『私は……泣くわけにはいかないんです。弱いところを、見せたくありませんから』

『弱さだと決めつけるのはどうかと思いますが……それに、泣かないでいるとそれが自然になってしまいますよ?』

『え?』

『涙を耐え続けて、泣かないことが当たり前になって……でもいつか、本当に泣きたい時に泣けなくなってしまったら、それこそ悲しいと思います』

『あ……』

『…偉そうなことを言ってすみません。
 これはお詫びです。では』


 レイスは傘を開き、それをアインハルトに渡すと自分はずぶ濡れになって走って行ったのだった。

 それを聞かされ、レイスは苦笑いする。


「本当に、随分なことを言ってしまいましたね」

「そんなことはありません。レイスさんにあの言葉をかけてもらえたので、少しは気持ちが楽になりましたから」

「……その割には、寂しいと口にできないままですね」

「そ、それは……! その、恥ずかしいですし」

「まぁ、そうですよね」


 笑みを浮かべているレイスに、アインハルトは咳払いをして話題を元に戻すことを暗に示して改めて口を開く。


「レイスさんは昔から、今も変わらず優しい方です。
 少なくとも私は、そう思っていますよ」


 ふっと微笑み、右手を差し出す。


「いつか、貴方の想う大切な方に繋がれますように」

「お、憶えていたのですか?」

「えぇ」


 その言葉は、アインハルトが3年前にレイスに送った言葉だ。よく独りで過ごしていた彼の手を右手で取り、そして左手を彼方へ向けながら紡いでくれた大事な言葉。レイスは静かに目を閉じ、その時のことを振り返る。


「これから先、私の左手は貴方が大切だと想う方の手を取れるでしょうか?」

「……それは、無理ですよ」

「そんな……」


 否定の言葉を浴びせられ、アインハルトは肩を落とす。だが、彼の言の葉には怒りや拒絶の色は一切なかった。何故なのか──そう思っていると、レイスは唐突にアインハルトの空いている左手を握った。


「何故なら、貴女の左手は……既に、僕と繋がれていますから。
 僕が大切だと想うのは……その、アインハルトさんなんですよ」


 顔を赤くしながらも、レイスははっきりと言ってくれた。一瞬だけ目を見開き、アインハルトも次第に顔を赤くしていく。嬉しそうに、そして恥ずかしそうにしながら、それでも、彼女は確かに微笑んだ。










◆──────────◆

:あとがき
アニメの4話、見事な肌色回となりましたね。
ティアナとルーテシアは大きいと感じましたが、一番はキャロのあのポーズですね。きっと誰かさん悩殺用に編み出されたのでしょう。

驚かされたのは原作とは違い、ブランゼルが手に持たれているのではなかったことでしょうか。どこから取り出すんだと思いましたが、気にしないことに。


さて、今回24話にて、アインハルトとレイスがさらに急接近となりました。

ちなみにレイスが思っていた初めて会った時の思い出は、彼に主眼を置いた別の話で描いていく予定ですのでお楽しみに。

レイスもアインハルトも、お互いにこの合宿でだいぶ親しくなりましたが、2人とも自分のことで今後も悩んでいきますので、これからも良い展開になるとは限りません。

次回は久しぶりにシグルドの登場となります。1話挟むだけですので、またすぐレイスの方に戻りますが。


ここで1つ質問なのですが、前述したレイスに主眼を置いた話を投稿してしまうか悩んでおります。
恐らく読者の方は【嘘予告】でレイスに関してご存知の方しかいないでしょうから、投稿しても大丈夫かなぁとは思うのですが……。

皆さんはどう思うか、ご意見を聞かせて頂けたらと思っています。







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