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小説
Episode 23 名前

















 合宿3日目。

 レイスは昨晩のことを気にしてか、アインハルトとは中々顔を合わせようとしなかった。もちろんアインハルトもまったく気にしていないと言うわけではないが、話ができないのはやはり心苦しい。


(でも、まずは……)


 だが、もっとも気にしていたのは昨日、彼に言われたことだった。笑顔を見せていない──きっと、誰もがそう思っていることだろう。それでも指摘してこないのは、自分のことを信じているからだ。ならば、自分もそれに応じるのが相応しい。


「アインハルト。昨日話したデバイスの件だけど、朝食の後に話しましょう」

「はい、分かりました」


 ルーテシアから差し出されたパンを受け取りながら頷き、デバイスのことをぼんやりと考える。個人的にはヴィヴィオが使っているセイクリッドハートのように補助・制御型、そして動きを干渉しないようなものだとありがたい。


「なぁ、レイス」

「はい?」

「アインハルトと何かあったのか?」


 ケインが声を潜めて聞いてきた。しかしなんと答えればいいか分からず、レイスは「なんでもありません」とだけ返す。流石に相談できる内容でもないので、後でまたアインハルトにちゃんと謝ることにした。

 やがて朝食を終えて食器を片づけると、各々外に出ていく。アインハルトはルーテシアと共に彼女の部屋でデバイスのことを話しに行き、ヴィヴィオはノーヴェと一緒に散歩へ。そしてコロナとリオは家族に連絡を取っている。


「レイス」

「なんですか、ラーディッシュさん?」


 苦笑いしながら話しかけてきたティアナを見て、ケインと同じことを聞かれるのかと思ったが、彼女は別のことを口にした。


「いつまでもラーディッシュだと、あたしのことかケインのことか分からないから、よかったらなんだけどどっちか名前で呼んでくれないかしら?」

「そういうことでしたら……ティアナさん」

「えぇ」


 2人の会話を聞いていたのか、ケインがじっとレイスのことを見ていた。自分も名前で呼んでくれ──視線がそう語っているように見えた。


「何か御用ですか、ラーディッシュさん?」

「……おい」


 だが、結局レイスはケインのことを名前で呼ぶことはなかった。


「名前と言えば……レイスさん、アインハルトさんとはまだ名字で呼び合っているんですか?」

「え? えぇ、まぁ。別に構わないかなぁと」


 親への連絡が済んだリオの言葉にそう返しつつ、アインハルトの名を出されて少し緊張する。だが、昨日は疲れていたせいでコロナに改めてお礼を言いそびれていたことを思いだし、彼女のことを訊ねる。


「リオさん、コロナさんは……?」

「まだ外に居ますよ」

「ありがとうございます」


 リオに謝辞を述べてから、外へ出てコロナを探す。だが連絡をしていると思っていた場所に彼女の姿はない。しばらく周囲を探し回ると、ちょうどフリードリヒに木の実を上げているところだった。


「コロナさん」

「あ、レイスさん」


 美味しそうに食事をしているフリードリヒに挨拶をしてから、コロナはレイスと共に歩き出す。


「昨日の練習試合の件で、まだお礼を言えていなかったので」

「お礼なんて、そんな。お役にたてたのなら良かったです♪」


 嬉しそうに笑んでくれたコロナにほっとし、それからもたわいない話をしながら川辺に並んで座りこむ。


「そういえば……レイスさんはまだ、アインハルトさんのことを名前で呼んでないんですか?」

「え? えぇ。リオさんにも同じことを言われましたが……そんなに気掛かりでしょうか?」

「まぁ、やっぱり皆さん名前で呼んでいますからね。ちょっと気になると言うか……」

「言われてみれば、確かにそうですね。元々姓で呼ぶことが当たり前だったので、あまり気にしていませんでしたが」

「だったら、これからアインハルトさんって呼んでみるのがいいと思います……ふわ、あふっ」

「まだ眠たそうですね?」

「す、すみません」


 欠伸を見られた恥ずかしさからか、コロナは顔を俯かせる。どうやら昨日は疲れてすぐに寝てしまったせいで、今朝は早めに起きてしまったらしい。それが今になって眠気となってきたそうだ。


「朝食を取ったのもあるのでしょう。それに日向も心地好いですし、眠気が勝ってくるのも分かります」

「そ、そうですよね」


 同意を得られて安心したのか、俯かせていた顔をあげてほっとした表情を見せた。


「眠たいのでしたら、少し横になっては如何ですか?」

「……レイスさんは、この後はどうするんですか?」

「僕ですか? 僕はしばらくここでのんびりする予定ですが……」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「え?」


 コロナは何故かロッジには戻らず、レイスの両足にそっと頭を乗せた。いわゆる膝枕というものだが、レイスは横になってから邪険にするわけにもいかず、溜め息を零してコロナの頭を優しく撫でた。


「ふふっ、なんだか安心します。レイスさん、私のお兄さんになったみたいです」

「流石にそれは、気が早いように思いますが……ともあれ、嫌でないのでしたら良かったです」

「それじゃあ、少しだけおやすみなさい」

「はい」


 やがてそっと目を閉じ、コロナはあっという間に小さな寝息をたてはじめた。どうやら相当眠たくなっていたらしい。レイスは彼女の頭からそっと手を放し、彼女に聞こえないよう小さく溜め息をついた。


「あらら、これはお邪魔様だったかな?」

「え? ルーテシアさん。それにストラトスさんも……デバイスについてのお話しは終わったんですか?」


 突如後ろからかかった声に驚きながらも振り返ると、ルーテシアとアインハルトが立っていた。どういうわけか、ルーテシアはにんまりと笑っているが。


「はい、先程終わりました。それで、あの……レジサイドさんは、何を?」

「いえ、コロナさんが眠たいと仰っていたので、その付添です。本来であれば部屋にもどって欲しかったのですが……」

「そう、ですか」


 心なしか、アインハルトの声にいつもの覇気が足りない気がする。冷静な彼女にしては珍しく、何か戸惑っているように思える。


「ストラトスさんも、少し寝てはいかがですか?」


 昨日は互いに遅かったのだから──そう言おうかと思ったが、にやにやしているルーテシアに変に勘ぐられるのが嫌だったので、それ以上は何も言わないことに。だが、アインハルトは首を横に振って断った。


「すみません。私は先に戻ります」

「そうですか。では、また」

「…はい」


 なんとなく、アインハルトは足早にその場を離れる。ルーテシアも慌てて彼女に続くが、何も言ってこない。


(私、どうしたんだろう……? なんだか、気持ちが落ち着かない?)


 いつの間にかもやもやとした気持ちが芽生え始め、レイスとコロナが一緒にいた光景を何度も思い浮かべてしまう。いったい自分はどうしてしまったのか──そんなことをぼんやりと考えていたが、ヴィヴィオにセイクリッドハートを返さないといけないと思い立ち、彼女を探すことに。


「ヴィヴィオさん、セイクリッドハートを返しにあがりました」

「あ、わざわざありがとうございます。クリスは自分でも動けますし、1人でも良かったのに」

「いえ。少しの間ですが、せっかく貸していただいたのですから。ちゃんと自分の手で返すのが良いかと」

「ふふっ、アインハルトさんは真面目ですね。
 そういえば、コロナがどこに行ったか知りませんか?」

「コロナさん、ですか? 彼女なら……」


 レイスと一緒にいる──そう言おうとして、また言いようのない気持ちになる。別に嫌だと言うわけではないが、何か気になって仕方がないのだ。


「アインハルトさん?」

「あっ、すみません。
 コロナさんでしたら、川辺でのんびりとしていましたよ」


 なんとなく、レイスが傍に居ることを言えなかった。ヴィヴィオはそれを聞いて安心したのか、そこにはいかずリオと談笑することに。そしてアインハルトは気持ちを落ち着けるためにコテージに出て深呼吸を繰り返す。


「……ふぅ」


 次第に落ち着いてきたが、そうすると余計に気になってしまう。


「アインハルト」

「は、はいっ!?」


 ぼーっとしていたのがいけなかったのか、声をかけられて文字通り飛び上がりそうになる。振り返ると、ティアナとケインが不思議そうに首を傾げている。


「なんかあったのか?」

「良かったら相談に乗るわよ」

「あ、えっと……実は、ですね」


 せっかくの申し出だ。2人に甘えることにしてアインハルトは自分の気持ちがもやもやして落ち着かないことを話した。


「なーるほどな」

「そう。レイスがコロナと……で、アインハルトはそれが気になるのね?」

「えぇ。その……嫌と言うわけではないのですが、何かこう……」

「釈然としない?」

「…はい」

「その気持ち、よく分かるわ。あたしも誰かさんのせいでそう言う時がたくさんあったから」

「だ、誰だろうなー……?」


 ジト目でにらんできたティアナに目を合わせられず、ケインは思わず目を逸らす。このままではまた小言が待っていると思い、咳払いして話題を変えることに。


「アインハルトは、レイスのことが気になるんだよな?」

「どうなのでしょう……レジサイドさんが、と言うのが正しいかは分かりません」

「そ、そうなのか」


 それが恋愛感情だと言おうと思ったが、どうやらそこまで考えてはいないようだ。助け舟を出してもらおうとティアナにアイコンタクトを送ると、それに気づいて代わってくれた。


「悪いけど、あたし達にもどうしてなのかは分からないわね」

「え?」


 だが、ティアナの言葉に目を丸くする。てっきり自覚させるかと思ったのだが、どうやら彼女の考えは違うようだ。


「そう、ですか……」

「もちろんまったく分からないわけじゃないんだけど……その気持ちを、あたし達が結論付けちゃっていいの?
 あたしは、アインハルトが自分で気づくべきだと思うわ」

「あ……」

「急ぐ必要はないけど、その代わりちゃんと考えること……それが、一番じゃないかしら」

「…ありがとうございます。少し、考えてみようと思います」

「うん。それじゃあ、あたし達は行くわね」

「はい」


 アインハルトをコテージに残し、ティアナとケインは並んでロッジに戻って行った。その間、ケインはティアナをまじまじと見て、そして笑みを浮かべる。


「何よ?」

「いや。やっぱりティアナに任せて正解だったなぁと思ってさ。
 俺じゃあ気の利いたこと言えないし」

「あたしも同じよ。ただ、アインハルトには結論を急いでほしくないだけだし……これはケインが言っていたことじゃない」

「まぁ、な」


 ケインとしては、アインハルトには色々な可能性を知ってもらいたかった。自分にはこれだけしかできないなんて決めつけずに、様々なことにチャレンジしてほしいのだ。


(フィルが色々と頑張っていたから、かな)


 それはきっと、親友たるフィルが多くのことに挑戦している姿を知っているからかもしれない。彼ほど多くのことに取り組み、周りに可能性を示した者はいないだろう。


「まぁ、よしんばレイスに気があったとしても……」

「あー、レイスの方に難あり、だな」

「でしょ? だから、ちゃんと見極めて欲しいかなって。ただそれだけよ」

「それでも、やっぱ女心は女性の方が分かるからな。俺が言わなくて良かったって思うよ」

「……確かに、ケインはもう少し女心を分かった方がいいわね」

「が、頑張らせてもらうよ」

「でも、時にはケインのようにストレートに言うことも必要よ。
 そうじゃないと、いつまで経っても遠回りしちゃうし……だから、ケインもちゃんと協力してよ?」

「…あぁ。2人で、アインハルトをしっかり見守ろう」

「そう。2人で、ね」


 微笑むティアナが可愛くて、ケインは彼女の前にすっと腕を出した。立ち止まり、不思議そうに首を傾げるティアナの顎にすっと指を当てると、彼女は意図を察して目を閉じる。そしてどちらともなく顔を近づけ、2人は唇を重ねた。





◆◇◆◇◆





 その頃アインハルトは、ティアナに言われて考えていたことが纏まったのでレイスの所に向かっていた。まだコロナがいたら出直そうかと思ったが、彼女は先に戻ったようで、川辺にはレイスだけが残っている。


「レジサイドさん、お隣よろしいでしょうか?」

「もちろん、どうぞ」


 アインハルトの声に半身だけ振り返り、少しその場を退いた。律儀に「失礼します」と断ってから座り、しかし中々口を開けない。考えがまとまったと思ったのに、いざ彼を前にするとどうにも緊張して言葉が出づらくなる。


「あの……2つほど、お話ししたいと思いまして」

「なんでしょうか?」

「えっと……昨日は、助けてくれてありがとうございました」

「昨日?」


 なんのことか分からないのか、レイスは首を傾げる。鮮明に思い出そうとするが、また胸に触ってしまったことを思い出しては顔を赤くするのが目に見えているので、先に話すことに。


「昨日、私が転倒した際に、支えてくれたことです」

「あっ、あぁ……あれ、ですか」


 だが、触ったのと支えたのが同じとあっては仕方ない。強制的に思い出させることになったが、ちゃんとお礼を言うには必要なことだ。


「その、ちょっとしたハプニングもありましたけど、あの時レジサイドさんが支えて下さったお陰で、私も怪我をせずに済みましたから」

「まぁ、そう言われればそうですけど……」


 頬が赤みを帯びているところを見ると、この話を長々と続けるのはよくないようだ。もっとも、それはアインハルトも同じ気持ちなので咳払いして話題を次に移す。


「そ、そういえば、コロナさんのことを名前で呼んでいましたよね?」

「えぇ。同じチームになった際に、ヴィヴィオさんとリオさんを名前で呼んでいるんだからと強気に出られて」

「そうだったんですか」


 急に親しみが増したような気がして、正直羨ましい気持ちがあった。たった1、2年だが、付き合いで言えば一番長いはずなのに、レイスとの距離は自分が一番遠いように感じてならない。


「……だから、よかったら私のことも名前で呼んでもらえたら、と思いまして」


 自分の抱えていた気持ちを素直に話し、レイスに向き直る。彼は不思議そうにアインハルトを見、頷いた。


「分かりました。では……アインハルト、さん」

「あ……はい」


 名前で呼ぶと、アインハルトは安心したように胸を撫で下ろす。ややあって、彼女は口を開いた。


「レイス、さん」

「えっ……あ、はい」


 いきなり呼ばれたので反応に困ってしまう。間の抜けた返事だがなんとか返すと、互いの顔が赤くなっているのに気付いた。


「な、なんだか、恥ずかしいですね」

「そ、そうですね。新鮮だから、でしょうか?」


 気恥ずかしさが増していき、お互いに相手を直視できなかった。赤く染まっている表情を見られたくないのか、2人して明後日の方向を見てしまう。


「……アインハルトさん」

「は、はいっ」


 急に呼ばれたので、驚きながらもなんとか返事をするアインハルト。しかしレイスは一向に用件を言わない。


「あ、あの……?」

「すみません。ちょっと、練習を」


 そう言うが、レイスの顔には明らかにからかったであろう笑みが浮かんでいる。


「……では、私も練習させてもらいます」

「えっ!? さ、流石にそれは……」

「いいですよね、レイスさん?」


 ずいっと近づき、強気に出るアインハルト。今の彼女には何を言っても無駄だろうと判断し、レイスは渋々頷いた。


「改めて、よろしくお願いします。レイスさん」

「こちらこそ。アインハルトさん」


 やはり名前で呼んでもらえて良かった──何気なくそう思っていると、賑やかな声が近づいてくるのに気付く。


「あ、アインハルトさん」

「ここにいたんですね」


 木陰からこちらの姿を見つけたのか、ヴィヴィオとリオ、それにコロナが駆け寄ってくる。


「これからみんなでピクニックに行くんです。アインハルトさんとレイスさんもどうですか?」

「いいですね。是非」

「良かった♪」

「レイスさんも、行きましょう」


 先に立ち上がったアインハルトが、静かに手を差し出すと、レイスも微笑してその手を取った。


「そうですね。ご一緒させて頂きます」










◆──────────◆

:あとがき
レイスとアインハルト、23話目にしてようやく名前で呼ぶようになりました。
大きくはありませんが、2人にとっては親しくなったことを実感できることだと思います。

今回はアインハルトの方にも多少、レイスに対してどう思っているのか意識させることとなりましたが、まだちゃんと認識はしないことに。

ティアナに言わせた通り、誰かが決めつけていいことではないので。
彼女は、ケインくんへの想いを誰よりも強く持っていましたから、やはり恋愛に関するアドバイス役には適任ですね。

ケインくんとティアナは今後も基本的にはコンビで出していきます。
ただ、レイスとアインハルトには2人だけが影響を与えていくわけではないので、少し出番が減っていくかもしれません(汗)

ちなみに今書いているのはシリアスにかけて向かっていく話なので、投稿している話の中身が平和だと頭の中が混乱しそうです(苦笑)

さて、次回はいよいよ合宿最終日となります。漫画ではまた水浴びで遊んでいるシーンがありましたので、その話で、レイスとアインハルトがイチャイチャする話です。お楽しみに。








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