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小説
特別編 平等なるホワイトデー













 3月14日、ホワイトデー───。

 この日、アインハルト・ストラトスは少しばかりそわそわしていた。ちょうど1ヵ月前の2月14日のバレンタインデーの折、想いを寄せている相手──レイス・レジサイドへチョコレートを渡したのだが、鈍いことに関しては定評のある彼には残念ながら本命だと気付いてもらえなかったと言う災難があったばかりなのだが、律儀な彼のことだ。今日何かしらのお返しをしてくれるだろうと思っていた。

 期待と不安の両方を胸に秘め、そして放課後を迎えた時、レイスが声をかけてきた。


「アインハルトさん、突然なんですが……これから、空いていますか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 声をかけてもらえたことに安堵しつつ、それを面に出さぬよう注意しながら頷き返す。予定が入っていないと知って安心したのか、レイスは微笑した。


「よかったら、家に来ていただけますか? バレンタインのお返しを、と思いまして」

「分かりました」

「それともう1つ。僕は寄るところがあるので、少し時間をおいてから来てください」

「あ、でしたら……ご迷惑でなければ、家の前で待っていてもいいですか?」

「えぇ、構いませんよ」


 内心でほっとし、アインハルトは普段の凛とした表情が崩れていないか手鏡でちらりと一瞥する。どうやら問題なさそうだ。

 少しゆっくりとした足取りでレイスの家へ向かう道中、鞄の中から愛機のアスティオンを取り出す。デバイスの持ち込み自体は問題ないが、動物型と言うだけあって鞄の中に入れっぱなしにしておいた方がいいと思い、そうしていた。教科書を退かすと、ひょっこり顔を覗かせる。


「ティオ、苦しくはありませんでしたか?」

《にゃ〜♪》


 もうだいぶ慣れたようで、器用に出てくるとそのままアインハルトの肩へ乗っかった。


《にゃ?》

「これからレイスさんの家に行くんですよ」


 いつもと違う道のりを歩いていることに気付いて首を傾げるアスティオンに、アインハルトが説明する。納得したようだが、アスティオンは何を思ったのか肩から頭の上に乗り換える。


「ティオ?」

《にゃ♪》

「…その、レイスさんの家に行くのは単に誘われたからですよ。
 別に浮かれてなどいませんから」

《にゃ?》


 アスティオンでさえ、レイスへの想いに気付いているのだが、想いを寄せられている当人は一向に気付く気配がないと言うのは、なんとも物悲しい気がする。アインハルトは、きっとにんまりと笑っているアスティオンに浮かれていないと返すものの、愛機はその言葉を信じてくれそうになかった。


「それにしてもレイスさん、寄り道をするみたいですけど……どこへ行ったのでしょうね」

《にゃ〜……にゃ?》

「どうしました、ティオ?」


 ぴくりと動いたかと思うと、ぴんっと身体を伸ばした。アスティオンの視線を辿るとレイスの自宅を見ているのが分かる。もしかしたら先に戻ってきているのかもしれない。少し足早に向かって──しかし、玄関先に立っている人物を見て目を疑った。


「ユ、ユミナさん……?」

「あれ、アインハルトさん?」


 そこにいたのは、誰であろうクラスメートのユミナ・アンクレイヴだった。

 彼女はアインハルトをまじまじと見、そして苦笑いする。


「あ、あはは……もしかして、アインハルトさんもレイスくんに呼ばれたのかな?」

「え、えぇ」


 気まずい空気が流れると同時に、2人して溜め息を零す。それが何を意図してのものなのかは、言わなくても分かる。当然、レイスへの呆れだ。前述したとおり、彼は相当鈍い。それも女心に対しては右に出るものがいないと言っていいほどに。

 ユミナは、アインハルトと同様にレイスに対して恋心を寄せている。所謂ライバルと言う関係になるのかもしれないが、そんな抜け駆けを考えたり対抗心を燃やしたりなどはしたことがない。


(まぁ、妬いたことがないと言えば、嘘になりますが……)


 もうレイスの鈍さにはだいぶ慣れてきたものの、やはり焼き餅を焼いてしまうのは仕方がなかった。


「お二人とも、いらしていたんですね。お待たせしました」


 やがてレイスが戻ってきた。アインハルトもユミナも彼をジト目で睨むが、彼はそれに気づかずに玄関のドアを開錠して2人を招き入れた。リビングに並んで座らせると、紅茶とホワイトデー用に作ったバウムクーヘンを持ってくる。


「バレンタインデーには、ありがとうございました。
 貰ったからお返しを作ったわけではありませんが……受け取ってください」

「わ、ありがと〜♪」

「ありがとうございます」

「…ねぇ。よかったら、今食べてもいいかな?」

「え? えぇ、構いませんよ。今お皿を準備しますね」


 ユミナの一言に従い、レイスは2人分のお皿とフォークを用意する。1人暮らしだが、最近はこうして誰かが訪ねてくることもあるため、食器類は必ず複数用意してある。アインハルトにも確認を取ってから、2人の前にそれらを置く。


「では、お言葉に甘えて」

「いただきま〜す♪」


 袋から出し、お皿に置いてフォークで一口サイズに切り取る2人。美味しそうに食べているのを見て、レイスはほっと胸をなでおろす。


「レイスくん、1つ我儘を言ってもいいかな?」

「なんでしょう?」

「一口でいいから……食べさせてほしいなぁって」

「え?」

「え……」


 ユミナの突然の要望に驚くレイスと、言葉を失うアインハルト。危うく持っていたフォークを落としそうになるが、なんとかとどまることができた。


「ダメ、かな?」

「いえ、ダメと言うわけではありませんが……なんだか恥ずかしいですね」

「気にしない、気にしない。だから、ね」


 上目遣いでレイスを見詰め、外堀を埋めていく。隣に座るアインハルトは、ただただ平静を装いつつどう答えるかを待った。


(それにしても……ユミナさん、強かですね)


 自分には絶対に真似出来なさそうなことをやってのける積極性が羨ましいと思う。それでも、無理はしない。自分らしくあることが一番だと信じているから。


「では、1度だけなら」

「えへへ、ありがと♪」


 とは言うものの、まったく気にならないわけではなく、レイスとユミナの動向をちらちらと見守ることに。


「はい、どうぞ」

「あーん♪」


 アインハルトがいるのにまったく気に掛けるそぶりを見せないレイス。ユミナは我儘
を聞いてもらえたのがよほど嬉しいのか、顔を綻ばせている。


「じゃあ、今度は私が食べさせてあげるね」

「え? いえ、それは別に……」

「私たちだけ食べるなんて、なんだか悪いから。
 はい、レイスくん。あーんして?」

「え、えっと……では、一口だけ」


 ユミナの手でバウムクーヘンを食べさせてもらうレイス。顔が赤くなっているのでかなり恥ずかしいようだ。


(私も負けていられませんね)


 ユミナにばれないよう、そっとアスティオンを彼女の方へ近づける。するとアインハルトの意図を察したのか、アスティオンはユミナの膝の上に乗ってごろごろしだした。


「ひゃうっ! ど、どうしたの?」


 いきなりじゃれつき始めたアスティオンに戸惑っている隙に、アインハルトがレイスの方へ身を乗り出す。


「レイスさん。よろしければ、私にも同じことをさせてくれませんか?」

「さ、流石に2度目は……」

「1度やったのですし、2度目もできます。
 それとも、ご迷惑でしょうか?」

「い、いえ。そんなことは」

「では……お願いします」

「は、はい」


 互いに顔を赤くしつつ、レイスはバウムクーヘンを一口サイズに切り込みを入れ、アインハルトの口へ運ぶ。


「ど、どうぞ」

「あーん」


 同じものを食べているはずなのに、食べさせてもらうだけでもだいぶ違う。続いてレイスに食べさせる。


「レイスさんも、どうぞ」

「い、頂きます」


 戸惑いつつ、食べさせ合うレイスとアインハルト。アスティオンをなんとか払いのけ、アインハルトの足元に返すと、ユミナも身を乗り出した。


「レイスくん、もう1回……あーんして♪」

「で、でしたら私ももう1度……!」

「あ、あの……1回だけと言う約束のはずなんですが……」

「えー? そう言わず、ね?」

「そ、そうです。1回だけだなんて言わないでください」


 まったく引く気のないユミナとアインハルト。結局、それからも強請られたレイスは数回、2人から食べさせられる羽目になった。


「お二人へのお返しだったのですが……」

「まぁまぁ、私たちは充分楽しめたから。
 ね、アインハルトさん」

「えぇ」

「それなら、構わないのですが……でも、お口に合ったのならなによりです。
 ヴィヴィオさん達も喜んでくれましたし、安心しました」


 レイスのその言葉に、2人はぴしっと身体を硬直させる。てっきり自分らだけが呼ばれたかと思いきや、どうやら話はそう簡単なことではないらしい。確かに家に上がったのは自分達だけのようだが、ヴィヴィオ達もホワイトデーの恩恵をもらったようだ。


「……まさかと思うけど」

「レイスさん、私たちと同じことをせがまれませんでしたか?」


 満面の笑みで問うユミナと、ジト目で睨むアインハルト。2人のただならぬ様子に気が付いたのか、レイスは思わず怯んでしまう。


「た、確かにせがまれましたよ。
 断りきれなくてしましたけど……いけませんでしたか?」


 何故怒っているのか分かっていないレイスは、お構いなしにと地雷を踏んでしまう。当然、ユミナとアインハルトはまなじりを吊り上げて立ち上がった。


「あ、あの……?」

「帰ります」

「バウムクーヘン、ありがとうね」

「ちょ、ちょっと……!?」


 さっさと出て行こうとする2人を追いかけるレイスだったが、未だにどうして怒っているのか分からなかった。


「お、送っていきますよ」

「「結構です!」」


 あまりの剣幕に怯んでしまい、レイスはただ「はい」と返すしかできなかった。やがて扉が閉じられ、レイスは溜め息を零す。


《……Master.》

「あ、ペイルライダー。フルメンテナンス、終わったんですね」

《はい、少し前に。
 アインハルト様とユミナ様、豪い剣幕でしたね》

「えぇ。もしかしたら、お口に合わなかったのかもしれません……」

《それは関係ないと思いますが……しかし、メンテナンスを行わせて頂き、ありがとうございます》

「いえいえ。ペイルライダーにはいつもお世話になっていますから。
 ですがこんなことで良かったのですか?」

《はい、構いません》


 ペイルライダーは女性人格と言うことで、レイスは彼女にも何かホワイトデーに何かできないかと考えたのだが、彼女は久しぶりに自己メンテナンスを行いたいと言いだした。確かにほぼ四六時中一緒にいるため、自己で長期のメンテナンスを行う時間を確保できなかったのがその理由だ。


「何か異常はありましたか?」

《幸い、何も発見されませんでした》

「それなら良かったです。
 しかし、ペイルライダーに何もしてあげられなかったですね……」

《…私がユニゾンデバイスにでもなれば、マスターの手料理を味わえるでしょうが、それは厳しいでしょう》

「僕にユニゾンの適性がないといけませんからね。
 それに、インテリジェントデバイスからユニゾンデバイスに移行するなんて聞いたことがありませんし……」


 メンテナンスを終えたペイルライダーを手に取り、いつものようにテーブルに乗せる。


「ですがもし、ペイルライダーがユニゾンデバイスになると言う願いが叶うなら……きっと、可憐な女性なんでしょうね」

《……マスターは、そのような女性像をお望みなのですか?》

「えっ!?」

《ユニゾンデバイスになる場合、やはりマスターの意見を考慮した姿になると思われます》

「あ、なるほど……僕が望んでいるわけではありませんよ。
 ただ、ペイルライダーは優しいですし、気遣い上手ですから、可憐なイメージがわいてきたんです」

《性格と容姿に関連性はないと思いますが?》

「そ、そうなんですけど……」


 どう言えばいいか──頭を抱えて悩んでいるレイス。そんな主の年相応な姿を見て、ペイルライダーは思わず笑い出しそうになる。もちろん実際には笑えないが、レイスと長い付き合いなので、どこか人間染みてきたように思う。


《ともあれ、マスター。可憐な私をイメージしてくださってありがとうございます》

「そんな、感謝されるようなことではありませんよ」

《しかし、マスターがどのような女性体を好んでいるのかは気になりますね》

「いきなりなんですか?
 んー……見た目は特にありませんが、ペイルライダーであればどんな見目でも構いませんよ。貴女のように優しくあれば」

《…………》

「ペイルライダー?」

《マスターは本当に、女心を分かっているのかいないのか……》

「え?」

《いえ、なんでもありません》


 鈍い主に呆れつつも、彼の純粋さと優しさはとても心地好いことを、ペイルライダーは知っていた。










◆──────────◆

:あとがき
今回は特別編と言うことで、何れはあるかもしれない日常風景を書いてみました。
まさかの本編より先に登場するユミナ嬢……彼女の元気な姿には癒されます(*´ω`*)

それはさておきまして、やはりレイスは無駄に鈍い模様。
ペイルライダーの1人勝ちとなりましたが……まぁアインハルトとユミナにとってはかなりのライバルですね。

ともあれ、次は本編に戻りますので、しばらくまた漫画に則した形になります。
次回もお楽しみに。







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