小説
Episode 19 休憩
「あー……負けちゃったぁ」
「最後の一撃、中々良かったけどね。でもまだまだ甘いよ、ヴィヴィオ」
悔しそうに呟くヴィヴィオを宥めるのは、フェイトだけでなくリオらも一緒だった。負けたのが相当悔しいようだが、流石に残った相手が悪かった。ここから更に2時間後にもう1試合あると思うと少し疲労が気になるところだが、既に決められているので文句など言わずに、レイスはケインらの話に耳を傾けていた。
「さて、ずっと同じチームメイトでもつまらないし、最後ぐらいメンバーを入れ替えるか」
「そうだね。とりあえず休みながら決めちゃおうか」
「だな。ほら、ここで休んでないでちゃんとロッジに戻れよ?」
「うぅ……なんだかロッジが遠く感じる」
「同感ね」
重たい足取りとなりながらも、ヴィヴィオ達はそれぞれロッジに戻っていく。レイスも途中までついて行ったが、途中でノーヴェに断りを入れてから団体から離れた。
「…はぁ」
小川のせせらぎに誘われるようにして川辺へ向かう。川を挟んだ向こうでは、ルーテシアの家族のガリューが果物を取っているところだった。こちらに気付いて一礼したので、レイスも一礼して返す。
フェイトに言われたことを思い出しながら、しかしレイスは頭を振った。
(僕に本当の自分など……)
確かに、レイスは他人に対して自分を見せるのが苦手だった。しかし彼女が言う本当の自分とはいったいどの自分なのか、イマイチ見えてこない。別に隠しているつもりはない──と、思う。
「レジサイドさん」
川に足を突っ込んで涼んでいると、アインハルトが声をかけてきた。その手にはジュースが入ったコップが握られている。
「メガーヌさんからです。どうぞ」
「わざわざ運んできてくださったのですね。すみません、ありがとうございます」
「いえ。あの、お隣よろしいですか?」
「えぇ」
アインハルトが座ったのを確認してから、彼女が持ってきてくれたジュースを一口飲む。火照った身体にちょうどよい冷たさが行き渡る。甘さもしっかりとしており、しつこくはなかった。
「なんとか2試合、終えましたね」
「えぇ。こちらは負け越してしまいましたが」
「そうですね。ですが辛勝でしたから、次の試合で勝てば……」
「とは言え、次はメンバーが多少入れ替わるようですし、また違う戦略が必要になってくるでしょう」
「レジサイドさんと同じチームになるか、それとも……」
「はたまた相対するか……どちらにせよ、互いにいい試合になるといいですね」
「…はい」
レイスの言葉に力強く頷きかえすアインハルト。その笑みを見て、レイスもふっと笑みを零した。
「私はそろそろ戻りますが、レジサイドさんはどうしますか?」
「僕はもう少しここにいます。お手数ですが、コップをお願いしても?」
「はい。では、また後で」
「えぇ」
アインハルトに任せ、レイスは川辺に仰向けに寝転がる。太陽が少しずつ傾き始めているので、暑苦しくない。2時間後には、夕方になっている頃だろう。心地好い陽気のせいで、次第に瞼が重たくなってきた。
(…それだけでは、ないですよね)
フェイトに言われた言葉が、未だに強く残っている。それから逃れるようにして、レイスは目を閉じてその上に腕を乗せて視界を暗くした。
一方、コップを持ってロッジに戻ったアインハルトは、これからどう過ごすか迷っていた。ヴィヴィオ達と話そうかと思ったが、どうやら休憩のために寝ているようだ。アインハルトもそれに倣おうかと思いはしたものの、既にベッドは埋まっているようなのでそこを後にする。
「あれ? 何だ、アインハルトだけか?」
「ケインさん。はい、レイスさんはまだ川辺にいると言っていました」
「気ままだなぁ。なんか、試合中にフェイトと話をしたみたいなんだが……それについては何か言っていたか?」
「いえ、何も。ただ……」
「ん?」
「少し、話をするのが嫌そうに感じました」
「へぇ」
アインハルトが抱いた印象に、ケインは感心した。まだまだ自分のことで手一杯だから、相手を気遣う余裕がないのではないかと心配していたが、それは杞憂だったようだ。元々優しい性格なので、どうやらそこまで気にしなくても良かったらしい。
「レイスのこと、気にしてくれているんだな」
「それは、もちろんです。レジサイドさんも、大切な友達ですから。
別に、彼が私のことを友人と思っていなくても構いません。一方的なのが迷惑なら、言ってくれるはずですから」
「…そっか。
アインハルトはそんなにもレイスのことばかり気にしているんだなぁ」
にやりと笑ったケインに、アインハルトはまたからかわれると思って顔を赤くする。
「わ、私はただ、レジサイドさんからも友達だと思ってもらいたいだけで……」
「俺は何も言っていないけどな」
「っ〜〜〜!!」
ますます顔が赤くなる。アインハルトはそれ以上ケインに何も言わず、踵を返した。
「あはは、弄り過ぎたみたいだ」
「みたいね。
次の試合でアインハルトと同じチームにならないと、物凄く痛い一撃が来るわよ、きっと」
「…だ、大丈夫だろ」
ケインとアインハルトのやり取りをこっそり見ていたティアナにそう言われ、ケインは額に汗を掻いていた。
そしてロッジを出て行ったアインハルトはと言うと───。
(レジサイドさん、まだいるでしょうか?)
ケインに弄られた手前、彼と一緒にいるとまたからかわれると思ったが、外に出てしまった以上すぐロッジに戻ることもできない。結局、レイスと一緒にいて時間を潰すことにし、川辺に戻ってくる。
すぐにレイスの姿を見つけ、駆け寄る。最初は仰向けになっていて何事かと思ったが、ペイルライダーが寝ていることを教えてくれたので、安堵して隣に座った。幸い、川辺でも2人がいる場所は休憩スペースとして舗装されているので寝転がっても痛くなかった。
(お邪魔でしょうか? でも、私も眠たいですし……)
どうしようかと決めあぐねていたが、やはり眠気には勝てそうもない。そわそわしながらもレイスのように寝転がり、そして小川のせせらぎを聞きながら目を閉じた。
◆◇◆◇◆
「ぅん……? あ……寝過ぎて、しまったでしょうか」
次第に覚醒していく頭でぼんやりと考えながら、レイスは重たい身体をのそのそと起こす。凝った身体を伸ばし、何気なく手を置いたところの感触に違和感を覚え、ふと隣を見てみる。碧銀の髪にあどけない寝顔をした少女が、そこにいた。レイスが触れたのは、どうやら彼女の衣服のようだ。
「……ペイルライダー、状況の説明を」
《マスターがお休みになられている間に、アインハルト様がこちらで寝られました》
「そうですか。時間は?」
《あと50分あります》
「それでは、もう少しだけ寝かせておきますか」
アインハルトを何気なく眺めていると、自然と手が伸びていた。思わず、ぐっすり寝ている彼女の頬を指でつついてみる。
「ぅん……すぅ」
僅かな反応がかえるものの、まだ寝たままでいてくれてほっとする。それでもレイスは続いて髪に触れた。碧銀の艶やかな髪は、指どおりもよくレイスの指に絡むこともなく梳くことができた。
《…Master.》
「……大丈夫ですよ、ペイルライダー」
ペイルライダーの警告で我に返り、レイスは愛想笑いを浮かべる。その笑みは白々しく、無理をしているのがよく分かった。
「レジサイド、さん……?」
「お目覚めですか、ストラトスさん?」
「あ、すみません。勝手に隣で寝てしまって……」
「いえ、構いませんよ。疲れは取れましたか?」
「はい、お蔭さまで」
まだ眠気は残っているようだが、どうやら本当に大丈夫そうだ。先に立ち上がり、レイスはアインハルトに手を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
「1度ロッジに戻りましょうか」
「そうですね」
レイスと共にロッジに戻ると、ちょうどケインとティアナが話し込んでいるところだった。
「ほら、やっぱり一緒に戻ってきたでしょ?」
「おかしいなぁ……」
「何の話ですか?」
「アインハルトとレイスが、一緒に戻ってくるか賭けていたのよ。
ケインはアインハルトを弄ったから、一緒じゃないって言っていたんだけどね」
「…またストラトスさんをからかっていたんですか。よほどご執心なのですね」
「だから違うっての!」
アインハルトはこれ以上からかわれたくないので、そそくさとその場を離れてヴィヴィオらと合流することに。そんな彼女を横目で一瞥し、レイスはメガーヌに一言断ってからお水をもらう。
「レイス、アインハルトと何をしていたの?」
「別に何も。少し疲れが出てしまって、気付いたら寝ていたので。
ストラトスさんも同じだったようです」
「そう。やっぱり2時間だと、短いかしら?」
「それにしては、ラーディッシュさん達は疲れているように見えないですね」
「まぁ、俺らは魔導師として就職しているからな。俺とティアナ、それにフェイトは執務官だし、なのはは戦技教導官、スバルとノーヴェは防災担当……みんな、強さを備えていないといけないし」
「レイスも、私たちがしていた特訓を続けていれば、もっと強くなれるわよ」
「流石にそれは、買いかぶり過ぎだと思いますけど……僕にはそこまで努力を続ける忍耐もないですから」
苦笑いするレイスに、ケインとティアナは顔を見合わせる。
「え、なんですか?」
「いや……レイス、自分がある程度の強さを既に持っていることに気付いていないんだなぁと思って」
「僕が?」
「もっと自分に自信を持っていいと思うけど……もちろん、過信のしすぎはダメだけどね」
「皆さんのように強い方々が多いと、気付けないものですね」
「みんな、そろそろ練習試合を始めるよ〜」
なのはの言葉に、休んでいた全員が準備を始めてロッジを出ていく。
最後の練習試合はどうやらチームメンバーをトレードして決めるらしい。パワーバランスを鑑みて、なのはとフェイトは別々のチームのようだ。そして2人が交互にメンバーを選んでいき、レイスはフェイトがリーダーを務める赤組に入ることに。
「レイスさんと同じチームになるのは、これが初めてですね」
「そういえばそうですね」
コロナの言葉に頷き返し、チームメンバーを見ていく。フェイトとノーヴェも、組むのはこれが初めてになる。そしてエリオとルーテシア、スバルとはずっと同じチームとなった。
「あの……ヴィヴィオ達から聞いて、1つお願いがあるんですけど」
「なんでしょうか?」
「私のことも、名前で呼んでくれませんか? なんだか慣れなくて」
「あたしもコロナに同意見だ。
まぁ、あたしの場合はスバル以外にも姉妹がいるから、名前で呼んでもらわねぇとややこしくなるからな」
「分かりました。では、コロナさん」
「はい♪」
「ノーヴェさん」
「おう!」
「えっと……フェイト、さん」
「…うん」
残ったフェイトをちらりと見ると、微笑みを返してきた。なんとなく呼んでほしいと言う意味として悟り、レイスは彼女のことも名前で呼ぶことに。
「さて、困ったことにあっちはティアナとなのはさんとブレイカー級を撃てる奴が2人もいる。
あまり時間をかけているとこっちがあっという間に殲滅されるから、早くにあの2人を撃墜したいところだが……」
「ケインやアインハルト達が全力で阻止してくるだろうね。
向こうはフロントアタッカーも充実しているし、キャロの補助もあるから撃墜は大変だと思う」
「ってことは、やっぱり初手から多数対単数がいいのかしら?」
「そうなるね。もちろん、向こうもそれを見透かしてきているだろうけどね」
「向こうもこちらの手の内は分かっているでしょうから、ある程度の創意工夫が必要になりますね」
各々の意見を纏め、多数対単数の状況に追い込んでから戦闘を開始することに決める。全員がつかず離れず動き、しかしフェイトとエリオは可能ならなのはかティアナを確実に撃墜する。シンプルではあるが、これが一番だろう。
「それじゃあ、練習試合ラスト1本……絶対に勝とうね」
◆──────────◆
:あとがき
今回は第二と第三試合の間にあった出来事を書きました。
なんだかんだで相手を気遣いあうレイスとアインハルトですが、レイスの場合アインハルトと違って自分のことを後回しにしている形になります。
次回は最後の第三試合です。
ちなみに残念ながらレイスとアインハルトの絡みはいっさいありません(爆)
その代わり、あるキャラとのやり取りを後々に使おうと思っていますので、そちらをお楽しみに〜。
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