小説
幸福
「すっかり冷え込んでいますね」
「えぇ」
ザンクトヒルデ魔法学院での授業を終えて、アインハルトはクラスメートのレイスと共に下校していく。ついこないだ降った雪が、ちらほらとまだ残っているせいで余計に寒さを感じる。冬服の上に更にコートを着ているのだが、足元はまだいくらか寒い。
「そういえば……アインハルトさん、アスティオンはどちらに?」
「それが、寒さに負けて鞄の中に閉じこもっているんです」
「それはまた……羨ましい気もしますね」
「えぇ。ティオも温もりがあるので、時折触りたいんですが、私の手が冷たいと逃げてしまって……自分だけ温まっているので、困ります」
「確かに手袋などをしていないとあっという間に冷えてしまいますからね。
風邪をひかないよう、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
やがて校門の前まで来ると、アインハルト達に向かって手を振る人影が見えてきた。初等科に通うヴィヴィオ達だ。
「ごきげんよう、皆さん」
「ごきげんよう、アインハルトさん、レイスさん」
ヴィヴィオ達と知り合ってからもうすぐ1年が経とうとしているが、この5人で一緒にいるのが当たり前になり、なるべく時間が合う時はこうして一緒に登下校しているのだ。最初はレイスとしては肩身が狭くて仕方がなかったのだが、今となっては慣れてしまった。
「そういえば……アインハルトさん達は2月3日の予定って入っていますか?」
「3日、ですか?」
「いえ、特には入っていません」
「私も大丈夫です」
「実はその日、みんなで集まって節分を楽しもうって話が上がっているんです」
「節分、ですか?」
「はい♪」
「確か、地球にある文化と言うのは記憶にありますが……」
小首を傾げるアインハルトとは違い、レイスは書物で覚えていたことを話すと、ヴィヴィオは「その通りです」と嬉しそうに肯定してくれた。
「なのはママが地球の出身なんですけど、せっかくだからみんなにも知ってもらいたいなぁって」
「楽しそうですね」
「ですよね?」
まだその手の文化に疎いコロナ達は、今から楽しみに目を輝かせる。
「あまり夜遅くだと悪いですから、昼過ぎに集まってもらえると助かるんですが……」
「分かりました。昼過ぎに、ですね」
詳細はまた後で──そう決めたところで、5人はそれぞれ自分らの帰路につく。アインハルトとレイスは家のある方向が同じなので、まだしばらくは一緒だ。
「レイスさんは、節分についてどれくらいご存知なんですか?」
「残念ながら、先程話したことくらいしか……ただ、子供の健やかな成長を祈願したり、家内安全、無病息災などを願うための行事は多いとか」
「では、その節分と言うのも?」
「恐らくは」
「ヴィヴィオさんのお母様は、やはりヴィヴィオさんを大事にされているのですね」
「そうですね。子供の方からしたら、もういいとさえ感じるかもしれませんが」
苦笑いするレイスに、アインハルトは頷き返した。最初こそ楽しいかもしれないが、次第にもう子供ではないとか、恥ずかしいからとか感じていく可能性もある。それでも、ヴィヴィオはやらずに終わらせるような性格ではないので大丈夫だろう。
「では、僕はこれで」
「はい」
やがて2人も分かれ道に立ち、会釈をしてから家路を歩いた。
◆◇◆◇◆
2月3日───。
予てからの予定通り、レイス達は昼過ぎにヴィヴィオの家にやって来た。今日はフェイトだけがおり、なのはは仕事へ行っているようだ。
「みんな、いらっしゃい」
「お邪魔します」
出迎えてくれたフェイトは早速着席を促し、彼女はせっせと準備を進めていく。
「フェイトさん、よろしければ手伝いますが」
「あ、えっと……」
レイスの申し出を断ろうと思ったが、ヴィヴィオ達がじっとこちらを見ていることに気づいた。彼の申し出を断っても、次にまた誰かが引き受けてきそうだったので、承諾することに。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「分かりました」
後は更に盛り付けたりするだけなので、まったく苦にならないだろう。フェイトが準備しているのは、節分にかかせない物の1つ、恵方巻きだ。この1年で良いとされる方角を向きながら食すると、幸運が舞い込むのだとか。
「フェイトさん、こちらは……」
「あっ! そ、それは失敗作だから、あまり見ないで」
「それは失礼しました」
ヴィヴィオ達のために──そう思って一生懸命頑張った恵方巻きの1つだが、残念ながらそれは叶わなかった。ただ、せっかく作ったのに簡単に捨てるわけにもいかず、こうして残してしまったのだ。
「はい、お待たせ」
「わぁ♪」
「これは、とっても可愛いですね」
お皿に並べられたのは、子供のための小さな恵方巻きと、2つの助六寿司。しかも助六寿司の方には、セイクリッドハートとアスティオンが具材によって描かれている。
「本当はみんなのデバイスを作りたかったんだけど、難しくて……ごめんね」
「そんな、謝らないでください」
「これだけでも充分に嬉しいですよ」
落胆するフェイトを、コロナとリオがすかさず励ます。その言葉に安心したのか、フェイトも笑みを浮かべてくれた。
「でも、これは……」
「ちょっと、食べづらいですね」
「や、やっぱり?」
かなり頑張ったのか、中々精巧にできているだけに食べてしまうのは勿体なくて仕方がない。
「まぁ気持ちは分かりますが、フェイトさんが作って下さったわけですし……頂きましょう」
こういう時は、レイスが全員とは逆の意見を言って気を変えることが多い。アインハルトはそれに気付きながら、結局は彼に言わせてしまってばかりいるので、二番手として彼の意見に乗っかる。
「そうですね。美味しい内に頂きましょうか」
そして6人で手を合わせ、挨拶をしてから恵方巻きを食した。
◆◇◆◇◆
「それじゃあ、これから豆まきをしようと思います」
「「おー♪」」
食事を終え、緑茶で一息ついてから始まった、節分を象徴する豆まきに、ヴィヴィオ達はすっかり乗り気だ。
「豆まき、ですか?」
「はい。家にいるとされている鬼を追い出した上で、幸福を招くんです」
「鬼……不幸を表しているんですね」
「そうです」
「それじゃあ、早速始めよう」
四角い升の中に大量の豆を入れると、ヴィヴィオ達は2階へ向かった。
「ごめんね。ちょうどいいサイズの升を探したんだけど……」
「いえ。寧ろ僕は、行事の成り立ちの方に興味があるので」
本当は全員分の升を用意したかったのだが、中々見つからずに4つしか確保できなかったらしい。
「それじゃあレイスは……先にこれをどうぞ」
「これは……ヴィヴィオさん達がまいている豆ですよね?」
「うん。それを自分の歳の数だけ食べると、福が訪れるんだよ」
「色々な方法があるんですね」
「そうだね。私も最初聞いた時は驚いたよ。
でも、福を招くのはなにも自分のためだけじゃないと思うから」
「と言うと?」
「自分が幸せになればこそ、友達も幸せになれるんじゃないかなって」
「なるほど」
「あはは、変な考えかな?」
「いえ、そんなことは」
「あの……」
「アインハルト。どうしたの?」
「ヴィヴィオさん達が、ファイトさんとも豆まきをしたいと……なので、私が交代しようと思って」
「そうなんだ。ありがとう」
アインハルトの頭を優しく撫でて微笑み、ファイトは2階へ上がった。すぐに明るい声が微かに聞こえてくる。かなり楽しんでいるようだ。
「あの……レイスさんは先程のフェイトさんのお話、どう思いましたか?」
「聞いていたんですね」
「あっ……立ち聞きするつもりではなかったんです」
「もちろん、分かっていますよ。
そうですね……もしそうなら、嬉しいですね。自分が誰かの役に立っているわけですから」
「…私も、同じ考えです。少しでもその人の幸せに繋がるのなら……」
言葉を紡ぎながら、アインハルトはふとレイスを見る。そして無意識に、彼の手を取った。
「私は、レイスさんが幸せであるなら、私も幸せになれる……そう思っています」
「それはまた、なんと言えばいいのやら……でも、もしそうなら光栄です」
「私は皆さんと知り合い、親しくなるまで酷かったですから。
ヴィヴィオさん達もそうですが、レイスさんが私を私たらしめてくれたと……自信をもって言えます」
「さ、流石にそれは言い過ぎだと思いますが」
苦笑いし、恥ずかしそうに頬を掻く様子を見て、アインハルトはくすりと笑った。
「言い過ぎなどではありませんよ。貴方との巡り合わせは、私にとって大事なことなんです。
だから……だから、レイスさんももっと幸せになってください」
「……それは、アインハルトさんが幸せになったらと言うことで」
「え?」
「僕も、貴女と同じ考えですからね」
「レイスさん……」
彼はあまり、自分を優先しようとしない。そういうところも実に彼らしいと思うが───
「レイスさんは、もう少し自分の気持ちを優先した方がいいと思います」
「……アインハルトさんには言われたくありませんね」
───やはり、どっちもどっちのようだ。
「レイスさんも一緒にやりましょう」
「今行きます。さぁ、アインハルトさん」
「…はい」
ヴィヴィオらに呼ばれて立ち上がったレイスだったが、彼はアインハルトに手を差し出し、彼女も笑顔でその手を取った。
◆──────────◆
:あとがき
今回の節分はレイスを主人公にした形で書きました〜。
決してヴィレイサーの書き方を忘れた訳ではありませんよ?(汗)
最後にちょろっと惚気ましたが、これがくっ付いているかどうかは自分でもよく分かりません。
まぁ本編ではまだ恋仲ではありませんが、2月と言う時期ですから親しくはなっていると思い、こうしました。
とは言え、普段と変わっていませんよね。すみません。
では次回もお楽しみに。
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