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小説
Episode 14 アインハルト





 各々に課せられたトレーニングを終え、昼食を済ませてそれぞれが片づけに徹する。


「レジサイドさん、指はどうされたのですか?」

「え? あぁ、包丁で切ってしまったみたいで。大したことはありませんから、そのままにしてあるんです」


 食器を流しに下げに来たアインハルトに指摘されて、僅かながら血が滲んでいる指を改めて見てみる。完全に血が止まったわけではないが、激しい動きをしなければ問題ないだろう。

 しかしアインハルトはしばし思案顔になると「ちょっと待っていてください」と言って1度ロッジに戻った。ほどなくして戻ってきた彼女の手には、絆創膏が握られている。


「指を出してください」

「流石にそこまでしなくても平気ですよ」


 自ら指に巻こうとするアインハルトを制し、レイスは自分で絆創膏を巻いてしまう。彼が素直に巻いてくれたので、アインハルトはそれ以上は何も言わなかった。


「あの時とは、真逆ですね」

「あの時?」

「レジサイドさんの家にお邪魔した時です。あの時は私が怪我をしてしまったので」

「えっと……あ、あぁ。そういえばそうでしたね」


 なにやら歯切れの悪いレイスの返しに、アインハルトは不思議そうに首を傾げる。しかし、ケインが面白そうにこちらを見ていたことの方が気になった。


「なんですか?」

「いや、アインハルトはレイスの家に行ったことがあるんだなぁと」

「えぇ。どこか変でしょうか?」

「そうじゃなくて、仲がいいんだなぁと」


 そこでようやく、レイスはケインが言わんとしていることが分かった。レイスがあまりにもからかい甲斐がないから、標的をアインハルトへと切り替えたと言うことだろう。だが、特に助け舟も出す気にもならないのでそのまま放っておくことに。


「どういう意味でしょうか? レジサイドさんと私が、不仲に見えましたか?」

「だ、だから……何でお前までレイスと同じような反応を返すんだよ」

「え? えっと……?」


 訳が分からないと言いたげなアインハルト。それでもレイスは肩を竦めるだけで、何も言わなかった。ケインは呆れているが、アインハルトの場合は本当に意味が分かっていないのだろう。レイスと違ってわざとのらりくらりとかわしているわけではない。


「つまり! アインハルトとレイスは恋人みたいに仲がいいんだなぁってこと!」

「……はい?」


 しばらくぽかんとしていたアインハルトだったが、やがて一瞬で顔が真っ赤になる。耳を澄ませていれば、ぼんっと言う音すら聞こえてきたかもしれない。


「そ、そんな関係ではありません!」

「ふ〜ん」


 アインハルトは反論するが、ケインは気にしていない様子だ。レイスは溜め息を零し、助け舟を出すことに。


「ストラトスさん、すみませんがあちらで食器を洗ってくださいますか?」

「は、はい」


 ケインにからかわれたからなのか、アインハルトはレイスと視線を合わせることができずにそのままそそくさと離れて行った。


「…お前よりアインハルトを弄った方が楽しそうだな」

「みたいですね」

「止めないのか?」

「どうぞご自由に。僕にはまったく関係ありませんから」

「果たしてそうかな?」

「…どういう意味ですか?」

「レイス絡みで弄るってこと」

「……好きにしてください」


 どうせ止めようとしたところで、無意識の内に弄ってくるだろう。レイスはどうでもいいと言いたげにケインから視線を外した。


「アインハルトさん、私もお手伝いします」

「あ、お願いします」


 1人で食器を洗うには量が多いので困っていたアインハルトだったが、即座にヴィヴィオが手伝いに周ってくれた。


「ヴィヴィオさん達は、いつもあのようにノーヴェさんがご教授を?」

「いつもってわけじゃないですよ。最初はスバルさんに、基礎だけ教えてもらったんですけど、やっぱり皆さん普段は忙しいのでしばらくは独学だったんです。
 でも、ある時ノーヴェが声をかけてくれて……それからは一緒に。それに、ノーヴェだけじゃなくて、時々ケインさんも見てくれていました。なんだかんだでコロナとリオのことも見てくれますし、とっても優しいんですよ、2人とも」

「…分かります。少し、羨ましいです」

「え?」

「私は、ずっと独学で……独りでしたから」

「あっ……」


 寂しそうな目をするアインハルトに、しかしヴィヴィオはすかさず彼女の方へと身体を寄せ、笑顔を見せた。


「でも、これからは私たちも一緒ですよ」

「あ……そうですね。ヴィヴィオさん達と、一緒です」


 アインハルトが使う古流武術(カイザーアーツ)と、ヴィヴィオらが学ぶ近代格闘術(ストライクアーツ)──2つの道が交わることはないのかもしれない。それでも、こうして並んで歩くことはできるはずだ。


(少しだけでもいい……ヴィヴィオさん達と、一緒に歩いていけたら……)


 何気なく拳を差し出すと、ヴィヴィオは慌てて手を拭いてアインハルトとそっと拳を突き合わせた。


「レイス」

「…ハラオウンさん」

「アインハルトのこと、気遣ったんだよね?」

「いえ。僕は何もしていません」


 フェイトの突然の言葉に、しかしレイスは彼女を見ないまま言葉を返す。


「そんなことないよ。ヴィヴィオと話してもらおうと思って、わざと洗い物を1人でやってもらったんでしょ。
 ヴィヴィオが来なかったら、自分が手伝うつもりだったみたいだけど」

「…まさか。単に僕はやるのが面倒だったから、彼女を手伝わなかっただけです」

「だったら、そのタオルは何かな?」


 微笑するフェイトが指摘したタオルをぎゅっと握り、レイスは溜め息を零した。


「あまり、からかわないでください」


 レイスは戸惑いがちになりながらも冷ややかに返すと、ロッジの中へと戻っていった。この後は特に予定を決めていないので、彼は自由行動するだろう。


「フェイトもレイスに憎まれ口を叩かれたみたいだな」

「…うん。でも、どうしてかな。なんだか、放っておけないんだ」


 ケインに答えつつ、フェイトは風になびく髪を押さえながらレイスの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。その瞳には、どこか寂しさが見え隠れしている。


「俺も、さ……レイスが危なっかしく見えるんだ。それも、“あいつ”以上に」

「……そうだね」


 目を閉じ、フェイトはぎゅっと手を握る。今は亡き、愛する人を心の底から想いながら。





◆◇◆◇◆





「レイスさんも、一緒に歴史の勉強しませんか?」


 自分に割り当てられた部屋でのんびりしていたレイスは、コロナとリオに誘われてルーテシアが待つ書庫へ向かう。その道中、コロナが問うてきた。


「レイスさんは、アインハルトさんといつからお知り合いなんですか?」

「会話をするようになったのは、割と最近ですね。
 初等科でも同じクラスだった時はあるのですが、その時はまったく話しませんでした」

「でも、今は仲良しなんですよね?」

「仲良し、と言うのでしょうかね。確かに不仲とは言いませんが」

「その……アインハルトさんのことは?」

「本人から。最初は何を聞いているのか、よく分かりませんでしたが。
 高町さんからも、お聞きしました。自分がどういった存在なのか……ですが、だからどうこう言うつもりはありません。高町ヴィヴィオその人であり、アインハルト・ストラトスその人なのですから」

「良かった。ヴィヴィオやアインハルトさんのこと、変に見ちゃう人もいるんじゃないかって、不安で……」

「そう思うのでしたら、周りに話さない方がいいはずなのですが……しかし、信頼をしてもらっていると思えば、いいのかもしれませんね」

「はい♪」

「……早すぎるとしか、思えませんが」

「え?」

「なんでもありませんよ。さぁ、行きましょう」


 先に歩き出したレイスに改めて先程何を言ったのか問おうかと思ったが、教えてくれなさそうなので黙って後に続いた。


「ルーちゃん」

「3人とも来たわね。ちょうど本が見つかったところだから、早速読みましょう」


 両手で大きな本を抱えているルーテシアに案内され、各々が席に着く。真ん中に置き、早速ページをめくっていく。そして1人の男性の肖像が描かれたページで止めた。


「この方は、もしや……」

「そうよ。歴史に名を刻んだ覇王イングヴァルト……クラウス・イングヴァルトの回顧録よ。
 でも、記されているのは彼に関してのことだけじゃない。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトのことも書かれてあるの」

「聖王家の王女様で、のちに【最後のゆりかごの聖王】と呼ばれた人だよね?」

「だけどその2人って……」

「えぇ。生きた時代が違う……この説が主でしたね」


 コロナの確認に、レイスが頷く。もちろん諸説はあるし、この時代が違うと言うことを決定づける証拠もないのでなんとも言えない。なにより、アインハルトが記憶を受け継いでいるのであれば、それを信じたいだろう。


「この回顧録の中だと、2人は姉弟みたいに描かれているんだ」

「オリヴィエって、ヴィヴィオの複製母体(オリジナル)だけど……全然似てないよね」

「そうだね。ヴィヴィオのご先祖様って認識でいいと思う」

「確か、オリヴィエの方がクラウスの方へ留学したと聞きましたが……これは、やはり人質として、ですか?」

「だろうねー……オリヴィエは継承権が低かったみたいだから」

「「ひ、人質……!」」


 レイスの発言に、コロナとリオは思わず竦み上ってしまった。確かにこの時代の人質と言うのはいい話を聞かないだろう。


「まぁ、2人にはそんなこと関係なかったみたい。
 回顧録も、中身がほとんどオリヴィエ殿下とのことばかりだったから」





◆◇◆◇◆





 同じ頃、アインハルトはヴィヴィオと共に洗った食器を所定の位置に戻していた。


「記憶と言っても、覇王の一生分を引き継いでいるわけではありません。途切れているところもあれば、本当にうっすらとしか記憶していないところもあります。
 ですが、鮮明に思い出せる記憶は悲しいものも多くて……乱世のベルカは、悲しい時代でしたから」

「じゃあ、アインハルトさんが受け継いだ記憶も……」

「もちろん、悲しい記憶ばかりではありません。
 ちゃんと楽しかった記憶や、幸せな記憶もあります。特に、オリヴィエ聖王女殿下との日々とか」

「え? オリヴィエってクラウス陛下と仲良しだったんですか?」

「仲良しと言うのとは、ちょっと違う気がします。
 ただ、共に笑い、共に武の道歩む同士だったのは確かです」


 オリヴィエの名が出ると、ヴィヴィオの興味はさらに深まっていく。あまり根掘り葉掘り聞くべきではないと思いつつ、これがアインハルトのことをより知ることができるのも確かだ。


「オリヴィエって、どんな方だったんですか?」

「そうですね……太陽のように明るく、花のように可憐で、なにより魔導と武術が強い方でした。
 ですが、そんな彼女も乱世の最中に……」

「ゆりかごの運命通りに、ですね」

「…えぇ。皮肉な話ですが、彼女を失ったことで彼は強くなりました。
 すべてを擲ってまで武の道に打ち込み、一騎当千と謳われるまでに……」

「そんなにも、強くなったんですね」

「……それでも望んだものを得られないまま短い生涯を終えてしまったんです」

「望んだもの?」

「…本当の、強さです」

「それって……」

「守るべきものを、守りたいと願った人を守り抜く強さ……それが、本当の強さです」


 記憶を受け継いでいなかったら、ここまで真摯に向き合えないだろう。だが、もしそうだったとしてもクラウスの気持ちはよく分かる。自分だって、大切な人を失ったら、より強くあろうと、この悲しみを繰り返すまいと必死になり、そして真の強さを得たいと思うはずだ。


「覇王流は、決して弱いものではないと証明する……それが、私の悲願なんです」

「アインハルトさん……」

「…ごめんなさい。暗い話ばかりして」

「いえ。でも、クラウス陛下の気持ち、私も分かります」

「え?」

「私も、慕っていた人を……」

「ヴィヴィオさん……」

「フィル・グリードさん……フェイトママの、恋人なんです」

「フェイトさんの……」

「はい」


 ヴィヴィオは手近にあったベンチを指差し、アインハルトと共に腰掛ける。一陣の風が吹き、2人の髪を優しく撫でた。


「フィルさんはいつも一生懸命で、でもちょっと無茶が過ぎる人だったんです。
 もちろん私たちも1人で抱え込まないで欲しいと思って、全力で支えました……それでも、フィルさんは……」

「…やはり、強くありたいと思いましたか?」

「もちろんですよ。特にフェイトママはがむしゃらでした。フィルさんの存在が、あまりに大きかったから。
 多少の無茶は当たり前で、私たちもフィルさんに支えてもらっていたので、それが当たり前に感じてしまって……でもある時、その無茶でフェイトママが倒れてしまったんです。その時になって、ようやく気づきました。こんなことじゃいけないって」


 だからこそヴィヴィオは自分を改めて律することができた。そしてフェイトもまた、少しずつではあったが自分で自分を見つめ直して行ったのだ。


「だから、アインハルトさん。私は貴女に無茶してほしくないって思っています。
 でも、なんでもかんでも止めるなんてできませんから……一緒に、歩きましょう」

「…はい、是非」


 差し出された小さな手。それでも温もりに満ちたその愛らしい手を握り返すと、ヴィヴィオは嬉しそうに微笑んだ。










◆──────────◆

:あとがき
今回はアインハルトについて、そしてフィルくんに関して少しばかり触れる形となりました。

今後はフィルくんのことをよく知るフェイトがレイスに何かしてあげられたらと思います。もちろん、アインハルトにも頑張ってもらう予定ですので。

次回はヴィヴィオとアインハルトが2人きりでスパーをした直後から書いていく予定です。アインハルトにはレイスとフェイト、2人と絡んでもらおうと思っております。

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