小説
特別編 月明かりの下で
「今年は今夜か」
カレンダーを見て、ギンガが出してくれた湯呑を片手にゲンヤは小さく呟く。
「もしかして、十五夜ですか?」
「あぁ」
仕事の用事で来ていた、機動六課の部隊長たる八神はやての言葉に頷き返し、緑茶を一口。程よい熱さが心地よい。
「お父さん、十五夜って?」
地球の文化と言うことはなんとなく分かったが、詳細を知らないギンガはお盆を胸に抱いたまま訊ねてくる。
「簡単に言うと、お月見をするんやよ。
お団子を並べたり、すすきを愛でたり……紅葉狩りみたいなもんやね」
「お月見……」
「今夜は少し寒くなるから、ヴィレイサーと見るなら身体冷やさないよう気をつけろよ」
「うん。…って、何でそこで兄さんが出て来るの?」
「さぁな」
はぐらかしたゲンヤに、ギンガはそれ以上追及しようとはせずに頭を下げてから部屋を出て行った。その後ろ姿を見送り、はやてはゲンヤ向き直り、口を開く。
「娘さん、ご子息と何もないんですか?」
「あぁ。まったくないから、寧ろ困るぐらいだ」
「私もスバルから聞いてましたけど……はよくっ付いてほしいですね〜」
「まぁ、どっちも相手に夢中だからな。他のやつに取られるなんてことはないだろ」
「なのにくっ付いてないって……どういうことなんでしょうね?」
「それこそ分からねぇな」
溜め息を零すゲンヤを見て、自分の隊に2人がいたらさぞ大変だっただろうなぁと思ってしまう。彼の部下たるラッド・カルタスも頭を抱えているのだとぼやいていた。それほど2人は相思相愛に見えてながらも、付き合っていないのだ。
「…せっかくですし、お月見で進展させてはどうです?」
「そうは言ってもなぁ……あまり変に気を遣うと、却って逆効果になるかもしれないしな」
「それでしたら、今回は私が助力しますよ」
「まさかと思うが、変なこと考えてないだろうな?」
「もちろん考えてません。ちょーっとだけギンガに頑張ってもらおうかと」
「……考えてんじゃねぇか」
そう言いつつ、ゲンヤにはやてを止める気はまったくなかったりする。一方、ギンガはそんなはやてとゲンヤの悪巧みを感じ取ったのか、廊下で1人おどおどしていたりした。
◆◇◆◇◆
「ミッドチルダでお月見、ね」
「まぁ、あまり風情がない気もしますけどね」
主任のラッドへと、整理した書類を回していくヴィレイサーは、彼の言葉に苦笑い気味に答える。地球の、それも日本に存在する文化は意外とミッドチルダにも僅かながらに影響を与えているのだが、残念ながら月見はあまり浸透していないようだ。
「せっかくだし、ギンガと一緒に見たらどうだ?」
「或いはそれもいいかもしれませんが……そこは家族と言うべきだと思いますよ、主任」
「残念ながら部隊長と俺は今夜集会があるからな。
機動六課の八神部隊長も一緒だ」
「ここのところ、六課との集会が多いですね?」
「あぁ。例の戦闘機人らが出てから、六課だけじゃなく各地の陸士部隊との連携を深めないといけないからな」
「戦闘機人……」
ラッドの口から出た1つの単語に、ヴィレイサーは反応せざるを得なかった。彼も同じく戦闘機人の1人であり、今までも同胞と刃を交えてきた。自分はクイントに拾われて、救われただけに彼らのように自分ら以外の、人間を殺すと言う計画にはどうしても賛同できなかったからなのだが、何度もぶつかり合う内に、自分の手の内を隠し通し続けられなくなり、最終的にはギンガを傷つける結果になったこともある。
「そんなしけた顔をしていると、またギンガにどやされるぞ」
「…ですね」
ギンガは優しすぎる。もう少し怒るなり距離を置くなりすると思っていただけに、彼女の言動には驚かされることもしばしば。だが、ギンガには感謝するばかりだ。いつも支えてくれる彼女を守り抜く──自分のために思われるかもしれないが、それでもギンガを守りたいと言う気持ちに嘘偽りはない。
「あ、兄さん」
「ギンガ。どうかしたのか?」
「ううん。仕事中みたいだから、後でいいや」
「そうか。じゃあ、終わったら連絡する」
「うん」
もう定時を1時間ほど過ぎているので、ほとんどの隊員は帰宅し始めている。ヴィレイサーはラッドの手伝いがあるのでまだ残るつもりだが、主任たるラッドが部下を長く拘束することもないので、もう1時間ほど経てば解放されるだろう。
「悪いな、ギンガ。しばらく兄貴を借りるぞ」
「大丈夫ですよ、カルタス主任。私は休憩スペースにいますから」
「…もう遅いんだから、先に戻っていた方がいいんじゃないか?
今日から少し冷え込みが強くなるって話だし」
「……鈍いんだから」
「え?」
「なんでもない。じゃあ、言われた通り帰りますよーだ」
拗ねた子供の様なことを言って、足早に踵を返したギンガ。ヴィレイサーはただ茫然とし、ラッドにどうしてあんなことを言われたのかと不思議そうな顔をして問うた。
「そりゃお前……お前が鈍いからだろ」
「いや、俺はギンガが心配だから、明るい内に帰らせようと……」
「はぁ……お前ってやつは本当、妹に対してだけは鈍いよ」
「……そう、ですか?」
「自覚がないのか……ギンガも大変だなぁ」
頭を抱えるラッドを見て、ヴィレイサーはますます訳が分からないと言った様子になる。腕を組み、思案してみるがまったく理由が分からない。
「ギンガは、お前と一緒に帰りたかったんじゃないか?」
「え? それくらい、普通に言えばいいと思いますけど……」
「いつまでもお兄ちゃん子だなぁって思われるのが嫌だったんだろ」
「な、なるほど」
「お前だってギンガに『一緒に帰ろう』なんて言わないだろうが」
「まぁ、言われてみれば……」
「後でご機嫌取りをしておかないと大変だぞ?」
「……カルタス主任、そんなに女心が分かるのに、何で結婚していないんですか?」
「お前、残りの書類全部やらせるぞ」
「すみません」
ラッドの目が本気だったので、ヴィレイサーはすぐに平謝りに謝った。しかし恋人がいないと言うのはここ、陸士108部隊でも七不思議と言われるほど奇妙な話なのだ。ゲンヤからは見合い話がいくらか出されたようだが、すべて蹴ったとか。さらに、多くの女性からの告白をすべて断ったとも言われている。流石に後者は真偽が不明なので、恐らく噂が独り歩きしたのだろう。
「恋人なぁ……まぁ、仕事が恋人だからかな」
「もしかして、誰か好きな人がいるんですか? その人を射止めたいから、とか?」
「……実はそうなんだよ。俺はな、ギンガのことが好きなんだ」
「え゛……」
まさかの一言に、ヴィレイサーは持っていた書類を床にぶちまけてしまった。それを拾うこともせず、ただただラッドをじっと見る。
「信じるなよ」
「信じますよ! カルタス主任、滅多に嘘をつかないですし……」
「あー、確かにな。
まぁギンガのことが好きって言うのは本当に嘘だから、安心しろ」
「安心って……」
「隠すなって。どうせ渡したくないとか思ったんだろ?」
「お、思っていませんよ」
視線を合わせようとしないヴィレイサー。それで隠し通せていると本気で思っているのか、とても疑問だ。どうせ詮索しても言わないだろう。ラッドはそれ以上何も言わずに仕事を再開した。
それから90分が経過してから解放されたヴィレイサーは、ギンガが家で待っているだろうと思い、身支度を急いだ。
だが、当のギンガはまだ隊舎の出入り口に居た。と言うのも、鈍いヴィレイサーに拗ねてしまって帰り支度を整えていた所、はやてに呼ばれて少し話をしていたのだ。
彼女に「お兄さんとお月見するのならこれを着て」と言われ、なにやら衣服を渡された。それがなんなのかは分からないが、せっかく気を遣ってくれたのだからと思い、受け取ることに。
(なんだんだろう、この服?)
袋の中を覗こうとするが、セロハンテープで入口を閉じられているため、中身はよく見えない。はやて曰く、「ギンガを後押しするための服やよ」とのこと。
(うぅ……何で少ししか会ったことのない八神部隊長にまで、私の気持ちがばれているんだろう?)
後押し──つまり、自分がヴィレイサーのことを兄としてではなく1人の男性として好きでいることを知っていると言うことだろう。
(なのにどうして、兄さんは気付いてくれないのかなぁ……)
早く気付いてほしい──そう思いはするものの、気付かれていたらいたで、なんだか恥ずかしいのである。自分から告白するには相当勇気が必要なのだから、ヴィレイサーからしてくれればと何度も思うばかりだ。
(でも……今すぐどうこうってわけじゃないし、いいのかな)
一緒に居られるだけでも、凄く嬉しいのだ。これ以上は贅沢と言うものだろう。我儘は言うまい。
「あれ、ギンガ?」
「兄さん……」
やがて隊舎の出入り口が開き、ヴィレイサーが出てきた。気付かずに素通りされるのではないかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「帰ってなかったのか」
「うん。ダメ、だった?」
「そんなわけないだろ。けど、待たせてごめんな」
優しく頭を撫でられると、すぐ笑みが零れてしまう。我ながらなんて現金なことだろうと思うが、彼を心の底から慕っているのだから仕方のないことだ。ヴィレイサーはしばしギンガの頭に触れていたが、唐突に頬をむにっと触れた。
「な、何?」
「いや。やっぱりちょっと冷えているなぁと。
車の中で待っていた方が良かったんじゃないか?」
「ごめん。兄さん、すぐ来るだろうと思っていたから、つい」
「待たせて悪かったな。けど、待っていてくれてありがとう」
「う、うん」
ヴィレイサーに付き添われ、車に乗り込んでいく。後部座席にはやてから受け取った衣服が入った紙袋を置き、助手席に座るとカーナビを起動させてまだ開いていそうなスーパーを検索してもらう。
「何か買うのか?」
「うん。今夜はお月見でしょ? だから、出来上がっているものでもいいからお団子を買おうかなぁって」
「了解。それじゃあ道案内頼む」
「は〜い♪」
本来、道案内はカーナビがするものなのだが、ヴィレイサーはギンガに頼んだ。彼女もそれに同意し、満面の笑みで従った。
◆◇◆◇◆
やがて自宅に帰宅すると、ギンガは1度着替えてくると言って私室へと戻って行った。ヴィレイサーも制服から着替えて、彼女より先に支度を進める。今日はもう遅いので、食事も適当に済ませ、お月見をして早々に寝ようと言うことになったのだ。
「ギンガ、俺は準備を進めておくから、シャワーは先に浴びていいぞ」
「うん、ありがとう」
自分の着替えを終えてから部屋の扉をノックし、ギンガに話しかける。返事を確認したところで階下へ降りていくと、扉が開閉される音が聞こえた。見送ろうかと思ったが、流石にそれは恥ずかしいだろうし迷惑なので止める。
(さて、準備するか)
買ってきたお月見用の団子とすすきを並べ、庭先に繋がるテラスに置いて先に腰かける。少し肌寒いのでロングコートを羽織ってきて正解だったかもしれない。ギンガが出てくるまで時間がかかるだろうから、身体を冷やさずに済みそうだ。
「に、兄さん」
「ギンガ? 意外と速かった……な?」
のんびりと月を眺めていると、やがて後ろから声がかかった。やけに早かったかと思ったが、既に40分以上が経過していた。ギンガを迎えようと振り返ったヴィレイサーの目に写ったのは、何故かバニー服を着用していた。
エメラルドグリーンで彩られたバニー専用の服を着て、網タイツを穿き、そしてバニーの象徴たるウサギの耳を彷彿とさせるものがついたカチューシャをつけている。
あまりにも露出度が高く、大胆な姿に、ギンガだけでなくヴィレイサーもまた顔を真っ赤にしていく。しばらく互いに黙っていたが、ヴィレイサーの視線に耐えきれなくなったのかギンガが背中を向ける。だが、その背中もかなり露出されていて、視線を釘づけにさせてしまう。
頭を振って自分を落ち着かせ、ギンガに隣に座るよう促した。
「で? なんだってそんな服を着ているんだ?」
「だ、だって、八神部隊長が……」
「まったく……あの人は何を考えているんだか」
流石に背中を押してくれたから──などと本当のことは言えないため、適当にはぐらかす。心の中ではやてに謝りながら、ギンガはヴィレイサーと共に月を見上げる。綺麗な輝きを見せる満月に感嘆の息をこぼした。
「それじゃあ、お団子いただきま〜す♪」
「あぁ」
ギンガが食べ始めたのを見て、ヴィレイサーも自分の分を食べていく。花より団子──そんなことにはならず、ギンガは度々月を見上げていた。
「なんだか、こうしてじっくり見ると、不思議な気持ちになるね」
「だな。滅多にのんびり見上げることなんてないし」
「…もう1つ食べていい?」
「そう言うと思ったよ。ほら、食べていいぞ」
「ありがと♪」
さっきまで月を見ていたと思いきや、ギンガに渡したお皿の上には既にお団子がなくなっていた。デパートにあるレストランで食事を済ませておいたはずなのに、よく入るものだなと感心してしまう。
「ご馳走様でした」
「あぁ」
再び月に視線を戻し、互いにのんびりする。もうギンガがバニー服を着ていることもすっかり忘れてしまった。隣を見ると、胸の谷間が見えてしまうのでずっと月を見ていた方がいいだろう。だが、意識しないようにすればするほど、却って意識してしまう。本当に、困ったものだ。
(ギンガが可愛いのがいけないんだよな……)
勝手にそう結論付けつつも、彼女がこんなにも可愛くなっていたことは素直に嬉しい。その反面、兄として──そして男として、気になってしまう毎日を過ごす羽目になるが。
「っくしゅん!」
「おいおい、大丈夫か?」
可愛らしいくしゃみが聞こえたと思うと、ギンガは自分の身体を抱き締めるように両手を回していた。そっと肩に触れると、すっかり冷えてしまっている。
「もう布団に入った方がいいんじゃないか?」
「でも、もう少し見ていたいし……」
「しょうがないな」
ヴィレイサーは着ていたロングコートを脱ぎ、ギンガに羽織らせる。
「えへへ、ありがとう♪」
袖を通し、残っていた温もりに笑みをこぼすギンガ。その様子に安心し、ヴィレイサーは1人で食器を下げる。最初はギンガも手伝うと言ってきたが、せっかくもう少し月を見ていると言ってロングコートを渡したので、やんわりと断った。
「ごめんね、全部やらせちゃって」
「だから、別にいいって言っているだろ」
食器自体は明日洗えばいいので、ヴィレイサーはすぐに戻った。隣に座ると申し訳なさそうにしていたが、問題ないと言うように優しく頭をなでるとほっとした様子を見せた。
「…ギンガ」
「なぁに?」
ヴィレイサーに呼ばれて彼の方を見ると、すっと手が伸ばされた。何をされるのか分からなかったが、ギンガは嫌がることもなく受け入れる。すると頬に手を当てられ、その温もりに思わずほおを緩めた。
「やっぱり、もう冷たくなっているな。
月見はまた今度にして、今日はもう寝たらどうだ?」
「…兄さんは?」
「俺もそろそろ寝るよ」
「そっか。じゃあ……」
「ん?」
「兄さんと、一緒に寝ても……いい?」
「な、何でだ?」
「だって……まだ、寒いから」
恥ずかしそうに、しかし上目遣いで見詰められ、ヴィレイサーは返答に窮する。
「…分かったよ。今回だけだからな」
決して魅力に負けたわけではない──そう自分に言い聞かせながらも、納得させられなかった。ギンガを連れ添って自室へ向かう。
やがてコートとカチューシャを外し、ヴィレイサーより先にベッドに潜り込む。嬉しそうに、しかしまだ恥ずかしさは拭えないのか照れた表情でひょっこり毛布から顔を覗かせている仕草がまた可愛らしい。
「ごめんね」
「別に」
向き合うのは物凄く恥ずかしいので、ヴィレイサーはギンガに背中を向ける形で寝転がった。そんな彼の背に手を当て、やがて抱き締めるようにして回される。
「兄さん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
互いに大切な人の温もりを感じながら、2人は静かに目を閉じた。
◆──────────◆
:あとがき
実は少し前に書いてあったのに、投稿するのをすっかり忘れていました(爆)
ギンガとヴィレイサーを書くのは久しぶりだったので、前と違和感あるかもしれませんが、いかがだったでしょうか?
既に両想いなのに、何で気付かないんですかねー……ヴィレイサーのヘタレ振りには呆れます(笑)
次の更新で、もしかしたらしばらくギンガ編の更新を止めようかなぁと思います。
と言うのも、次の話が中々書き上げられておらず……vividの方を薦めようと思っております。悪しからず。
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