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小説
Episode 12 合宿へ











 サンクトヒルデ魔法学院は今、1学期の前期試験が開始されている。それは初等科だけでなく、中等科にも言えることで、アインハルトとレイスも試験に臨んでいた。


「…今日の分は、これで終わりですね」

「…そう、ですね」


 試験勉強を共にしてからと言うもの、レイスはどこか余所余所しく振る舞っていた。もう怒っていないと言ったにも拘らずこれだ。気にしすぎていると思うのだが、どうにもそれだけではないようにも感じられる。


「あ、あの……!」


 だからまた話をしようと思った矢先、通信がかかってきた。通信を寄越した相手を見ると、そこにはケインの名前が。何かと思い、そそくさと人影の少ない場所へ移動してから通信へ出る。


「ケインさん?」

《よっ。試験が終わったころだと思うんだが……今、大丈夫か?》

「はい」

《実は、試験が終わってからの土日と休みを合わせての4日間に、合宿をする予定なんだよ。
 そこにアインハルトも一緒にどうかなぁってさ》

「合宿、ですか。
 すみません。私は練習がありますので……」

《いやいや、だからその練習のために合宿に行くんだって。
 元々だけど、スバルやノーヴェだって来るんだ。だから不安もないだろ?》

「は、はぁ……」

《それに、魔導師ランクAAからオーバーSのトレーニングも見られるぞ》

「そうなのですか」


 僅かながら、興味がわいてきた。それを察したのか、ケインが畳み掛けるように言ってくる。


《たったの4日なんだし、来いよ。俺としては来てくれた方が嬉しいし、つまらなかったら合宿の後にとことん練習に付き合うぜ》

「わ、分かりました」


 強引ではあるが、寧ろありがたかったかもしれない。いつまでも遠慮していては、成長できないことだってある。


《それじゃあ決まりだな。
 で、悪いんだけどアインハルトに1つ頼みがあるんだ》

「はい?」

《実は……レイスを誘って欲しいんだ》

「レジサイドさんを、ですか?」

《あぁ。あいつの実力を確認したいんだけど、どうにも俺のことを警戒しているみたいだからさ。
 だから、仲のいいアインハルトなら……と思って》

「ですが、レジサイドさんとは今……」

《もしかして、何か喧嘩か?》

「喧嘩、と言うほどのことではないのですが」


 先日の試験勉強の際のことを話すと、ケインは頭を掻きながら「そうか」とだけ呟いた。


《そんな状況で誘うのは難しいよな……分かった。とりあえず、無理しないでくれ》

「はい。それでは、また」


 通信を終えて、アインハルトはふぅっと溜め息を零す。高ランクの魔導師を目にすることができるのは嬉しいが、レイスをどう誘えばいいか頭を抱えてしまう。試験が終わるまで、あと2日だ。それまでに誘わないと、恐らく間に合わないだろう。


「とりあえず、レジサイドさんの家に行かないと」


 既に放課後と言うこともあるので、レイスももう帰宅していることだろう。教室に戻って鞄を持ち、アインハルトはレイスの家に向かった。





◆◇◆◇◆





(なんだか食べ物で釣ろうとしているみたいで、申し訳ないですね)


 途中でケーキを買ってきたのだが、今になってレイスに変に思われないか心配だった。恐る恐ると言った様子で、いざ呼び鈴を鳴らしてみる。

 だが、反応はなかった。もう1度押してみるが、先程と同じく返事も足音もしない。どこか出かけているのだとしたら、購入してきたケーキが勿体なかった。


「…帰るしかないですね」


 ずっとここにいるのも悪いだろう。致し方なく、自分の家に帰ろうと踵を返そうとしたアインハルトだったが、少し歩くと反対側からレイスが歩いてきた。


「あ……」


 互いに相手を見、思わず立ち尽くしてしまう。やがてレイスが小走りで駆け寄ってきた。


「ストラトスさん、どうしてここに?」

「その……レジサイドさんにお願いがありまして。
 レジサイドさんこそ、どうして?」

「僕は、先日のお詫びにケーキを送ろうと、ストラトスさんに家に行っていたのですが……」

「え、ケーキ?」


 ふとレイスの手を見ると、自分と同じ店で買ったであろうケーキの箱が握られている。


「ど、どうしましょう」


 自分が持っている箱を見せ、互いに苦笑いした。


「とりあえず、どうぞ」

「お邪魔します」


 レイスに促され、再び彼の家に上がる。レイスは自分が購入してきた分を冷蔵庫にしまい、2つのお皿とフォークを取り出した。


「レジサイドさんは、どちらになさいますか?」

「僕はどちらでも。ストラトスさんが先に選んでくださって構いませんよ」

「ですが……」

「僕は優柔不断で選べないので。
 それに、どちらを選んでもストラトスさんの言うお願いの内容は聞きますよ」

「それでは、お言葉に甘えて」


 何故か言いくるめられてしまったが、これ以上言葉を並べても水掛け論になるだろう。ショートケーキを選び、飲み物を準備してくれている間にもう1つのチョコレートケーキをお皿にそっと置いた。


「では、頂きます」

「はい」


 互いにケーキに舌鼓を打ち、頬を緩めた。やはり甘味は気持ちをほぐしてくれる。


「それで、お願いと言うのは?」

「えっとですね……実は、試験が終わった後の土日と、試験休みの一部を使っての4日間に合宿をしようとケインさんから誘われまして……それで、レジサイドさんも一緒にどうかなと」

「…なるほど。ラーディッシュさんに僕を誘うよう頼まれたのですね」

「ど、どうしてそれを?」

「貴女が自分から僕を誘うはずはありませんから。それに、貴女を誘ったのがラーディッシュさんと言うことで、おおかたの察しはつきます」

「な、なるほど」

「……せっかくの申し出でありがたいのですが、僕は合宿とやらに行く気はありません」

「ですが……あの、私としてもレジサイドさんがいてくれるとありがたいのです」

「と言うと?」

「大人の方が多いですし、ヴィヴィオさんたちともまだそこまで打ち解けていないので、レジサイドさんがいるなら心強いと言いますか……」

「…ストラトスさんは、時に卑怯ですね。
 そんな言い方をされては、断れないでしょうに……」

「す、すみません」


 溜め息を零すレイスに、思わずアインハルトは頭を下げてしまった。しかしレイスはしばらく黙したまま。やがて再び溜め息をついて、こう答えた。


「出発日の前日までには、決めておきます。
 ラーディッシュさんには、こちらから伝えておきますので」

「…分かりました。ありがとうございます」


 一先ず前向きに検討してくれるようだ。その様子に安堵し、アインハルトはこれ以上邪魔をしないようにと家を出ることに。


(? あれは……)


 だが、ふとその足が止まった。リビングに居た時はキッチンに隠れて見えなかったが、フローリングの床に傷が出来ている。確か、以前試験勉強に来た時はなかったはずだ。


「何か落としたのですか?」

「…えぇ、まぁ」


 言葉を濁すレイス。本音を隠すのがうまいと思うと同時に、ずっと距離を置かれているみたいで残念だった。





◆◇◆◇◆





 それから2日後───。

 試験期間は終了し、すぐに返却されたテストと成績表を確認し、アインハルトは着替えて別の鞄を抱える。


(結局、レジサイドさんはずっと迷ったままでしたね)


 最後まで決断できなかったようで、話す機会がなかった。来てくれればありがたいが、無理強いはできない。迎えに来たノーヴェに不安を悟らせないように、凛とした表情を作って家を出た。


「ちょっと寄っていくところがあるんだが、いいか?」

「はい」


 最初はレイスのところかと期待したが、連れて行かれたのは反対方向だった。


(…私、レジサイドさんばかり気にしていますね。こんなことではダメです)


 ふるふると頭を振って忘れようとするが、余計に意識してしまいそうになる。やがてノーヴェに呼ばれ面を上げると、そこには見知った名前が書かれた表札があった。


「ここは……」

「ほら、入ろうぜ」


 呼び鈴を鳴らすと、すぐに返事があった。快活な声に、つい緊張してしまう。やがて開かれた扉の向こうから顔を覗かせた少女──ヴィヴィオは、アインハルトの姿を見るとすぐにぱっと笑顔になった。


「アインハルトさん!? それに、ノーヴェも!」

「ノーヴェさんから、異世界で合宿があると誘われて……その、ご同行してもよろしいでしょうか?」


 やはりまだ照れてしまう。こんなにも明るく、自分を慕ってくれる人は彼女が初めてだったから。


「もちろんです! 一緒に行きましょう!」


 アインハルトの手を取って、嬉しそうに振るヴィヴィオに、思わず面喰ってしまう。


「ほらヴィヴィオ、早く上がってもらったら?」

「そ、そうだね」


 更に奥からひょっこりと顔を覗かせた金髪の女性に、アインハルトは思わず目を奪われる。同性から見ても美人だと形容するしかない彼女は、フェイト・T・ハラオウン。管理局で働く凄腕の執務官だ。


「お邪魔します」

「こんにちは、アインハルトさん」

「リオさんとコロナさんもご一緒でしたか」


 リビングに通されると、ヴィヴィオの友人たるリオとコロナの姿もあった。2人にも挨拶を返すと、栗色をサイドテールに纏めた女性がにこやに微笑んで歩み寄ってきた。


「貴女がアインハルトちゃんね。
 初めまして。ヴィヴィオの母です。いつも娘がお世話になっています」

「あ、初めまして」


 アインハルトと目線を合わせてきた女性──高町なのはに、アインハルトは緊張しながらも挨拶する。


「格闘技が強いんだって? 凄いね♪」

「い、いえ、そんな」

「もう! なのはママ、アインハルトさんは物静かな人なんだから!」

「え〜?」


 なおも話を聞こうとするなのはだったが、困惑するアインハルトを助けようとヴィヴィオが割って入った。ここは素直に退いておかないと怒り出すので、ヴィヴィオに従った。


「そういえば……ノーヴェ、もう1人は?」

「そっちはケインが先に次元港へ連れて行ったそうです」

「そっか。それじゃあ、こっちも遅れないようにそろそろ出発だね」





◆◇◆◇◆





 次元港ロビー───。


「レイス、もしかして怒っているか?」

「いえ。確かに強引なのは困りましたが」

「やっぱりまだ怒っているんじゃないか」

「そりゃあ、ケインが無理矢理誘ったようなものだしね」

「ぐっ!」


 ティアナの指摘に言葉を詰まらせるケイン。そしてそんな2人に合宿へ行くべく迎えに来てもらったレイスは、肩に荷物を背負ったまま立っていた。確かに強引だったが、決めあぐねていた自分には良かったのかもしれない。


「しかし、ストラトスさんを介する必要はあったのですか?」

「いや、俺らが誘うより成功率高いかなぁと思ったからさ」

「…まぁ、あの中では最も話してはいますけど、それだけです」


 レイスは不機嫌なところを隠そうともせず、ケインに対してどこかとげとげしかった。年相応らしいと思えるものの、ケインとしては彼がずっと警戒しているように感じられる。


「ははーん。さてはアインハルトのことを気にしているから、利用されたみたいで腹が立っているんだな?」


 とは言え、ケインはレイスをからかってばかりだった。これでは益々険悪になるのではないかと思うが、これもケインらしい。相手が本音を見せないなら、自分も同じことをする。まさか自分だけすべてをさらけ出すわけにもいかないだろう。


(まぁ、さらけ出さないと向こうもずっと警戒したままだけど)


 これが中々に難しい所だ。なによりレイスは、歳の割に随分と大人びている。ティアナもそれには同意なのか、ケインを宥めては一緒にからかったりしていた。


「……そう思いたいのであれば、そう思っていて構いませんよ」


 初めてレイスが笑った。いや、それは【笑った】と表記するよりも【嗤った】と言った方が近い。少なくともケインには、そう見えた。


「なんて、冗談ですよ」

「え?」

「変に勘ぐられては、それこそストラトスさんに迷惑がかかってしまいます。
 僕はどう思われようと構いませんが、ストラトスさんはどうでしょうね」

「はは、気を付けるよ」


 どうやらレイスは、相当食えない奴のようだ。

 やがてスバルが合流し、その後ノーヴェを筆頭にアインハルト達がやってきた。ヴィヴィオ達、特にアインハルトはレイスの姿を見つけると驚いた表情を見せる。


「レジサイドさん、いらしていたんですね」

「すみません。直前まで決めあぐねていたので、話すに話せず……」

「いえ。こうしてご一緒できてよかったです」

「…それじゃあ、全員揃ったし行こうか」

「はーい♪」


 他の客に対して迷惑にならないよう、最高でも2列になって歩き出すヴィヴィオ達。だが、最後尾を歩いていたケインは、唐突に足を止めて振り返った。


「どうかしたの?」

「いや……今、知り合いを見かけた気がして」


 その視線の先には人込みがあるだけで、知り合いの姿は見当たらない。気のせいかと思っていると、隣を歩いていたティアナがジト目でにらんでいた。


「いやいや、知り合いって言っても相手は男だからな?」

「ふーん」

「信じてないだろ」

「さぁ、どうかしらね」


 レイスのような返し方をするティアナの機嫌を取ることを優先すべく、ケインは件の知り合いのことを忘れることにした。


「今のは……ラーディッシュ、だったか?」


 だが、歩き出したケインの後姿を何気なく見届ける青年がいた。互いに擦れ違いながら、確信を持てずに声をかけなかったが、これから出発するのなら引き止めるのも悪いだろう。青年──シグルドはそう決め、フードを被り直そうとする。

 流石に公共の場で被るのはどうかと思うが、あまり人に顔を覚えられるのは好きではなかった。とは言え、被れば逆に注目を集めてしまう場合もある。


(考え物だな……しかし、63日振りか)


 十数年間、各地を転々としてここに戻り、覇王の末裔たるアインハルト・ストラトスと手合わせした後、またふらっとどこかへ行きたい衝動に駆られたと言うわけだ。彼には生まれつき、放浪癖があった。殲撃(ガイスト)の確認もこめて、いい旅だったと言える。


「…あれは?」


 ふと、彼の目に大型のモニターが入る。そこには、申込みが間もなく開始されるインターミドル・チャンピオンシップについての特集が組まれた番組が映し出されていた。


「雷帝の……!」


 注目の選手と、その選手の過去の戦いを見せるダイジェストムービーが流れ始める。その一番手になった少女、ヴィクトーリア・ダールグリュンを見て目を見開く。彼女とは久しく会っていないが、少しばかり交流がある。

 そして、最後に映し出されたのは───。


「ジークリンデ……?」


 幾度かチャンピオンとして名を馳せたジークリンデ・エレミアと言う選手だった。シグルドとは単なる知り合いではないが、これは少しばかり困ったことになって行くかもしれない。


「…相変わらず、手のかかる奴だ」


 口ではそう言うものの、その表情には苛立ちなんてものはなかった。苦笑いしつつ、しばらく流された番組を眺めてから、シグルドは次元港を後にした。










◆──────────◆

:あとがき
今回から合宿編のスタートになります。レイスは当然ながら乗り気ではないですが、合宿の中でアインハルトとどう接していくか、どう変わっていくかを描いていけたらと思います。

もしかしたら、アインハルトよりもレイスの方に変化があるかもしれませんね。


ちなみに最近、イツキ先生とカガヤ先生とコラボをして無印から書いていきたいとか無謀なことを思っていたり。
ヴィレイサーの設定とかいろいろと問題点はあるのですけどねー……。

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あきゅろす。
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