小説
Episode 10 「初めまして」をもう1度
「はぁ……」
ヴィヴィオとのスパーリングから1週間が経過した。放課後になったこれから、改めて練習試合をすることとなったのだが、アインハルトの心中はあまり気乗りではない。と言うのも、前回は自分の我儘を押し付ける形となってしまっただけに、ヴィヴィオだけでなくスパーリングを企画してくれたノーヴェとケインにまで迷惑をかけてしまったのだ。今回もそうなったらどうしよう──そんなことを考えては、溜め息を零すばかりだ。
「先程からため息ばかりですが……何かあったのですか?」
「あ、レジサイドさん……すみません、お見苦しい所をお見せして」
隣の席に座っているクラスメート、レイス・レジサイドがいつものように読んでいた本を閉じ、問うてくる。
「話せば楽になるとも言いますし、話せるなら話してみてはどうですか?」
「えっと、その……」
しかし、これから練習試合があって云々を話していいのか迷う。練習試合とは言え、次は本気でいいと言う話だった。まだ中等科と幼さの残る年代だけに、そんなところを見せるのも気が引ける。なにより、自分のことを話す気にはなれない。
「そ、そういえば、レジサイドさんは将来は……」
「僕ですか? お恥ずかしながら、魔導師志望ですよ。魔導師になれずとも、メカニックとかになりたいですね」
「魔導師……」
魔導師を嘱望しているのなら、今度の練習試合を見せるのも勉強になっていいかもしれない。過去に関しては伏せておくのもありだろう。なにより、彼以外に誘えそうな友人がいなかったりする。
「じ、実は……今日の放課後、練習試合があるんです」
「練習試合と言うことは、ストラトスさんが戦うんですか?」
「えぇ、まぁ」
「それは、是非見たいです。どんな戦いぶりを見せてくれるか、期待していますね」
「さ、流石に期待は……それに、少し悩んでいまして」
「そういえばそうでしたね。
すみません。そちらを聞くのが先決だったのに」
「いいえ。大丈夫です。
つい1週間前なのですが、ある方とスパーリングをした際、私が失礼をしてしまって……」
「それで、会うのが気まずいと?」
「えぇ」
沈痛な面持ちを見せるアインハルトに、相当なことがあったのだなと推測するレイス。しかし彼はいつもの笑みを浮かべ、こう答えた。
「ですが、試合の約束はなされたのですよね?」
「え? あ、はい。相手方のコーチが、来週……つまり、今日にしようと」
「その時、お相手は激怒なさっていたのですか?」
「あ……そんなことは、ありませんでした」
言われて、ようやくヴィヴィオのことを思い出す。今まで自分のことばかり考えてしまっていたが、今になって彼女の声色がとても申し訳なさそうだったと気付けた。
「では、きっと相手の方も……貴女に申し訳ないと思っているのではありませんか?」
「レジサイドさん……」
「もちろん、全て僕の勝手な推測です。絶対ではありません。
ですが、ストラトスさんが少しでも前向きに考えられるのであれば」
「…ありがとうございます。少し、気が楽になりました」
「それは良かったです」
「あの、それではそろそろ……」
「はい?」
「ですから、そろそろ出ないと間に合わないので……」
「あ、そういうことでしたか」
本を鞄にしまい、アインハルトと共に昇降口へと足を運ぶ。そこでふと、レイスがあることを思い出した。
「そういえば……ストラトスさん、先週バイクで誰かが迎えに来ていましたが?」
「あぁ、あれはこれから手合わせする方のお知り合いで、ケインさんと言うんです。
少し離れたところでの待ち合わせだったので、気を利かせて迎えに来てくれたので」
「そういうことでしたか。てっきり恋人なのかと思っていました」
「こ、恋人!?」
思わぬ一言に、手に取りかけた革靴を落としてしまう。その様子に、レイスは不思議そうに首を傾げた。
「何故、そんなにも狼狽するのですか?」
「い、いえ。その手のことに関しては、あまり免疫がないもので……」
「意外ですね。ストラトスさんなら、多くの方から想いを寄せられていると思っていましたが」
「そ、そんな。私なんて……それに、レジサイドさんこそ人気があるのでは?」
「僕、ですか? まさか。そんなことありませんよ」
笑み、レイスは先に歩いていく。アインハルトもそれを追いかけつつ、ふとケインとティアナのことを思い出した。自分も、誰かとあんな風に恋仲になるのだろうか──そんなことをぼんやりと考えていると、正門を出たところで見知った人物を見つけた。
「あ……ケインさん」
「よう、アインハルト。今日は友達と一緒か?」
「はい。クラスメートの、レジサイドさんです」
「初めまして。レイス・レジサイドです」
「あぁ、初めまして。俺はケイン・ラーディッシュだ。アインハルトとは、これでも友達なんだ」
「あの、ケインさん。これからの練習試合なのですが、レジサイドさんも連れて行って構いませんか?」
「もちろん。
だけど、俺のバイクには1人しいか乗せられないからなぁ……ここから少し歩くし、ティアナに頼むか」
早速ティアナに連絡を取るケイン。それを傍目に、レイスは荷物をどうするかアインハルトと話し合う。
「確か、指定された場所の近くにコインロッカーがありましたから、そちらに預ければいいと思いますよ。
私は制服のまま伺おうと思いますが、レジサイドさんはどうしますか?」
「そうですね……ラーディッシュさんの会話を聞く限り、そのティアナさんもすぐに来そうなのでこのままで」
「ラーディッシュさんなんて堅苦しい呼び方じゃなくていいって」
「では、機会がありましたらそうしますね」
「…なんか含みのある言い方だな」
機会があったら──つまり、今回の練習試合を見届けたらもう会う機会はないと言うことだ。流石にケインはむっときたが、子供相手にそんなそぶりを見せるわけにもいかないので、大人しくティアナを待つことに。
「レイスはどうして練習試合に?」
「実は、将来は魔導師になりたいと思っていまして。ストラトスさんの戦いぶりを目にしたいのです」
「そっか。勉強のためか……」
少し思案顔になるケインの耳に、聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。
「お、来たな」
振り返った彼の視線を辿ると、1台の車が近づいてくる。綺麗なラインに、陽光を眩しく照りかえす洗練された白いボディは、一目見て高級車に見まがうほどしっかりと手入れが行き届いている。
「お待たせ、ケイン」
「悪いな、急に頼んで」
「気にしないで。
さ、アインハルト。それに……レイス、だっけ? 2人はこっちで送ってあげるから、後ろに乗って」
「あ、はい」
「それでは、失礼致します」
ティアナに促され、アインハルトとレイスは一足先に車に乗り込む。運転手たるティアナは、しばらくケインと話があるのか、少し言葉を交わしているのが見えた。
「レイスって、アインハルトのクラスメートなのよね?」
「あぁ。それ以上でもそれ以下でもなさそうだ。
それに、勉強のためにアインハルトの練習試合に同行するってことだから……」
「アインハルトの支えになってあげられない……そう考えているんでしょ?」
「正解」
肩を竦めるケインに、今度はティアナの方が思案顔になる。
「でも、決めつけるのはよくないわ。これから付き合っていく中で、何か変化があるかもしれないし」
「だといいんだけどなぁ……」
難しそうな顔をして頭を掻くケインの背に、ティアナは思い切り平手打ちをお見舞いした。
「イテッ!?」
「もう、しゃきっとしなさいよ。アインハルトのこと、助けたいんでしょ。
そうやって考え込んでも答えなんて出ないんだから、まずはいい方向に考えなさい。甘えたくなったら、甘えさせてあげるから」
「…ははっ、サンキュー。やっぱりティアナは最高の女性だよ」
「当たり前でしょ」
微笑み、ティアナが車に乗り込むのを確認してからケインもバイクにまたがり、その後ろを追いかけていく。
「レイスは、ケインからあたしのことは聞いた?」
「いえ」
「じゃあ、軽く自己紹介を。
あたしはティアナ・ラーディッシュ。ケインとは少し前に結婚したの」
「では、ご夫婦なのですね」
「そうよ。それで、あなた達は……もしかして、付き合っていたりするの?」
「ち、ちち違います!」
「違いますよ」
慌てふためくアインハルトと、まったく取り乱さないレイス。対照的な反応だが、アインハルトの方は免疫がないからと言った様子なので、どうやら2人は今の所本当にただのクラスメートのようだ。
「そっか。ごめんね、変に勘ぐってしまって」
「いえ。ストラトスさんはともかく、僕は気にしていません」
「わ、私も大丈夫です」
「それなら良かったわ。
そろそろ着くけど、準備はいいかしら?」
「はい」
直前でからかわれたとは言え、アインハルトの切り替えは早かった。ぎゅっと拳を握りしめているが、緊張しているのがよく分かる。それを解そうと口を開いたティアナだったが、彼女より先にレイスが言葉をかける。
「ストラトスさん。あまり気張らず、自分の思うように戦ってみてはどうですか?」
「で、ですが、それでは申し訳ないですし……」
「では、相手の方の出方によって決めては?
ストラトスさんがどうしたいのか、それで決めましょう」
「…そう、ですね」
納得したわけではなさそうだが、アインハルトははっきりと頷いてくれた。その様子を見て、ティアナは何も言わずに車を停車させる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい!」
力強く答えたアインハルトの背をぼんやりと眺め、レイスも続いていく。これからどのような練習試合を目にすることができるか、楽しみだ。
「レイス」
「ラーディッシュさん。何でしょうか?」
「だから、ケインでいいって……まぁそれは一先ずいいか。
レイスは魔導師志望なんだよな?」
「えぇ。然程強くはないので、望み薄ではありますが」
苦笑いするレイスに対し、しかしケインは彼の足の運び方がしっかりしているのを見て、疑問を抱いた。今は制服に隠れているのでなんとも言えないが、恐らく足腰もきちっとしているのだろう。
「お待たせいたしました。アインハルト・ストラトス、参りました。
それと、独断ではありますが友人を」
アインハルトに促され、レイスは待っていた面々に頭を下げるが、自己紹介は後回しの方がいいと思い、ケインと共に下がる。
「アインハルトさん、来てくれてありがとうございます」
すぐさまアインハルトの傍に駆け寄り、頭を下げる少女──ヴィヴィオに、アインハルトは何も言えずに黙ってしまう。それを察してか、手早くノーヴェが試合の説明に入った。
「ここは救助隊の訓練でも使わせているんだ。廃倉庫だし、許可も取ってあるから全力で構わない」
「うん、最初から全力で行くよ」
ウサギのぬいぐるみを模したデバイス、セイクリッドハートを手に、ヴィヴィオは高らかに言った。
「セイクリッドハート、セットアップ!」
「…武装形態」
ヴィヴィオに倣い、アインハルトも静かに呟く。眩い光に包まれた2人は、ただ自分のバリアジャケットを展開するだけでなく、戦闘スタイルに合わせて体型も変化させた。
「驚きました。まさかお二人とも大人の姿とは」
「だな。けど、力を出すにはいいんだろう」
「いいか。今回も魔法なしの格闘オンリーだ。制限時間は5分、1本勝負……それじゃあ、試合開始!」
ノーヴェが腕を振り上げるが、アインハルトもヴィヴィオも互いに構えたまま動こうとしない。
(綺麗な構えですね)
ヴィヴィオはストライクアーツの影響が色濃く出ているが、アインハルトと同様に構えに隙がない。それにはアインハルトも同意見なのか、すぐに仕掛けようとせずヴィヴィオをじっくりと見る。
(彼女はきっと、格闘技を楽しんでいる……でも、だからこそ私の拳を──痛みを、ぶつけてはダメなんだ。
私とは、違いすぎるから)
アインハルトが改めて構えを正す。ヴィヴィオは少し体勢を変えて、相手の攻撃がすぐにクリーンヒットしないようにした。伝わる威圧感は、半端なものではない。いったいどれだけ鍛えてきたのか気にはなったが、今優先すべきはそんなことではなかった。
(ちゃんと、謝らなきゃ。【こないだは、ごめんなさい】──と!)
仕掛けようと、ヴィヴィオが顔面に持ってきていた拳を下げた。その瞬間、アインハルトが一気に距離を詰めてくる。勢いよく突き出された正拳を交差した腕で受け止めたヴィヴィオだったが、そこへ更に左手の拳が駆け抜ける。ガードを解いた直後だったこともあり、見事に頬を捕らえる一撃となる。
「っ!」
怯んだヴィヴィオへ追い打ちをかけるべく、アインハルトは猛攻を繰り返した。左右の拳を交互に繰り出してきているが、その一撃は素早く、そして重たい。やがて大振りとなった一瞬が来た。すぐさま身を屈めたヴィヴィオは、強く一歩を踏み出して腹部に思い切り拳を叩き込む。
「早いですね」
「だが、まだまだいけるぞ」
大きく後退させられたアインハルトは、痛みに苦悶する。それでもヴィヴィオの姿を見定めた時には、既に眼前にまで迫られていた。咄嗟に両手でガードし、突き出された拳が引っ込んだ所で反撃に転じる。
(この子は……!)
だが、それでも愚直なまでにまっすぐに来るヴィヴィオに、次第にアインハルトは呑まれていく。どうして──そう思わずにいられないアインハルトの拳が、徐々にその覇気を失っていった。
「ストラトスさん、相手に呑まれていますね」
「負けると思うか?」
「さぁ、どうでしょう」
ケインは、冷静に練習試合を見届けているレイスに驚いた。そこまでではないが、素早く、そして目まぐるしく攻防が入れ替わる試合をしっかりと見ている。魔導師を志望しているのも分かる気がした。
再び視線を戻すと、ヴィヴィオがアインハルトの拳を躱して彼女の顔面に正拳突きを決めたところだった。
「決まった!?」
ヴィヴィオの友人らが歓声を上げるが、レイスは小さく「まだです」と呟く。彼の言う通り、まだアインハルトは諦めていないようだ。それでも、その表情にはやはり戸惑いの色が出ている。
(この子はどうして……こんなにも一生懸命に?)
蹴り上げ、痛みを堪えながら蹴りを返すヴィヴィオ。その姿勢は未だに弱まらない。周囲の応援があるから、彼女はここまで頑張れるのか。それとも、その友人が見ているからか。はたまた、師匠が組んだからなのか。アインハルトには、考えれば考えるほど分からなくなっていった。
「はああぁっ!」
ヴィヴィオが放った、渾身の一撃。だが、アインハルトはそれを耐えきり、そして───
「覇王断空拳!」
───アインハルトの技が決まった。
大きく吹き飛ばされたヴィヴィオへと慌てて駆け寄る面々を傍目に、レイスはアインハルトの方へと足を運ぶ。顔にいくらか傷はあるが、後程治癒魔法をかけてもらえるだろう。
「お疲れ様でした、ストラトスさん」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたスポーツドリンクで喉を潤す。一口飲んで、ほっと息をついた。
「あの、どうかしましたか?」
「いえ。大人の姿を見られるとは思っていませんでしたから」
「す、すみません。変ですよね」
「そんなことはありませんよ。美しくて、素敵だと思います」
「そ、そうですか」
いきなりそんなことを言われては、戸惑ってしまう。アインハルトはレイスの視線に耐えきれなくなったのか、普段の少女の姿に戻った。
「しかし、大丈夫なのですか?」
「何がでしょう?」
「…いえ。“今は”大丈夫なようですね」
その一言に首を傾げた時、急に身体がよろめいた。すぐにレイスが寄り、支えてくれる。
「す、すみません。身体が、急に……」
「最後にカウンターがありましたからね。ストラトスさんにあたったと思いましたが、どうやらかすった程度と言ったところでしょうか」
「やっぱり、レイスはよく見ているな。
ところでアインハルト、最後に決めた断空拳は、あれが本式なのか?」
レイスに支えてもらっているのが恥ずかしいのか、アインハルトは彼の手から離れてケインに向き直った。
「練り上げた力を、拳足から打ち出す技法そのものを断空と言うんです。
私はまだ、拳による直打と打ち下ろしでしかできないのですが……」
「そっか。
それじゃあ、改めて聞くけど……ヴィヴィオは、どうだった?」
再びケインに問われ、アインハルトは未だに気絶しているヴィヴィオを見直す。彼女はどこまでも真っ直ぐで、その拳から様々な気持ちが伝わってきた気がする。
確かに、自分に刻まれている記憶にある覇王が求める聖王女ではない。だが、それはアインハルト・ストラトスとしての気持ちとは違う。
(私は、もう1度彼女と戦ってみたい……)
ヴィヴィオの手をそっと握り、アインハルトは静かに言葉を紡いだ。
「初めまして、ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」
「おいおい。せめて起きている時に言ってやれよ」
「そ、それは、恥ずかしいので嫌です」
ケインの指摘に頬を赤らめて断るアインハルト。彼女はヴィヴィオを背負い、どこかゆっくり休める場所へ移動しようと提案する。そんなアインハルトと、彼女に背負われたヴィヴィオをじっと見、レイスはふと思案顔になっていた。
「どうした?」
「…いえ。ただ、ストラトスさんに良い影響があればと思いまして」
「へぇ、アインハルトのこと、結構気にしているんだな」
にやりと笑うケインに、レイスも満面の笑みで返す。
「いいえ、まったく。
ストラトスさんの荷物は、僕が持っていきますね」
(やれやれ。食えない奴だなぁ)
踵を返して先に行ってしまったレイスに、ケインは苦笑いするしかできなかった。
◆──────────◆
:あとがき
原作にあるアインハルトとヴィヴィオの再試合を基盤に、レイスとケインくんの初見になります。
レイスはケインくんに対して警戒心がかなりありますので、しばらくは憎まれ口しか叩きませんが(汗)
ケインくんとティアナとのやり取りは、恐らくどちらかが不安をもらし、それを相手が支える……こういった形がメインになります。もっとイチャイチャさせなくては!
さて、次回ですが原作では合宿に行くことになりますが、こちらでは1話、レイスとアインハルトのやり取りを挟みます。
決してイチャイチャしません。寧ろシリアスな雰囲気の方が強いので、イチャイチャは期待しないでください。
それでは、次回もお楽しみに。
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