[携帯モード] [URL送信]

小説
Episode 9 スタイルシフト











「では、そろそろ次の手をお見せしましょう」

《Delude style.》


 微笑したファントムが纏うバリアジャケットが、その姿を変えていく。今までの動きやすさを重視していたそれとは違い、両手の袖口が、和服のように大きくなった。


(スタイルシフト……見るのは初めてですわね)


 魔導師はデバイスの形態を切り替える際に、自身のバリアジャケットの形も変更することが多い。それは基本的に、デバイスの形態に合わせての変化なのだが、稀にバリアジャケットだけ変更する者がいる。

 本来、バリアジャケットは装着している者を守るための防護服として機能するのだが、細かく調整することで、ヴィクトーリアのように重装甲で防御に特化したものもあれば、フェイトが使う真・ソニックのようにスピード重視のものもある。このように様々なバリアジャケットが存在するのだが、先にも告げたようにそれはデバイスの形態を変えた際に、使用者への負担を減らしたり、更に相性をよくしたりすることがメインとなる。

 しかしファントムは、バリアジャケットの形だけを変更した。ただバリアジャケットだけを強化するなら、それに合わせてデバイスの形態も変更した方がいいに決まっている。そうしないのは、デバイスの形態とバリアジャケットの形が既に良い状態にあるからだ。極論になるが、それを崩すと言うことは砲撃型のデバイスに、スピード重視のバリアジャケットを纏うと言う奇妙なことをしているとも言える。裏を返せば、ファントムは今の姿でも愛機をうまく取り回すだけの実力があると言うことだ。

 バリアジャケットを変更し終えたファントムは、すっと目の高さまで右手を上げた。いったい何をするのか──警戒していたヴィクトーリアに向かって、何かが飛び出してきた。咄嗟に身を捻って躱した彼女の横を、鎖に繋がれた杭が通り抜ける。


「はっ!」


 それに一瞬だが目を奪われたヴィクトーリアへと、ファントムが肉薄する。杭は射出されたままではなく、やがてその姿を消した。これもただの幻術だったのかと理解したのは、ファントムの振るわれた刃を受け止めた後だ。


「幻術魔法がお得意のようですわね!」

「幻術? さて、なんのことでしょう?」


 ふっと笑んだファントムに真意を問いただすより先に、背後で物音がした。何事かと振り返ろうとしたヴィクトーリアの視界に、先程消えたはずの杭が具現する。


「なっ!?」

「杭は幻術などではなく、ただ透明にしただけですよ」

「オプティックハイド……かしら?」


 既の所で弾くことができたが、冷や汗がヴィクトーリアの背を伝う。

 ティアナも使うことができる幻術魔法の1つ、オプティックハイド。これは、使用者とそれが接触した対象を透明にし、見えなくする幻術魔法だ。かなり高性能な魔法で、身体や衣服の上に複合光学スクリーンを展開し不可視状態になるうえ、この時単純なレーダー、センサーなどの類いであれば騙した完全なステルス状態になることも可能となっている。ただし、対象が激しく動いたり魔力を大量に使用したりすると姿を現す。もちろん、使用者にはかなりの負担がかかるので、多用する者は少ない。激しく動くことで姿を現さざるを得ないので、必然的に歩くことを余儀なくされるし、なにより魔力の消費量が多いのだ。


「残念ながら、あれとは少し違います。僕は幼少の頃から幻術魔法に長けているので、オプティックハイドよりも優れた方法を編み出したんです。
 原理はお教えできませんが、僕はこれをヴァニッシュと呼んでいます」

「ヴァニッシュ……」

「…さて、まだまだ参りますよ」


 再び袖口から、杭が飛来する。今度は右側だけでなく左側からもそれは飛び出し、時折姿を消しては死角からヴィクトーリアを襲った。


(ヴァニッシュを駆使しても、攻めきれませんか)


 だが、その重装甲に加え、機敏な動きを見せるヴィクトーリアに、ファントムの方が次第に焦りを覚え始める。

 ヴァニッシュは確かにオプティックハイドに似ている。だが、性能はそれを凌ぐものとなっており、無機物であれば激しい動きを起こそうとも透明にし続けることができる。ただし、無機物に対して特化させたこともあり、有機物に対してはかなり効力が薄れてしまうことになった。ファントムがヴィクトーリアの初手を躱したのは、自分の姿を一瞬だけ透明にし、その上で幻術を跳躍させたからなのだが、ヴァニッシュの効力は短いためにすぐに攻撃に転じなければならない。


「流石はダールグリュン嬢……そう簡単には、決めさせないようですね」

「当然ですわ。私は、もっと強くあらねばなりませんもの」

「……それにしては、息が上がっていますね」

「っ!」

「ギムナジウムにて疲労が溜まった……そんなところでしょうか。
 流石にどのような特訓をしていたかは存じ上げませんが」

「中には入りませんでしたの?」

「プライベートを探る気はありませんから。僕はただ、こうして手合わせを行えればそれで構いません。
 しかし、疲れがあるのでしたら無理にとは言いません」

「…心配はご無用。これでも雷帝の末裔ですわ」


 ブロイエ・トロンベを構え直し、ヴィクトーリアはファントムと対峙する。しかしその顔にははっきりと疲労の色が出ていた。それでもその気迫は凄まじいものだ。臆せば、負けるのはファントムの方だろう。


「では、改めて参ります!」


 杭を撃ち出し、ヴィクトーリアがそれを弾いた瞬間に一気に距離を詰めるファントム。重装甲たる彼女に痛手を負わせるには、強い衝撃を鎧の内部まで響かせる必要がある。しかし小柄なファントムにそんなことできはしない。


「はぁっ!」


 突き出されたナイフを片手で受け止め、弾く。引き戻した杭を掴んで、ナイフと共に振るってくるが、ヴィクトーリアは槍の柄で両方とも受けきると、そこから押し返し、掌底を突き出した。


「鳳雷!」

「がっ!?」


 電撃の籠められた掌底が、思い切りレイスを突き飛ばした。壁にぶつかり、息が詰まる。痛みに苦しむより先に、ヴィクトーリアの追撃の一閃を躱す。


「体術も、できるのですね」

「えぇ。友人に無手の者がいるので」


 その言葉と共に浮かべられた微笑は、誇らしげだった。だがそれは自分を誇っているのではなく、友人を自慢しているように見える。


(今の一撃、踏み込みもしっかりしていた……かなり、重たかったですね)


 小柄故に、強い一撃に耐えきるだけの身体にまだなっていないファントム。しかも疲労感があると言ってもしっかりとした踏み込みで打ち出された攻撃に、相当なダメージを負ってしまった。


(これが、インターミドルチャンピオンシップの上位者の実力……)


 まさか自分が勝てるとは思っていないし、実力差があるのは重々承知している。それでも一撃ぐらいは決めたいものだ。


「来ないのであれば、私から参りますわ!」


 ブロイエ・トロンベを一閃し、再び迫るヴィクトーリア。間合いに入ったファントムへと尖端を突き出し、或いは左右の刃で切りかかる。対してファントムは杭とナイフで受け止めるが、その凄まじさに気おされていく。


「貰いましてよ!」


 壁に追い詰め、ヴィクトーリアが一気に肉薄する。だが、ファントムは左袖から杭を射出し、素早く手繰り寄せて回避した。そして後ろへ回り込み、2つの杭を同時にヴィクトーリアへと抛る。


「甘い!」


 だがその重装甲を活かし、両方の杭をあっさりと弾き飛ばした。そしてナイフを構え直したファントムの隙を突き、左手でファントムの頭を鷲掴みにする。


(しまっ……!)

「六十八式、兜割!」


 脚で体勢を崩され、そのまま道路に頭をぶつけられる──かに見えたが、途中でその動きが止まった。


「なっ!?」


 いくら力を籠めても、ファントムを押し倒しきることができない。戸惑うヴィクトーリアの目に、ファントムの両袖から伸びた鎖が映った。


「保険は、利いたようですね」


 先の鳳雷で吹き飛ばされたことを考え、ヴィクトーリアが使う体術の威力を知ったファントムは、保険として弾かれた杭をブロック塀などに突き刺してピンと張り、それ以上その場から動けないようにしたのだ。


「ですが、ここからならば!」

「それはどうでしょうね!」


 ぐっと押す力を更に強め、ブロイエ・トロンベで攻撃に転じようとしたヴィクトーリアだったが、急にファントムの身体が動いた。右側の杭だけを外したファントムの身体は、ヴィクトーリアによって押され続けることで左へと傾く。バランスを崩したヴィクトーリアへ、追撃を認めまいと戻ってきた右側の杭が槍を弾いた。


「失礼しますよ」


 ヴィクトーリアの手から逃れた瞬間、ファントムは左側の杭に繋がれた鎖を回収し、後ろに回り込むと、今一度両手から杭を射出する。ヴィクトーリアの両脇を駆け抜けたそれは、道路に突き刺さるとファントムの身体を手繰り寄せた。


「あっ!」


 バランスを崩したところへ、加速して背後から強襲するまでに、ファントムはかなりの速さで動いた。目で追うことはできたものの、体勢を崩されたせいで応対が出来ずにファントムの手によって押し倒される。


「この距離ならば、幾ら小柄な僕でも多少はダメージを与えられるでしょう」


 ナイフを高く突き上げ、それを今にも下ろそうとするファントム。ヴィクトーリアも負けじと何か手立てはないかと思考を巡らせるが、ファントムは唐突にヴィクトーリアから離れた。


「な、何ですの?」

「約束の30分が過ぎました。これ以上はダールグリュン嬢の執事が心配なさるのでしょう?」

「まさか、本当に退くとは思いもしませんでしたわ」

「意外と紳士なのですよ、幽霊は」


 ふっと笑み、ファントムは改めてヴィクトーリアに頭を下げた。


「ヴィクトーリア・ダールグリュン嬢。
 此の度は自分のような矮小な身の我儘に応じてくださり、心より感謝しております。細やかながら、本日のお礼です」

「これは……?」


 抛られた紙切れには、魔法陣が描かれている。よく応急処置などに用いられる回復魔法の陣だ。


「怪しいと思うのであれば、捨て去ってくださって構いません。
 それでは、失礼致します」


 ゆっくりと後ろへ下がり、やがてファントムはその姿を消した。それから間もなくして、執事たるエドガーから通信が入る。


《お嬢様。お帰りが遅いようですが、何かあったのですか?》

「エドガー……ごめんなさい。少し疲れが出て、休んでいたの。
 悪いけど、今から迎えをお願いしてもいいかしら?」

《もちろんです。今すぐ向かいますので》

「えぇ、ありがとう」


 場所を手早く伝えると、ヴィクトーリアはバリアジャケットを解除して立ち上がる。最後の圧し掛かりで多少のダメージはあったが、それでもまだまだ元気はある。近くのベンチに腰かけると、何気なく夜空を見上げた。


(随分な手練れでしたわね……。
 インターミドルチャンピオンシップに顔を出せないと言った口振りだけに、再戦が望めないのは聊か残念ですが、今年は中々楽しめそうな気がしますわ)


 微笑し、今頃どこかの世界を奔走しているであろう友人のことを思い出す。ファントムに褒められた体術は、その友人から学んだものだ。


「シグ……早く帰ってきてくれないと、流石に怒りますわよ」





◆◇◆◇◆





「ふむ……ここらなら、場所として適しているか」


 ミッドチルダではない、ある世界の某所。シグルドは、岩肌が剥き出しになったそこを歩き、周囲を見回して呟く。両手と両足には、アインハルトと初めて戦った時にはなかった装備を嵌めている。黒光りするそれは、鋭い爪と重厚な甲が幾つも並べられていた。


「ガイスト・ツェアシュテールングス」


 両手と両足だけだが、ゆっくりと腕を回転させると、黒い魔力がシグルドの動きに合わせて揺れ動く。そして一歩踏み出すと、足元は罅割れ、周囲へと蜘蛛の巣でも作るように広がっていく。


(久方ぶりに使ったのが誤りだったか。うまく御せぬ……!)


 力をコントロールできないことに焦ってはいけない。更に力が無駄に解放されてしまう。平常心が大事だ。深呼吸を数回だけ繰り返すと、力の放出も弱まっていく。その状態で再び歩み、本当に弱まったのか確認する。自然とは中々に正直だ。


「ふぅ……いざ!」


 大きく息を吐いて、シグルドは走り出した。正面には巨大な岩が立ち尽くしているにも拘わらず、止まる気配など一切ない。


「パイルスピア」


 巨岩に突っ込む寸前で呟くと、その岩にはぽっかりと大きな穴が開いた。


「…ジェノサイドクロー」


 シグルドの手甲に纏っていた黒い光が、指先へ集まっていく。それが鋭い爪をなすまで、ほんの数秒しかかからなかった。


「スラッシュゲイル」


 今度は脚に光が集まり、シグルドが蹴ると同時に放たれる。遠くにあった岩が粉々に砕ける。


「む、しまった」


 久しく使っていなかったので、ガイストでの破壊がうまくいき、使いこなしている気分になっていたようだ。気分の高揚すら赦されない。


(もう1度!)


 先程と同様に、脚に纏った光を蹴りで解き放つ。今度狙った岩は、綺麗に真っ二つだ。


「最後は……」


 左手を大きく振りかぶると、彼の手に似た巨大な黒い影が具現する。


「デストラクト……ブレイカー」


 振り下ろし、目の前の岩を大地ごと粉砕する。


「……いかん」


 気付いた時には、既に手遅れだった。


「やり過ぎたか」


 大きく陥没してしまった大地を見、まだ自分が力をうまく扱えていないことに肩を落とす。


(まぁ、彼奴より強ければそれでよしとするか)


 手足の甲を解除し、さっさと踵を返す。もうこの場にいる意味はなくなった。シグルドが使った力は、殲撃(ガイスト)と呼ばれるもので、ある一族に伝わる真髄と言ってもいい。本来、その殲撃は手甲のみなのだが、彼はどうやら異質な人間らしい。それに苦しさを感じることはなく、荷物を持ってポートに向かう。今回殲撃(ガイスト)を使ったのは、自分の力量の確認と、気持ちを安定させるため。殲撃(ガイスト)を使いこなすには、気持ちを常に落ち着かせておく必要がある。しばらく使わないと、すぐに力を暴走させてしまうのだ。かと言って、簡単に確認をできるものでもない。こうして何もないところで行うのが一番だ。


「…ヴィクター」


 首からぶら下がっているペンダントが大きく揺れた気がする。それをぎゅっと握りしめながら、シグルドは小さな笑みを浮かべた。










◆──────────◆

:あとがき
今回、独自設定、独自解釈にて新たに加えたのが冒頭に登場したスタイルシフトになります。

デバイスの形状はそのままに、バリアジャケットの方を変更する形になります。
フェイトも、A'sでマントの着脱を行っていたのでさほど珍しくはありませんが、あれと違ってスタイルシフトでのバリアジャケットの変化は大きいと言う設定です。


ヴィクトーリアとの決着はつかず。
そして彼女の鳳雷はお察しの通りシグルドと一緒にいた時から会得しています。体術はジークリンデよりもシグルド譲りだったり。

ちなみにヴィクトーリアとシグルドは両想いですが、ここにジークリンデがどう入るかは追々ってことで(笑)

次回はヴィヴィオとアインハルトが再戦します。
ただし原作の通りなので、そこにレイスが加わるだけで大して変わり映えしませんので。悪しからず。

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!