小説
Episode 8 聖王と覇王・雷帝と幽霊
トレーニングウェアに着替えながら、アインハルトは先程のヴィヴィオのことを思い返していた。彼女が、自分の拳を受け止めてくれるのか──そんなことばかり考えてしまう。
この数時間前、ケインとノーヴェは言ってくれた。必ず自分の拳を受け止め、理解してくれる人がいると。それが今、目の前にいる華奢な少女なのか、未だに不安が拭えない。
(考えていても仕方ないですね)
扉を開け、ホールに出ると既にヴィヴィオの方は準備を済ませていたのか、軽く身体をほぐしている。アインハルトもそれに倣い、腕を交差させて身体を捻ったりして準備を整えた。
2人を見守るように壁際には何人ものヴィヴィオの友人が並ぶ。少し疎外感はあるが、それを気にしている暇はない。やがて対峙した2人の真ん中にノーヴェが立ち、手で境界線を作った。
「いいか? 内容はスパーリングで、4分間1セットだ。
射撃魔法と拘束なしの、格闘オンリーだからな?」
2人を交互に見て、頷きかえしたのを見届けてからノーヴェは素早く手を上げる。
「レディ……ゴー!」
ノーヴェの合図とともに、その場で軽くジャンプを繰り返していたヴィヴィオが一気に距離を詰めてきた。体勢を起こすと同時に繰り出された右手の拳。しかし、アインハルトは瞬時に反応して両手でガードしきった。
(この子……!)
予想していた以上に速い動きを見せるヴィヴィオに、アインハルトはしばし防戦一方となる。それを知ってか、ヴィヴィオは更に攻撃を繰り返していく。蹴り上げ、そこからの踵落としなど、足も使っていくがアインハルトはそれをことごとく躱し、或いは防御する。
「ヴィヴィオって、変身前でも結構強かったのね」
「いっぱい練習していたからね〜。ティアとケインは、仕事もあって見られなかったよね」
「あぁ。けど、ヴィヴィオもそうだけどアインハルトも中々だな。
全然クリーンヒットを許さない」
そんな会話が、微かだが聞こえてくる。しかしアインハルトは、一瞬だけ垣間見えたヴィヴィオの表情を見て確信した。
まっすぐな技と、このスパーリングを楽しんでいる証拠たる笑顔。彼女がどれだけまっすぐな女の子かよく分かった。だが、だからこそ───
(この子は、私が戦うべき【王】ではない)
───ヴィヴィオが大きく振るった拳を躱して一気に懐に飛び込む。そして後ろに下げた手を思い切り突き出し、掌底でヴィヴィオを思い切り飛ばした。
(あ……!)
ついいつもの癖で強くやってしまったが、彼女はギャラリーに徹していた内の2人の少女に抱きとめられる。怒るかと思っていたが、その表情はやはり楽しそうだ。その笑みが羨ましく、そして自分にはまったく縁のないことなので苦しそうに胸が締め付けられた。
(私とは、違うんだ)
これ以上彼女と手合わせしても、得られる物は何もない。なにより、お互いのためにならない。アインハルトは独断で踵を返した。
「…お手合わせ、ありがとうございました」
「あ、あの! 私、何か失礼なことを……?」
「いえ、そういうことでは」
何も悪くないと言えばいいのに、素直に言えない。アインハルトはなおも縋るヴィヴィオの方を振り返らず、ただ次の言葉を聞いていた。
「じゃあ、私が弱かったから……ですか?」
「そんなことは。
“趣味と遊びの範囲内”でしたら、充分すぎるほどに」
その言葉に、ヴィヴィオの表情が一気に曇る。ぐっと自分の気持ちを押し殺しているのか、握った拳が震えていた。だが、アインハルトは未だに背中を向けているのでそれに気づけずにいる。
「申し訳ありません。私の、身勝手なので」
「すみません。今のスパーが不真面目に感じたのなら、謝ります。
だから、もう1度チャンスをくれませんか?」
もう1度──その時、ふとケインが言ってくれた言葉を思い出す。『答えを出すことを急がないでほしい』と言っていた。今、自分はまた自分の身勝手で決めつけてしまっている。
「今度は真面目にやります! だから……今日じゃなくてもいいんです」
助け舟を求めるように、アインハルトはノーヴェへと視線を送る。それに気づいてか、彼女は頭を掻きながら困惑しつつ答えた。
「あー……そ、それじゃあ、来週にでもどうだ?
今度はスパーリングじゃなく、ちゃんとした練習試合を」
「お、いいな、それ」
「あたしも興味あるっす!」
ノーヴェの考えに賛同しながら、ケインらが場を明るくするべく楽しそうに言った。全員の気遣いにヴィヴィオもほっとし、アインハルトも深々と頭を下げる。
「では、お手数ですが時間と場所はお任せしますので」
それからはシャワーを浴び、着替えて区民センターを出ていく。もちろんヴィヴィオとアインハルトが声をかけることはなく、未だに少しばかり気まずい空気が流れていた。こっそりノーヴェが申し訳なさそうな顔をするが、ヴィヴィオはそれに作り笑いを浮かべながら応えた。
「それでは、私は……」
「ちょっと待った」
1人で帰ろうとするアインハルトだったが、それをケインが制した。彼はアインハルトの手を取ると自分のバイクが停めてあるところまで引っ張っていく。
「あ、あの?」
「アインハルト、帰宅したら何を食べるんだ?」
「え? と、特に決まってはいませんが……」
「よし。それならまたスバルの家で夕食にしようぜ」
「そ、そんな勝手に……!」
「大丈夫だよ。スバルもノーヴェも、お前を1人にしたりしないって。
それに、次の練習試合に備えて、今からしっかりと栄養を取っておかないとな」
「……はぁ、強引な方ですね」
溜め息を零してはいるが、嫌がってはいないようだ。ティアナ達にアインハルトも夕食に誘ったことを話すと、3人は買い出しに行くと言ってアインハルトをケインに任せることに。
「あ、そうだ。ケイン、1ついい?」
「何だ?」
「分かっていると思うけど……」
「大丈夫だって。俺は、ティアナ一筋なんだから」
ティアナが言わんとしていることを察し、彼女の口元に人差し指を立てる。焼き餅焼きな彼女だが、それを厄介に思ったことはない。なにしろケインだって、ティアナが可愛いからナンパされたりしていないかかなり気がかりだった時期があるのだから。
「ちゃんと、お前だけを見ているよ」
「…うん」
額と額とを合わせ、2人は見詰め合った。
「あ、あの……」
「お、おう!? わ、悪いな、アインハルト」
「あ、あはは」
「いえ。仲が良くて、少しばかり羨ましいです。
私は、異性とそう言った仲になれないでしょうし……」
「そんなことないわよ。アインハルトは可愛いんだから、自信持ちなさい」
「気になるやつはいないのか?」
「……いいえ、特には」
しばらく考えてみるが、特に該当しそうな相手はいない。最近はレイスと話すことが多くなったが、そこまで意識したことはない。
「まぁ、じっくり探していけばいいと思うわよ。焦って悪い男に引っ掛かるなんてことになったら、笑えないもの」
「そうですね」
ティアナに同意しつつ、アインハルトは思った。自分には縁遠いものなのだなぁと。
◆◇◆◇◆
「久しぶりに1人で歩きますが、やはり夜風は心地好いものですわね」
夜道を1人で歩く姿勢は端から見ていても美しく、その見目に相応しい仕草だった。女性──ヴィクトーリア・ダールグリュンは、夜風になびく金髪を押さえながら呟く。
(いつもはエドガーに送り迎えを頼んでばかりでしたわね)
普段は執事のエドガーが共にいるのだが、今日は大した用事でもないので1人で行き帰りをすることにした。
「ところで……あなたはいつになったら、姿を見せてくださいますの?」
不敵に笑うヴィクトーリアの視線の先に、いつの間にか少年が立っていた。闇に紛れるためか、黒を基調とした服を着ている彼は、フードを深く被ったままお辞儀した。
「ヴィクトーリア・ダールグリュン嬢ですね?」
「えぇ。そういう貴方は、巷で噂の幽霊……ファントムで、よろしいかしら?」
「はい。失礼ながら、お願いがありまして」
「何かしら?」
少年──ファントムは膝を着き、自分の愛機を手元に置いて続ける。
「自分と、手合わせを願いたいのです。
本来であればフードを取り、然るべき場所にて然るべき対処をしなくてはならないのでしょうが、生憎と自分にはそれをするだけの時間がないもので」
「……構いませんわよ。強者の間にてあまねく轟く貴方を、この私が討ち果たしてみせます」
「ご厚意、痛み入ります」
ファントムは結界を張り、ヴィクトーリアと改めて対峙する。まだバリアジャケットを展開していないと言うのに、しっかりとした立ち振舞いを見せている彼女からは、隙を見出すのは難しそうだ。
(やはり、強い)
こんなことをしてでしか強者との戦いを楽しめないのは非常に残念だ。しかし、これも必要なことだけに、仕方がない。
「ブロイエ・トロンベ!」
【青い竜巻】を意味する愛機に命じて、バリアジャケットを展開する。純白を基調としたそれは、ジャケットと言うよりも甲冑と呼ぶに相応しく、しかしながらあまりにも絢爛なものだった。槍を軽く振り回す姿から、相当な鍛錬を積んでいることがよく分かる。デバイスは、使い手に合わせてその重さを微調整できると言うが、彼女の愛機の取り回し方を見れば、デバイスの性能に任せきりではないと気づける。
ファントムはナイフの柄を握り締め、構える。攻撃範囲が狭いうえに、取り回ししやすいのは互いに同じ。ともすれば、やはりヴィクトーリアの方が有利だろう。
「1つ、お願いがありますの」
「なんでしょうか?」
「あまり遅くなると、執事が心配してしまいますわ。なので、戦いは30分まででお願い致します」
「承知しました。
では……参ります!」
先にファントムが仕掛ける。彼女の重装甲をあまく見ているつもりはない。肌が出ているのは、首から上だけ。そこを狙う者は多々いるだろう。故にそこへの対処もできるはずだ。ファントムは身を屈めて足元へ迫る。そんな彼に向かって、ヴィクトーリアは槍を下段に構えた。そしてファントムが攻撃範囲に入った瞬間、槍を突き刺そうと一歩前へ強く踏み込む。
「やはり……」
だが、ファントムはそれを跳躍してかわした。
「跳んでは、自由が利かないのでは?」
左右についた刃を使い、ファントムの胴体を薙ごうとする。だが、刃が当たると思われた刹那、ファントムの姿が霞んだ。
「幻術……!」
咄嗟に前を向くと、もう目の前にまで本物のファントムが近づいていた。恐らく、突き出した槍が当たる直前に、自分の幻術を出現させ、自身は透明になって姿を消したのだろう。
(それをやるにしては、かなり速い判断ですわね)
ヴィクトーリアが槍を突き出すと予想しての行動だろう。
「ですが、甘いですわ」
伸びきった腕を引き寄せるよりも、ファントムがナイフを突き立てる方が速いに決まっている。しかし、ヴィクトーリアの鎧はそんなに容易く敵の攻撃を通さない。案の定、ファントムの刃は鎧に阻まれ、引き戻した腕によって捕まえられてしまった。
「ふっ!」
ぶんっと強く放り投げ、壁に激突させる。コンクリートの壁が崩れ、砂煙が舞い上がった。そのまま一気に畳み掛けようと槍を振り上げる。が、肉薄するより早く、光弾が顔面目掛けて放たれた。
「容易い!」
ブロイエ・トロンベを振り下ろし、それを破壊すると、その一瞬の隙をついてファントムが砂煙から躍り出る。
(この子、応対が速い!)
自分が次にどう出るか、ある程度の予想はできているのだろう。だからこそ、こうも速く対応してくるのだ。矢の形態へと切り替わった愛機を手に、ファントムが迫った。遠距離からの攻撃に徹するかと思っていたが、どうやら接近戦を挑もうとしているようだ。
次々と放たれる魔力矢だが、生成するスピードを重視しているのか大したダメージにはならない。やがて互いの距離が徐々に縮まり、ヴィクトーリアは刃で弓の軌道を変えつつ攻撃をかわすことで手一杯になった。
(最初から……)
気付いた時には目の前に弓が来ていた。力を籠めようとするが、その両手にバインドが施されてしまう。このままでは、ゼロ距離で魔力矢を放たれてしまう。いくら堅固な装甲とは言え、ダメージを負わずに済むとは思えない。
「なめないで!」
だが、この程度の状況は想定済みだ。ヴィクトーリアが吼えると同時に、足元に魔法陣が現れる。それを見た瞬間、ファントムは離れようとするが、一足遅かった。
「雷域!」
バチバチと音を立てたかと思うと、瞬時に雷が発生してファントムを襲った。雷域は、自分に施されているバインドの力を弱めつつ、周囲にいる敵に雷撃を与えることのできる魔法だ。ヴィクトーリアがよく出場している大会にも、バインドを得意とする選手がいるため、こうした対策を練っている。
「やはり、一筋縄ではいかないようで」
ファントムはフードを深く被り直し、小さく微笑んだ。
「それはこちらの台詞でもありますわ。貴方……いったい何者なんですの?」
「……僕は、ただの幽霊ですよ」
優しそうな笑みを浮かべるファントム。何故まだ幼さの色濃い彼がこんなことをしているのか、甚だ不思議でしょうがなかった。
◆──────────◆
:あとがき
ケインくん、爆ぜればいいのに(コラ)
冗談は置いておきまして、ようやっとヴィヴィオとアインハルトのスパーリングです。
原作の通り、また次回に持ち越しと言う形なので、メインはファントムと雷帝ことヴィクトーリアの戦いになりますが。
2人の戦いは次回に決着を付けます。今回の話でも分かるように、ヴィクトーリアにもオリジナルの魔法を持たせています。
シグルドから教わった魔法もありますが、それはまた次回で。
これからもちょくちょくケインくんとティアナにはイチャイチャしてもらいますので。
寧ろレイスとアインハルトよりイチャイチャしますよ(笑)
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