小説
Episode 6 出会い
「ぅん……ここ、は?」
眩い光に導かれ、アインハルトはゆっくりと目を覚ます。見知らぬ天井に加え、自分が倒れてしまったと思っていたのにふかふかのベッドで寝ている。まったくもって訳が分からなかった。
「よう、目を覚ましたんだな」
「あ……ノーヴェ、さん」
アインハルトの声に気付いたのか、ずっと隣に居てくれたであろうノーヴェが笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「あの……」
質問をしようと口を開いたが、そこで扉がノックされる。ノーヴェに手で制され、口を噤んだ。確認をしてから入ってきた女性は、オレンジ色の長い髪をしていた。凛としていながら、そこには可愛さも感じられる。
「お邪魔するわね。
おはよう、ノーヴェ。それと……」
「自称、覇王イングヴァルト。
本名はアインハルト・ストラトス、だよな?」
「ごめんね。持っていた荷物を確認させてもらったの。
ザンクトヒルデ魔法学院の中等科1年生で、間違いないかしら?」
「あ、はい」
「制服と学生証を持ったままとはな。間抜けな喧嘩屋だぜ」
「学校帰りだったんです。それに、あそこで倒れるとは思ってもいなかったので……」
シグルドに運ばれた時の二の舞になってしまった。今後、2度と同じことが起きないよう肝に銘じておくことに。
「みんな起きたんだね」
「おう、スバル」
今度は蒼い髪を短髪にした女性がひょっこり顔を覗かせてきた。
「朝食が出来ているから、みんなで食べよう。
アインハルトも、お話はそれからでもいいかな?」
「分かりました」
空腹には逆らえない。彼女たちの後ろに続き、階下へと下りていく。
テーブルにはサラダや目玉焼きなどの様々な料理が所狭しと並んでいた。流石にこれを食べきるのは無理があると思いつつ、黙って席に着く。
「改めて自己紹介しないとね。
あたしはティアナ・ラーディッシュよ。貴女と手合わせしたノーヴェの友達」
「で、あたしがスバル・ナカジマ。ノーヴェのお姉ちゃんなんだ」
「アインハルト・ストラトスです」
ティアナとスバルに頭を下げ、薦められた朝食に手を付ける。
「…美味しい」
「それなら良かった。作った甲斐があったわ。
それで……格闘家相手に連続して襲撃を行ったのが貴女と言うのは、本当なの?」
「はい」
もとより隠し立てをする気は毛頭ない。アインハルトは箸をおいて向き直った。
「古代ベルカの戦争に関して、自分の中で決着をつけられていないんです……。
だから、どの王よりも覇王たるこの身が強くあること、それを証明したいのです」
「じゃあ、聖王家や炎王に恨みがあるわけではないのね?」
「はい。私怨なども、一切ありません」
「そっか。良かったぁ」
その言葉を聞いて、スバルはほっとする。
「実は私たち、その2人と仲良しなの」
「そ、そうだったのですか」
だからノーヴェがなんなにも怒っていたのかと理解し、沈痛な面持ちになる。そんな彼女を気遣ってか、ティアナが手を叩いた。
「アインハルトには悪いんだけど、朝食を済ませたら近くの署に行こうと思うの。
幸い、被害届は出ていないそうだから、厳重注意があるぐらいで済むはずだから。いいかしら?」
「はい。お手数おかけしてすみません」
「……あのさ、今回のことについて何だけど、先に手を出したのはあたしなんだ」
「え?」
「だからあたしも行こうと思う。喧嘩両成敗ってやつだよ」
「そう。それじゃあ、そうしましょう」
ティアナにアイコンタクトされ、ノーヴェは頷く。何かアインハルトを放っておけないのだろう。スバルもそれに気づいているのか、何も言わず笑みを浮かべている。
「それにしても、ずっとあそこで待っていたのか?」
「はい。少し前から。
ただ、ノーヴェさんと会う前に誰かに襲撃されてしまって……」
「え?」
「お前、何でそれを早く言わないんだ!」
「怪我はない?」
慌ててアインハルトを取り囲む3人に、アインハルトの方が困惑してしまう。「大丈夫だ」と繰り返す言うことで、やがて落ち着いてくれた。
「相手について、心当たりとかはない?
過去に貴女が戦いを挑んだ相手とそっくりだとか」
「いえ。見知った相手ではありませんでした。
私と同い年ぐらいの少年で、パーカーに身を包んでいたので顔は見えませんでしたし」
「そいつは名乗ったりしなかったのか?」
「私が覇王だと言うことを知って、襲撃してきました。幻術魔法が得意で、名前は確か……」
「…ファントム」
「え? は、はい、そうです。
でも、どうして……?」
アインハルトが言う前に、ティアナが名前を当てた。厄介な名前が出たと言うように、溜め息を零す。
「最近、貴女と同様に話題になっていたのよ。
ファントムと名乗る少年が手合わせをしたいと言って、名の知れた格闘家に勝負を挑んでいるってね。こっちも被害届が出ていないから、なんともしがたいんだけど」
「そう、でしたか」
「ファントムは、やっぱり同じ目的で?」
「いえ、それが……私を、殺すと言っていました」
「はっ!?」
「そんな、どうして?」
「理由は、分かりません」
「…ティアナ」
「えぇ」
やはりアインハルトを放っておくわけにもいかない。なるべく傍についておくべきだろう。
「それじゃあ、署の方に行きましょうか」
ティアナが立ち上がり、全員もそれに倣う。アインハルトも食器を片づけながら、昨夜のファントムについて考える。どうして狙われるのか自分自身に理由はない。
(と言うことは、やはり私が王の末裔だから……)
今度会った時は、負けられない。そうでなければ自分の命は──急に悪寒が襲う。ぎゅっと自分で身体を抱き締めた。
◆◇◆◇◆
「お、目を覚ましたんだな」
家を出たところで、ジャージ姿の男性に出くわす。黒い髪を短く切り揃えた青年はさわやかな笑みを浮かべアインハルトを見る。
「アインハルト、彼はケイン・ラーディッシュよ。
ここまで貴女を運んでくれたの」
「そうだったのですか。どうもありがとうございました」
「いやいや。ノーヴェがダメージを与えたから仕方ないとは言え、可愛い子が倒れていたら放っておけないさ」
「か、可愛いですか」
「ケイン?」
「いてて! 他意はないから勘弁してくれ、ティアナ!」
耳をぎゅうっと抓まれ、ケインはすぐさまティアナに降参の意思を示した。そこまで怒らなくてもと思ったが、2人の左手薬指に同じ指輪が嵌められているのに気づく。
「えっと、ケインさんとティアナさんは……」
「あたし達はね、これでも夫婦なの」
「まぁ、まだ夫婦になりたてだから、恋人気分が抜けないんだけどな」
苦笑いする2人の左手にある指輪を見て、納得した。お互いに愛し合っているのがよく分かる。
「じゃあ、あたし達は近くの署に行ってくるから」
「おう。俺もシャワー浴びたらすぐに行くよ」
「いいの?」
「まぁ、少しは話したいこともあるからな」
アインハルトに笑いかけ、ケインはシャワーを浴びるべく浴室へ消える。それを見送った後、ティアナらに連れ添われて署に向かった。
「アインハルト、ケインにも詳細をメールしていいかしら?」
「あ、はい」
「あまり広めることじゃないと思うんだけど、信用できる人は増やしておいた方がいいから。
もちろん、貴女が嫌なら止めるわ。どうする?」
「えっと……」
本来ならば話すべきなのだろうが、どうにも自分では決められない。ノーヴェやスバルに助け舟を出してもらおうとそちらを見やると、苦笑いされる。
「まぁ、ケインなら全力で力になってくれると思うぜ。
自分が力になりたいって思ったら、全力で支えてくれる奴だし」
「そうなの、ですか。
私も、自分がどうすべきか……今はまだ、何も見えないので」
「じゃあ、決まりね」
ティアナは手早くメールを打ち込んでいく。署に着く前には既に終わったので、アインハルトとノーヴェは彼女に連れられて共に厳重注意を受けた。
「では、手続きをお願いします」
アインハルトは未成年と言うこともあって、書類の類はすべてノーヴェが引き受けることに。
その間、アインハルトは所在なさげに椅子に座っていた。
「ひゃっ!?」
だが、いきなり頬に冷たい飲み物が当てられ驚いてしまう。振り返ると、ケインが笑みを浮かべて立っていた。
「驚かせて悪かったな。なんか暗い顔をしていたから、つい」
「い、いえ。気を遣わせてすみません」
「隣、いいかな?」
「えぇ、どうぞ」
渡された缶ジュースを受け取り、それを手で撫でる。冷たくて心地よく、僅かに頬を緩める。ケインも隣に座し、缶コーヒーを口にする。
「そういえば、この後学校は?」
「出られるなら行きます」
「そっか。偉いな、アインハルトは。俺だったらサボっちまうかも。
俺も、アインハルトのことを教えてもらったんだけど……聞いたか?」
「はい。ティアナさんが、信用できるからと言って」
「なら話は早いな。
ティアナもそうなんだけど、俺の知り合いには管理局員の中でも凄い人が多いんだ。それに、古代ベルカに詳しい人たちもいる……だから、アインハルトが嫌じゃなけりゃあ、協力させてほしいんだけど、どうだ?」
「それは……協力を惜しまないから、聖王たちに手を出すなと、そういうことですか?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど……まぁ確かに手を出されるのも困るけどな」
苦笑いしつつ、自分の言葉を整理するケイン。そんな彼を横目に、どうして彼はここまでしてくれるのだろうかと不思議に思う。ティアナ曰く、全力で助けてくれると言うことだが、何が彼をそこまでさせるのか気になった。
(もしかして……)
彼もまた、自分のように過去に何かあったのかもしれない。それに縛られているから──そう思うと、不思議と親近感が湧いてくる。
「ノーヴェから聞いたんだけど、アインハルトはストライクアーツが好きだったりしないか?」
「え? えっと……」
「俺さ、執務官のティアナと一緒に仕事をしているから、自然と人を見る目がそれなりにだけど養えているんだ。
アインハルトは今、道に迷っているだけ。本当はその綺麗な瞳と同じで澄んだ心を持っているんじゃないか?」
「どうなのでしょう……私は、この虹彩異色をそんな風に捉えたことがありません。
それに、私にとって覇王流は……カイザーアーツは、私の存在理由の総てですから」
好きか嫌いかなんて考えたことがない。ただ記憶と共に受け継いでしまったから、それを自分の存在理由とすることしかできなかった。そうしないと、持て余すだけで終わってしまうから。
「よかったら、話してくれないか。アインハルトの気が少しでも軽くなるなら、だけど」
ケインに優しく言われ、アインハルトは自然と口を開こうとする。しかし、簡単には言葉が出てこない。今まで話したことがなかっただけに、どう伝えればいいか分からなかった。ぼんやりとしていると、やがて頭を優しく撫でられる。
「まぁ、今すぐじゃなくてもいいさ。
気が向いたら、聞かせてくれよな」
「…はい」
◆──────────◆
:あとがき
満を持して(?)遂にケインくんの登場でございます。
ティアナとは既に結婚しており、彼女の姓もラーディッシュに変更されています。
ここらへんはフィルくんと同じですが、今回はケインくんだけでなくティアナも一緒になってアインハルトを支えることになるかと思います。
次回はヴィヴィオとの初戦直前までですね。あまり長くないですが、これくらいのサイズで続いていきます。悪しからず。
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