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小説
Episode 5 幽霊







 既に街からだいぶ光が失せた頃。アインハルトは人気がないのを確認してから、拳を握り締め、静かに呟く。


「武装形態」


 パァッと明るい光がアインハルトを一瞬だけ包み込んだ。それがなくなった時、彼女は普段の少女の姿から、大人の姿へと変わっていた。白と翠を基調としたバリアジャケットに身を包み、その虹彩異色の瞳を隠すかのようにバイザーをつける。

 毅然とした足取りで走り出すと、街灯に立った。夜半時と言うことに加え、住宅街から離れているので、何かが起きたとしてもすぐに通報されたりはしないだろう。その場で立ちつくし、今日のターゲットに定めた人物が来るのを待った。


「っ!?」


 だが、突如として殺気を感じたアインハルトは、すぐさまそこから離れる。それに一拍遅れる形で、脇を1本の矢が駆け抜けた。それは大地に突き刺さると、すぐに消え去る。


「何者ですか!」


 吼えるアインハルトに、暗がりから1人の少年が姿を現した。パーカーを着ており、フードを深く被っているので顔は分からない。だが、その身長は自分の本来の姿とほぼ同じと言ってもいい。歳もそう変わらないと思われる彼は、弓をナイフの形へと変更し、向き直った。


「覇王イングヴァルトとお見受け致しました」

「…はい、違いありません」


 声色からしても、相手が少年なのは間違いないようだ。アインハルトも構え、警戒する。


「炎王、聖王と並ぶ古代ベルカの諸王時代に生きた覇王。そしてその末裔……ようやっと、相対することができた訳ですか」

「何を……」

「突然ですが覇王。貴女に1つ、お願いがあります」

「…願い?」

「えぇ。それも、至極簡単なことです」


 少年はにっと笑みを深め、そして言った。


「……死んでください」


 その言葉の意味を理解するより早く、少年が動いた。ナイフ型のデバイスを一閃し、アインハルトへと肉薄する。


(甘いですね!)


 いきなりのことに驚きはしたものの、アインハルトとてそこらにいるチンピラとは格が違う。真っ直ぐに接近してくる少年に対し、自らも迎え撃つべく走り出す。そして距離がある程度縮まったところで、蹴りを見舞った。


「なっ!?」


 だが、蹴りが当たったと思った瞬間、彼の姿がゆっくりと薄れていく。やがてその姿は完全に消え失せた。


「幻術……!」

「僕が得意とする魔法です。
 故に、僕はファントムと名乗っています」

「ファントム……」


 次に声がした方を見ると、既に2射目の準備が整っていた。再び放たれる深紅の矢。アインハルトは咄嗟に避けるが、立て続けに小さな矢が生成されては彼女を追いかけるようにして放たれる。


(これは……!)


 徐々に壁際に追い込まれていることに気づき、立ち止まって振り返る。その瞬間を待っていたとでも言うように、この時放たれた矢は大きなものだった。顔面めがけて放たれるそれは、しかし最初に放たれたものと違って殺気が籠められている気配はない。しかし、避けなければ確実に討たれるだろう。

 アインハルトは後方に宙返りして躱すと、そのまま壁を蹴ってファントムへ強襲する。魔力で強化したことによって身体能力は上がったが、所詮は一時的なものだ。油断は禁物──そう自分に言い聞かせながら、肉薄して蹴りを見舞おうとする。

 だが、再びファントムの姿が霞んだ。幻術だと察すると、アインハルトは攻撃の手を緩め、まずは着地することに専念しようとする。


「かかりましたね」

「え? きゃっ!?」


 着地した瞬間、霞んだファントムの向こうから本人が躍り出た。アインハルトは顔面を鷲掴みにされ、仰向けに押し倒される。強引な力は遠慮を知らないようで、頭に痛みが走った。


「あっけないですね……では、さようなら!」


 振り上げられたナイフが、月明かりを反射して眩しい。フードの向こうで見えた笑みが酷く恐ろしく、初めて間近に感じられる死に、アインハルトは目を瞑るしかできなかった。


「…運がいいですね」

「え?」

「誰か来るようなので、僕はこれで失礼させて頂きます。
 覇王イングヴァルト、何れ貴女を殺します。ごきげんよう」


 一礼して去っていくファントムを追いかけることはできず、アインハルトは身体を起こす。鼓動の高鳴りが中々静まらない。深呼吸を繰り返していると、確かに人の気配がする。背後を振り返ると、赤毛の少女が見えた。


(あの人で、間違いないですね)


 自分の頬を叩き、鼓舞する。ここで負けるわけにはいかない。なにより、彼女が自分と立場にある王について知っているはずだ。聞き出さなくては。


「ストライクアーツ有段者の、ノーヴェ・ナカジマさんとお見受けしました。
 貴女に、いくつか伺いたいことと、確かめさせていただきたいことがあります」


 アインハルトのその言葉に、ノーヴェは背中に抱えていた荷物を置いてから溜め息をつく。


「せめてバイザーぐらい外したらどうだ?」


 冷静な返しに、アインハルトは少し面食らう。今までの相手なら、自分が誰なのかだいたいの予想をして襲ってくることが多かった。ノーヴェの言葉に従い、アインハルトはバイザーを外して適当な所に抛る。


「失礼しました。
 カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト……覇王を、名乗らせていただいております」

「通り魔って噂になっているのが、お前か?」

「はい、相違ありません」


 通り魔と称されるのは少し心苦しかったが、やっていることはそれと同じだ。アインハルトは素直に頷く。


「貴女に伺いたいのは、貴女が知っているであろう王たちについてです」


 ピクリと眉が動いた。その微かな動きも見逃さず、アインハルトは畳み掛ける。


「聖王オリヴィエのクローンと、冥府の炎王イクスヴェリア……この2人について、貴女は所在をご存じなのではありませんか?」

「……知らねぇな」


 ノーヴェの眼光に鋭いものが宿った。明らかにアインハルトを敵視している。それに臆することもせず、アインハルトは溜め息を零す。


「聖王のクローンだの、冥府の炎王だの……! あたしはそんな連中と知り合いになった覚えはねぇ!
 あたしが知っているのは、一生懸命生きているだけの普通の子供たちだ!」


 確かに言葉が過ぎたのかもしれない。しかし、アインハルトはそれを謝る気は毛頭ない。例えそしられようとも構わないと決めたのだ。今更、それがぶれるはずもなければ、それも赦されないのだから。


「分かりました。その件については他を当たることにしましょう。
 では、もう1つ……貴女と私の拳、どちらがいったい強いのか、それを確かめさせていただきたい」

「なんだそりゃ?」


 口では軽く返しながらも、隙を一切見せようとしないノーヴェはかなりできると思う。しかし、先日手合わせをしたシグルドや、先程強襲してきたファントムと比べればまだましかもしれない。


「防護服と武装を」

「そんなのいらねぇよ。
 それにお前、まだガキみたいだし……何でこんなことをしている?」

「……強さを、知りたいのです」


 伏し目がちに言うアインハルトに、ノーヴェは改めて溜め息を零し、そして───


「バカバカしい」


 ───不意打ちで飛び蹴りをかました。


(こいつ……!)


 その一撃で、ノーヴェはすぐに相手の力量が並大抵のものではないことに気がついた。今までだって相手を伸してきたのだから当然と言えば当然だが、不意打ちをガードし、それを崩せないのは多少意外だった。それでも攻撃の手を緩めることはしない。そこから瞬時にスタンアタックを繰り出すべく右手を突き出す。


(やっぱり、やる!)


 しかしアインハルトはそれすらもガードしきった。最初からスタンアタックを本命にしていても、恐らくガードされてしまっただろう。ノーヴェはいったん離れ、ポケットから自身の愛機を取り出す。


(今の一撃、早かった)


 そしてアインハルトの方も、ノーヴェの攻撃に驚かされていた。最初の飛び蹴りはなんとなく予想はしていたが、それでも距離を詰めるまでが速い。さらに続くスタンアタック。これこそ、最初から本命にされていたら危うかったことだろう。


「ジェットエッジ!」

《Start up!》

「…ありがとうございます」

「強さを知りたいって言ったな」

「はい。それを知り、そして更に強くならなければならないのです」

「なら、こんなことをしていないで真面目に練習すりゃあいいだろ! なんだってこんなことをする!」

「……確かに、それがあるべき正しき姿勢なのでしょう。
 ですが、私の確かめたい強さは……生きる意味は、表舞台にはないのです」


 すっと構えを取る。この距離ならば、互いに簡単に攻撃を届かせられることもない。だが、ぐっと身を沈めると──ミサイルのように一直線に突撃する。


「ぐっ!」


 右ストレートを繰り出し、かろうじて躱したノーヴェに、アインハルトは瞬時に攻撃のテンポを切り替える。身を屈めて懐に飛び込むと、そこから一気に拳を振り上げてアッパーを見舞った。


(流石にタフですね……)


 デバイスの補助のお陰か、強烈な一撃とまではいかなかったようだ。ノーヴェが反撃しようと回し蹴りを繰り出すが、アインハルトは容易くそれを躱す。


「列強の王たち総てを斃し、ベルカの天地に覇を成すこと……それが、私の成すべきことです」

「はっ……寝ぼけたこと、抜かしてんじゃねぇ!」


 ノーヴェはしっかりとした姿勢を取り、吼える。


「昔の王なんざみんな、死んじまっている! 生き残りや末裔だって、普通に生きているんだぞ!」

「それでも……弱い王ならば、この手で屠るまで!」


 その一言が、ノーヴェの逆鱗に触れたのだろう。彼女は構えを取り、ぐっと拳を握りしめた。


「このバカたれが! ベルカの戦乱も、聖王戦争も……ベルカって国そのものも!
 もう、全部終わっているんだよ!」


 エアライナーを出現させ、その上を走り出す。アインハルトはエアライナーが作り出す道を見て、どこから攻撃を仕掛けてくるのかと備えるが、その前にノーヴェの姿を追い切れずにいた。


(まずい……!)


 そう直感するや否や、手足にバインドが施される。繰り出される一撃がどれほどの強さなのかは分からない。だが、ふとシグルドがやってみせたことを思い出した。防御を完全に捨てたあの姿勢。果たしてそれは本当に防御をしていなかったのか。確かに四肢は動かせない。だが、あの時の感触は───。


(なるほど。そういうことですか)


 ふっと微笑んだ瞬間、ノーヴェが攻撃に転じた。


「リボルバー・スパイク!」


 狙いは、首の左側──すぐにそれを見抜いたアインハルトは、最低限のダメージで済むように首を少し動かした。衝撃をすべて殺すことはできなかったが、狙いが多少ずれてくれたお蔭で彼女は油断したようだ。


「終わっていません。私にとっては、まだ何も!」


 今度はアインハルトがバインドを施し、右腕を振り上げる。この拳に、すべての力を乗せて。


「覇王……断空拳!」


 振り下ろされた一撃は、的確にノーヴェにダメージを与えて意識を刈り取った。その場に崩れ去った彼女を見下ろし、踵を返す。


「弱さは罪です。弱い拳では、誰も……守れないから」


 その後ろ姿にノーヴェは何も言えなかったが、2人の戦いを見ていた者がいた。


「なるほど……」


 先程、アインハルトと手合わせをしたファントムだ。彼は撤退したと見せかけ、身を潜めて2人の戦いを見守っていた。


「これはこれは、まさかあの方が聖王や炎王とお知り合いだったとは。思わぬ収穫がありましたね。」


 ナイフ型のデバイスを取り出し、弓の形態に切り替える。今なら、アインハルトを後ろから打ち抜くことも容易いだろう。


「……くっ」


 しかし、次第にその姿がぼやけていく。手も震え始め、ファントムは構えるのをやめた。瞳の端から零れる涙を拭うこともせず、彼もまたその場から姿を消した。





◆◇◆◇◆





「はぁ、はぁ……」


 しばらくして、アインハルトの身体が急激に重たくなっていく。シグルドの真似事などするべきではなかった。咄嗟の判断だったとはいえ、まだ身体がしっかりとできていないアインハルトには危険な行為でしかない。


「武装形態……解除……」


 なんとかそう呟くと、身体が光に包まれて、いつもの幼い身体に戻った。しかし、戻ったことに安堵したせいで一気に力が抜けていく。


(ダメ……まだ、倒れるわけには……)


 アインハルトの願いも空しく、彼女はそのまま道路に倒れ込んでしまった。










◆──────────◆

:あとがき
短くはありますが、今回はファントムとアインハルトの戦闘回になりました。
その後はノーヴェと連戦しましたが、ここは原作にもある通りですね。

これからはしばらく原作の内容に合わせてアインハルトとレイスに関して書いていく予定です。

オリジナルの内容もありますが、やはり圧倒的に漫画のに合わせる方が多いですね。

そして次回は遂に“彼”が登場しますので、お楽しみに。

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