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小説
Episode 4 学校





 今日からザンクト・ヒルデ魔法学院の中等科の1年生となった少女、アインハルト・ストラトスは、1つ下の学年からの知り合いに挨拶をしてから指定された席に座る。温かな陽光が差し込むことで、教室内も暖かい。


「…ごきげんよう、レジサイドさん」

「……あぁ、ごきげんよう、ストラトスさん」


 たまたま隣の席となった少年、レイス・レジサイドとは初等科の時からの知り合いだ。しかし、結局は知り合いと言うだけで、その域を出ることはない。彼はアインハルトに挨拶をしてから再び読んでいた書物に視線を落とす。自分から話を持ち出すタイプではないことはなんとなく分かっているので、アインハルトも何も言わず持ってきた宿題を引き出しへとしまった。


(今日は、どこへ行った方が……)


 頭の中で地図を思い描きながら、アインハルトは既に今夜のことを考えていた。

 巷で噂が出ている、覇王イングヴァルトと名乗っている大人の女性。彼女はある程度名の知れたファイターに声をかけては戦いを仕掛けている。それが誰であろうアインハルトだと言うことは誰も知らない。彼女にとって大切なことではあるが、傍から見れば何をしているのかと理解を得られるはずがなかった。


(……やはり、まだ何も見えない)


 己を縛り付ける遠い昔の記憶。それが自分を戦えと駆り立ててくる。それにただ従っているだけではどうにもならないと分かりつつも、アインハルトは自分をどうすることもできなかった。

 深夜になるまで、アインハルトはアインハルトとして自分を律した。


「レイス」

「なんですか?」

「悪いけど、宿題を見せてくれないか?」

「構いませんが……僕も間違えているところもありますよ」


 クラスメートに話しかけられ、レイスは本に栞を挟んでから問題集を渡した。中等科1年目から、そのまま学年を上げているので、クラスの面々はもちろん担任も変わっていない。それ故、学年が上がるだけの春休みの間にも宿題は出されていた。

 そんなレイスらのやり取りを見て、アインハルトはこっそり自分の問題集を見てみる。解答欄はしっかりと埋められているが、それも途中までの話。残りの4ページほどが一切解答されていない。


(学業を疎かにしてしまうなんて……)


 自分はただの女の子なのに──そう思う反面、記憶に抗うことができないのも事実だった。幸いにして宿題の提出は放課後のはずだ。仕方なく、せっせと問題集を進めていく。しばらくして、くすくすと笑う声が聞こえてきた。


「……何ですか?」

「失礼。少し意外だったので」


 流石に、笑われるとむっとしてしまう。アインハルトは隣に座っているレイスをジト目でにらんだ。


「ストラトスさんは、いつもきちっと宿題を終わらせていましたから。
 休みを満喫されていたのなら、それはそれで良かったのでは?」

「満喫、ですか。満喫とは少し違いますね」

「ふむ?」

「満たされようと思って勇んでいたのに、空振りに終わってしまった……そんな、感じですね」

「なるほど。確かにそれは、宿題に手が付けられなくなるのも頷けますね」

「そういえば、レジサイドさんはどんな休みだったのですか?」

「僕ですか? 僕は……まぁ、これと言って何もなく、普通に過ごしていましたよ」

「…そうですか」


 やはり、レイスは自分のことをあまり語ろうとしない。それは去年からもそうだったし、なによりアインハルトも同じだったので文句はなかった。


「あ、あの……」

「はい?」

「…何ヵ所か分からないところがあるので、写させてもらってもよろしいでしょうか?」

「もちろんですよ。今、他の方に貸しているので待ってもらいますが」

「それは、平気です」


 今日は始業式だけと言うこともあって、持ってきた教科書は1つもない。その状態で問題を解けと言われても難しい所が多々ある。アインハルトも決して勉学が苦手な方ではない。それでも、まだ習っていないところや応用問題は教科書を見ながらの方がやりやすいのだ。レイスが貸してくれると約束してくれたので、安心して問題集を閉じる。

 やがて入ってきた担任の一言で、それまで散らばっていた生徒が着席した。

 たわいない話と今日のこれからの予定が話される。宿題は案の定放課後に回収するそうだ。


「誰か、悪いが職員室まで持ってきてもらえるか?」

「あ、では私が」

「そうか。助かるよ、ストラトス」


 まだ全ての問いが解けていないので、自分がやっている間に待たせるのも悪いだろうと思い、アインハルトが挙手をする。しかし担任は難しい顔をして、次にレイスを見た。


「レジサイド、手伝ってやれ」

「僕が、ですか?」

「女の子だけに運ばせる量でもないからな」


 確かに、初等科に比べれば問題集の厚みは確実に増えている。レイスは「分かりました」と頷きかえした。


「それじゃあ、この後は始業式だから、講堂に移動するように」


 その一言だけ残して、担任は教室を出ていく。それと同時に教室内は喧噪を取り戻した。そしてすぐに、レイスに借りていた問題集が戻ってくる。


「ストラトスさん、お待たせしました」

「あ、ありがとうございます」


 渡されたそれを受け取り、はたと気づく。まだ手伝ってもらうことのお礼を言っていない。


「レジサイドさん、あの……あれ?」


 しかしレイスはいつの間にか教室の後方に行っており、さっさと教室から出て行ってしまった。恐らく講堂へ行くのだろう。アインハルトも時間を考え、早々に教室を出た。





◆◇◆◇◆





「すみません、付き合わせてしまって……」

「いえいえ。確かに先生の仰るように、女性だけに任せるのも考え物ですからね」


 放課後になり、教室で2人になったアインハルトとレイス。互いに他のクラスメートから問題集を受け取り、整理していく。その間にアインハルトはレイスの問題集を見ながら答えを写していった。


「終わりました。ありがとうございます」

「流石に、お早いですね」


 アインハルトから返してもらい、出席番号順に並べた中に入れる。アインハルトに女生徒の分を任せ、自分は男子生徒の分を持っていく。


「重たくはないですか?」

「えぇ」


 共に職員室へ向かう道中、レイスはそれだけ問うてきた。これくらいで音を上げるようなことはないので、微笑み返す。


「レジサイドさんは、優しいのですね」

「? そうですか? これくらい普通ですよ」

「いえ。気遣いができると言うのは大事なことです。当たり前ですが、だからこそできない方もいそうですし」

「ふふっ。以前、ここに所蔵されている本に書いてありました。
 男はタフでなければ生きてはいけない。男は優しくなければ生きていく資格がない……と」

「そ、それは……」

「確かに言い過ぎではありますが、あながち間違いではないと思います。
 とは言え、別段僕は優しくはありませんが」


 いつものにこやかな笑みを浮かべ、職員室へ入っていくレイス。自身を卑下するがかりの彼の性格は、少し気がかりだった。もっと自分に自信を持っていいと思う。


「失礼しました」


 頼まれた問題集を担任に渡し、一礼して職員室を後にする。鞄を一緒に持ってきてあるので、2人は揃って下駄箱に足を向けた。


「そういえば……レジサイドさんとは、途中まで帰路が同じでしたね」

「そうなのですか? 僕はあまり見かけた覚えがありませんが……」


 並んで歩くのはこれが初めてだったが、アインハルトは何度か彼の姿を見たことがある。話しかけても良かったのかもしれないが、互いに人見知りなので結局話題が何も出ずに終わるのが関の山だろう。


「ところで、今日会ってからずっと思っていたのですが……」

「はい?」

「どこか腕を痛めましたか?」

「えっ!?」


 思わぬ指摘に、アインハルトはつい手首に触れてしまう。それを見て、レイスは笑った。


「分かりやすい人ですね」

「その……ちょっと、捻ってしまって。ですが、どうして分かったのですか?」

「どうして……まぁ、簡単に言うと違和感があったからでしょうか。
 ストラトスさん、今朝からずっと鞄を右手で持っていましたから。左手を痛めたのではないかなぁと」

「な、なるほど」


 鋭い観察眼だ。アインハルトは呆然としながら、見破られたことに驚きを隠せないでいた。


「レジサイドさん、意外と鋭いのですね」

「意外と、ですか」

「あ、いえ。決して普段がダメと言う意味ではなくて……その、おっとりしているイメージだったので」

「そうですね……確かに、僕もそんな気がします。
 今回気づけたのは、きっと……相手が、貴女だったからかもしれませんね」

「え……?」


 笑顔で言われた一言を何度も頭で反芻する内に、みるみる顔が真っ赤になっていく。


「えっと……それは、つまり……?」

「では、僕はここで。今日は寄り道をしていくので、失礼致します」


 が、アインハルトの言葉が聞こえていなかったのか、レイスは恭しく頭を下げて曲がり角を曲がって行ってしまった。取り残されたアインハルトは、当然ながら結局真意を聞けぬまま。

 立ち止まっていると邪魔になってしまうので、彼女も再び歩みを進める。しかし、その間頭の中ではレイスが言った言葉の真相を考えることでいっぱいだった。


(まさかレジサイドさんが……いえ、流石にそれはないですよね)


 彼は、自分だったから──そう言ってくれた。それはつまり、自分だから注視していたと言うことだ。だがそれが、決して恋心を抱いていることとイコールになるわけではない。


(そうですよ。なにせ自分は、別に可愛くもなければ明るさもありませんし)


 だが、卑下していけばいくほど、なんだか空しくなっていくのですぐに止めた。


(今日は、どの辺りがいいですかね?)


 直帰しようかと思ったが、ある目的のために色々な所へ足を延ばす。と言っても、行ける範囲は限られているのでそこまで遠くまではいけないが。


(この辺りは、夜になると人気も少ないようですね)


 覇王イングヴァルトとしての姿をさらすなら、なるべく自分との繋がりが少ない場所を選びたい。しかし、もう色々と顔を出してきたせいで時期に捕まる可能性もある。


「……帰りましょうか」


 いつの間にか夕焼け空になっていた。眩く光る夕陽に目を細めながら、アインハルトは誰ともなく呟いた。










◆──────────◆

:あとがき
此の度、アルフォンス先生より許可を頂きましてようやく執筆、そして掲載とあいなりました。

アルフォンス先生の作品をご覧になりたい方は、以下のサイトへ。とても楽しめますので、是非。

【あるふぉんすの町工場】


最初の方はシグルドが出ましたが、これで彼の出番はしばらくお休みです。
これからはレイスが主になりますので、お楽しみいただけたらと思います。

それでは、次回の更新をお楽しみに。

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