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小説
特別編 手紙






「うんっと、これでいいかな?」


 姿見と円形の鏡を使って、ギンガは自分で髪を結ったリボンの位置を確かめる。少し古めかしいが、これは兄のヴィレイサーからもらった大切な物だ。流石に毎日使っていてはあっという間にダメになってしまうので、使わない日もある。そういう時は母のクイントからプレゼントされた方を使っている。


「お待たせ、兄さん」

「…あぁ」


 リビングで読書をしていたヴィレイサーは、ギンガに呼ばれて本を閉じて鞄にしまう。これから一緒に職場たる陸士108部隊へと向かうのだが、珍しくギンガが寝過ごしていつもより時間が遅くなってしまった。


「先に行っていていいって言ったのに」

「まぁそうなんだが……いつもギンガと一緒だから、1人で行くのになんか抵抗があったんだよ」

「本当に、それだけ?」


 顔を覗き込んでくるギンガ。綺麗な瞳に、端正な顔立ち。髪から仄かに香るシャンプーのかぐわしい香りにドキッとしながらも、ヴィレイサーは視線を逸らしつつ答える。


「さぁ、どうだろうな」

「もう、またはぐらかして……そんなこと言うと、変に捉えちゃうよ?」

「例えば?」

「え、例えば? え、えっとね……兄さんが、私と一緒に行きたいんじゃないかなぁって」

「え……」

「え?」


 図星を突かれたヴィレイサーは思わず魔の抜けた声を出してしまう。それが意味することに気付かなかったギンガは彼の顔を見、自分の言ったことを思い返して顔を赤くした。


「ま、まぁ、そう思われるのなら……悪くないかな」

「そ、そうなんだ」


 互いに顔が赤くなってしまった。しばらく視線を合わせることができず、気まずい雰囲気のまま2人は隊舎へと足を運んだ。





◆◇◆◇◆





「よう。お前ら、今日は遅かったな」

「カルタス主任」

「お疲れ様です」


 お昼休みになって喧噪を一手に集める食堂に向かうと、ヴィレイサーの後ろに上司のラッドが並んだ。


「実は、ギンガが寝過ごしまして」

「それはまた、珍しい理由だな」

「あ、あはは」


 魔導師として日頃の特訓を欠かさない彼女が寝過ごすところなど、想像できない。それにはヴィレイサーも同意見のようで、苦笑いしながら「ですよね」と返す。


「そういえば、さっき他の奴が言っていたが……ナカジマのリボン、どこかほつれていないか?」

「えっ、嘘!?」


 慌ててリボンをほどき、念入りに確認するギンガ。その様子を不思議に思いながらも、ヴィレイサーもその手元を覗き込む。


「あ、本当だ……でもこれくらいなら、まだ修繕できるかな」

「随分と愛着があるんだな」

「はい。兄さんがくれた、大切な物ですから」


 満面の笑みで言い切るギンガに、ヴィレイサーの方が恥ずかしくなってしまう。ラッドの方を見ると、にやにや笑っていた。


「お前は本当にブラコンだなぁ」

「べ、別にそういうのじゃ……」

「はいはい。お前は兄貴が大好きなんだなぁ」

「そ、そりゃあ、人として好きですよ。尊敬しています」

「だ、そうだが?」

「は、はぁ」


 妹に慕われて嬉しくないはずがない。だからと言って、嬉しさのあまり自分の顔がゆるみきっていては示しがつかないが。


「じゃあ、スバルとヴィレイサー、2人からもらったリボンがピンチだったら……どっちを取りに行く?」

「両方です」

「即答したぞ、お兄さん」

「いや、カルタス主任もこう答えることぐらい分かっていたでしょうに」


 ギンガらしい答えが返ってきたので、ヴィレイサーは特になんとも思わなかった。ギンガは家族の内、誰かを贔屓することなんて絶対にしない。


「けど、そのリボンはどれくらい使っているんだ?」

「もう……かれこれ10年以上でしょうか。兄さんが、私への誕生日プレゼントに渡してくれたんです」

「流石に使いすぎやしないか?」

「俺も、新しい物を買うと言っているんですが、『まだ使えるから』の一点張りで……」

「だって、これがいいんだもん」


 子供のような言い方に、つい頬を緩めてしまう。ギンガも食事を進めようとするが、解いた髪が邪魔になって少し厄介だった。


「ほら、ギンガ」

「え?」

「俺のを使えよ」


 ヴィレイサーが髪を結っていた紐を持ち、ギンガの髪を綺麗の整えてから結んでいく。


「い、いいの?」

「いいからこうしているんだろ。それに、俺がまとめるようにしたのは最近だからな。まだ髪を纏めていなくてもそんなに違和感ないよ」

「えへへ、ありがとう♪」


 髪を結ってもらい、嬉しそうに礼を言うギンガ。ヴィレイサーも笑みをこぼして朝食を再開した。


「セウリオンのは、ギンガからのプレゼントか?」

「えぇ。こっちに戻ってきた時に、一緒に買い物をして。
 けど、その時にスバルを連れて行けなかったので、後日どこかに行こうとせがまれましたよ」

「ははっ、そうだろうな」

「もう、スバルは……」

「お前だって、同じ立場だったらスバルと同じことを言っただろうさ」

「うっ……」


 ラッドの指摘に、ギンガは図星なのか黙りこくってしまった。





◆◇◆◇◆





「ただいま」


 今日はこれと言った急ぎの仕事もなかったので、定時に帰宅したギンガは早速リボンの修繕を始めることに。


「……やっぱり、先に家事を終わらせようっと」


 だが、一番に帰宅しておいて何もしていないのはどうにも我慢ならなかった。リボンを机に置き、洗濯物を取り込んだりお風呂の掃除をしたり、様々な家のことを片づけてから改めて取り掛かることに決める。


「あれ?」


 だいぶ家事も終わり、次に郵便物の仕分けをしようとした時、拙い文字が目に入った。住所は合っているが、いったい誰がこんなのを送ってきたのか不思議に思う。

 四角い封筒に入ったそれを何気なく裏返してみると、端の方に差出人の名前があった。


「…え? これって……」


 そこには確かに、【ギンガ・ナカジマ】の文字が。困惑していると、また別の場所に【10年後の私へ】と書かれてあるのが目に入った。


「もしかして、10年前の……?」


 ちょうど10年前、ギンガが通っていた学校である行事が行われたのだが、それがこの【10年後の自分へ手紙を出そう】と言うものだった。当然ながら、こんなことをしたなんてすっかり忘れてしまっていた。


(10年前って、私が7歳の時だよね? いったい、何を書いたんだっけ?)


 10年前と言えば、ちょうどヴィレイサーが地球へ戻ってしまった頃だ。母が亡くなる直前だったこともあって、手紙を書くことに迷いはなかったと思う。


(やっぱり、家族についてかな)


 それ以外に特に思いつかなかった。


(兄さん……昔は、そんなに仲良くなかったんだよね)


 ギンガとスバルは、クイントの本当の娘ではない。それはヴィレイサーも同じだ。

 まずギンガとスバルの2人がクイントによって助け出された。戦闘機人──人の身体を機械によって強化した存在たる彼女たちは、しかしクイントに抵抗することもなく保護される。まだ幼かったことに加え、戦闘に関して無頓着だったことが幸いしたのか性格も明るかった。

 だが、それに対してヴィレイサーは幼い頃からずっと戦闘を当たり前のように続けてきたために、最初はナカジマ家にもあまり心を開こうとはしなかった。しかも、自分が戦闘機人へとされる切欠を作ったのが、ギンガとスバルでもあるために、その溝はますます深いものへとなっていく。

 タイプゼロ。それが、2人の通称だった。そしてヴィレイサーは2人をベースとして基本設計が練られたため、強い恨みを抱えていたと言っても過言ではない。

 研究所では常に実験と戦いを繰り返され、その中で親しくなった仲間はあっさりと死んでいった。そんな現実に、いつしか憎しみを抱くことすらバカバカしくなっていったのだ。明日は我が身──そんな風に思い始めてから、憎しみは薄れていき、生きることに必死になり過ぎて忘れてしまったのだろう。

 やがて、ヴィレイサーは数少なくなった仲間と共に研究所の脱走をはかった。いつ実行するかを決めあぐねていた時、ちょうど管理局が違法施設として摘発してきたので、その混乱に乗じて逃走を始める。だが、あっという間に仲間とは散り散りになってしまい、ヴィレイサーも灯りがなくなった森林区で迷子になり、やがて崖で足を滑られて落ちそうになってしまった。幸い、クイントが途中で助けてくれたのだが。それから、ずっと彼女が面倒を見てくれた。

 優しく、時には厳しくもあったが、ヴィレイサーにとっては初めての母性を感じさせてくれた女性だけに、憎悪もゆっくりと消え失せて行ったと思われる。

 それでも根強く残った一欠片が、再び憎しみをたぎらせることはおかしくない。スバルがうっかり口を滑らせてしまってから、また姉妹とヴィレイサーの仲はぎくしゃくしてしまうことに。

 もともと、ギンガはヴィレイサーに対してあまり心を開いていなかった。スバルはあまり気にしていなかったようだが、彼女を守ってきたと言う自負があるだけに、スバルへ憎しみが向けられるのがどうしようもなく不安だったのだ。


(でも、先にプレゼントをしてくれたのは、兄さんなんだよね)


 ギンガがナカジマ家に拾われてから、初めての誕生日を迎えた時、ヴィレイサーは彼女にリボンを送った。クイント曰く、数時間悩んで決めたそうだ。それが嬉しくて、ギンガはその翌日からずっとリボンをつけている。


(でも、誕生日の前から私はずっと甘えていたなぁ)


 長女なんだから──そう思って、スバルよりもしっかりしないといけないと思っていた。だから我儘も自然と言えなくなっていたし、怪我をしても我慢してばかりだ。

 それが当たり前になっていくと思っていた時、ヴィレイサーが手を差し出してくれた。転んで怪我をすればおぶってくれたり、泣きそうになった時は背中合わせで傍に居てくれたり。とにかく、自分を甘えさせてくれた。

 それから、次第にギンガはヴィレイサーへ想いを募らせていくことになる。


(今思えば、私って単純だったのかも。でも、人を好きになる理由はそれぞれだよね)


 ふっと微笑み、ギンガは早速封筒を開封して中にある手紙を読み進めていく。

 そこには、こう書かれていた。



《10年後の私へ───。

 17歳になった私は、お父さんとお母さんのお手伝いをしっかり続けているでしょうか? 魔導師となって、2人のお仕事を手伝っていますか?
 もしなれていなのなら、今の私も嬉しいです。頑張って、未来の私へと繋げられた甲斐がありました。
 スバルとお兄ちゃんの2人とも、仲良くできていますか? 私にとって家族は一番大切だから、ずっと仲良しで居られているか凄く気になります。喧嘩しても、きっと10年後の私ならすぐ仲直りしているんでしょうね。》



 頬が自然と緩んでしまう。10年経った今も、きっと同じことを書くのだろうなぁと思いつつ、更に読み進めていく。



《最後に、どうしても聞きたいことがあります。

 10年後の私、ギンガ・ナカジマは──お兄ちゃんと、幸せになっていますか? 今の私が、10年後の私になっても絶対に変わらないと思っているのは、お兄ちゃんのことが大好きだっていう気持ちです。

 初めてナカジマ家で誕生日を迎えた時にくれたリボンは、ずっとつけていますよね。だって私は、お兄ちゃんのことが誰よりも大好きですから。

 お兄ちゃんは私をいっぱい甘えさせてくれます。でも、時々私に意地悪もします。もちろん喧嘩だってしちゃいます。だけど、きっと貴女はお兄ちゃんのことが好きですよね? そんなことで嫌いになるなんて、絶対にないです。だから、これからもお兄ちゃんのこと、大好きでいてください。

 7歳のギンガ・ナカジマより》



 顔から火が出るとは、まさにこういうことを言うのだろうなぁなどと思いながら、ギンガはそそくさと手紙を畳んで封筒にしまった。流石にこれは誰にも見せられない。


(うぅ……なんか、7歳の時の方が積極的に思える)


 少しばかり落ち込みながらも、自分の気持ちに変化がまったくない──否、それどころか強まっている。


「…さて、リボンを修繕しないとね」





◆◇◆◇◆





「ギンガ? いないのか?」


 2時間後───。

 仕事を終えたヴィレイサーが、父のゲンヤより先に帰宅する。ゲンヤはこれから機動六課の部隊長たる八神はやてと会うとのことで、夕飯は2人で取ることに。しかし家の中は明かりが灯されてはいるものの、返事がない。


「何だ、寝ちゃったのか」


 リビングに入ると、修繕し終えたリボンを片手に小さな寝息を立てているギンガの姿があった。苦笑いして隣に座ると、ヴィレイサーが座ったことで起きた僅かな振動でゆっくりと身体が倒れてくる。


「今日もお疲れ様、ギンガ」


 起こさないようにそっと膝の上に寝かせ。優しく頭を撫でる。その時嬉しそうに微笑んだのは、きっと見間違いではないだろう。










◆──────────◆

:あとがき
久しぶりにギンガを書いたので書き方を忘れました(ぉぃ)

と言うか、完全にギンガルートが止まっております……申し訳ない。


今回は、10年前に書いた手紙が届いて気持ちを再確認と言ったお話しでしたが、リボンに関して本編であまり触れられていなかったので、こちらに。

しかし昔の方が積極的だったと言う驚きの事実(笑)
まぁ、大人になっていくにつれて色々と知っていくものですからね。仕方ないんですよ(何)


さて、次に投稿するのは恐らくガンダムWになるかと。
もうだいたい書きあがっているんだからいっそのこと全部一遍にあげればいいやとかわけのわからないことを考えていたり。

すずかルートも書きたいなぁ……せっかくですから、カガヤ先生とコラボしながら書くのも面白そうです。
いや、長い間人様のキャラをお借りするのも考え物なんですけどね。それを言ったらRFなんて物凄く長い間お借りしていますし……自分で言っていて泣きたくなりました。


ではまた次回。

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