小説
魔法少女リリカルなのはVivid 〜Phantom Strike〜
闇夜に包まれた、狭い路地裏。そこで、拳を構えた男が息を切らせて周囲を見回している。その動作は忙しなく、何度もその場で回っては敵がどこにいるのか見定めようとする。しかしその視界には黒みがかった紫色の霞がうっすらと浮かんでいる光景しか入ってこない。
「くそっ! どこにいやがる!」
敵をあぶり出そうと吠えてみるものの、それが強がりでしかないことは分かっている。最早挑発することすら忘れてしまうほどに、彼は精神的に追い込まれていた。
やがて痺れを切らしたのか、男は徐々に街頭が多く灯る街へと移動し始める。だが、それは“ルール違反”だ。当然、それを制するために“彼”が姿を現す。
「今度こそ!」
そして、男の予想が当たった。深紅の髪をした少年が眼前に降り立ったのを確認してから、高速移動の魔法で一気に距離を詰め、顔面めがけて自慢の拳を振るう。
「なっ!? ま、また……!」
だが、その拳は少年の身体をすり抜けてしまう。彼の言葉からも分かる通り、何度も幻術ばかりで、本当の姿は絶対に晒さない。戸惑い、思わず後ずさりした男だったが、突如として口をふさがれる。
そして、耳元で静かに囁かれた。
「ゲーム……オーバー」
少年はナイフを首筋に突き刺すと、催眠魔法を使って男を気絶させた。どっと崩れ落ちる男に見向きもせず、彼はナイフ型のデバイスをポケットにしまって早々にその場を離れた。
慣れた足取りで路地裏を歩き、やがて人気のない公園へと出る。既に夜半に近い時刻だ。こんな時間に公園に出ても、人目につかないだろう。
「あっ……!」
自宅に戻る途中、強い風が吹いた。深くかぶっていたフードが煽られ、少年の面があらわになる。まだあどけなさの残る顔つきと、落ち着きのある風貌だ。しかし、彼が恰幅のいい男をあっさりと沈めたのは間違いない。例え見た目に相反していても、それを可能とするだけの技量が彼にはあるのだから。
「アインハルトさん、こんな噂をご存知ですか?」
「噂、ですか?」
「はい」
学校からの帰り道、友人のヴィヴィオと共に帰りながらある噂について聞かされる。
「最近、ここらへんで幽霊が出るんですって」
「ゆ、幽霊ですか?」
幽霊と言う単語を聞いた瞬間、アインハルトの顔が少しだけ引きつる。それに気がついていないのか、ヴィヴィオは更に話を続けた。
「幽霊は夜な夜な、路地裏で挑戦者を募っては次々と倒しているらしいんです。
でも、誰もその相手を見た者はいなくて……だから、幽霊なんですって」
「な、なんだ。そういうことでしたか」
ほっと胸を撫で下ろすアインハルト。過去に自分がしていたことと似たようなことをしている人物がいると言うのには興味があった。ヴィヴィオも同じ気持ちなのか、「幽霊を見つけたら捕まえちゃいましょう」などと明るく言っている。
「アインハルトさんなら、一撃で倒してしまうでしょうね」
「いえ、そんなことは。相手がどんな方かは知りませんが、腕の立つ方が倒されたのなら私でも流石に無理があります」
「またまた〜」
茶目っ気のある言い方に、アインハルトもつい頬を緩めてしまう。やがてヴィヴィオと別れ、家路を歩いていく。
ふと、その足が止まって路地裏に向いてしまう。いったいどんな相手なのか。過去に自分がしてきたことを思い出し、つい興味がわいてきた。
「ストラトスさん?」
「ひゃいっ!?」
しかし、いきなり声をかけられて飛び上がりそうになる。恐る恐ると言った様子で振り返ると、そこにはザンクト・ヒルデ魔法学院の男子用制服を着た男子生徒が。見知った顔だったので、アインハルトはすぐほっとした表情になる。
「レジサイドさん」
彼の名は、レイス・レジサイド。アインハルトのクラスメートだ。彼はアインハルトの慌てっぷりが面白かったのか、くすくすと笑っている。
「な、何か?」
「いえ。面白いものが見られたので、つい」
「からかわないでください」
剥れるとまではいかないが、少しむっとした表情を見せるアインハルト。彼女がここまで表情豊かになったのは、割と最近のことだと記憶している。レイスは先に歩きだし、アインハルトもそれに続く。互いに家がある方向は同じなので、時折帰り道で出くわすこともあった。こうして共に帰るのも、今となっては自然なことだ。
「しかし、何故路地裏を見ていたのですか?」
「いえ、ちょっと……」
「もしや、幽霊の噂を聞いたのですか?」
「な、何故それを?」
アインハルトから見たレイスの印象は、噂など聞いてもまったく意に介さないタイプだった。そんなものに振り回されず、常に冷静で──しかし、どこか人を寄せ付けない気配がある。
「聞かずとも、自然と耳にしてしまうものです。それに、件の幽霊はこの辺りで出没しているようですし」
「そういえば、そんなことをニュースでも言っていましたね」
「ストラトスさんも、幽霊にお会いしたいのですか?」
「流石にそれは……」
「そうですよね。ただ尾ひれがついただけで、本当に幽霊なのかもしれませんし」
びくっと身体を震わせるアインハルト。綺麗な顔に冷や汗が伝う。レイスはそれを見逃さず、さらに笑みを深めた。
「もしや、幽霊が苦手ですか?」
「そ、そんなわけありません」
「別段、否定する必要はないでしょう。僕に弱点を晒したところで、ストラトスさんに何か害があるわけではありませんよ」
「ま、まぁ」
やがて家の近くまで到着し、2人は別れる。だが、レイスは踵を返してはすぐに歩みを止めた。
「1つ、いいですか?」
「はい?」
「ストラトスさん。……貴女は、その幽霊と相対してみたいと、思いますか?」
一陣の風が吹いた。細かな塵が目に入らないようにと、かざした手の向こうで見えたレイスの表情は、先程までのにこやかな物とは違っていた。どこか不安げで、そして寂しそうな目だ。
「…はい。戦ってみたいです」
アインハルトのその答えに、レイスは深紅の髪を揺らしながら静かに目を閉じた。
「覇王イングヴァルト……聖王、炎王と並ぶ古代ベルカの諸王時代に生きた王の1人と記憶しています。
しかしまさか、女性とは思いもしませんでしたが」
微笑みを浮かべる少年に、イングヴァルト──否、アインハルトは目を見開く。夕刻に帰路にて出くわしたクラスメートが、よもや件の幽霊だとは思いもしないだろう。
「ファントム……そう、名乗っています。
以後お見知りおきを、覇王」
しかし、彼は何を思ったのかファントムと名乗る。笑みを絶やさぬ彼を怖いと思ったのは、これが初めてのことだった。
「ファントムであった時も、レイスである時も……僕は僕です。
だからストラトスさん。貴女はこれ以上、僕に近づかないでください。そうでなければ僕はいずれ、貴女を……」
ずっと笑っているから、優しい人なのだと勝手に思い込んでいた。しかしよく見れば、彼の笑顔はどこか自分と近しいものがある。寂しさと本音を覆い隠した笑みだ。常に笑みで総てを隠す彼に、アインハルトはいつしか気をかけていく。
が、レイスはそれすらも拒む。次第に冷やかさを増していく、幽霊の名を冠した少年。
「久しいなぁ、ファントム」
「…ブラッティナイオ」
予期せぬ兄との再会が、レイスを更に苛んでいく。
「王を、殺せ」
殺せ。殺せ。殺せ。
古代ベルカの諸王時代。その頃からずっと受け継がれてきた、全ての王への憎しみ。レイスは薄れゆくことのない憎悪に毒されながらも自らを律し続けてきた。
しかし、それも徐々に崩れていく。
憎しみを忘れないようにと、数ヵ月に1度だけ行われる儀式と称された強引な記憶操作。その度に先祖が抱いた記憶を鮮明に刻み込み、その代償として日常の記憶を失っていく。
「ストラトスさん……貴女のそういう態度、ずっと嫌いでした」
1人を選ぼうとすればするほど、自分に関わろうとする彼女が嫌いだった。怖かった。そしてなにより──嬉しかった。
だけど、だからこそ拒むのだ。拒まなければいつか、彼女を……手にかけてしまうかもしれないから。
「今更何を躊躇っているんだよ。もうお前の手は血みどろなんだよ!
あの覇王のガキを助けたかったら、俺を殺して見せろ。ファントム!」
「うああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
◆──────────◆
:あとがき
と言うことで、Vividには似つかわしくないドシリアスな内容に仕上がりました(ぉぃ
ヒロインは未定なのですが、なんだかアインハルトっぽくなっていますね。どうしてこうなった……!←
まぁ、アインハルトはヴィレイサーにからかわれたり苛められたりしているせいか、レイスにも上げ足を取られて笑われることが多そうですけど。
で、レイス・レジサイドについてちょこっとだけ。
彼は古代ベルカの諸王時代に生きていた王殺しの一族の末裔と言う設定です。姓からも分かると思います。
禁忌兵器を使うに至るまでにもかなりの戦争がありましたが、それで聖王、覇王を狙う者も多かったのではないかと予想しましてこうなりました。
本人は王殺しなどしたくないのですが、血筋や家柄がそうせざるを得ない状況に追い込んでいきます。
本文にあった記憶の強制的な操作もそうですね。
レイスはファントム、兄はブラッティナイオ(人形遣い)と言うコードネームを使います。
以上ですかね。シグルドと同様に、基本的には相手を姓で呼びます。で、アインハルトのクラスメートなので話す機会も必然的に多くなるかもですね。
まぁ、書く予定はないんですけど。
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