小説
涼みの一時
「あちぃ……」
木陰の隙間から漏れるまばゆい日差しに、もう何度目かもしれぬ言葉を口にしてしまう。そんな青年の呟きなど耳に届いていないのか、連れの少女、月村すずかは川原で子供たちと遊んでいる。時折こちらの視線に気付いたかと思えば───
「ヴィレイサーく〜ん!」
───羞恥心と言うものを持たないかのように、大きな声で名前を呼んでくる。
「……はぁ」
それに対し、ヴィレイサーは片手を上げるだけ。しかし、待たされる間に何度も呼ばれ、さらには暑さが増してきたせいでかなり鬱陶しく感じてしまう。やがては特になんの反応も示さず、のんびりと眺めるだけにした。
(あー……そもそも、何でこうなったんだか)
事の発端は数時間前に遡る。
すずかがひょんなことから魔導師として戦うことを余儀なくされ、ヴィレイサーに彼女を護衛する役目が任された。ヴィレイサーが共に戦っている仲間、ヴァンガードの助力もあってだいぶ戦いも沈静してきたのだが、すずかもヴィレイサーも疲弊していた。そこでのんびり休んでもらおうと計らってもらい、こうしてすずかの行きたいところに来たわけだ。
(しかし、何でまた地球に……)
その行き先はすずかに一任していたので文句は言えない。元々言うつもりもないのだが。いざ地球に来て、かなり後悔している。季節は今、夏真っ盛り。しかもわざわざ暑い時にこうして外出させられるとは思いもしなかった。
(ったく)
苛立ちはあるが、だからと言ってああだこうだと文句を言うことはない。言ったところでいつものにこやかな笑みは絶やさないだろう。
「じゃあね、お姉ちゃん」
「うん、ばいばい」
家族旅行でやって来ていた少女と別れ、すずかは大きく伸びをする。被ってきた麦わら帽子の小さな隙間から日差しが入るものの、脚は水に浸かっているので気持ちいい。純白のワンピースが濡れないようにと注意していたが、遊んでいる内にいくらか濡れてしまった。
「ヴィレイサーくん」
「…何だ?」
仰向けに寝転がっていたヴィレイサーが、鬱陶しそうに瞼を開く。
「はい、飲み物」
「あぁ、悪いな」
「ううん」
クーラーボックスの中にしまってあった麦茶を渡すと、あっという間に飲み始めた──かと思えば、その手を止めてすずかに差し出す。
「え?」
「飲まないと、倒れるぞ」
「そんなに軟じゃないから、大丈夫だよ。
でも、ありがとう」
嬉しそうに受け取り、すずかも口を付ける。次第に頬を赤らめていく彼女を見て何事かと思ったが、「間接キスだね」と言われてなるほどと思う。
「……直接したいのか?」
「へっ!? そ、そういう意味じゃ……で、でも、したくないわけじゃないよ?
だ、だけど今は……」
「…まぁ、別にどっちでもいいけど」
ヴィレイサーはすずかがしどろもどろになったのを見て、微笑しながらそう返した。またからかわれた──そう思いはするものの、これと言って怒りは湧いてこない。これが彼らしさだと思えば、寧ろ可愛いとも思えてしまう。
「もう、ヴィレイサーくんは意地悪だよ」
「今更だろ」
それを知りながらも、すずかは彼を好きになった。本当は寂しがりなのに、それをひた隠しにしていることを知ったから。そしてヴィレイサーもまた、本当の自分を受け入れてくれるすずかに惹かれていた。
こうして恋仲になったのだが、周囲からは恋人らしくないと言われることが多々ある。それはヴィレイサーがすずかに対して相変わらず冷ややかな態度を取ることが一番の原因なのだが、それが改善される兆しはない。
「ふふっ、そうだね」
意地悪ばかりされるわけではないので、すずかも笑って隣に座った。風が強く吹き、麦わら帽子が飛ばされそうになる。それを先に制したのは、ヴィレイサーだった。頭にそっと手を置いて、飛ばされないようにしてくれる。
「あ、ありがとう」
「別に」
素っ気ない態度だが、時折見せてくれる優しさが嬉しい。すずかは彼に身を寄せ、微笑する。
「…ヴィレイサーくん」
「何だ?」
「…ううん。名前、呼んでみただけ」
「…あっそ」
ヴィレイサーはすずかの手を取り、自分の指を絡めていく。彼女もそれに応え、指を絡めてくれた。
「別荘に行く前に、ヴィレイサーくんも水遊びしない?」
「いや、俺はいい」
「そう?」
すずかは少し残念そうな顔をして、再び小川に歩いて行った。
この後はすずかの家が所有していると言う別荘の1つに向かい、そこに泊まることになっている。食材は既にすずかの専属メイドが準備しておいてあるそうだ。ただし、料理をするのはすずかとヴィレイサーがやるので、本当に下準備がしてあるだけになる。
「ヴィレイサーくん」
「ん?」
何故かすずかが戻ってきたが、その表情はいつもの笑みとは違う気がした。何かこう、悪戯をしそうな──そんなことをぼんやりと思っていると、いきなり手が突き出された。その瞬間、顔に少量の水が浴びせられる。
「えへへ」
「すずか、お前……」
流石にこれはヴィレイサーも目くじらを立ててしまう。逃げ出したすずかを追いかけ、結局は共に小川に入って濡れてしまった。
「きゃっ!」
よく恋人がやるようなイメージのある、互いに水を掛け合うそれとは多少なりとも違うものの、ヴィレイサーはすずかに水を浴びせた。
「あ、おい……!」
しばらくそれを続けたかと思えば、唐突にすずかが仰向けに倒れる。慌てて駆け寄ると、水浸しになったワンピースが肌に張り付いていて妙に艶っぽい。
「怪我はないか?」
「うん、平気。ごめんね、心配させちゃって」
「謝ることじゃないだろ。それに、俺がお前の心配をしないとでも思うのか?」
「そうだね。ヴィレイサーくんは優しいから、いつも私の心配をしてくれるもんね」
「別に優しくないけどな」
手を差し出すと、すぐに握り返してくれた。足を捻ったようでもないので、ヴィレイサーはほっと安心する。
「結構濡れちゃったね」
ワンピースの裾をぎゅっと絞るが、蠱惑的な太腿がちらちら見えて目の毒だ。すずかはスタイルもいいので、ヴィレイサーとしては少々気が気でない時がある。
「あっ!」
その時、再び強い風が吹いて麦わら帽子を飛ばしてしまった。そのせいですずかもバランスを崩しそうになるが、今度はヴィレイサーが抱き締めて彼女を支えた。
「俺が取りに行くから、お前はタオルを使って身体を拭いておけ」
「うん、ありがとう♪」
「別に」
幸いなことに、風はすぐに止んだので麦わら帽子も遠くまで飛ばずに済んだ。それを取り、すずかの所に戻ると、タオルで首回りを拭いていた。いつも以上に色っぽく見えるのは、ワンピースが身体に張り付いてしまっているからかもしれない。邪な考えを捨て去り、ヴィレイサーはすずかの頭に不作法に麦わら帽子を被せた。
◆◇◆◇◆
夕暮れが迫っていたので、早々に別荘に入った。すずかは先にシャワーを浴びて冷え切った身体に少しでも温もりを戻し、ヴィレイサーは別荘の中を周って色々と見ていく。
別荘と言っても規模は然程小さくもなく、2人で泊まるにしては広すぎる印象だ。
しばらくして荷物が置いてあるリビングに戻ると、何故かバスタオルを身体に巻いただけのすずかの姿が。
「何やっているんだ、お前は?」
「きゃっ!? え、えっと、その……!」
顔を真っ赤にし、慌てて物陰に身を潜める。ヴィレイサーは特に見ようと思っていなかったのだが、やはり恋人と言うこともあって自然と目が行っていたかもしれない。
「着替えを脱衣場に持っていくのを忘れちゃって……」
「それなら念話で俺を呼べばよかっただろ。
とりあえず、鞄ごと持っていくから、先に戻っておけ」
「う、うん」
すずかを先に行かせ、すぐ鞄を持っていく。もちろん脱衣場の中には入らず、扉の前に鞄を置いて早々に引き返した。
(やれやれ、手のかかる奴だ)
◆◇◆◇◆
「料理は私が頑張るね」
「ついこないだまで2人でやろうって言ってなかったか?」
その後、着替えを終えたすずかはしばらく恥ずかしさからか部屋に籠っていた。ヴィレイサーもどう声をかければいいか分からなかったので、少しありがたい。
そして出てきたかと思えば、いきなりこんなことを言いだしたのだ。ここに来る前は「一緒に作りたい」と言っていたので、当然ながら疑問を返す。
「だって、迷惑かけちゃったし……」
「別に迷惑だなんて思っちゃいないけどな。
まぁ、それでお前の気が済むなら好きにしてくれ」
すずかは頑固なところがある。1度こうだと決めると中々それを曲げないので、彼女の意思を尊重して夕食を任せることに。
「せいぜい頑張れ」
「うん♪」
「…期待はしていないがな」
「う、うん」
ぱっと明るくなり、笑みを浮かべたかと思えば、すぐに消沈した表情に変わった。
(面白い奴だ)
あまり気落ちさせると怒るかもしれないので、とりあえず侘びと言うことで頭を撫でた。嬉しそうに目を細めるすずかを見ると、ヴィレイサーの気持ちも自然と和らいだ。
せっせと作る後姿をぼんやりと眺めつつ、手持無沙汰なのでテレビをつけてニュースを流す。
「はい、出来たよ」
「あぁ」
やがて出来上がった料理を並べる時には手伝い、そしてすずかの準備ができてから食した。
「…前より、美味しくなったな」
「本当?」
「あぁ」
「自分じゃあよく分からないから、そう言ってもらえて良かった。
まだはやてちゃんほどじゃないだろうから、もう少し頑張らないとね」
「まぁ、程ほどにな」
「うん♪」
満面の笑みを浮かべたすずかに、ヴィレイサーも笑みを返した。
◆──────────◆
:あとがき
短いですが、これまでです。
やはりヴィレイサーはすずかに対してかなりツンツンです。それでも自分に合わせてくれる彼女を、とても大事にしていますが。
傍から見ると、やはりもっといちゃつけ……と言った感じですかね?(笑
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!