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小説
七夕(なのは編)



「七夕?」

「うん。ヴィヴィオにも見せてあげたいし……いいよね?」


 長期の任務から戻ってきたヴィレイサーを出迎えてくれたなのは。彼女が作ってくれた夕食に舌鼓を打ちながら、言われた言葉を思わずそのまま返してしまった。

 頷いたなのはの言葉に逡巡した理由は、当日に任務が入っているから。それを知ったら、きっと誰かに頼み込んで日をずらしてくるに違いない。いつもそんな無茶振りをされる自分の知り合いの困った表情を思い浮かべると、申し訳ないばかりだ。


「まぁ、いいけど……」

「じゃあ、ヴィレくんも当日は空けられるよね?」

「え? あ、あー……た、多分」

「じー……」

「…だ、だから、多分……な?」

「じー……」


 なのははジト目で睨みながら近づいて来る。執拗なその行動に思わず視線を逸らすが、その時は離席して正面にやってくる始末だ。


「…わ、分かったよ。当日は早めに戻るから」

「もう、約束だよ?」

「あぁ」

「ふふっ♪」


 結局、こうしてヴィレイサーが折れることが圧倒的に多い。嬉しそうに笑むなのはを見ると、彼女に踊らされている気がしてどうにももどかしい。付き合い始めた頃は毒気を抜かれていたのだが、今は相手を苛めたい気持ちも強まってか、なのはが不敵に笑っているところを見ると、赤面させたくなる。そして、それが最も効果的な方法は───


「なのは」

「ん? なぁ……んっ!?」


 ───こうして、不意にキスをすることだ。


「い、いきなりしないでよ……」


 案の定、見る見るうちに顔を赤らめていくなのは。そんな彼女に、畳み掛けるようにしてヴィレイサーは近づいた。


「いきなりじゃないなら、いいのか?」

「へ? そ、そういうことじゃ……」


 ぐっとヴィレイサーが近づき、今度はなのはの方が顔を逸らしてしまう。だが、それを赦すまいと彼の手が頬に伸び、真正面を向かせられる。


「…まぁ、別にいいか」

「へ?」


 またキスをされるのではないか──そんな淡い期待を抱いた自分を笑うように、ヴィレイサーは手を放してしまった。


「もう、からかわないでよ!」

「はいはい、善処するよ」


 憤慨するなのはに対し、しかしヴィレイサーはまったく気にしない。これもいつものことだ。だが、それでも飽きたりしないのは彼女が自分にとって相当大事な存在だからだろう。


「ところで……」

「ん?」

「今日こそ、ちゃんと脱いでくれるよね?」

「あー……あれ、な」


 やがて食事を取り終え、なのはが入れてくれた緑茶を飲みながらのんびりしていると、なのはが首を傾げながら問われて苦笑いしてしまう。


「…まぁ、分かったよ」


 溜め息を零し、上半身だけ服を脱ぐ。傭兵と言う仕事柄、無茶な任務を任されることも多い。しかもヴィレイサーは過去に、両目を失明してしまって経緯がある。その後なのはから角膜の移植を受けたのだが、見えるのは右目だけ。そしてなのはは左目だけしか見えない。そんな状態で任務を任せられれば、当然ながら怪我も増える。それをなのはが毎日チェックするのだが、ヴィレイサーとしては戸惑いを禁じ得ない。


「…もう、また増えてるよ」

「それは浅いから、その内消えるさ」


 この口振りからも窺えるが、もちろん消えない傷もあるのだ。ヴィヴィオは特に怖がったりしないのでわざわざ完全に消す必要もないと思っている。消せば消すで、それなりの費用が掛かることも理由になる。


「私もリハビリしているけど……ヴィレくんみたいに前と同じぐらいに戦えないなぁ」

「お前は砲撃型だし、レイジングハートの補助があれば充分役に立てるだろ」

「そうだけど……」

「…それに、俺としても心配事が多少は軽くなるから、ありがたいよ」

「えへへ♪」


 ヴィレイサーに心配してもらっている──そう実感させてくれる言葉を言われ、つい頬が緩む。しかしそこではたと気づいた。


「って、ヴィレくんだって私にどれだけ心配させていると思っているの!?」

「……さて、寝るか」

「も〜うっ!」


 再び小言を捲くし立てられる前に、ヴィレイサーはそそくさと立ち去った。





◆◇◆◇◆





「…こら、ヴィヴィオ。あんまり動かないの」

「だって〜……なのはママ、早く!」

「しっかり着付けないと、途中で着崩れを起こしちゃうからダメ」


 七夕当日───。

 じっとしているのが面白くないのか、ヴィヴィオはなのはに早く浴衣を着つけて欲しいと何度もせがむ。その様子をただ見守るヴィレイサーの顔には、小さな笑みが浮かんでいた。


「パパ〜。できたよ♪」

「あぁ、良く似合っているぞ、ヴィヴィオ」


 ようやく着付けが終わったのか、駆け寄ってきたヴィヴィオの頭を優しく撫でる。すぐに嬉しそうに目を細める彼女を見て、つい自分の頬も緩んでしまう。


「ヴィレくん、私はどうかな?」

「んー……まぁ、普通」

「えぇっ!?」


 思わぬ一言にショックを隠せなかったなのはだったが、ヴィレイサーだったら後で似合っていると言ってくれるはず──そう思って待ってみることに。


「…ヴィヴィオ、はぐれないようにな」

「うん♪」


 しかしヴィレイサーはなのはに何も言わずヴィヴィオと手を繋いで玄関へ歩き出してしまった。


「なのはママ、行っちゃうよ?」

「あ、あれ? ちょ、ちょっと待って!」


 先に行こうとする2人を慌てて追いかけ、ヴィヴィオを間に挟むようにして並んで歩きだす。


「むぅ、どうしてヴィヴィオだけそんなに甘やかすの?」

「まだ子供だからな。少しぐらいならいいだろ?」

「まぁ、そうだけど……」


 確かにフェイトほど甘くはないが、やはりなのはとしては気掛かりなのだろう。しかし一番の懸念は、ヴィヴィオにばかり構っている気がしてならない。恋人と言う立場にあるのに──そう思わずにはいられなかった。


「ヴィヴィオは、何をお願いするか決めたのか?」

「うん♪ でも内緒」

「内緒かぁ……誰に似て意地悪になったのかな〜?」

「そりゃあ……なのはに似たんだろうな」

「絶対にヴィレくんに似たんだよ」


 そんなたわいない話をしながら、七夕で盛り上がっている神社へと足を運ぶ。ミッドチルダでは七夕と言う風習は存在しないため、地球にあるなのはの実家から一番近い場所に来た。そこは珍しく夏祭りと一緒に行われるため、かなりの人でごった返している。


「流石に多いな……」

「ヴィヴィオ、はぐれないようにね?」

「うん」


 3人で横一列に並んでいると他の人の邪魔になってしまうため、ヴィレイサーはヴィヴィオの後ろに回る。


「なのは」

「あ……ありがとう」


 急に声がかかったかと思うと、肩に手を置かれ、制止させられる。その後、子供たちがすぐ傍を駆け抜けていった。そのまま歩いていたらぶつかっていた可能性もある。


「ヴィレくんって凄いよね。片目しか見えていないのに、そうして気配りできるんだもん」

「別に凄くないって」

「…前からそうだったのかな?」


 問いを投げながら振り返ったなのははにこやかな笑みを浮かべているが、そこには怒りが見え隠れしている気がする。


「さぁ、な。お前が最初で最後だから、分からないよ」


 耳元でそう言うと、すぐに顔が真っ赤になる。ヴィヴィオは不思議そうにそれを見ているが、すぐにリンゴ飴や綿菓子に目移りしているので、そこまで彼女の視線を気にしなくてもいいようだ。


「私だって……ヴィレくんが、最初で最後の人だよ」


 笑顔を見せるなのはから同じことを言われ、思わずドキッとしてしまう。いつもと同じサイドテールなのに、妙に色っぽく見えるのは、浴衣を着ているからかもしれない。


「ヴィレくんは独占欲強いもんね〜。怒らせないように注意しないと、後が怖いだろうなぁ」

「お前にだけは言われたくないんだが」


 多少呆れながらも、自分を理解してくれる彼女に感謝している。ヴィヴィオが金魚すくいの前で夢中に見ているのをいいことに、ヴィレイサーはなのはを後ろから抱き締めた。


「な、何?」

「別に。ただ……可愛いなって、思っただけだ」


 そう耳元で言って、すぐに離した。


「ヴィヴィオ、疲れていないか?」

「平気だよ」


 抱っこでもしてやろうかと思ったが、どうやらまだまだ元気のようだ。今度はヴィレイサーが彼女の手を取る形で、たくさんの短冊が飾られている七夕の会場まで歩いて行った。





◆◇◆◇◆





「はい、2人とも」

「ありがとう、なのはママ」

「ありがとな」


 なのはが短冊用の紙切れとペンを取ってきてくれたので、早速書き込むために設置されている台に並ぶ。


(さて……何を書くかな)


 正直な所、まだ何を書くか決めていなかった。ヴィヴィオとなのはが幸せであればそれでいいので、そう書けばいいのだろうが、恐らく自分のことを含めないと怒られるだろう。かと言って3人のことを書いてはなのはかヴィヴィオと被る可能性が高い。


「うーん……」


 見ると、なのはもまだ決まっていないようだ。しばらく見ていると、こちらの視線に気がついたのか彼女も面を上げて目が合った。なんだか照れくさくなり、苦笑いして短冊に視線を戻した。


「ママもパパも、まだなの?」

「あ、あぁ」

「ヴィヴィオはもう書いたの?」

「うん。3人で、ずっと幸せでいられますようにって」


 やはり、ヴィヴィオは予想通りの願い事だった。


「…まぁ、悩まなくてもいいか」

「え?」

「同じ願いの方が、いいんじゃないか? 別にばらばらにこだわることないだろ」

「…そう、だね」


 結局、なのはとヴィレイサーも同じ願い事を記し、短冊を括り付ける笹に吊るした。


「もうすぐ花火があるみたいだし、先に場所取りしておこうか」

「じゃあ、悪いけど先に行っていてくれ。ちょっと手洗いに行くから」

「分かった」


 ヴィレイサーと1度別れ、なのははヴィヴィオと一緒に花火が見える会場まで足を運ぶ。それを見送り、ヴィレイサーは改めて短冊用の髪を貰い、そこに願い事を書きこんでいく。


(流石に欲張り過ぎている気もするが……まぁ、決意表明みたいなものだし、いいよな)


 なのはとヴィヴィオを守り続けられますように──流石に実名は書けないが、そう記して急いで2人と合流した。





◆◇◆◇◆





「綺麗だったね、花火」

「楽しかったか?」

「うん♪」


 花火を見終わって帰路に就く人々の波から外れ、ヴィレイサー達は再び七夕用の笹が飾られている会場まで戻ってきた。当分人込みは続きそうなので、のんびり待つことに。


「なのはママ」

「どうしたの?」

「うみゅ……眠くなっちゃった」

「もう遅いし、歩き回って疲れたんだろうね。
 ヴィレくん、お願い」

「あぁ」


 眠たそうな眼を懸命に開こうとしているヴィヴィオを抱っこして、ヴィレイサーはなのはと一緒に会場を見て回る。


「あまり他の人のを見るものじゃないと思うが?」

「ちょっとだけならいいでしょ?
 あれ? これって……」


 ふと、なのはの目が1つの短冊で止まる。その筆跡には見覚えたがあった。


「これ、ヴィレくんが書いたの?」

「あ、あぁ」

「…ふーん。1人で勝手に書いたんだ」

「仕方ないだろ。どうしても書いておきたかったんだから」

「…ふふっ」

「なんだよ?」

「ううん。ヴィレくんも、私と同じことを考えていたんだなぁって」

「え?」


 すると、懐から1枚の短冊を見せる。なのはが好きな桃色のそれには、【大好きな彼を支えられますように】──と記されていた。


「私も、勝手に書いちゃった」

「…人のこと言えないな」

「だね」


 ちろっと可愛らしく舌をだしながらも、笑っているなのは。そんな彼女につられ、ヴィレイサーもふっと頬を緩める。


「けど、このお願いはどうかと思うけどな」

「どうして?」

「そりゃあ、もうしっかりと支えてもらっているから、な」


 抱えているヴィヴィオをなのはに預け、彼女が体勢を整えようとしているその一瞬に、ヴィレイサーはそっと口付けした。










◆──────────◆

:あとがき
なのはとのやり取りを久々に書いたので、なんだか不思議です。

メイヤさん以上に押しが強く、メイヤさん以上にからかわれやすいようですね(笑)

ヴィヴィオがいるのでロリコンになるかと思いましたが、そうでもないですね。
やっぱりあれは、コロナとアインハルト限定なんでしょうか←

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あきゅろす。
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