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小説
七夕(カリム編)



「…ふぅ、1度ここまでにした方がいいわね」


 だいぶ片付いた書類の山を見直して、カリムは深い溜め息を零した。もうすぐ仕事が休みになる感謝日だ。その為、その日を充実した1日にすべく、カリムも急いで仕事を終わらせることを選んだ。


「騎士カリム、お茶をどうぞ」

「ありがとう、シャッハ」


 しばらくのんびりしていると、シャッハが紅茶とお菓子を持ってきてくれた。それに舌鼓を打ちながら、ふと外へと視線を移してみる。既に今度の感謝日で催す行事の準備が進められており、順調のようだ。


「はやてから教えてもらったけど、似たようなことを過去にしていたのね」

「そのようですね」


 先日、友人のはやてから地球の行事の1つである七夕について聞かされたので、せっかくだからと感謝日に合わして催してみようと言うことになったのだ。祖先が地球の出身で、この行事のことを知っている者もそれなりにいたこともあって、特に反対も起きずに済んだ。


「そういえば……ヴィレイサーは?」

「彼なら、仕事から既に戻っているはずです。後程、こちらに顔を出すよう伝えておきますね」

「じゃあ、お願いするわ」

「はい、畏まりました」


 シャッハはすぐ踵を返し、部屋を出ていく。その間にカリムは、机にある手鏡を見て髪を手櫛で丁寧に整える。鼓動が高鳴っていくのが、自分でもよく分かった。

 ヴィレイサーとは、幼少期に出会った。家が焼失し、命からがら逃げまわった果てに、カリムが幼い頃に過ごしていた家の庭に入り込んでしまった。それからは、彼の面倒を見る代わりに、カリムの世話がかりを引き受けてからずっと一緒にいる。

 最初は普通の友人として接していたカリムだったが、次第に彼に心惹かれるようになった。今では好きだと想いを告げたくて仕方がない毎日だ。それでも、告げたあとの結果を恐れては口を開けず、ずっと告白できずにいる。もちろん自分の立場をわきまえているのだが、どうやらシャッハ曰く「隠せていない」とのことで、一般の参拝者からも応援される始末だ。


(でも、ヴィレイサーは……)


 時折、ヴィレイサーは自分のことが好きなのかもしれない──そう思ってしまう時があるが、中々本心を見せてくれない。両想いな気もするし、そうでもないような気がする。だが、やはり彼が自分を好いてくれているとは思えなかった。


(傷つけてしまったもの、ね)


 5年ほど前に、カリムはヴィレイサーを傷つけてしまった。彼からすれば、自分がカリムを傷つけたと思っているのだろうが。

 あれ以来、ヴィレイサーは態度を冷ややかにした。まるで自分を空っぽにしてしまうことを願っているように、冷徹な態度を取るようになったのだ。それもまた彼らしいと思えるのは、せいぜい自分ぐらい──そう思うと、ちょっぴり優越感も芽生えた。


「カリム、呼んだか?」

「あ、ヴィレイサー」


 やがて紫銀色の長い髪を掻きながら、ヴィレイサーが入ってきた。彼はまだ疲労が残っているのか、いつものように壁に背中を預けるようにして部屋の隅に立った。代わりにカリムが席を立ち、彼の近くにあるソファーに座る。


「もうすぐ七夕だけど、ヴィレイサーは何を願うか決めたの?」

「…いや、まだだ」

「早くしないと、始まってしまうわよ?」

「別に、絶対に叶うわけじゃない。だったら願わなくてもいいだろう」

「それは、そうだけど……」


  輪を乱すつもりはないのだろうが、どうにもノリが悪い一面がある。元々人付き合いが不得手なだけあって、仕方ないとは思うが。


「そういうお前は、決まっているのか?」

「え? えぇ、まぁ」

「…そうか」


 内容を聞いてこないのはありがたい。興味がないわけではないのだろうが、これ以上話しては墓穴を掘ってしまいそうなので別の話を切り出すことに。


「ヴィレイサー、疲れているならマッサージしましょうか?」

「いや、いい。シャッハにばれたら大目玉で済みそうもないからな」

「そ、そう」


 確かに、シャッハが戻ってくる可能性もゼロではない。自分や彼の私室でならできなくもないだろうが、今は難しいようだ。


「お前こそ、疲れているんじゃないのか?」

「え?」

「…顔に出ている」

「そ、そうかしら?」


 慌てて鏡を見てみるが、よく分からない。だが、少し髪が乱れていたのを直していたので、もしかしたら疲れているのかもしれない。


「…書類仕事をしていたようだし、肩がこっているなら少しくらい揉んでやる」

「そ、それじゃあ、お願いしようかしら」

「分かった」


 ヴィレイサーに背を向けると、すぐに方に優しく手が置かれた。最初は弱く、周囲を探るついでに揉まれたが、カリムの反応に合わせて所定の位置を見つけるとそこを重点的に揉んだ。


「んっ」

「痛くはないか?」

「えぇ、平気」


 こうして気遣ってくれる一面を、いつまでも持ってくれている彼だからこそ、惹かれたのだ。だが、カリムとしてはもう少し自分を大事にして欲しかった。危ない任務を任せてしまうことだってあるが、多少の無茶をするのが日常茶飯事では困るのだ。


「そうだ。忘れないうちに、これを渡しておくわね」


 やがてマッサージが終わり、カリムはすぐに1枚の紙切れを渡した。長方形に切られたそれは、恐らく短冊だろう。黄色だけで彩られたそれは、カリムの髪を彷彿とさせる気がした。


「…当日までには、考えておく」

「えぇ。あまり欲張ってはダメよ?」

「あぁ」


 ポケットにしまって、ヴィレイサーは踵を返して部屋を出ていった。もう少し話したいと思ったものの、仕事を早く終わらせてしまいたかったのでカリムも黙ってそれを見送ったのだが、やはり寂しくはある。


「…よし、頑張らないと」


 意気込む彼女は、机に中にしまってあった短冊に書かれた願い事を改めて反芻し、微笑した。





◆◇◆◇◆





「…どうするかな」


 カリムに渡された短冊を適当な場所に置き、ヴィレイサーはベッドに寝転がる。ここの所任務が立て込んでいて疲れが出てしまったようだ。

 今一度、短冊に目を移してみるが、特にこれと言って願い事は浮かびそうもなかった。


(まぁ、なくはない、か)


 カリムとシャッハ、それにヴェロッサが幸せに過ごせればそれでいい──そう書けばいいのだが、この3人の誰か1人にでも見つかった時点で、却下されることは間違いないだろう。


「…書かなくてもいいよな」


 強制ではないはずだ。ならば、書いて怒られる必要もない。ヴィレイサーは短冊をごみ箱に捨ててからまたベッドに戻り、目を閉じた。

 叶わぬ願いを書いたところで、なんの慰めにもならない。そんなものに縋るほど子供ではないが、縋る気になれないほど自分の心は廃れているのかもしれない。





◆◇◆◇◆





「では、短冊として使う紙に願い事を書いた方から、近くにある笹に括り付けてください」


 七夕当日───。

 シャッハや、その他大勢のシスターの指示に従う面々を横目に、ヴィレイサーは気に背中を預けていた。結局、短冊には何も書かなかった。色々と願い事はあったのだが、どうにも書く気にはなれずに終わってしまったのだ。


「ヴィレイサー」

「…ヴェロッサ」

「何を書くのか、決まっていないのかい?」

「あぁ」


 親友のヴェロッサは、いつものにこやかな笑みを浮かべているが、その手にはしっかりと短冊の紙が握られている。


「お前は、何を書くか決めたみたいだな」

「まぁね。義姉さんと君に、幸あれ……そう書いたよ」

「あれだけ俺に自分のことははずすなと言っておきながら、それか」

「あはは。ちゃんともう1枚の方には自分のことも含めたよ」

「2つも書いたのか? 欲張りだな」

「欲張りで結構じゃないか。こういうのは、欲を張って然るべきものじゃないかな?」

「…まぁ、そうかもな」


 ヴェロッサはそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。その背中を見送り、ヴィレイサーはカリムを探すことに。彼女が何を書いたのか気になるところだが、きっと教えてはくれないだろう。


「カリム」

「あ、ヴィレイサー」

「…もう、願い事は決めたのか?」

「えぇ」


 微笑んでいるが、どうやら話す気はないようだ。そこで会話が途切れてしまい、沈黙が続く。


「ヴィレイサーは?」

「え?」

「何を願うか、決めたの?」

「…いや、まだだ」

「そう。早くしないと、飾る場所がなくなってしまうわよ」


 笑みを浮かべ、カリムはもう1枚の短冊を差し出す。


「…なんだ?」

「もしかしたら、なくしてしまったんじゃないかと思って」


 時折鋭い所があるカリム。彼女が差し出してくれている短冊を受け取ると言うことは、捨てたことを認めることになる。しかし、逡巡するだけで済んだ。ヴィレイサーはカリムから受け取った。


「…悪かったな」

「ううん、気にしていないわ」


 カリムは手を振って短冊を飾りに向かった。その背を見詰めながら、ヴィレイサーは改めて彼女を守ることを内心にて誓う。かつて守れなかった罪を背負い、そしてこれからも背負い続けっていく──それが、自分で自分に科した罰だから。


「…まぁ、これでいいか」


 ペンで流麗に文字を記し、短冊に飾ろうとしたところでシャッハと出くわす。


「もうほとんど済んでしまいましたよ。後は私が飾っておきます」

「いや、だが……」

「どうせあまり短冊の飾られていない場所に吊るすのでしょう?
 別に盗み見る気はありませんから、私が飾り付けても構いませんよね」

「…好きにしてくれ」


 強引なところがあるシャッハに、幾ら言葉を並べたところで無駄だ。さっさと諦めて、彼女に任せた。


「さて、ヴィレイサーは何を書いたのかな?」

「ロッサ、覗くのはどうかと思いますよ」

「いやぁ、やっぱり気になるところじゃないか。
 まぁ、義姉さんも教えてくれなかったから、知っても仕方ないんだけどね」


 そう言うと、ヴェロッサは1つの笹を指差す。そこにはカリムが書いた短冊が飾られており、シャッハは彼女のものと並ぶようにして飾った。


「まぁ、どうせ2人とも相手のことを書いたんじゃないかな」

「私も、それには同感です」


 ヴェロッサとシャッハの予想通り、ヴィレイサーとカリムの記した願い事は、それぞれ相手の気持ちが通じますようにと、期せずして共通するものとなっていた。

 七夕と言う行事が終わりに近づいていき、段々と人々がまばらになっていく。月明かりが照らす中、最後まで夜風に当たりながらベンチに座ってのんびりしていたカリムが、そっと隣に座っていたヴィレイサーの肩にそっと頭を乗せる。


「…ヴィレイサー」

「何だ?」

「願い事、叶うといいわね」

「…あぁ」


 小さな笑みを浮かべ、カリムの肩に手を回しながら静かに頷いた。










◆──────────◆

:あとがき
なんかもー……色々と、ダメですね(いきなり)

久しぶりに書いてみましたが、なんかこう……ダメな気がします。

やっぱり短冊なんて破いた方が、カリムルートのヴィレイサーらしいとしか思えず。
ダメだ自分、早くどうにかしないと……。

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