小説
#3
型式番号:OZ-14MSガンダムアクエリアス。
トレーズ・クシュリナーダが、デルマイユ公が推し進めたモビルドールシステムを搭載したモビルスーツに異を唱えたことから開発が進められたガンダムで、【ガンダムエピオン】の兄弟機にあたる。
最大の特徴は、対モビルドールと言うことにある。モビルドールの機能に障害を発生させ、動きを封じている間に【ガンダムエピオン】がモビルドールを指揮する敵機を破壊することを目的にしている。アンチモビルドールシステムと名付けられたこのシステムは、定められた範囲内にいる全てのモビルドールにコンピュータウイルスを送信して機能不全に陥らせるという代物だ。
まるでトレーズの信念を具現化したシステムを有しているが、残念ながら決戦までに完成させることはできず、日の目を見ないまま戦争は終結を迎えた。と言うのも、トレーズが幽閉されてしまってから開発が促されたのだが、OZのロームフェラ財団によって闇に葬られてしまったのだ。その後設計図を入手したタウゼントが、こうして1人で本機を完成させた。
「背部のジェネレーターが大きすぎるな」
「仕方ないだろ。アンチMDシステムを搭載して、しかもそのウイルスを送信できる範囲を相当広くすると、必然的にこうなったんだよ」
コックピットに入って調整を行うタウゼントの回答を聞きつつ、【ガンダムアクエリアス】を吟味する。正直なところ、【ガンダムエピオン】の機動性についてこられるか怪しい。それを解消するために大型のバーニアを付けたと言っているが、実際に飛ばしたことはないそうだ。
「武装は?」
「ヒートロッドとマシンガン、後はドーバーガンとウイルスだな」
「まさか、ビーム兵器は一切搭載していないのか?」
「そりゃそうさ。システムを使うのにエネルギーを結構食うからな」
「【エピオン】は射撃兵装を一切持たず、【アクエリアス】はビーム兵器を搭載していない……トレーズらしい機体だな」
「いやはや、まったくだ」
調整を終えて出てくると、今度は【ガンダムエピオン】へ向かう。
「流石にこれは直せないかもな」
「いや、構わない。寧ろ【エピオン】の武装を回してくれないか?」
「そうは言ってもなぁ……」
1度【ガンダムエピオン】から離れて、所持している武装を確認する。
「残っているのって、このビームソードだけだろ? 使えるかなぁ」
「何だ。それでもトレーズにモビルスーツの開発を任された友人か?」
「…言ってくれるじゃねぇか」
「だが、お前が乗らないのであればビームソードを回す必要はない」
「は? 俺が、【アクエリアス】に?」
「私は死んだ身だ。しばらく棺桶の中で静かに眠らせてもらう」
「…2度と起きないといいな」
「まったくだ」
ゼクスは【ガンダムエピオン】から離れると、机に置かれたトレーズの置き土産を見る。
「【サーペント】、【トールギスV】、それに【エピオン】の発展機か」
「いったい、トレーズの頭の中にはどれだけのモビルスーツが考えられているのやら」
しばらくゼクスと共に資料の整理をしていると、けたたましい警告音が響きだした。
「何だ!?」
「ちょい待ち」
すぐさまタウゼントが確認する。モニターに映し出されたのは、モビルドールシステムを搭載した機体、【ビルゴU】だった。それも1機だけでなく、3機いる。その背後には【トーラス】が控えていた。その【トーラス】を守るようにして【ビルゴU】配置されているところを見ると、どうやら指揮官が搭乗しているようだ。
「やれやれ、ここを嗅ぎ付けられるとは思わなかったなぁ」
「私が出る」
「阿呆。お前の機体はないだろうが」
【ガンダムエピオン】は修理もしていない。出せるのは、【ガンダムアクエリアス】だけだ。
「どこへ行く?」
「どこって、今すぐ出撃するに決まってんだろ」
「ノーマルスーツを着ていけ!」
「そんな余裕はないな。【ビルゴU】の武装はライフルだけだが、【トーラス】のビーム砲はあの距離から簡単に撃ってこられる」
「だが!」
「少しは俺を信じろよ」
余裕の笑みを浮かべ、コックピットハッチを閉める。ゼクスに離れるように伝えると、諦めたように溜め息を零して急いでその場を離れていった。
「それじゃあ行こうか、【アクエリアス】」
起動させると、ガンダム特有のデュアルアイが光った。【ガンダムアクエリアス】は一歩ずつ進んでいき、外へと繋がる通路まで出るとそこからバーニアをふかせて一気に飛んで行った。
「さっさと終わらせるか……っと!」
ウイルスを起動させるには姿勢を維持する必要がある。未確認の【ガンダム】が出てきたのに恐怖を感じて慌てて攻撃してきたようだ。
「まぁ、ウイルスに頼るだけがこいつの戦い方じゃないけどな」
3機の【ビルゴU】が、各方向からビームライフルを連射してくる。タウゼントは巨大なバーニアを活かして容易く躱していく。ビームの驟雨を躱しては、その隙をついて接近し、ヒートロッドを振るう。唸り、熱によって赤く染まったそれが【ビルゴU】を引き裂いた。まるで紙切れのように。決して装甲が薄いわけではない。いつも丹念に整備を行っているからこその威力だ。
「次!」
【トーラス】が所持しているビーム砲の出力を引き上げて、遠距離からビームを放ってくる。タウゼントは敢えて【ガンダムアクエリアス】を、迫るビームへと突っ込ませる。そしてギリギリのところで機体を右に一回転させ、紙一重でやり過ごす。
「…落ち着け。粋がるな」
幾ら自分が【ガンダムアクエリアス】に搭乗しているとは言え、相手は自分のようなひよっこではないのだ。ガンダムに乗っているからと図に乗るわけにはいかない。
「この距離なら!」
これ以上距離を離されては面倒だ。ある程度近づけたところで、ドーバーガンを構える。引き鉄を引くのに、抵抗は一切ない。これでも十数年前はトレーズやゼクス達と共に戦場を駆け抜けたのだ。今更、恐れも迷いも抱いたりしない。
「やった、か?」
確かに着弾した。だが、それで墜とせたかどうかまでは分からない。
「…っ! チッ、やはり!」
【トーラス】に着弾するより先に、【ビルゴU】が割って入ってドーバーガンを防いだ。【ビルゴU】には、あらゆる射撃攻撃を防ぐ強力な防壁を展開する、プラネイト・ディフェンサーと呼ばれるものが装備されている。例え【ガンダム】と銘打たれているこの機体の射撃すらも、【ビルゴU】は防いでしまう。
「これ以上長引かせるのは、まずいかな」
この宙域で戦闘を長時間続けていると、恐らく別のガンダムが介入して来るだろう。彼らは様々な場所に姿を現しては戦闘に介入する。
「一気に終わらせる!」
バーニアを思い切りふかせて、ビームの驟雨を避けながら敵機へと接近する。そして機体に急制動をかけて、今度は【ビルゴU】から見て斜め上へ距離を取った。だが、それは逃げるからではない。
「もらった!」
右手から赤く染まったヒートロッドが一直線に伸びていく。【ビルゴU】を引き裂くわけではない。足に絡まったところで、タウゼントは捕らえた【ビルゴU】を、もう1機に向けて放り投げる。ぶつかりあっても爆散は起こさなかったが、距離が離れればそれだけで充分だ。
「ウイルス、起動!」
すぐさま【ガンダムアクエリアス】がウイルスを起動させる。見えぬ支配が、2機の【ビルゴU】の機能を奪う。もはやただの的でしかない2機を無視して、タウゼントは【トーラス】へと肉薄しながらマシンガンを放つ。牽制に使われているとは思っていないことと、【ビルゴU】が動かなくなったことで慌てているのか、パイロットの動きは思いのほか鈍くなっていた。
距離が詰められたことに気付いたのか、ビーム砲を連射しつつ離れようとする【トーラス】に、ドーバーガンの銃口が向けられる。
「…終わりだ」
爆発を起こし、漆黒の海に四散する破片。それらの数を数えるわけでもないのに、敵機を撃墜した時はいつも1つ1つを眺めてしまう。まるで気持ちを落ち着けるみたいに。
「ゼクス、【ビルゴU】を回収するから準備を進めてくれないか?」
《了解した》
動かなくなった【ビルゴU】の頭部を破壊し、ウイルスを使わずとも完全に動きを停止させる。その2機を連れ帰ろうと、機体を転身させた時だった。
「ん? アンノウン?」
レーダーに接近する機影が複数確認される。この【ガンダムアクエリアス】が認識できる機体は限られてくる。記録があるのはOZが開発したモビルスーツだけ。それ以外のモビルスーツ──特に、ガンダムはまだ記録にない。
「ガンダム04……それに、お付きのモビルスーツか」
OZからは04と番号で呼ばれているガンダム、【ガンダムサンドロック】と、その付き人を思わせる【マグナアック】が接近していた。
「…ゼクス、ガンダム04と遭遇した。動くのは少し待ってくれ」
《了解した。気をつけろよ》
「安心しろ。別に戦う気はない」
ゼクスとの通信を終えると、タウゼントはすぐに【ガンダムアクエリアス】の手から武装を離した。放り投げてくるくると回転するドーバーガンとマシンガン。青紫と白を基調とした【ガンダムサンドロック改】も、自分の武器の射程に【ガンダムアクエリアス】を入れてしまわない位置まで来て止まった。
《こちらは、ガンダム04のパイロット。貴方と少しお話がしたい》
「了解した。応じよう」
《では、こちらの誘導に従ってください》
【ガンダムサンドロック改】が先頭に立って誘導してくる。左右を武装した【マグナアック】が取り囲んでいるが、仕方がない。不公平だと不満を漏らす気もないが、せめて武器は回収したかった。そう思っていると、1機の【マグナアック】が抛った武器を取ってきてくれた。かなり友好的だ。
近くのコロニーに入り、【ガンダムサンドロック改】が立ち止まって振り返った。すぐにコックピットが開く。背丈からしたら、まだ少年のようだ。
(子供がパイロットって、本当だったのか)
トレーズから聞かされていたが、中々信じられなかった。だが、いざ目の前に現れると「あぁ、やっぱりそうだったのか」と素直に納得できてしまった。タウゼントもコックピットを開けて、両手を上げて降りていく。
「手は下げて頂いて構いませんよ。先に生身を晒したのは僕なのですから」
ヘルメットの中で柔和に笑む少年。まだあどけなさのある彼が、幾多もの戦場を潜り抜けてきたうえに、ガンダムのパイロットを務めている。本当に、世の中は落魄れたものだ。
「貴方はいったい、何者ですか?」
「あの【ガンダムアクエリアス】のパイロット、タウゼント・ジューゼだ」
「タウゼントさん。僕はカトル。あのガンダム、サンドロックのパイロットです」
酸素が十分にある場所へ移動し、カトルと名乗った少年はヘルメットをとった。
「何故、あの宙域で戦闘を?」
「俺はあそこを根城にしていて、それを快く思わなかったんだろうな。
秘密裏に活動すると、誰にでも恨みを買ってしまう」
「それで、迎撃に……」
「あぁ。向こうが仕掛けてきたから……言い訳にしかならないが、俺にはそういうしかできない。
なにより、俺には守るべきものがあったからな」
カトルはそれを聞いて悲しそうに目を伏せる。残党で、いきなり攻撃してきたのなら相手はテロリストと思われてしまうかもしれない。それでも、1人が死してしまったことに変わりはない。
「カトル、俺を裁きたいか?」
その問いに、彼は無言で首を振った。
「僕にはそんなことをする理由がありません。それに、そんなことをしたいとも思わない」
「そうか。それなら良かった」
彼の柔和な笑みに安堵したのも束の間、ドンッと大きな爆発音が聞こえてきた。場所は遠くないようで、2人がいた場所も大きく振動する。
「まさか……!」
急いで機体に戻り、ゼクスを呼び出す。
「おい、しっかりしろ! 生きているか!?」
しばらくの間はなかなか繋がらなかった。それがどれだけの時間だったのかは分からない。もしかしたらすぐだったかもしれないし、かなり長かったかもしれない。ようやくモニターにゼクスの顔が現れた時には、全身の力が抜けてしまうのではと思うほど安堵した。
「何があった?」
《分からない。─が、──なり爆撃──て……》
「おい!」
次第に遠のいていくゼクスの声。微かだが、銃声が聞こえる。
(まさか、誰かが侵入してきたのか!?)
そんな簡単にあの居場所がわれるはずがない。あそこはトレーズから教えてもらったのだ。彼と親しい者なら分かるかもしれないが、それでもいきなり攻撃を仕掛けてくるなんて輩はまずいないはずだ。
「チッ! カトル、悪いが俺はもう戻る。
介入したいなら遠慮なくしてくれ!」
【ガンダムアクエリアス】のコックピットを閉じて、タウゼントはカトルの制止の声に耳も傾けず機体を宇宙へと走らせた。漆黒の海に青白い光が一筋の線を生む。
「ゼクス、応答しろ!」
《タウ──…か?》
爆発が確認できた。慌ててゼクスに連絡を取ると、雑音が酷くあまり声を聞きとれない。機体を近づけていくと、彼の声も徐々に拾えてきた。
「敵を視認した。お前はお前でなんとかできるか?」
《誰に聞いている?》
「これはこれは。失礼しました、ライトニング・カウント殿」
どうやら心配は不要のようだ。タウゼントは万が一のために通信を繋いだままにしておき、敵機に向かって【ガンダムアクエリアス】を走らせる。
「敵は……モビルドールじゃない。カトルと話したばかりじゃ、やりにくいったらありゃしないぜ!」
マシンガンで牽制しつつ、ドーバーガンで戦闘不能に追い込む。敵は可変を行える【トーラス】と【リーオー】、それに【ビルゴU】と所属がばらばらだ。【トーラス】と【ビルゴU】ならばホワイトファングの残党だと分かるが、そこに【リーオー】が混ざり込むとは思えない。この機体は10年以上前から前線で活躍しているのだが、最近では新規のモビルスーツに後れを取っている。
「どこの所属だよ、こいつら!」
【ガンダムアクエリアス】の存在に気が付いて次々と飛び道具の引き鉄を引くモビルスーツ群。
「その程度なら!」
タウゼントは怯むことなくビームと実弾の雨霰の中へと機体を突っ込ませていく。右に1回転しながらドーバーガンで反撃し、【リーオー】の武装を破壊する。動きが鈍ったところを、更にペダルを踏んで機体速度を上げて通り抜けた。
「遅い!」
通り抜けざまに機体の脚部をヒートロッドで破壊し、1機目の【リーオー】が動けなくなったところで次の得物──【ビルゴU】に向かってヒートロッドを突き出すようにして射出する。
(…チッ!)
カトルとの会話が思い起こされる。熱源の反応を見る限り、相手は全員がパイロットを乗せているのだろう。殺さずに戦うと言うのは中々に難しい。
「ん? なんだ?」
突如として、敵の動きが変わった。攻撃の手を緩めていく──いや、それどころか撤退を開始するモビルスーツもある。
「撤退する……?」
《タウゼント!》
彼が抱いた疑問は、続いたゼクスの言葉ですぐに解消される。
《設計図が、1枚盗まれた……》
「なんだと!?」
自分に宛てられた敵は搖動で、しかも最上の友人が遺してくれた大事なものを奪われた──タウゼントはしばし呆然とする。
黒い海に漂う蒼い機体の双眸から、光が消えた。
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