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小説
#2







 A.C.183 冬───。

 11歳のトレーズは、士官学校で知り合った同年齢のタウゼントと共に気ままに過ごしていた。トレーズは主席であったが、タウゼントはそれを気に掛けることもなければ彼の柔軟な思想に惹かれ仲を深めていく。

 当時、モビルスーツなんてものは無用の長物でしかなかった。それまで稼働させたことはあれど、卓越した操縦技術を要求するそれに応えられるパイロットは1人としていなかったのだ。ただの大きい的──それが、モビルスーツの評価だった。


「トレーズ」

「タウゼントか。昼食は、もう?」

「あぁ」

「それなら、共に生きたい場所があるんだが、どうだい?」

「もちろん一緒に行くさ。お前の行くところはいつも楽しいからな」

「そんなことはない。君が楽しめているのは、君が楽しさを見出しているからだ」

「はいはい。そういうことにしておくさ」


 どちらが優れているかなど、2人にはどうでもいいことだった。互いの友情に偽りはなく、話せば話すほど内容が広がっていく。


「そういえば、今日はなんの講義を?」

「機械技術。やっぱり、将来はモビルスーツとか造りたいなぁって思ってさ」

「モビルスーツ……君が技術者になっている頃には、多く取り入れられているといいな」

「そうなっていなくてもいいさ。俺が凄いものを開発するからな」


 意気込むタウゼント。そんな彼が、トレーズには少し羨ましかった。自分は貴族社会に嫌気がさしてここに逃げ込んできたも同然だ。夢もなければ目的もない。対して、タウゼントはしっかりと将来を見据えている。


「トレーズ? 浮かない顔をしてどうした?」

「…いや、なんでもない」

「ふーん」

「何れ話す時が来る。君は、私の友だからな」


 やがて2人が辿り着いたのは、コルシカ基地のとある倉庫だった。


「先日、キーリア教官に連れられてここへ来たのだが……これに心奪われたのだ」


 トレーズが見せてくれたのは、未完成のモビルスーツだった。兵器らしい迷彩色だが、何故か自分の頭部を掴んで仁王立ちしている。


「これは……!」

「【トールギス】…このモビルスーツの名前だ」

「【トールギス】……」


 タウゼントは、心の底から震え上がった。トレーズを魅了する理由は分からないが、彼の気持ちには激しく同意できる。

 モビルスーツとはこういうものを言うのだと、その時になって初めて理解した。それまで学んできたものがただのガラクタに思えるほど、その【トールギス】は素晴らしい。


「なんだ、懲りずにまた来たのか」

「えぇ。今日は友人も一緒です」


 呆然としていたタウゼントは、トレーズと男の声で我に返る。奥から出てきたのは、とても技術者とは思えない風貌の男だった。ビーチチェアに身を預け、サングラスにアロハシャツを着た彼に駆け寄り、タウゼントは興奮気味に問う。


「このモビルスーツの設計図は!」

「ふん。小僧なんぞに見せられるわけない」

「じゃあ、この機体のコンセプトを教えてください!」

「コンセプトぉ?」


 面倒に思っているのは丸わかりだが、タウゼントは決して引き下がらない。今まで自分が学んできたモビルスーツと言えば、リーオーとエアリーズ、そしてトラゴスの3機ぐらいしかない。それぞれ重装備、高機動、中距離支援の役目を担っていて、必ず数機ずつで行動する。それが当たり前となっている──それは軍だけでなく、タウゼントの頭の中でもそうだ。だが、この【トールギス】は違う。どれか1つの役割を担っている姿ではなかった。

 背部の巨大なバーニア。その機動力を殺してしまうような重装甲に、身の丈ほどある銃火器。いったいこのモビルスーツは何をしたいのか、タウゼントには分からない。


「…お前は、このモビルスーツを初めて見た時どう思った?」

「今まで見てきたモビルスーツとは違うと。
 なによりこの機体は戦場で有効に使えないはずだと思いました」

「はっ! お前さんの考え方では一生、この【トールギス】を使いこなせないだろうな」


 アロハシャツを着た男性は椅子から立ち上がり、【トールギス】を見上げる。


「こいつは、たった1機で数千の敵を相手にできるように造られた。
 モビルスーツとは本来、そういう使い方をするものさ」

「この【トールギス】が……」


 戦況を容易くひっくり返すだけの力を持っている機体を造った技術者たちにあって、もっと話をしたい──タウゼントの頭はそのことでいっぱいだった。


「だが、こんな暴れ馬を乗りこなせる奴はそうそういない」


 【トールギス】を見て、次いでトレーズに視線を向ける。彼も【トールギス】をじっと見詰めていた。


(パイロットなら、すぐそこにいるけどな)


 誰であろうトレーズなら、間違いなくこの暴れ馬を乗りこなせるはず──タウゼントは確信する。


「…エレガントですね」

「ん?」


 トレーズの呟きに、技術者は訝しむ。それに彼は答えずに【トールギス】へ歩み寄り、その装甲にそっと触れた。


「この機体には、もっと良い色があると思います」

「それは同感だ。で、お前たちならどんな色にする?」

「俺は……黒だな」

「ふふっ。君は黒が好きだからな」

「いいじゃないか、別に。
 トレーズは、何色がいいんだよ?」

「そうだな」


 再び【トールギス】を見上げ、微笑する。


「私は、エレガントな色にしたいと思う」


 それが何色を指しているのか、タウゼントはなんとなく分かった。彼が望むのは、きっと照り輝くような純白だ。戦場を駆け抜ける兵器に、そんなものは似つかわしくないかもしれない。だが、トレーズが想像したのは戦場ではない。広大な青空だ。実に彼らしい。

 その後、トレーズとタウゼントは男に礼を言ってから揃って出向く。


「トレーズ、お前には【トールギス】以上の最高のモビルスーツに乗せてやるよ」

「ほう。【トールギス】以上とは、また大きく出たな」

「期待して待っていろよ」

「無論だ。
 私も約束しよう。君が造った最高のモビルスーツに乗ると」


 この2人の約束が果たされるのは、これから12年後のことである。トレーズが、ホワイトファングとの決戦に用いた愛機、【トールギスU】こそタウゼントが彼へ送った最初で最後のモビルスーツだ。





◆◇◆◇◆





「…やべ、寝過ぎた」


 昔のことを夢で見るとは思わなかった。きっと、トレーズが戦死したと聞かされたことが少なからず影響しているのだろう。周囲を見回すと、ゼクスは設計図を食い入るように見ていた。


「これは、トレーズが?」

「あぁ。あいつは先読みの才能でもあるんじゃないかな」


 もう、この世界にモビルスーツも兵器も必要ないはずだ。それは、リーブラを地球へ落下させようとしたミリアルドの姿勢を見ていたトレーズとて理解していただろう。なのに彼は、モビルスーツの設計図を残した。それは、いったいどのような理由なのか。


「それにしても、【トールギス】は最高の機体に仕上がったと思ったんだけどなぁ……。
 まさか、あんな“規格外”が出てくるとは思わなかったぜ」

「ガンダムのことか?」

「それ以外にあるかよ。なんだよ、あの卑怯なモビルスーツは」


 確かに、あれは【トールギス】よりも優位に立っていると言っても過言ではない。自分やトレーズの腕をもってしても、ガンダムを1機たりとも撃墜に追い込むことはできなかった。


「お前は、ガンダムを造ろうとはしなかったのか?」

「いや」

「…まさか!」

「流石に察しがいいな」


 タウゼントは立ち上がると、モニターをつけてモビルスーツハンガーを映し出した。膝を折った姿勢で黙する深紅の機体が、そこに眠っている。


「【エピオン】……あれは、俺が造ったガンダムだ」

「なるほど。あのトレーズがガンダムを造ったと聞いた時は驚いたが、お前と協力したのなら納得だ」

「【エピオン】の構想は、結構早くからあったんだぜ。【トーラス】と同じくらいだったかもな」


 トレーズは、早くから次なる機体──【ガンダムエピオン】の開発を進めていた。それに賛同した彼の支持者によって、【ガンダムエピオン】をサポートするガンダムが秘密裏に開発を進められていたとも言われている。


「あいつの頭の中を見てみたいよ。こんなにもたくさんのモビルスーツを考えたんだから」


 設計図に描かれているモビルスーツは1機や2機だけではない。量産型のものもあれば、ガンダムに似通ったものもある。


「俺なんて、当てにされていなかったのかもなぁ」

「それはありえないだろう。
 トレーズは、お前に製造を頼んだはずだ」

「どうしてそう思う?」

「…お前は、トレーズと友達だからな」

「お前だって友達だろ?」

「私は、トレーズの友にはなれない」


 それきり黙りこんだゼクス。タウゼントもそれ以上は聞かず、着替えを寄越した。


「もう体調もだいぶ良くなっただろ? 気晴らしに、【エピオン】でも見に行くか?」

「…そうだな」


 モビルスーツハンガーへ向かって歩きながら、トレーズの置き土産について話し合う。中でも最も長く話したのは、【トールギス】の更なる後継機についてだった。【トールギスV】と既に銘打たれている機体を造り上げるには何が必要なのか、どれくらいの日数を要するのか、武装はどうするかなどなど、会話が途絶えることはなかった。


「【エピオン】……すっかりぼろぼろだな」


 最後の戦争で好敵手のヒイロ・ユイが乗る【ウイングガンダムゼロ】と激戦を繰り広げた最中、左腕を切り落とされた。その後リーブラの破壊に尽力したのだが、爆発に巻き込まれてしまったのだ。ボディは美しい深紅から廃れた黒に塗りつぶされ、造形美を持った全身はあちらこちらが破損している。


「ゼクスを守り抜いたんだ。そいつも、本望だろう」

「随分と、私の無茶に突き合わせてしまった。もう眠らせてやった方がいいのかもしれないな」

「ははっ。パイロット気質ってやつか? せっかくの愛機を破壊してやるなよ」


 ゼクスと並んで【ガンダムエピオン】を見る。残された武装は大型のビームソードだけ。戦うには無理が過ぎる。


「ならば、お前が乗るか?」

「冗談。俺にはゼロシステムなんて代物は使いこなせないっての」

「そうか。
 ところで……あのモビルスーツは?」


 【ガンダムエピオン】と向かい合うようにおかれた1機のモビルスーツ。布が被されているが、足元までは届いておらず、特徴的な足が顔をのぞかせている。


「あれは、俺が造り上げた“もう1機のガンダム”だ」

「ガンダム……」

「忌々しいなら見ない方がいいぞ」

「…いや、寧ろ見せてもらいたいぐらいだ」


 タウゼントは彼の望みに従い、かぶせておいた布を取り去る。

 ゆっくりと姿を現すガンダム。【ガンダムエピオン】とは対照的で、灰色と蒼色を基調としたそれは、背部に巨大な装備を施していた。


「OZ-14MS……【ガンダムアクエリアス】だ」


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あきゅろす。
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