小説
#1
A.C.195───。
連合に反目する一部のコロニー居住者が、5体のガンダムに少年たちを乗せ地球へ送り込んだことから激化した戦争は、資源衛星MO-Uにてようやくの終結を迎えた。
ホワイトファングの指導者であったミリアルド・ピースクラフトがリーブラを地球へ向けて落とそうとしたことで、兵器による恐怖を知った者は決して少なくはない。だが、それだけが戦争を終結へと導いたわけではない。
孤高の革命家と謳われたトレーズ・クシュリナーダ。彼は時代の幕引きを自らの役目として、戦場で散った。
その後、地球圏統一国家が誕生することとなる。その基盤や確立に尽力したのは、ミリアルドの妹であるリリーナ・ドーリアンだった。戦後の復興作業などの功績が認められたことが最たる要因だろう。
だが、すぐに戦争がなくなるわけではない。新たな年を迎えても、地球と宇宙のどちらでも小さな争いは頻繁に起きていた。
民主的な方法で選ばれた新たな大統領は、小さな争いが火種となって、より強大な戦争へと繋がることを危惧してプリベンターと呼ばれる組織への資金提供を開始した。火消し──プリベンターの活動は、火種の内に消化してしまうこと。即ち、戦火の拡大を防ぐことが主とされる。
それでも人手不足は否めず、全ての消火作業がうまく行われているわけではない。だが、未だに火種が巨大になることは1度としてなかった。
ガンダムと呼ばれるモビルスーツが、陰ながら消火に協力しているからだ。一部の者はガンダムの姿を見たと言うが、大っぴらに活動することがないため、それは結局噂の域を出ることはない。
ゆっくりと、しかし着実に平和へと歩んでいく人々。だが、その平和に異を唱え、再び戦争へと至る道を選ぶのもまた、人なのである。
A.C.196───。
「いやはや、凄いねぇ」
世間は新年を迎えて盛り上がっている頃だろう。が、青年はそんなことになど興味を示さず、目の前にあるモニターや設計図を見て感嘆とする。
「流石はトレーズ閣下。良い頭脳をお持ちだ」
パラパラと手早く資料を見ていく彼の背後には、1人の男性が眠っている。長い金髪に、しっかりとした体つき。青年の知り合いだ。宇宙で拾ってからもう3日になるが、未だに目を覚まさない。バイタルは安定しているので、付きっきりでなくとも大丈夫なはずだ。
「…うっ、く……」
しばらくパソコンを弄っていると、件の男性から呻き声が聞こえてきた。
「ここ、は……」
「お目覚めみたいだな、ゼクス」
青年は振り返ることもせずキーボードを叩く。
「お前は、いったい……?」
「おいおい、そりゃあないだろ」
目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない。青年は溜め息をつくと回転椅子を回して振り返る。灰色の長い髪と赤い双眸に見覚えがあった。
「タウゼント……か?」
「あぁ。人のこと忘れんなよ、ゼクス」
ミリアルド──いや、ゼクスは周囲を見回し、傍にあった鏡を見て自分の状況を理解する。
「エピオンを拾ってくれたのはお前か?」
「そうだ。なんかお宝が漂ってきたと思ったら、まさかガンダムとはね。
しかもパイロットはお前と来た。助けないわけにいかないだろ」
「…感謝する」
「だったらまずは怪我を完治させるまで大人しくしているんだな。当分、世界は平和へ向かっていくだろうし」
「私はどれくらい眠っていた?」
「1週間だ。寝ている間に年が明けた」
「眠り過ぎたな」
「お前のガンダム…エピオンだっけ? あれは直さないで放置してある。
直そうにも直せないからな、このご時世じゃあ」
「そうか」
少し寂しそうな表情をしたゼクスを見て、タウゼントはあのガンダムを入手した理由をなんとなく察する。恐らく、掛け替えのない友人から譲り受けたのだろう。
「なぁ」
「何だ?」
「トレーズは……死んだのか?」
「……あぁ」
タウゼントの問いに、ゼクスは逡巡しながらもやがては頷く。その回答を聞いて「そうか」とだけ呟くと、席を立って食事を持ってきてくれた。
トレーズとタウゼントは仲の良い友人だったと記憶している。トレーズとタウゼントは2人とも、A.C.171に誕生した。それに加えて連合軍士官学校に入学して意気投合したことで親友となったと本人たちが口を揃えて言っていた。
「タウゼント、お前は今まで何をしていた?」
「何って言われてもなぁ……まぁ、色々」
適当に答えつつ、「何してたかなぁ」と呟く。出された食事に手を付けないのも悪いので、冷めないうちに食べる。相変わらず料理は上手のようだ。士官学校に通っていた時、よく料理をふるまってくれていた。
「つーか、お前こそどこ行っていたんだよ? 月面戦争の後、消息不明になったから死んだかと思っていたんだぜ」
「すまない。あれはあまりに不測の事態だったために、すぐ連絡を取れなかったのだ」
「ゼクス・マーキスなんて変な奴が出てきた時は、コーヒー吹き出しちまったよ」
「失敬な」
「分かってる」
食事が終わったのを見て、タウゼントは紅茶とコーヒーのどっちか聞いてくる。どちらでも良かったのでそのように伝えると、紅茶を持ってきた。丁寧にレモンとミルクの両方も一緒だ。
「俺は、トレーズが1人になっちまったからしばらく支えていようと思ったんだけど、マックスウェル教会での事件に巻き込まれてさ。重症だったところをメカニックの人に拾ってもらってからはそこで勉強させてもらってたんだ」
「そういえば、私が行方不明になった翌年だったな。トレーズの母君と弟君が亡くなったのは」
「あぁ。あいつには、随分と寂しい想いをさせちまったよ」
トレーズの弟、ヴァン・クシュリナーダ。そして母、アンジェリーナ・ユイは爆破テロによって死亡してしまった。A.C.187のことだ。その翌年には、マックスウェル教会に反連合クーデターのメンバーが籠城して240名もの死者を出してしまった【マックスウェル教会の惨劇】が起きた。
「ったく、人間ってのはどうして戦争が好きなのかね」
「戦争が好きと言うより、相手を認められないのだろう」
「だから全部消すってか? 大層なお考えで」
忌々しげに言うタウンゼント。どうやら彼もまた、色々と血生臭い修羅場を生き抜いてきたようだ。
「今、世界の情勢はどうだ?」
「んー? リリーナが地球圏統一国家とやらで尽力しているぜ」
「そうか。リリーナが……」
小さくはあるが、ゼクスは確かに笑みを浮かべた。しかし、その笑みもすぐに消えて厳しい表情に変わる。
「タウゼント、それは?」
「ん? あぁ、あれは……」
ゼクスの視線を追うと、先程まで自分が見ていたモニターと資料があった。資料の方は文字だけでなく絵も描かれており、それと同じ絵がパソコンの画面に映し出されている。
描かれている絵には、見覚えがある。自分が最も信頼した決闘機であり、最期には自らの手で永遠の眠りにつかせた愛機だ。
「あれは、トレーズの置き土産だ」
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