小説
言葉と態度 ○
「あれ、すずかちゃん?」
食材の入った手提げ袋を抱えて家路を歩いていると、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには親友のなのはと、彼女の恋人であるクロスの姿があった。2人とも手を繋いでいるところを見ると、どうやらデートの最中のようだ。
「ねぇ、まだ時間ある?」
「え? うん、大丈夫だよ」
「せっかくだから、一緒に喫茶店でもどうかな?」
「でも……お邪魔じゃないかな?」
ちらりとクロスの方を見ると、彼はまったく気にしていないのか笑ってくれた。なのはも頷き、3人で近くにある喫茶店へ入っていく。
「すずかちゃん、それ全部自分で持って帰るの?」
「うん、そうだよ」
なのはが勧めてくれた喫茶店だけあって、ケーキも飲み物もとても美味しい。ガトーショコラを一口サイズにカットしてそれに舌鼓を打つすずかだったが、なのはとクロスが顔を見合わせて溜め息を零したのを見て首を傾げる。
「なぁに?」
「いや……ヴィレくん、手伝ってくれなかったの?」
「うん。遅くまで仕事だったから、今はまだ家で寝かせているんだ」
「そこは叩き起こしてでもいいから、荷物を持ってもらった方が……」
「ううん、平気だよ♪」
満面の笑みで言うすずかに、なのはは再び溜め息をつく。
「まぁ、ヴィレイサーさんも忙しいわけだし」
「でも……」
「なのはちゃんがそこまで気にすることでもないよ。私は気にしていないし」
すずかは、恋人であるヴィレイサーとの付き合い方になんの疑問も抱いていない。傍から見ると恋仲に見えづらいこともあるかもしれないが、それでも気にならないのは二人きりの時にいっぱい甘えられているからだろう。
「私としては、2人の方が凄いと思うよ。人前で甘えあうなんて、私は恥ずかしくて無理だし」
先程から食べさせ合っているのを見て、今度はすずかの方が苦笑いしてしまう。なのはの方は、恋人同士になる前からその傾向が感じられたが、まさかクロスまで甘くなるとは思っていなかった。
「すずかも、ヴィレイサーさんに甘えてみたらどうだ?」
「そうだよ」
「…2人みたいに人目も気にせずにイチャイチャなんてできないから」
「…私たち、そこまでイチャついていないよね?」
「あぁ」
自覚がないのでかなり困ったものだ。初めて2人と一緒に行動したものは、そのあまりの甘さにあてられて、いくらブラックコーヒーを飲んでも物足りないとか甘く感じるとかなんとか。
「それじゃあ、私たちそろそろ行くね」
「話を聞いてくれてありがとう、すずか」
「ううん。デート、満喫してきてね」
今回の代金はクロスが持ってくれたので、それに甘えることに。なのはとクロスは、もうすぐ映画の上映時間が迫っているとのことで出て行った。
「ふふふ、2人とも相変わらず仲良しだなぁ」
「…でも、もう少しいちゃつき具合を抑えて欲しいよね!」
「へ?」
いきなりかかった声に顔を上げると、そこにはエメラルドグリーンの髪に、ダイナマイトボディと言っても過言ではない体躯の女性が。
「ノアちゃん」
「こんにちは、すずかちゃん。外から見えたから来ちゃった」
彼女の名はノア。クロスのユニゾンデバイスであり、なにより彼の家族だ。対面に座り、すぐにケーキセットを注文して品が届くのを待つ間にすずかへ向き直る。
「それにしても……あの2人、なんとかならないかなぁ……」
「んー……無理じゃないかな」
あっけからんとノアの願いを打ち砕いたすずか。クロスとなのはの甘ったるいいちゃつきが始まったのは、何もつい最近のことではない。恋仲になる前からその兆候があったのは確かだ。とは言え、すずかが魔導師としてこっちに来てから聞いた話なので、彼女はあまり詳細を知らない。
「まぁ、それより気になっていることがあるんだよね」
「何?」
「…すずかちゃんと、ヴィレイサーさんのこと」
「私たち?」
何が気になるのだろうか。まったく分かっていない様子のすずかに、ノアは溜め息を禁じ得ない。
「だって……こう言ったら悪いけど、2人ともマスターとなのはちゃんに比べたら、全然恋人同士らしくないって言うか……」
「まぁ、あの2人と比べちゃうとそうかもね」
遠慮がちに言ったノアだったが、すずかは気にすることもなく同意した。元々あまり積極的ではない性格だけあって、ヴィレイサーと過ごす時も、甘えることはあってもクロスとなのはのようにいちゃつくことはない。
「それに……」
「まだあるの?」
「すずかちゃん、ヴィレイサーさんに『好きだ』とか『愛している』って言われたことあるの?」
「……ないね」
しばし考えたが、その記憶はない。告白も自分からだったし、その返事をくれた際に言ってくれたのが今の所最初で最後なのかもしれない。
「うーん……寂しくないの?」
「平気だよ。言葉はないけど、その分態度で示してくれるから」
「たとえば?」
「頭を撫でてくれたり、抱き締めてくれたり……かな?」
「そ、それだけ?」
「うん」
確かにこれと言って特別なことはない。クロスはなのはに色々とプレゼントを贈ったり、仕事を早々に切り上げたりして一緒に過ごすことを常に頑張ってくれている。それがノアにとっては当然だと思っていたのだが、どうやらヴィレイサーはそれもあまりないらしい。
「まぁ、ヴィレイサーくんは傭兵だから仕方ないよ。時折傷が増えているから、それは心配だけど」
「わー……」
まさか傷が増えたなんて話を聞かされるとは思っていなかったので、ノアは思わずひいてしまった。彼の場合多少の無茶は仕方ないのかもしれないが、やはりどうかと思う。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね。ヴィレイサーくんはまだ寝ているだろうけど、あまり食材を外に出しておけないから」
「あ、うん」
こっそりノアの代金も置いて、すずかは店を出た。しかし、喫茶店に入る前と後では少しばかり足取りが違う。重たいわけではないが、少しゆっくりになった気がする。その要因は、単なる考え事。ノアやなのはに言われたことを思い返していたのだ。
(うーん……もうちょっと甘えてみるのもいいのかな?)
すずかはもともと、魔法とは縁がなかった。それがひょんなことから、愛機となったスノーホワイトと出会ったことで半ば強制的に戦いに巻き込まれたりした。そんな彼女の護衛役に任命されたのが、ヴィレイサーだったと言うわけだ。
最初はつっけんどんな態度に戸惑いも覚えたが、持ち前の懐の深さが功を奏したのかその性格に目くじらを立てることもなく、彼の人となりをずっと見てきた。そしてヴィレイサーもまた自分をちゃんと見てくれているすずかに安堵し、互いに惹かれあって恋仲に落ち着いたのだ。
「ただいま〜」
今は事件もなく、2人で同棲している。最初は地球にある実家に戻ろうかと思ったのだが、ヴィレイサーを放っておけなかったので結局残ることに。だが、後になって彼と家族ぐるみで交流している人がいることを知って、なんだか邪魔をしてしまったみたいで申し訳ない気持ちもあったことは秘密だ。ただし、その秘密はヴィレイサーにだけは見抜かれていたが。
「ヴィレイサーくん?」
部屋へ通ずる扉をノックしてから静かに入ると、ベッドに彼の姿があった。まだぐっすり眠っているようだ。忍び足で近づいていき、ひょっこり寝顔を窺う。
(ふふっ、可愛い)
普段は大人びているので見られないが、寝ている時のヴィレイサーはあどけなさがあって可愛い。すずかは彼を起こさないようにベッドに入り込み、背中に抱き着いて温もりを一身に感じた。
◆◇◆◇◆
「なん、だよ……?」
幾らか重たいものを感じて身体を動かすと、ほっそりとした腕が見えた。それを辿っていくと、小さな寝息を立てているすずかが。
(また勝手に……)
いつの間に紛れ込んだのか気づかなかった。しかし、彼女を邪険にする気はない。そんなことができるほどの人間でもないし、なにより傍に居てもらえて嬉しく思う。
「…すずか」
名前を呟き、そっと頭を撫でたり髪を梳いたりする。時折、小さな反応しながらも起きる気配はない。しばらくそれを繰り返していると、擽ったくなったのか目を覚ました。
「ぁ……ヴィレイサー、くん?」
ぼんやりとした目が可愛い。頬に手を当てると、すずかは微笑んで自分の手を重ねる。しばらくのんびりとそうしていたが、時計を見てのそのそと起き上がる。
「ごめん。遅くなっちゃったけど、お昼作るね」
「別に急がなくていいさ。自分で作れるし」
欠伸を噛み殺し、寝ぼけ眼なすずかだったが、急に目の前が真っ暗になる。慌てて目の前を覆った何かを取り去ると、それはヴィレイサーが使っているロングコートだった。
「な、何?」
「目の毒だ。着ていろ」
「あ、ごめんね」
息苦しくならないようにと思って少しワイシャツのボタンをはずしていたので、それが気になったのだろう。すずかはスタイルがいいので、ヴィレイサーとしてはかなり気がかりなのだろう。
「何か食べたいものはあるか?」
「えっと……それじゃあ、パスタにしようか」
「分かった。先に行っているからな」
一足先に階下へと下りて行ったヴィレイサーを見送り、すずかはまた布団へ横になる。まだかすかに残る温もりを気長に味わおうかと思ったが、ヴィレイサーにだけ料理をさせるのも申し訳ないので、それを羽織って下へ降りていく。
「手伝うよ」
「いや、いい」
申し出を断られたすずかは席に座ってのんびり待つことに。その間に、先程起きたばかりのせいで残っている眠気に負けて、腕をテーブルの上で組んでそこに頭を乗せて目を閉じる。
「あ……」
「どうした?」
「ううん。ただ……ヴィレイサーくんの匂いがするなぁって」
ロングコートから微かに感じられるそれに安堵の表情を見せるすずか。ヴィレイサーは呆れて何も言わなかった。前にも同じことをしていたので、注意したところで治らないだろう。なにより、ヴィレイサーもすずかの温もりや匂いに安心できているのでお互い様だ。
「ほら、できたぞ」
「あ、ありがとう」
フォークだけは自分で用意したので、着席してすぐに食べられる。対面にヴィレイサーが座ったのを確認してから、手を合わせて食した。
「いただきます」
「あぁ」
パスタに舌鼓を打つすずかだったが、ふとクロスとなのはがしていたことを思い出す。恋仲になってから、まだ1度も相手に食べさせたことがない。ためしに──そう思ってフォークにパスタをからめ、ヴィレイサーに差し出してみる。
「ヴィレイサーくん」
「ん?」
「はい、あーんして」
「…何でだよ」
「してみたいから」
「…あーん」
渋るかと思っていたが、彼はすんなりと食べてくれた。きっと、二人きりだからだろう。満面の笑みを浮かべ、今度は自分にしてくれと頼む。
「ほら、あーん」
「あーん♪」
別に急いでできる必要はないのだ。こうして1つずつ、したいことをのんびりとやっていけばいい──すずかはそう決めて、食事を楽しんだ。
◆◇◆◇◆
「今日は何かあったのか?」
「え?」
「食事。まさか食べさせ合うとは思っていなかったからな」
「あぁ。実は、帰る途中でクロスくんとなのはちゃんに会ってね」
「あのバカップルのせいか」
「嫌だった?」
「…さぁな」
そこで否定しないところを見ると、どうやら満更でもないらしい。だが、それに安堵したりなどしない。彼ならそう答えてくれると思っていたからだ。
「ねぇ」
「ん?」
「ヴィレイサーくんは、何かしたいこととかないの?」
「なんだ、藪から棒に?」
「うん。ちょっと気になったから」
「…そうだな」
リビングのある大きな窓から外を眺めるヴィレイサーの隣に座り、彼の答えを待つ。
しばらくして、急に引っ張られたかと思うとそのまま抱き締められた。すずかはヴィレイサーの胸に顔を埋めたままだったが、笑みを浮かべる。
「お前と一緒に居られれば、俺はそれでいい」
耳元で言われた甘い言の葉に、すずかは小さな声で「私も」と返した。
◆◇◆◇◆
それから数日後のある日。
すずかはヴィレイサーに出かけてくると言って朝早くからどこかへと行ってしまった。最初は同行しようかと思ったのだが、どうしても家で待っていて欲しいと言われたので大人しく引き下がったのだ。
(なんなんだか)
すずかが我儘を言うのは珍しかったので、彼女に従って自宅でのんびりすることにしたのだが、どうにも気持ちが落ち着かない。
適当な場所に寝転がって何度か寝返りを打ったり、テレビでニュースを眺めたり、色々と暇潰しをしてみるのだが、やはり気になってしまう。別段すずかを疑っているわけではないが、1度悪い方向に考えてしまうとずっとそのことを頭に抱えてしまう。
(まぁ、いいか)
しかし、ヴィレイサーはすずかがどこへ行こうとそこまで気にしないつもりだった。彼女が待っていて欲しいと言った時、少し照れていたので何か考えていることがあるのだろう。
もう1度惰眠を貪ろうかと思った矢先、誰かが玄関の扉を開けた。どたどたと慌てた足取りは絶対にすずかものではない。これは───
「事件ですよ、ヴィレイサーさん!」
「…お前か」
───予想通り、それはノアの足音だった。彼女は息を切らしたまま歩み寄り、ヴィレイサーの腕を引っ張って立ち上がらせようとする。
「何だ?」
「い・い・か・ら! 速く来てください」
「理由を言え」
「もぉ〜! そんな悠長なことを言っていられないんですってば!」
「だから、どうしてなのか理由を言えと言っているだろ」
立ち上がろうとしないヴィレイサーに対し、ノアは憤慨してばかりで中々話そうとしない。やがて疲れたのかへなへなとその場に腰をおろし、深い溜め息をついた。
「で?」
「うぅ〜、緊急事態なのに……」
「緊急事態?」
「あの……実は、すずかちゃんを街で見かけたんです」
「あぁ、出かけるとか言っていたよ」
「それで、何をしているのかと思ってみていたら……マ、マスターと一緒だったんです!」
「……で?」
正直、ヴィレイサーとしては不思議なことではなかった。クロスは好感のもてる男性だ。かなりモテるし、すずかが彼を頼るのも珍しい話ではない。
「だって、二人きりで買い物ですよ!? お互いに恋人がいるのに……ダメでしょう!」
「さぁ? 俺はすずか以外と二人きりになったことがないからよく分からん」
「いや、今二人きりじゃないですか」
「…あぁ、それもそうか」
「こ〜んなダイナマイトボディな美少女と一緒なのに、二人きりを意識しないとか酷いですよ!」
「それは置いておいて、それに目くじら立てるようなことか?」
「だって……ぶっちゃけヴィレイサーさんより仲睦まじく見えたんですもん」
かなり失礼なことを言われたが、それはヴィレイサーも以前思ったことがあるので黙っておく。
「2人ともいろんなお店を周っていたんですよ。雑貨屋で小物を見たり、喫茶店でお茶したり……」
「…ふーん」
いくらヴィレイサーが冷ややかな態度をよく取っているとは言え、そこまで言われると流石に気になってくる。前述したとおり、クロスは恋人がいる今もかなりモテモテだ。自分と違って気遣いができるし、ちゃんと相手のために行動することだってある。
「あ、今物凄く気になっていますね?」
「…別に」
「またまた〜」
にんまりと笑うノアにいらだったので、その頬を左右からぐっと押してやる。
「ちょぉ!? ちょ、ちょっと! 痛いですってばぁ!」
なんとかヴィレイサーの手から逃れたノアは確信した。これは焼きもちを焼いていると。だから、もっと弄ってみようとあることを誇張して言ってみることに。
「あと、すずかちゃんがマスターにかなり接近していましたよ?」
「…は?」
先程と明らかに反応が違う。気になったと如実に物語っているそれを楽しみ、更に続ける。
「ネクタイを選んでいる時なんですけど、こうやって……」
ずいっと近づくノア。すずかがいるので思わず後ずさりしたヴィレイサーを見て、可愛いと感じた彼女はますます嗜虐心を掻き立てられた。
「それで、照れるマスターと嬉しそうに笑うすずかちゃんが……」
ちなみに、実際にはそんなに近づいていはいない。すずかがクロスにネクタイを巻いていたのは本当だが。
「…あ」
「? どうしました?」
ふとヴィレイサーが何かに反応した。ノアは分かっていないのか不思議そうに首を傾げているが、すぐに表情が変わった。恐る恐ると言った様子で、玄関へと通ずる扉を見ると、そこには満面の笑みを浮かべているすずかが。
今、ノアは調子に乗ってヴィレイサーに馬乗りになっている。これがどういう理由なのかすぐに話せばいいのだが、それを待ってくれるとは思えない。と言うのも、すずかの手には既にスノーホワイトが握られているからだ。
「何をしているのかな、ノアちゃん?」
「さ、寒いっ!」
いきなり気温が急降下したのは、すずかの魔法によるものだけではない。彼女の威圧も関係しているだろう。
「ほら、殺される前に早くどけ」
「ヴィ、ヴィレイサーさんは私を見捨てたりしませんよね!?」
「退いたら考える」
すぐさまヴィレイサーから離れ、ノアは部屋の隅っこで縮こまった。溜め息を零し、すずかの頭を撫でて落ち着かせると、後ろからクロスとなのはが何事かと顔を覗かせているのが見えた。
「何だ。お前らも一緒だったのか」
「うん」
「すずかに頼まれたことがあったので。
でも、何でノアがここに?」
「いや、お前とすずかが仲睦まじかったとか報告しに来たから」
「え?」
「み、見ていたの!?」
「それは偶然だよ! でも、マスターとすずかちゃんが二人きりで……」
「二人きりって……ずっと私も一緒だったよ?」
「…え?」
「は?」
なのはの言葉に呆然とするノア。苦笑いを浮かべながら少しずつ後ろへと下がっていく。その顔にはかなりの冷や汗が伝っており、彼女の視線を追うと、先程のすずかに負けず劣らずの満面の笑みを浮かべているなのはが。
「ふーん。そっかぁ……ノアちゃんには、私が見えなかったんだぁ」
「ち、違うよ? ただ、マスターとすずかちゃんを見ていたら、そこにばっかりに目が行っちゃって……」
「まぁ、確かにノアは思い込むと周りが見えなくなる時があるよな」
「マスター……ありがとうございます! マスターなら分かってくれると信じて……」
「だ・け・ど! それとこれとは、話が別だ」
「そ、そんなぁ〜! い、いくらなんでも2人からの攻撃くらったら死んじゃいますよぉ!」
「大丈夫。ギリギリ死なない程度の攻撃で済ますから」
「全然大丈夫じゃないですよ!?」
慌てるノアをこのまま見捨てても良かったのだが、流石にクロスの発言を聞いてヴィレイサーが彼に待ったをかける。
「クロス、ちょっと待て」
「ヴィレイサーさん……ありがとうございます」
助けが入った。そう思っていたノアだったが───
「そんな威力の攻撃をここで放たれたら家が壊れるから止めろ」
「そっち!?」
───続いた彼の言葉にショックを受けていた。
2人によってノアが粛清される未来が容易に想像できたが、それをぼんやり眺めているとすずかが遠慮がちに袖を引っ張った。
「あの、ヴィレイサーくん」
「ん?」
「ノアちゃんと、何の話をしていたの?」
「あぁ」
リビングを出て自室に戻ってから話すことに。出ていく際にノアが何か言っていた気がするが、無視して2階へあがっていく。
「お前が、クロスと一緒にネクタイを選んでいたのを見たって言って、それを表現するために俺に近づいたんだと」
「だから馬乗りになっていたんだ」
「悪いな、退かさなくて」
「ううん。ヴィレイサーくん、優しいから。そういうのできないもんね」
やはりすずかはわかってくれている。だが、それが優しいからと言うのはどうだろうかと自問してしまう。
「あ、あのね。今日、何の日か知っている?」
「え? いや……すまない、分からないな」
忘れてはならない日と称してヴィレイサーがスケジュール帳に書きこんでいるものは多いが、今日は特に何もなかったはずだ。
「今日は……ヴィレイサーくんの、誕生日だよ」
「え? あぁ……そういえば、そうだったな」
思い出したように呟いたヴィレイサーに苦笑いしつつ、すずかは傍らにある袋からプレゼントを取り出す。
「サプライズで贈りたくて、クロスくんとなのはちゃんに協力してもらったんだ。
最初はクロスくんだけが来ると思っていたんだけど、あの2人は、自分が恋人以外の異性と一緒にいるのがダメみたいだから」
「まぁ、寧ろその方がいいだろう」
「うん。私も、もしかしたらヴィレイサーくんが妬いちゃうかなって思っていたから、なのはちゃんが一緒で良かった」
「…開けても、いいか?」
「うん」
丁寧に包装紙を解いて箱を開けると、そこには黒を基調に蒼い線の入ったネクタイだった。
「やっぱり、ヴィレイサーくんが身に着けてくれるものがいいなって」
「…ん、ありがとうな」
しばらくネクタイを眺めていると、すずかの方からそっと手を重ねてきた。そっと触れ合うだけだが、温もりが伝わってきて安心できる。
「でも……一緒に出掛けている時、なのはちゃんとクロスくんが羨ましくて妬いちゃった。
私も、サプライズじゃなくてヴィレイサーくんと選べばよかったって思って……」
「…これから、そうすればいいだろ」
「…うん、そうだね」
寄り添うようにしてヴィレイサーに身体を預けると、彼はすずかの体躯に手を回して抱き寄せた。そのまま2人でベッドに寝転がり、見詰め合う。
「じゃあ、ヴィレイサーくんはもう私以外の女性と二人きりになっちゃダメだからね?
ヴィレイサーくん、かっこいいんだから心配だよ」
「お前は、俺がお前以外の女に靡くと思うのか?」
「え? そ、そういうわけじゃないけど……」
戸惑うすずかに、ヴィレイサーは意地悪しようと唇に触れる。滑らかな桜唇をそっと指でなぞるようにして撫で、恥ずかしそうにするすずかを楽しんだ。
「…証明、して」
「ん?」
「私以外の人には、靡かないって」
「…どう証明して欲しいんだ?」
「うぅ〜……それは、任せます」
顔を真っ赤にして、消え入りそうな声でそうつぶやいた。
「…証明のしようがないな」
「へ?」
だが、ヴィレイサーは特に証明せずにすずかの唇から指を離した。呆然とするすずかだったが、また唸って恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「ヴィレイサーくん、意地悪だよ」
「俺に意地悪されるのは、嫌いか?」
「そ、その質問も……意地悪、だよ」
困った表情のすずかを見て、自然と頬が緩む。「悪かったな」と呟いてからすずかの頭の後ろに手を回して自分の方に寄せ、しばし見詰め合う。そして、どちらともなく唇を重ねた。
「…なんか、声をかけづらいね」
「だな」
帰る前に挨拶しようと思って部屋の前まで来ていたなのはとクロスは顔を見合わせてそそくさとその場を離れた。
「まったく……すずかは二人きりになるとすぐこれだ」
「私たちがいることを忘れないでほしいよね」
「いや、マスターたちも相当ですからね?」
呆れ顔のなのはとクロスにつっこまずにはいられなかったノアの一言を拾ってくれるものは、誰もいなかった。
◆──────────◆
:あとがき
遂にすずかの登場です。
彼女との話も考えていますが、今は流石に書けないのでいつになったら書くのやら(苦笑
すずか編のヴィレイサーは、フェイト編並みかそれ以上につっけんどんです。
ただし、それと同じくらい行動で示してくれることが多いです。
ただ、今の所の状態なので、もしかしたらもっと柔和になるかと思います。
それでは、次回もお楽しみに。
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