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小説
あなたに尽くしたい ▽




 3月14日、ホワイトデー───。


「…こんな感じ、だよな」


 誰に聞くでもなく、自分の部屋に置いてある姿見の前に立って呟いたヴィレイサーは、まじまじと自分が今、袖を通している服を改めて見直す。好みである黒を基調とした服ではあるが、これは間違っても彼の私服と言う部類には入らない。つい1ヵ月ほど前に、恋人のラミスが得意の裁縫で作ってくれた燕尾服だった。どうして彼女がこんなものを造ったのか──その経緯を思い出す暇もなく、ヴィレイサーは髪を丁寧に纏めて、机の引き出しを開けてリボンを取り出す。それもまたラミスがプレゼントしてくれたもので、彼女を彷彿とさせる藍色だった。


「さて、起こしに行くか」


 襟を正して、ヴィレイサーは隣の部屋にいる恋人を起こしに向かった。


「おい、ラミス。入るぞ?」


 断ったところで、彼女はまだ起きていないだろう。その予想は当たっており、まったく返事がない。ゆっくりと扉を開けて室内を伺うと、部屋の隅に置かれているベッドがまだ人を内包していると分かるほど膨らみを帯びている。


「ラミス、起きろ」

「ぅん……やぁ」

「やって、お前なぁ……」


 綺麗な藍色の髪をした女性こそ、ヴィレイサーの恋人であるラミス・ナコッタだ。いつも淑やかで冷静な彼女だが、弱点もある。その内の1つが、この朝だ。1度寝てしまうと中々起きないらしく、しかもベッドは安眠できると強く宣伝されている会社が出しているものでもあるので、ラミスは翌日が休日であればお昼までぐっすり寝ていることだってあるほどになってしまった。とは言え、それは前日に課題やレポートを夜遅くまでこなしたり、もしくはヴィレイサーと青春を謳歌したりすることも要因だったりする。

 可愛い声で子供のように断られては、起こすに起こせない。だが、昨日就寝する前に起こしてくれと言われたので起こそうとしているのだ。致し方ないと自分に言い聞かせ、ヴィレイサーはさらに強くゆすってラミスを起こそうとする。


「お前が起こせって言ったんだぞ」

「うにゅぅ……」


 窓から差し込む陽光が、寝ているラミスの頭にかかる。それを拒もうと、頭まで毛布をかぶってしまう始末だ。まったくもって可愛いから困る。


「ぅん……ヴィレイサー……?」

「あぁ」


 ようやく目が開けられた。その綺麗な双眸に移るように位置したヴィレイサーの姿をまじまじと見たまま、ラミスは何も発さずに──再び寝るためか、目を閉じた。


「おい、寝るなよ」


 時刻はもうすぐ9時になる。ラミスは8時30分には起きたいと言っていたのだが、見事にその時間を過ぎてしまった。いつもならすぐに起きてくれるのだが、どうやらこの暖かさで眠気が中々抜けないようだ。ちなみに、布団を剥いで起こす方法は過去に試したことがあるが、それが冬だったのであまりの寒さに驚いて、その日は結局午後になっても起きてこなかった。それ以来、布団を強引に奪うのは禁止と言うのが暗黙の了解となっている。


「んー……もう少しだけ」

「もう9時になるぞ」

「え、そうなの?」


 眠たそうな声に、僅かな驚きが含まれる。枕元の近くにある携帯電話に手を伸ばして、その液晶画面を見る。


「50分……?」

「どこからどう見ても、50分だな」


 ついでにということで、目覚まし時計も見せてやる。ラミスは溜め息を零して携帯電話を置き、腕だけヴィレイサーに伸ばす。つまり、起こしてくれということだ。


「今日は外出の用事もないんだろ?」

「そうだけど……寝過ぎもよくないのよ」


 ヴィレイサーに上半身を起こしてもらって、そしてようやっと彼の服装が異様なのに気がついた。


「何、その服……?」

「お前、自分で言いだしておいて忘れたのかよ」

「え? 私が?」

「あぁ。ほら、バレンタインデーの時に、お返しは何がいいかって聞いたら……」

「…あっ!」


 そこまで言われて、ようやく思い出した。ラミスはその時、「1日だけ執事になって尽くしてほしい」と言ったのだ。それが楽しみで、すぐに彼の体格に合わせた燕尾服を自分で造ってしまったのだから、余程期待していたのだと思っていたが、彼にばかり家事を任せてしまう気がして、服を造り上げてすぐに忘れてしまったということだ。


「まぁ、それより……」

「なぁに?」

「髪、少しぼさついているぞ」

「えっ、嘘!? ちょっと、見ないで!」

「無理。可愛いラミスを見るななんて、そんなの無理だって」

「うぅ、意地悪なんだから」


 そう言いながらも、嫌そうな顔をしないのがラミスだ。最初は恥ずかしがってばかりだったが、今ではそんなこともなくヴィレイサーの意地悪なところに寛容になっている。


「髪は後で俺が整えるから、先に着替えてくれよ」

「いいわよ。それくらいなら自分でできるし……」

「今日は1日、ラミスはお嬢様なんだから、気にするなって」

「お、お嬢様って……」


 不意に言われて、つい「いいかもしれない」なんて考えてしまい、ラミスはそれを忘れ去ろうと頭を振った。

 着替えて階下へと足を運ぶと、ヴィレイサーが朝食を温め直してくれていた。それが整う前に、ラミスは椅子に座ってじっと待つ。すぐにヴィレイサーが後ろに回り、髪を丁寧に梳いていく。


「…いつも思うのだけれど」

「ん?」

「ヴィレイサーって、髪を整えるの上手よね」

「そうか? まぁ、自分の髪も長いからな。
 それに、恋人の髪って触れていて心地いいから。特にラミスの髪は綺麗だから、つい手を伸ばすための口実が欲しくなるんだよ」

「ふふっ、ありがとう」


 微笑むラミスを後ろから抱き締めて、頭の上に自分の頭を乗せる。お腹に伝わってくる熱と、彼女にもそこから熱が伝わり、気持ちが落ち着く。


「執事の勝手な行動にご注意を。……お嬢様」


 いきなり耳元で囁かれたかと気付いた時には、更に頬に口付けされていた。不意にされたので、余計に恥ずかしい。彼は自分の恥ずかしい表情を可愛いと思っている。だからこんなにも意地悪してばかりなのだ。


「とりあえず、簡単なものだけど」

「えぇ、ありがとう」


 テーブルに並べられた朝食は、昨晩の残りものに味噌汁を加えただけだが、ラミスは気にせずに食べようとする。だが、どこにも箸がない。なんとなくその理由に察しがついた時、ヴィレイサーが対面に座った。そしてそんな彼の手にはラミスがいつも使っている箸がある。


「えっと、もしかしてだけど……」

「ラミス、あーん」

「や、やっぱり!」


 二人きりの時でさえ、食べさせることを恥ずかしがるラミス。それは彼女だけでなくヴィレイサーも同じだが、2人だけの時ならしてみたいと言う気持ちの方が勝る。


「ど、どうして執事に食べさせられないといけないのよ?」

「世話をするのも執事の役目だろ?」

「だ、だからってこんなこと……」


 なおも渋るラミスに、ヴィレイサーはある提案をすることに。


「じゃあ、一口だけ試してみないか?」

「へ? 一口?」

「それならいいだろ?」

「…しょうがないわね」


 ラミスは芯も強いし、1度決めたら中々屈しないところがある。だのにヴィレイサーの押しには明らかに弱かった。早速おかずの紅鮭を一口サイズに切って、ラミスの前まで運ぶ。


「ほら、あーん」

「…待って」

「何だ?」

「まさかと思うけど……その一口と言うのは、1品ずつ一口食べさせるわけじゃないでしょうね?」

「……ま、まさか」

「やっぱりね」


 目を泳がせるヴィレイサーに、ラミスは溜め息を零す。


「ばれたか」

「当たり前でしょ。あなたのこと、私が一番分かっているんだもの」


 妖艶に笑むラミスに、思わずドキリとさせられる。本当に、こんなにも素敵な女性が恋人で嬉しい。


「…俺のことを見てくれているなら、俺がここで諦めるなんて思わないよな?」

「…へ?」


 口元にずいっと出されて、ラミスは何も言えない。彼の言う通り諦めるとは思っていなかったが、いざ食べさせられるとなるとやはり恥ずかしい。それでも、ずっとこうしていることはできないし、何より嫌と言うわけではないのでそれに従った。


「あ、あーん」


 顔が真っ赤になっている。その表情を満喫し、今なら畳みかけられるだろうと思って二口目を差し出す。


「あーん」

「あー……し、しないもん」


 危うく食べそうになったラミスは、慌てて口を閉ざした。





◆◇◆◇◆





「…うーん」


 朝食後、休日を満喫しようかと思ったラミスだったが、ヴィレイサーはずっと1人で家事を行っているので面白くない。暇つぶしにと思ってテレビでニュースを見るが、これと言ってめぼしいものはなく、やがて終わってしまった。


(暇、ね)


 ヴィレイサーは今、バレンタインデーのお返しとして自分に尽くす執事になっている。ならば構って欲しいと言えば甘えさせてくれるはずだ。だが、家事を中断させるのは申し訳ないし、寧ろ甘えるよりも甘えて欲しい気がした。


(マリサに……ううん、止めておこう)


 大切な友人のマリサに今の状況をメールしようかと思ったが、どうせ「惚気ならまた今度ね」と返されるのが関の山だろう。ラミスからしたら惚気ているわけではないのだが、そう思われても仕方がないかもしれない。


「ラミス」

「なぁに?」

「残りの洗濯は頼んでいいか? と言うか頼みたい」

「えぇ、分かったわ」


 なんでもこなすかと思っていたが、やはりいつも通りヴィレイサーはラミスの衣服を洗濯できなかった。だが、それはラミスが頼んだことでもある。幾ら恋人同士でも、どうにも恥ずかしさが拭えない。元々引っ込み思案で恥ずかしがりな一面もあるラミスからしたら、それを快諾できる日は遠いだろう。


「はい、洗濯も終わり」

「ありがとうな」

「ううん。それは私の台詞よ」


 洗濯物が終わり、ようやくヴィレイサーも時間が出来た。彼と一緒に、撮り溜めてしまったドラマや映画を見ようと、テレビの前にあるソファーに腰かける。


「何か飲むか?」

「それじゃあ……レモンティーをお願い」

「了解」


 ヴィレイサーがお湯を沸かしている間に、ラミスはどれを見るか録画した番組の一覧を眺めていく。


「ラミス」

「何?」


 呼ばれて振り返ると、ヴィレイサーは高い位置から紅茶をカップへと注いでいる。それは、あるドラマの主人公がよくやっている動作だ。2人ともそのドラマが好きなので、笑顔になる。


「…熱っ!」

「ふふっ、やっぱりね」


 しかし、カップに入る紅茶が跳ねて手にかかってしまう。その光景があまりにおかしかったのか、ラミスは更に笑みを深めて笑った。


「お待たせ」

「ありがとう。
 ヴィレイサーも、立っていないで座って」

「いいのか?」

「執事である前に、私の彼氏でしょ? それに、隣にいて欲しいの」


 手を取って微笑むラミス。無性に抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、そうすると落ち着いてテレビを見られないのでなんとか思いとどまる。


「何を見るんだ?」

「うーん……お昼ご飯を作る時間も欲しいだろうから、ドラマを1つか2つにしましょうか」


 コマーシャルを飛ばせばそこまで時間をかけずに済む。早速ドラマを再生すると、リモコンをヴィレイサーに渡す。コマーシャルに入った際に、早送りをする役目は大体がヴィレイサーだ。それが当たり前になっているので、彼も何も言わない。

 自然と2人の手が繋がれる。寄り添うように身体を密着させて、再生されるドラマを楽しんだ。





◆◇◆◇◆





「…昼食まで食べさせたり、しないわよね?」

「…さぁ?」


 目の前に置かれたパスタを見て、ラミスは一先ず安堵する。流石にこれを食べさせるのは少し難しいだろう。だが、だからと言って彼女はやろうと決めたことを諦めたりはしない。


「ヴィレイサー」

「ん?」

「今度は私が食べさせてあげる」

「…はい?」


 思わぬ一言に、奇妙な返事となってしまった。呆然とするヴィレイサーに、ラミスは微笑みを崩さない。フォークで綺麗にパスタを纏め、ヴィレイサーの前まで持ってくる。


「はい、あーんして」

「いやいや、何で俺が……」

「今、貴方は執事でしょ? だったら、主の命は聞いて当然よ」


 何も言い返せない。仕方なく、ラミスが差し出しているパスタを口に運ぶことに。


「あーん♪」

「あ、あーん」


 2人とも、相手に食べさせるのは好きだが、いざ自分が食べさせられるとなるとどうにも照れてしまう。


「はい、二口目♪」

「いや、それは……」

「ダ〜メ♪」


 断ろうとするヴィレイサーを、ラミスは笑顔で拒んだ。その笑顔にやられたのは言うまでもない。


「…けど、いつも思うんだが、リオスはよく人前でこういうことができたよね」

「そうね。まぁ、彼の場合恋人が積極的だからって言うのもあると思うけど」

「それは同感だ」


 友人のリオス・コーネルドは、どちらかと言うとそういった恋人同士がして当たり前なこととは無縁なイメージだ。しかしいざ恋人ができると、彼は周りの視線があるにも拘らず惚気たり、或いは無意識の内に自慢したりと想像を超える言動を見せていた。やはり恋は人を変えるのかもしれない。


「とは言え、流石にあんな甘いのは勘弁だ。いい加減、弁えてもらいたいもんだよ」

「そう、ね」


 ラミスそれに同意しつつ、以前リオスにそれを話した時のことを思い出す。その時は確か、「君たちにだけは言われたくないんだけど」と呆れられたはずだ。


「…どうした?」

「え? あ、ううん。なんでもない」





◆◇◆◇◆





 昼食の後、お茶を一杯だけ飲んでまたテレビを見る。ニュースである程度時間を潰し、今度は録画してある映画を再生した。


「…ヴィレイサーも、一緒に見る?」

「いや、一緒が嫌なら別に席を外しても構わないんだが」

「ううん、一緒がいい。だけど、興味ない映画だろうから、つまらないかなぁって」

「それくらい気にしなくていいって」

「良かった」


 そろそろ15時になるので、ラミスに先に再生しておくように言って、お菓子を取りに行く。リオスはお菓子作りが大の得意だ。彼から学んでおいて正解だったと思う。お返しにと作ったバームクーヘンを適度な大きさにカットしていく。


「はい、お待たせ」

「わぁ、ありがとう♪」


 目の前に置かれたバームクーヘンを見て、ラミスは顔を綻ばせる。早速一口食べ、すぐに笑みをこぼした。すっかりご満悦のようだ。


「美味しくできたのならなにより。リオスに教わっておいて良かったよ」

「やっぱり、リオスってなんでもできて凄いわね」


 ラミスの感心した声に、ヴィレイサーは「そう、だな」と肯定しながらも少し間があった。彼の顔を見ると、僅かながら変化があった。戸惑っているような、そんな自分を隠そうとしているような表情だ。こんな子供っぽいところを見せることは少ないので、もう少し楽しむことに。


「お菓子作りも得意だし、可愛いし」


 男のリオスが『可愛い』と評されても、当人はまったく嬉しくないだろうが、ヴィレイサーとしては大好きな女性が他の男性を褒めちぎっているのはどうにも面白くない。


「…ヴィレイサー」

「な、何だ?」


 いきなり呼ばれて、戸惑っているのが面に出てしまった。


「もしかして……妬いているの?」

「そ、そんなこと……なくは、ないけど……」


 ラミスとの間に、隠し事はしたくなかった。たとえそれが些細なことであっても。


「安心して、ヴィレイサー。私にとっての一番は、いつだって貴方だから」


 拗ねた子供にでも話すかのように、優しく語りかけるラミス。頬を両手でそっと包んで笑顔を見せる。


「確かにリオスは凄いけど、私はいつも頑張っているヴィレイサーの方が、ずっと素敵で、かっこいいって思っているわ」

「…あ、ありがとう」

「こちらこそ、いつもいっぱいの愛をくれて……ありがとう」


 照れているヴィレイサーも、可愛い。ラミスは彼の首の後ろへと手を回し、自分の身を寄せながら口付けした。


「…ラミス」

「何?」

「もう1回、いいか?」

「…1回だけよ」

「あぁ」


 今度はヴィレイサーから口付けした。温もりが唇を通じて流れ込み、安堵する。意外と嫉妬深いのだなと考えるヴィレイサーの気持ちを知ってか知らずか、ラミスは「妬いているヴィレイサー、可愛かった」と言ってきた。


「ヴィレイサーのことを好きになるまで気づかなかったのだけれど、私も焼き餅焼きなんだからね?」

「あぁ。妬かせたりしないよう、気を付けるよ」

「ふふっ、お願いね」


 そして、2人は1回だけと決めたはずの口付けをもう1度だけ繰り返した。





◆◇◆◇◆





「…分かった?」


 2本目の映画を見ている途中、ラミスが唐突に言ってきた。


「いや、全然ダメ」


 しかし、ヴィレイサーは苦笑いして首を振る。2人が見ているのはミステリーサスペンスなのだが、中々トリックが分からない。時折、怖いシーンが出てきてはラミスが短い悲鳴を上げる。もちろんヴィレイサーも驚いてはいるが、悲鳴は上がらない。


「…ヴィレイサー」

「ん」


 おずおずと遠慮がちに手が重ねられる。つまりは握って欲しいのだろうが、それをはっきり言わないのは自分だけ怖がっているみたいで嫌なのだろう。

 白磁のように綺麗な手を握ろうとして、しかし止めた。手を握るよりも、もっと温もりを感じたい。右側に座るラミスの首の後ろを通り、右肩に手を置いて自分の方に寄せる。


「やっぱりラミスの頬はぷにぷにだな」

「もう、またそうやって……」


 柔らかい頬の感触を楽しむヴィレイサーに対してラミスが苦言する前に、彼女の頭を優しく撫でる。この方が手を握るだけよりもラミスと触れ合えるが、もちろんそれだけが理由ではない。リオスから聞いた話では、この先は少し怖いシーンが続くらしい。だから、少しでも気を逸らしたいのだ。


「ヴィレイサーだって、ほら、ぷにぷに〜♪」

「そんなことないと思うが……」


 仕返しのつもりか、彼女も頬を弄ってくる。それに飽きた時、件のシーンは終わっていた── “ように”見えた。なんとなくテレビに視線を戻した刹那、画面いっぱいに何かが登場した。


「きゃあああぁぁっ!!」

「ぐえっ!?」


 さしものヴィレイサーも悲鳴を上げそうになったが、それより早くラミスが抱きついてきて、首が絞められた。





◆◇◆◇◆





「…はい、今日はこれで終わり」


 2本目の映画を見終わったところで、ヴィレイサーはテレビの電源を切った。


「これ以上は目が疲れちゃうものね」


 かなり怖いシーンがあったが、最終的にはちゃんと事件も解決されて、それなりに満足のいく映画だった。


「夕飯は何がいい?」

「今から買い物に行くのも大変だし、有り合わせでいいわ」

「了解だ」


 洗濯物を取り込み、お風呂の掃除をして戻ってきたヴィレイサーに返しながら、ソファーに寝転がる。結局、ずっと彼にばかり家事を任せる形になったが、やはりどうにも釈然としないものがある。いつもなら2人でこなしてきたことだけに、急に何もしないと落ち着かないし、なにより自分には尽くされるより尽くす方が性にあっている気がした。


「ヴィレイサー」

「ん?」

「膝枕、して」

「分かった」


 ラミスを優しく起こして、彼女が寝ても苦しくない位置に座り、膝に寝かせる。


「今日はありがとう。ヴィレイサーのお陰で、楽しめたわ」

「楽しく過ごせたのなら、なによりだ」


 そっと髪を撫でると、嬉しそうに目を細める。やがて目を閉じて、静かに言葉を紡いだ。


「でも、やっぱり貴方にだけ家事を任せるのは、落ち着かないわ。
 だから、このホワイトデーのお返し、してあげる」

「別にいいんだが」

「ダ〜メ。明日は、私がいっぱい尽くしてあげる」

「…分かった。じゃあ、期待しているよ」

「えぇ」


 夕暮れの明かりが部屋いっぱいに広がり、温かな西陽に包まれていく。その中でも、2人は相手の温もりをより強く感じながら目を閉じた。





◆◇◆◇◆





 翌日───。


「あ、あのね、ヴィレイサー」

「ん?」

「確かに尽くしてあげたいとは言ったけど……どうしてメイド服を着なくてはならないの?」


 ホワイトデーのお返しをするからと意気込むラミスは、渡されたメイド服をまじまじと見て戸惑っていた。フリフリのついたスカートに、清楚な純白のエプロン──何度見ても、それはメイド服だ。


「いや、単に雰囲気出るかなぁと。昨日、俺が執事服を着たからって言うのもあるけどな」

「うぅ〜」


 自分が着ているところを想像したのか、顔が微かに赤い。別にヴィレイサーは無理矢理着せようとは思っていない。着てくれればそれで面白そうだし、着なくても彼女に尽くしてもらえればそれだけで満足だ。


「こんなの着られるわけないでしょ!」

「そうか……残念。せっかく作ったんだけどなぁ」


 突っ返そうとするラミスの手が、ピタリと止まった。


「つ、作った?」

「あぁ」


 ラミスの裁縫技術はとかく凄い。昨日、ヴィレイサーが着た執事服も彼女お手製のものの1つにすぎない。ヴィレイサーはラミスからその技術を学び、よく2人で相手の服を作ったりしている。今、彼女が持っているメイド服もそうだ。


「まぁ、無理に着る必要はないよ。ただ、似合っていると思ったんだよなぁ」

「…──から」

「え?」

「こ、今回だけだからね? これっきりにしてくれるなら……着るわ」

「分かった。約束するよ」


 恥ずかしさを克服しようと頑張ってくれるラミスを抱き締め、その額に口付けした。


(せっかく着るんだし、ちょっと意地悪しようかしら)


 ヴィレイサーを部屋から追い出してからメイド服に袖を通す。その間に、ラミスはあることを閃いた。


「入っていいわよ」

「それじゃあ、入るぞ」


 開かれた扉の先には、メイド服を着こなす魅力的なラミスの姿があった。あまりにも綺麗だったので呆然とするヴィレイサーに、ラミスは告げた。


「お、おかえりなさいませ、“ご主人様”」


 その一言が、どれだけヴィレイサーの心を強く撃ち抜いたのかは、彼にしか分からない。










◆──────────◆

:あとがき
久方ぶりにラミスさんの登場となりました。

正妻らしく…とかそういうのは意識しないように書きましたが、バカップルらしく感じていただけたでしょうか?

最近は執筆がおろそかになっているので、本当になんとかしたいです……(>_<)

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