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小説
温もり





「いつまで寝ているんですか、ヴィレイサーさん」

「…昼過ぎ」

「さっき起こしにきた時もそう言っていたから、こうしてまた昼過ぎに来たんですよ」

「じゃあ夕暮れまで寝かせてくれ」

「はぁ、もう……」


 腕を組んで溜め息を吐く恋人──ティアナ・ランスターに悪いと思いつつ、ヴィレイサーは布団から出ようとしなかった。今日はかなり冷え込んでいて、お昼になったと言うのに天気が曇りのせいでまったく気温が上昇しない。

 ヴィレイサーは事件後、中々職に就けずにいた頃から睡眠を多くとるようになっていた。寒さを凌げる布団と日課の睡眠が合わさって、かれこれ15時間は寝ている。


「せっかくの休みなのに……」


 恨みがましく呟くが、なにも休日は今日だけではない。溜まっていた雑務をそうそうに片付け、大きな事件もなければ新人からようやく抜け出し、しかし一人前には程遠い中途半端な状態にある自分に回される仕事は少なく、せっかくだからと有給を消化していた。今日がその初日だ。


「…一緒に寝ます?」

「止めておく。逆に寝られないし、このサイズだとお前は邪魔になる」

「ケチ」

「好きに言え」


 ヴィレイサーも、大分やわらかくなったと思う。相変わらず無愛想だが、心配していることを隠すこともなくなってきた。そのことに関して“だけ”は、素直になったと断言できる。しかし、必ずしも毎回素直とは言えない。寧ろまだ、ひねくれていることの方が多い。


(まぁ、そこがまた可愛いところでもあるんだけど)


 それが可愛さなどと思えるのは、せいぜい自分だけかもしれない。そう思うと、ちょっとした優越感に浸れるのは秘密だ。


「また後で来ますね」

「んー」


 そう簡単に眠気が収まって起きてくることはないだろう。ティアナは諦めて部屋を出た。


(でも、確かに最近は寒いわね)


 前は朝晩が冷え込むだけだったのに、最近は1日中寒い。冬が本格的に始まろうとしている証拠だ。


(暇だし、なのはさんに教わった編物でも進めようかしら)


 何冊もの編物に関する書物を持ってきて、ソファーに腰掛けて眺めては編棒を動かしてちょっとずつ進めていく。寒さが厳しくなってきたので、ヴィレイサーへマフラーでも贈ろうと思ったのだ。前に出掛けた時、マフラーを持っていないと聞かされたのが切欠だが、何か贈り物が出来るのだと思うと楽しい。


「まぁ、使ってくれるかどうか怪しいけど」


 苦笑いしながら、ティアナはマフラーの製作に取りかかった。





◆◇◆◇◆





「おはよー」

「もう15時なんですけど?」


 しばらくして、ヴィレイサーが起きてきた。寝癖はほったらかしだが、後で自分で整えるだろう。


「コーヒー? 紅茶?」

「紅茶で」


 ヤカンに水を入れてくれた。ちょうど休息をとろうと思っていたが、ここは彼に任せて作業を再開する。


「ミルクティー? レモンティー?」

「じゃあ……ミルクティーを」

「ん」


 ヴィレイサーは基本的に緑茶なので、別の物を注いでもらうのは悪い気もしていた。当人にそのことを話したら、「バカだろ、お前」とお決まりの言葉を返されたが。それくらい、別に苦ではないと言うことだろう。


「あ、茶葉がなくなりそうだな」

「後で買いに行ってきます」

「…ん、分かった」


 今、ちょっとだけ間があった。一緒に行こうと言おうとして止めたのだ。それを指摘しても意地を張るだけなので───


「一緒に行きませんか?」


 ───こちらから行きたいと気持ちを伝える。


「まぁ、別にいいけど」


 やはりまだまだ素直になるにはかなりの時間を必要とするようだ。


「何してんだ?」

「編物ですよ。ヴィレイサーさんに、マフラーを作ってあげようと思って」

「…使わずに冬が終わるな」


 テーブルにミルクティーを置くと、向かい側に座った。前は同じテーブルに座るのも躊躇っていたのだが、かなり柔和になってくれた。


「そんなこと言わないで、使ってください。
 使ってくれなきゃぐれちゃいますよ?」

「もう既にぐれまくっている奴が言うことかよ」


 呆れ気味に返し、ヴィレイサーは飲み終わって空になったコップを下げて、自分とティアナのコートを持ってくる。


「あ、ありがとうございます」

「別に」


 素っ気なく返し、ティアナがミルクティーを飲み終わるのを待ちながら、編み物に関する本を1冊だけ手に取ってパラパラと眺めていく。


「ヴィレイサーさんも、やってみてはどうですか?」

「…面倒くさそうだし、パス」

「…はい、支度できたから行きましょうか」

「ん」


 コップを流しに置いて、コートに袖を通す。


「…寒いから止める」

「今更何を言っているんですか」


 寒さに負けて引き返そうとするヴィレイサーをなんとか引き止め、買い物に向かう。ただし、手は繋がない。デートでさえ、未だに繋いでいないのだ。とは言え、それを残念に思うことはあまりないが。もちろん初めてデートした時は気落ちしたが、今はその気持ちも失せた。これで恋人同士なのか怪しいと言われると、自分でもその通りだと感じることはあるが、彼が素直じゃないだけだと理解しているので苦しくはない。


「…毛糸も買っていくか?」

「そうですね。別の色でも作ってみたいですし」

「どこで買うんだ?」

「あ、雑貨店は逆方向でしたね」


 茶葉はいつも専門店で購入しているので、毛糸を購入できそうな場所は向かっているのとは逆の方向になる。


「まぁ、道中に見つけるしかないだろ」

「そうしましょうか」


 デバイスで周辺を検索した方が見つけるのは早いのだが、2人は敢えてそれをしなかった。こうして出かけている時間が、少しでも長い方がいいと思ったからだ。クロスミラージュもそれを弁えているようで、ティアナの愛機は黙ったまま。


「…ヴィレイサーさん」

「なんだ?」

「寒いので……手を、繋いでくれませんか?」

「…手袋しているだろ」

「そうなんですけどね。それでも寒いですから」

「…頑固で我儘な奴は嫌われるぞ」

「その時は、遠慮なく嫌いになってくれていいんですよ?」


 笑って、ヴィレイサーの顔を覗き込む。彼はティアナを一瞥した後、溜め息を零して手袋を外した手を差し出してくれた。


「お前、本当にバカだな」


 どうしてバカと言ったのかは、なんとなく察しが付く。それでも、手を繋がせられたのだから、ここは頑張って彼の口から言わせたい。


「どうしてですか?」

「言うわけねぇだろ、バーカ」

「なるほど。言えないほど恥ずかしいことなんですか」

「…むかつく奴だ」

「ヴィレイサーさんに対してだけ、ですよ」

「余計にむかつく」


 舌打ちするが、表情には言うほど嫌気があらわれていない。なんだかんだでペースを理解してくれているようだ。


「ヴィレイサーさんのそういう素直じゃないところも、大好きですよ」

「…うるせぇ」

「あ、照れていますね?」

「そういう風に見えるなら、眼科に行って来い」


 足早に歩きだし、ティアナを強引に引っ張っていく。


「やっぱり照れているんじゃないですか?」

「バカが……勝手に言ってろ」

「えぇ、そうさせてもらいます」


 ヴィレイサーを強めに引っ張り、ティアナは彼の頬に口付けした。





◆◇◆◇◆





「…あれ?」


 緊急で入った仕事に出かけようと、静かに家を出ていこうとしたティアナだったが、リビングを通り抜ける時にヴィレイサーの姿が目に入ったので足を止めた。いつもなら眠っている時間なので珍しい。


「ヴィレイサーさん?」


 声をかけてみるが、寝ているのか返事はない。机の上には紙切れが1枚あり、覗いてみると『ティアナへ』とだけ書かれてあった。その傍には黒を基調とした中に、オレンジ色のラインが入ったマフラーが。


(もしかして……これ、私に?)


 他に送る相手がいるとしたらスバルかギンガだろうが、彼女らに送るなら別の色を使うだろう。自然と頬が緩み、ティアナはいそいそとマフラーを巻いていく。そして仕事へ出かける前に、部屋に戻って自分が編んだマフラーを持ってくる。


「いつも、ありがとうございます」


 ヴィレイサーの首にそっと巻いて、寝顔をじっと見る。まだゆっくりしている時間はあるのでしばし眺めてから、額にゆっくりと近づく。


「ひゃっ!?」


 だが、先に動いたのはヴィレイサーだった。ティアナを抱き締め、彼女を組み敷くようにしてソファーに寝転がる。


「何しようとしていたんだよ」

「べ、別に」

「ふーん」


 まさか起きているとは思っていなかった。何をしようとしていたのか言わされるのは流石に恥ずかしいので視線を泳がせる。


「そ、それより、どいてくれないと仕事に行けないんですけど」

「急ぎか?」

「違いますけど……でも、遅刻したくないですし」

「…どうでもいい話なんだが」

「はい?」

「俺はキスされるより、キスする方が好きなんだ」

「へ……んっ」


 問を返すより先に、唇が塞がれた。ティアナの桜唇の柔らかさを数瞬の間だけ味わい、また抱き締める。


「あ、あの、仕事が……」

「あぁ、知っている」


 やがてヴィレイサーはティアナを放し、玄関まで見送ってくれた。


「じゃあ、行ってきます」

「ん」

「マフラー、ありがとうございました」

「別に」

「ヴィレイサーさんの愛が、たくさん籠っていましたよ」

「籠めた覚えはないけどな」

「私のは、たくさん籠めましたからね」

「…まぁ、確かにあったかいかもな」

「良かったです」

「けど……こっちの方が、温かいな」


 不思議そうに顔をするティアナを抱き寄せ、その温もりを感じる。一方抱き締められたティアナは頬を真っ赤にして戸惑っていた。


「し、仕事行きますので、放してください」

「あぁ」

「でも……帰ってきたら、またたくさん温まってくださいね」

「…気が向いたら、な」










◆──────────◆

:あとがき
滅茶苦茶口は悪いですが、なんだかんだでティアナといい感じなヴィレイサーでした。

今回は珍しく、ラストで攻めました(笑
やはりティアナも攻められるとかなり恥ずかしいようで。

ノクターンの際は、やはりどのルートでもヴィレイサーはドSなのだとしみじみ感じていました(爆


次回の更新は今のところ未定ですが、恐らくギンガルートになるかと。
それまでに、また小話を投稿したいのでネタも考えますが。

あー……早くアリサかすずかを出したい。
…ルート書く前にフライング登場させちゃっていいですかね?

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あきゅろす。
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