小説
本当に欲しい物
2月14日、バレンタインデー───。
綺麗にラッピングされた箱を持って、フェイトはいそいそと恋人のヴィレイサーがいる部屋へと足を運ぶ。
(…あれ?)
だが、部屋の前まで来て室内から聞こえてくる声に首を傾げる。声の主が誰なのかは分かるが、ここにいるはずがない人物の声だ。
(すず、か……?)
扉の隙間からこっそり中の様子をうかがうと、そこには楽しそうに笑っているすずかの姿があった。しかも、自分と同じように丁寧なラッピングが施された箱を手渡していた。
(な、何で!? と言うか、すずか“も”なの!?)
そこで電源の切れたテレビ画面のようにぷっつりと映像が終わって目の前が真っ暗になった。
「…え?」
そして次に目を覚ました時、フェイトはまだ寝間着のままだった。しばらくぼーっとしていたが、慌てた様子で目覚ましを確認する。時間は朝の10時。そして日付はバレンタインデーたる2月14日だった。
「夢、だよね」
心臓に悪い夢を連続で見てしまった。寝汗が酷いのでシャワーを浴びようとベッドから出て、1階へ降りていく。
「あ……ヴィレイサー」
「起きたのか?」
「うん。ごめんね、寝過ぎちゃった」
「別に」
キッチンではヴィレイサーが食器を片づけていた。寝返りを何度もうったせいか、髪がぼさぼさになっているのに気付いて、慌てて風呂場に駆け込む。今朝は朝食を作ってくれるので安心して寝てしまったようだ。
(うぅ、本当は手伝いたかったのに……)
溜め息を零しつつ、シャワーを一身に浴びて悪い考えも一緒に洗い流す。しかし、まだ先程の悪夢が頭を離れないので、ヴィレイサーに甘えたい気持ちが溢れ返ってくる。
「…ヴィレイサー」
「何だ?」
「髪、お願いしてもいい?」
「…あぁ」
ある程度乾かしてきたが、最後に整えるのはヴィレイサーに頼みたかった。椅子に腰かけて、彼が丁寧に髪を乾かしたり梳いたりするのを、向かいにある鏡で確認する。あっという間に自分の顔には笑みが浮かんでいた。
「えへへ」
「どうした?」
「うん。甘えられて、良かったなぁって」
「甘え過ぎなのも困るけどな」
「そ、そんなこと……ない、よ」
「自信の方がなさそうだな。はい、終わり」
相変わらず手際がいい。フェイトは礼を言ってからタオルとドライヤーを自分で片づけ、ヴィレイサーはその間に椅子を戻して朝食を並べた。
「あの、ね」
「ん?」
着席してすぐに、フェイトは遠慮がちに声をかける。ヴィレイサーはそれでも読書を止めず、視線を本に落としたままだ。
「怖い夢……見たの」
「夢?」
てっきり真剣な話かと思っていたヴィレイサーは、本を閉じようとして止めた。
「ヴィレイサーが……他の女の子からチョコレートを貰っている、夢」
「…は?」
予想外の内容に、思わず素っ頓狂な声になってしまう。言いづらそうにするフェイトの言葉を急かさず待とうかと思ったが、長くなりそうだったのでお湯を沸かすことに。
「それも、物凄く親しげで……まるで、恋人同士みたいに」
「おいおい、まさかそれが正夢になりそうとか言わないだろうな?」
「なってほしくないよ!」
「だよな」
流石にそれはそうだろう。それに、あり得ない話ではあるが、いくら他の女性に迫られてもそれを承諾することは絶対にない。
「しかも……」
「え、まだあるのか?」
「1人だけじゃ、ないの」
「……はぁ?」
もうこれ以上聞きたくなかったが、フェイトは話さなければ気が済まないだろう。仕方なく、その話を全部聞くことに。
「誰?」
「…すずかとか、アリサとか」
「いや、その2人とは話したことすらほぼ皆無だろ」
名前は知っているし、フェイトの紹介で何度か顔を合わせたことはあるが、話したことは皆無と言っても過言ではない。
「あと、騎士カリムとか」
「どうしてそこで騎士カリムが出てくるんだ……」
寧ろ会っている回数で言えばシャッハの方が多い。もちろんそれはシグナムに誘われて何度も手合せしているからであって、疾しいことはない。
「ディードと、ギンガとか」
「その2人は妹だからなぁ」
「むぅー」
(あ、なんか怒ってる)
妹だからあっても仕方がない──最後まで言ったら確実に怒ると思ったので言葉を濁したつもりだったが、結局フェイトは不機嫌になってしまった。
「そりゃあ、仲のいい兄妹だって分かっているけど……」
「まぁ、女性からしたら複雑な気持ちになるか」
「そうだよ」
少し膨れっ面になるが、ヴィレイサーは気にせず放っておく。拗ねているところもなんだかんだで可愛い。とは言え、それは絶対に口にしないが。
「ヴィレイサ〜♪」
「おぐっ!?」
その時、背後から小柄な影が走ってきてヴィレイサーの背中へ突撃した。いきなり走った痛みに顔をしかめるヴィレイサーに代わって、フェイトがその原因たる少女を捕まえた。
「もう、何しているの、アリシア」
「いやぁ、つい」
てへっと可愛らしく笑む少女──アリシアを抱えて、フェイトは椅子に座らせる。
「それより、お姉ちゃんって呼んでくれるんじゃなかったの、フェイト?」
「あ、えっと……や、やっぱり恥ずかしいよぉ」
「え〜?」
アリシア・テスタロッサ───。
そのファミリーネームが示す通り、フェイトの姉にあたる。だが、見た目は10歳にも満たない小柄な幼女のものだった。プレシアと共に虚数空間へと落ちて行ったアリシアだったが、蘇生に成功しており、ポッドの中でずっと生きていた。それでも目覚めることはなく、10年以上の時間を要してからようやく目を覚ました。その後、紆余曲折あってからフェイトと再会を果たしたアリシアは、彼女の恋人であるヴィレイサーに惹かれていき、結局気持ちを抑えきれずに想いを伝えることに。フェイトも、「アリシアなら」などと言い出す始末で、ヴィレイサーが折れることでアリシアも恋仲に加わったのだ。
「まぁ、見た目は明らかにお姉ちゃんじゃないよな」
「むぅ、すぐそうやって見た目の話をするんだから。ヴィレイサーってば、どうしてそんなに意地悪なの?」
「さぁな」
顔を俯かせて、アリシアをお姉ちゃんと呼ぶ努力をしているフェイトの前にある食器を片づけて、かわりに緑茶を並べる。
「ほら」
「ありがと」
ヴィレイサーが着席したのを見て、フェイトの方を一瞥する。彼女はまだ練習しているのか、俯いている。それをいいことに、アリシアはテーブルの上に乗ってヴィレイサーの傍まで移動すると彼の膝の上に座った。
「おい」
「いいでしょ?」
「…ったく」
フェイトと違ってアリシアは積極的だ。この積極性に振り回されるのは御免だが、可愛い笑顔を見せられるとつい毒気を抜かれて何も言えなくなってしまう。
「お、おね……お姉ちゃん!」
やっとの思いで言い切ったフェイトだったが、彼女の対面に座していたはずのアリシアがいつの間にかいなくなっている。
「フェイト、こっちだよ〜♪」
「え……あぁっ!?」
アリシアに呼ばれてそっちを見やると、彼女はちょこんとヴィレイサーの膝の上に座っていた。
「ず、ずるい!」
「フェイトはおっきいもんね〜」
「お前もいずれああなるだろ」
「そうだね。フェイトみたいにナイスバディになるもん!」
小柄なアリシアが意気込むと、なんだか無理な気がしてきた。流石にそれを口にすると、今すぐに足蹴が飛んでくるだろう。なので黙っておこうと思ったが、アリシアがにやりと笑ってこちらを見上げている。
「え、何?」
「ヴィレイサー、今『小さいから無理だろ』とか思ったでしょ〜?」
「い、いや」
満面の笑みだったが、寧ろそれが怖くて思わず目を逸らしてしまった。アリシアはヴィレイサーから離れてテーブルに仁王立ちすると、直上に足を振り上げて一気に頭めがけて下ろされる。
「あぶなっ!?」
咄嗟に足を交差させた腕で受け止め、なんとか踵落としを回避する。
「ふんぬーっ!」
それでも踏み込み続けるアリシアを、フェイトが後ろから支えてサポートしていた。こんな時にでも彼女らのコンビネーション力は侮れない。
「…青」
「ふえっ!?」
無意識のうちに呟いた一言に、アリシアが素っ頓狂な声を出す。慌てた様子でスカートを押さえるが、微妙に隠れていない。
「ヴィーレーイーサー?」
「…俺、何か言ったか?」
とぼけてみるが、アリシアは顔を真っ赤にしたままこちらを睨んでいる。そしてフェイトはヴィレイサーが何を言ったのか聞いていなかったようで、首を傾げていた。
「もう……ぎゅってしてくれなきゃ赦さないんだからね?」
「はいはい。悪かったよ」
また背中を預けてきたアリシアをぎゅっと抱き締める。すぐに嬉しそうに笑みを浮かべる彼女を、フェイトは対面から羨ましそうに見ている。
「いいなぁ、アリシア。私も変身魔法を使えば……」
「んなことしなくてもいいだろうに」
「そうだよ。寧ろ私としてはフェイトみたいにナイスバディになりたいんだよ?」
2人して相手を羨んでばかりだ。ヴィレイサーとしては、2人とも今のままでも充分に魅力的なので、あまり関心がなかったりする。
「そうだ。ヴィレイサー、今日はなんの日か知ってる?」
「…いや?」
くりくりとした円らな瞳が見上げてくるが、彼女の問いの答えは分からなかった。
「ふっふっふっ。なんと今日は!」
「バレンタインデーだよ」
「あ、フェイトってばひどいよ〜」
「そういえば、そんな日だったな」
「慰めてくれないの!?」
先に言われてしまったことに剥れるアリシアを無視して、今日がバレンタインデーだったことを思い出す。特にこれと言って興味がないので気にしていなかった。と言うのも、アリシアが勝手に色々な日を作ってしまうのだ。初めて告白された日とか、初めてデートした日、初めて喧嘩した日、初めて料理に失敗した日……その他数多くあるため、手帳にはそう言った所謂『初めての○○』などが記されている。
「せっかくだし、ちょっと勝負してみない?」
「「勝負?」」
アリシアの唐突な提案に、ヴィレイサーとフェイトの声が被る。予めポケットに入れていたのか、アリシアはチョコレートが入っていると思われる箱を取り出してテーブルに置いた。
「どっちがヴィレイサーに満足してもらえるチョコレートの渡し方をできるか、だよ」
「そんなの勝負になるのか?」
「そうだね。間違いなく私の圧勝だよ!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
ヴィレイサーが言いたかったのは、そんなことで勝負ができるのかと言うことだ。だが、アリシアは恐らくフェイトを焚き付けるためにわざと自分が必ず勝つのだから勝負にならないと言う旨を言ったのだろう。
「いいよ、受けて立ってあげる」
そして見事、フェイトはアリシアの策略にはまってしまった。
(おい、そんなので大丈夫なのかよ……)
乗せられやすいフェイトに呆れ、ヴィレイサーは仕方なく勝負を見守ることに。自室に置いてあるチョコレートを取りに、フェイトは足早に2階に向かった。それを見送ると、アリシアは手早くラッピングを解いてハートの形をしたチョコレートを取り出した。
「それじゃあ、私から」
「は? いやいや、フェイトがいなきゃ勝負にならないだろ」
「だって、フェイトがいたら絶対に止められちゃうもん」
「お前はどうやって渡すつもりだよ……」
「…知りたい?」
ヴィレイサーと向き合うように身体を入れ替えて、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「ん〜」
ハート型の小さなチョコレートを口に咥えて、ヴィレイサーにずいっと顔を寄せる。つまり、口移しで渡そうと言うつもりだ。
「いや、でもな……」
フェイトがいつ戻ってくるか分からないので逡巡するヴィレイサー。対してアリシアはじれったいと思って、ついには彼女の方から更に近づいた。
「…あむ」
とりあえずチョコレートだけ──そう思っていたヴィレイサーだったが、何かが落ちた音がしたのでそちらを見ると、フェイトが目を丸くして立っていた。どうやら先程の音はチョコレートが入った箱を落としたらしい。
そしてヴィレイサーは今、アリシアから渡されたチョコレートを咥えている状況にある。どう弁明しようか悩んでいると、まだ終わりではないと言わんばかりにアリシアによって強引に彼女の方を向かせられたかと思うと、また唇が近づいてくる。
「ダ……ダメーーー!!」
フェイトの叫びが強く木霊した。
◆◇◆◇◆
「あ、あれ……?」
フェイトが目を覚ました時、そこは先程まで自分がいた場所とは違っていた。
アリシアがキスしてしまうのを止めようとしたのか、ベッドから上半身だけを起こした状態になっていたフェイトは、自分の服装を見てここがどこなのか悟った。
「病、室……?」
いつもの寝間着でもなければ執務服でもない。水色だけで、シンプルな造りとなっているそれは、間違いなく病人が着る服だった。きょろきょろと見回すと、広い個室に自分だけがいた。
(これ、ヴィレイサーの……)
しかし、ベッドにはヴィレイサーのロングコートが置かれており、彼がここに訪ねてきたことを物語っている。
「あ、フェイトちゃん。目、覚めたんだね」
「なの、は?」
「うん♪ 良かった、心配したんだよ」
「え、えっと……私、どうして?」
「もしかして、何も憶えていないの?」
シャマルに連絡を取ったのか、パネルを閉じてから椅子を持ってきてベッドの傍らに腰かける。
「うん、何も」
「あのね、フェイトちゃんとヴィレくんが2人で別の世界に任務に行ったんだよ」
なのは曰く、そこでは未確認の魔法生物がいるとのことで、調査に出向いたらしい。そこで件の魔法生物と交戦となったのだが、その最中にフェイトが何か光線を受けてしまい、そのまま気を失ってしまったとのこと。その魔法生物は、光線を浴びせた相手にしばらく夢を見せるらしい。いい夢と悪い夢を交互に見せるだけなのだが、どうやらその状態に陥った人間を観察するために造られたようだ。
「で、10日も眠っていたんだよ」
「そうなんだ」
アリシアとのことが夢だった──少しばかり寂しい気持ちもあったが、あれが現実だったら間違いなくヴィレイサーを奪われていただろう。そう思うと、意外と自分は嫉妬深いのだなと呑気に考えた。
しかし、ふとカレンダーを見てあることに気付く。
「ねぇ、なのは」
「なぁに?」
「私、どれくらい寝ていたんだっけ?」
「10日間だよ」
「…何日、から?」
「9日から」
「……今日、何日?」
「18日だよ」
「18、日……」
「? どうしたの?」
がっくりと項垂れるフェイトに、なのはは小首を傾げる。
「──……った」
「え?」
「ヴィレイサーにチョコ、あげられなかった……」
「あー……しょ、しょうがないよ。だってずっと寝ていたんだし」
「うぅー……」
「それにほら、ヴィレくんは別に貰えなくてもなんとも思っていないと思うよ」
「…………」
「あ、あれ? フェイトちゃん?」
フォローのつもりだったが、思い切り傷つけてしまった。しょげてしまったフェイトをなんとか宥めるのに数時間を要したのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆
「はぁ……」
翌日になって、検査も終わったのでフェイトは早々に退院することに決めた。ずっと眠っていたので身体がなまってしまったのもあるが、早くヴィレイサーに会いたかったのだ。ロングコートが置きっぱなしだったのでいつか取りに来るかと思っていたのだが、結局彼は取りに来ず、こうしてフェイトが届けに行くことに。
「なんだ、もういいのか?」
「あ、ヴィレイサー」
すると、病院から出ていく途中でヴィレイサーと鉢合わせた。ここで会わなければ入れ違いになっていただろう。
「大丈夫。心配してくれてありがとうね」
「別に」
並んで歩きだし、すぐにロングコートを返す。本当はバレンタインデーに関してどう思っているか聞きたかったのだが、彼からは何も意見が出てこなかった。やはりなのはの言う通り、胴でもいいと思っているのだろう。
「あ、あのね」
「ん?」
「チョコレート……渡せなくて、ごめん」
「何だそりゃ? 別に気にしていないし、渡そうにも渡せなかったんだからしょうがないだろ」
「そ、それは、そうだけど……」
何か釈然としないのか、フェイトは「うぅ」と唸ってばかりだった。彼女は1度考え込むといつまでも引きずるタイプだ。もう終わったことだと認識させた方がいいだろう。
行く手を遮るように腕が出され、フェイトは何事かと立ち止まって彼を見る。そしてヴィレイサーもまた、まじまじとフェイトを見た後、こう切り出した。
「なら……お前の唇を、俺にくれ」
「え……?」
答える前に互いの唇が重なったのは、言うまでもない。
◆──────────◆
:あとがき
ついにアリシア乱入! 結局夢オチでしたけど(苦笑
でも、実は生きていた云々の設定が使えるならアリシアを追加したいなぁと。
テスタロッサ姉妹丼とか、もげればいいのに←
まぁ、アリシアのあの底抜けの明るさとテンションを自分が書けるのかと言われるとどうなのやら(汗
しかし、ヴィレイサーは特にチョコレートをもらえなくても気にしなかったり。
女性としてはやっぱり複雑なんでしょうけど。
次回はティアナとの小話を投稿しますので、お楽しみに。
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