小説
愛を籠めて
「バレンタインデー、ですか?」
「せや。もうすぐなんよ」
2月の某日───。
リインフォースははやてからバレンタインデーについて聞かされていた。
「それはいったい、どういう日なのでしょう?」
「簡単に言うと、女性から意中の男性にチョコレートを贈る日やね。最近はそんなことなくて、感謝を示すものにもなってるみたいやけど」
「意中の……」
ある一言を聞いて、ぼんやりと恋人の顔を思い出すリインフォース。すぐに我に返り。はやてに続きを促した。
「ちなみに……自分の胸を型にして作ったチョコレートを食べてもらうと、より一層愛が深まって、相手は絶対に浮気しないって話や」
「む、胸!?」
はやてがしげしげと豊かな双胸を見ている理由がよく分かった。恥ずかしそうに両手で隠すポーズをするが、まったくと言っていいほど隠せていない。
「我が主」
「ん?」
「いくら私やリヒトが世の中に関して疎いとは言え、それが嘘だと分からないと思いますか?」
「あはは、やっぱりばれてもうたか」
「当たり前です!」
あっけからんとするはやてに、リインフォースは再び溜め息を零す。だが、こんなに明るい日常を過ごせるのはありがたいことだ。例え自分が弄られ役でも。
(泣きそうだ……)
流石に考えすぎかもしれないが、それでもはやての家族として加わってからと言うもの、弄られてしまうことが多かったように思う。
「今のは確かに嘘やけど……リヒトも、アインスの胸型のチョコが欲しいはずや」
「そ、そんなわけ……!」
「リヒトだって男や。下心ぐらいあってもおかしくないやろ?」
「うぅ……わ、分かりました。そこまで仰るのであれば、文字通り一肌脱ぎましょう!」
意気込むリインフォースに、はやては「その意気や!」と囃し立てる。
「いや、丸め込まれていることに気づけよ」
「ですぅ」
その様子を呆れ顔で見ているアギトとリインフォースUを無視して話が進んでしまったのは、言うまでもない。
◆◇◆◇◆
「てやあああぁぁ!」
「らああぁぁ!」
咆哮が響き、次いで互いの得物がぶつかり合い、火花と金属音を散らす。
「…トライデント!」
[Trident Form.]
リヒトは愛機の形態をトライデントフォルムに変更し、相対していたザフィーラと再び肉薄する。ぶつかり合うトライデントと、ザフィーラの拳。火花を散らし、拮抗した力によって互いに距離を離された。
「…ふむ、今日はここまでにしておこう」
「あぁ。助かったぞ、ザフィーラ」
「気にするな」
人の姿から狼の形態へと戻ったザフィーラと、彼と相対していたリヒトはゆっくりと地上に降り立つ。そこで待っていたシグナムとヴィータにも模擬戦の礼を言って家路についた。
「デバイスの調子も良好だな。流石は主だ」
リヒトはこれまで、ザフィーラと同様にデバイスをもったことがなかった。かと言って、素手による戦闘を得意としているわけでもない。そこで、手慣れた得物がなんなのかを探る意味も込めて、はやてに特殊なデバイスを作ってもらったのだ。本来、シグナムやヴィータが使っているのはアームドデバイスと呼ばれるものなのだが、どうしても数多くの形態を使用するとなるとデバイスにも負担が多くなってしまう。そこで、主体を形態の変更に置くことにして、魔法の使用を極力減らし、或いは付与する程度にとどめることと、デバイス自体のサポートを緊急時以外はなるべく行わないようにすることで今のデバイスを作り出すことができた。タクティカルデバイスという新しい部類として確立したそれだが、やはり数多くの形態をもつこともあって、うまく使いこなせていない。
「ところでリヒト」
「ん?」
「そろそろバレンタインデーだし、アインスからチョコ貰うのか?」
「バレン、タイン?」
ヴィータの問いに首を傾げるリヒト。まだ世間に疎い彼は、バレンタインを体験するのも今年が初めてだった。
「端的に言うと、愛する異性にチョコレートを贈る風習のことだ」
「なるほど。それでリインフォースの名が出た訳か」
シグナムの説明に納得し、しかしリヒトはリインフォースがチョコレートを作っている姿を想像できない。彼女はまだあまり料理が得意ではない。確かにシャマルよりは上手だが、それでもはやてと比べるとイマイチとしか言えない。比較する対照が間違っているのかもしれないが、シグナムとヴィータだってもっとまともに作れるのだ。
「彼奴に菓子作りなどできるとは思えぬが……」
「まぁ、それにはあたしも同意見だな」
「私もだ」
「ならば……」
「けど、アインスだからな」
「あぁ、あいつだからな」
「…むぅ、何故それだけで納得せざるを得ないのだろうか……」
2人が「リインフォースだから」と言うだけで、なんとなくだが納得してしまいそうだ。それだけ、彼女が努力を怠らないからだろうが、それが空回りして被害を受ける自分の身にもなって欲しい。
◆◇◆◇◆
「あ、みんな、おかえり〜」
自宅に戻ると、ちょうどリビングから出てきたはやてが迎えてくれた。
「寒かったやろ。手洗いとうがいして、早く炬燵で温まってな」
「ありがと、はやて」
ヴィータ達は真っ直ぐ洗面所に向かうが、リヒトははやてが手招きしているのを見て彼女と自室へ。
「何でしょうか?」
「うん。ヴィータか誰かに聞いたと思うんやけど……バレンタインデーって、知っとるかな?」
「えぇ。ちょうど、帰路に就いた時に聞きました」
「それなら話は早いな。今、アインスはその日に向けて猛特訓中や。せやから、しばらくは頑張らせてあげて欲しいんよ」
「承知しました」
「愛されているんやね〜、リヒトは」
「主の後押しあってこそです。彼奴と自分だけでは、とても」
「いや、私らが止めな、2人とももっといちゃつくやろ」
「…まさか、そのようなことは……」
「いや、絶対にイチャイチャしっぱなしや!」
「そこまで仰いますか……」
しかし、はやての言うことも分からなくはない。恋に落ち、愛し合ってすぐに、自分は暴走したナハトヴァールによって夜天の書から削除されてしまった。それ故、はやてによって再び肉体を得て、リインフォースと再会してからは一緒にいる時間が愛おしくてたまらない。
「私は毎年、みんなにチョコレートを渡しているんやけど……リヒトに渡したら、アインスが怒り出しそうやな」
「流石にそれはないと思いますが……」
「リヒト」
「はい?」
「女は怒らせると怖いんやで」
にやりと笑って言われた一言に、リヒトは何も言えなかった。確かにリインフォースを怒らせた暁には、無事では済まないだろう。
「肝に銘じておきます」
◆◇◆◇◆
「リヒト、今いいかな?」
「あぁ」
風呂から上がると、扉の外で待っていたのか、リインフォースがすぐに駆け寄ってきた。その頬は朱に染まっていて、何故か嬉しそうだ。
「その……バレンタインのチョコレートをためしに作ってみたんだ。よかったら味見してくれないだろうか?」
はやてにどういうチョコレートを贈った方がいいと言われたのか、忘れた訳ではない。だが、始めて作ると言うこともあって、まずは試作品からと言うわけだ。
「シャマルに手伝ってもらったんだ」
「…そ、そうか」
その一言を聞いて、思わず手が止まってしまう。しかし、すぐ隣には期待の眼差しで感想を待ってくれているリインフォースが。これは、食べるしかない。
(むっ、これは……)
「ど、どうだろうか?」
一口サイズのチョコレートを口に入れ、リヒトは思わず顔をしかめそうになる。緊張と期待を込めた眼差しで見詰めてくるリインフォースを制し、なんとか平静を装いながら食べた。
「リインフォース」
「何だ?」
「チョコレートの中身は、何にしたのだ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
何故か誇らしげにするリインフォース。その際豊満な胸が揺れたが、リヒトはそれに気づく余裕がなかった。
「健康も考慮して、青汁を凝縮してみたんだ」
「…そうか」
今すぐにでも拳で彼女の頭をぐりぐりとしてやりたかったが、自分を落ち着かせて向き直る。
「どうだった、リヒト?」
「うん。とりあえずお前は、まず味見する必要性を忘れてはならぬ」
「お、美味しくなかったのか……」
「残念ながら」
しょんぼりと肩を落とす彼女に、溜め息を零す。リインフォースは1度始めると周りが見えなくなることがある。はやて曰く、特にリヒトのために何かするときはそれが顕著になるそうだ。恐らく、食べさせようとすることで頭がいっぱいになり、肝心の味見を忘れたのだろう。
「しかし、想いは籠っていた」
「え?」
「お前が俺をどれほどまでに愛しているのか、今改めて伝わったように思うぞ」
「リヒト……」
「リインフォース……ありがとう」
ぎゅっと抱き締めると、綺麗な白銀の髪から仄かにシャンプーの香りがした。リインフォースの温もりと身体の感触もそれと一緒に味わい、押し倒したい衝動を必死に堪える。
「ま、まだ本命を渡したわけでは……」
「熟知している。だが、敢えて言わせてもらおう」
照れているリインフォースの、赤くなった頬にそっと手を当てて笑いかける。そして唇にそっと指を当てて、何をするのか暗に理解させた。
「生涯、お前だけを愛する……と」
キスして、2人は1つのベッドに倒れ込んだ。
◆◇◆◇◆
2月14日、つまりはバレンタインデー当日───。
リインフォースはずっとキッチンに籠っていて、一向に出てこない。キッチンにはリビングから行けるので、作業している姿を誰にも見せたくないリインフォースによってみんな外へはじき出されてしまった。
はやてとリヒトが何度か訪ねに行ったのだが、結局空けられないの一点張りで終わってしまった。お蔭でヴィータとリインフォースU、そしてアギトはお腹がすいたと言ってはリヒトを睨む始末だ。
「やれやれ……」
時折、彼女と話そうと思ってキッチンの傍で待機していたリヒトだったが、作業に夢中のようであまり会話が続かなかった。時刻は既に22時。夕刻の16時から始めたので、もう6時間も経過していると言うのに、リインフォースは黙々と作業をしている。
そろそろ諦めて寝ようかと思ったが、1人にするわけにもいかない。それに、はやてから「お楽しみが待っているはずやから」と言われたので、せっかく設けてくれた機会を無駄にしては申し訳ない。
と、その時───
「ひゃあぁっ!?」
───何かが落ちた音と共に、可愛い悲鳴が聞こえてきた。
とは言え、リヒトからすれば愛する女性の悲鳴を聞いてはそんなことを考える余裕すらなく、慌てて駆け込む。
「リインフォース、どうし……た?」
「リ、リヒト!?」
キッチンには、お尻をついて座り込んでいるリインフォースがいた。だが、いつもの彼女と違って、今は何故か胸元にチョコレートをたくさん被っている。しかも、その胸は慌てるリインフォースに合わせて揺れていて、自然と視線がいってしまいそうになる。
「あ、あぁっ! あの、これは、その……!」
リヒトに見つかってしまったことで気が動転しているようで、隠れきれていない豊満な胸を隠すことを忘れてしまっている。それはリヒトも同じで、何をどうすればいいのか分からず、とりあえず何をしていたのか訊ねる。
「リインフォース、何をしていた?」
「そ、それはもちろん、リヒトへのチョコレートを……」
「それで何故、このようなことになっているのだ」
呆れるリヒトに、リインフォースは申し訳なさそうに「うぅ」と唸ってしまう。
「その……我が主が、胸の型でチョコレートを作ったらどうだと言ったものだから。
それに、リヒトは男性だから、そういう方が喜ぶのではないかと思って……」
「…まぁ、否定はできないな」
「そ、そうか。否定は、しないのか」
嬉しいような、恥ずかしいような。ともかく、悪い気はしなかった。
リインフォース曰く、彼女は件のチョコレートを作ろうとして試行錯誤を繰り返しており、そして何度目かの挑戦の際、誤ってチョコレートが入ったボールごと落としてしまい、胸に大量のチョコレートがかかってしまったそうだ。
「まったく……お前は時折、随分と手のかかることをしてくれる」
「す、すまない」
「…しかし、俺のために奮起してくれたことは感謝している。お前が抱く愛、確かに受け取った」
「リヒト……」
未だに座り込んでいるリインフォースに手を差し伸べて立ち上がらせる。
「早くそれを洗い落として来い」
「うーん……」
「どうした?」
しかし、リインフォースはじっと自分の胸元に視線を落とし、やがて───
「た、食べてくれるか?」
───胸を強調するポーズをとって、リヒトを誘った。
「…お前自身を頂くことになるが……構わぬか?」
「あぁ。だが、あの……優しく……して、くれ」
◆──────────◆
:あとがき
実は単に、最後の胸を強調して「食べる?」と聞く件が書きたかっただけなんです(笑
しかし、久しぶりに書きましたがこの2人はまったく自重してくれないですね。誰ですか、こんな2人にしたのは!←
まぁ、それでも大して甘くないんですけどね。すみません……。
最近、また自分に自信がなくなってきまして……。唯一シリアスならまだ書ける気がするのですが、危うくバレンタイン小話をシリアス一色で書くところでした(汗
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