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小説
光と影


 2月にしては温かい昼過ぎ。日差しは雲に遮られることもなく、風も穏やかで心地好い。聖王教会の敷地内に備えられているベンチに腰掛けて、一身に日差しを浴びながら背伸びする。


「うーん、いい天気ね」


 顔を綻ばせ、カリムはほっと息をつく。普段は仕事が多忙でこんな風にのんびりできる機会は滅多にない。激務から久しぶりに解放されただけあって、あまり仕事がないと言うのはなんだか落ち着かない。しかも、仕事中はやりたいことがあったはずなのに、いざ休みをもらうとどう過ごそうか悩んでしまう。それで、こうしてのんびりしている訳だ。


「…眠たくなっちゃった」


 昼食の後で、しかも昼寝するには絶好の心地好さときた。段々と眠たくなってきた。しかし、こんな場所で寝ている姿を見られようものならこれ以上の恥はない。もう1度身体を伸ばして眠気を堪える。


(あら?)


 そんなカリムの前を、かけっこをしている2人の子供が通った。先を走る少女を、少年が必死に追いかけている。そんな何気ない光景を見て、ふと思い出す。小さい頃、自分もああしてヴィレイサーとかけっこをしたことがあった。2人とも負けず嫌いだったので、何度勝負したか忘れてしまったが、恐らく100回以上はしているはずだ。それから数年後には、ちょっとしたことがあったためにヴィレイサーは今のように冷ややかになってしまったが。


「ふふっ、可愛い」


 無邪気な子供が遊んでいるのを見ると、ついつい頬が緩んでしまう。しばらく眺めていると、女の子が花輪を作って男の子へプレゼントしていた。


(そういえば、そろそろバレンタインデーだったわね)


 ぼんやりと思い出すが、今年も特に今までと変わりないだろう。感謝の意味でチョコレートを渡し、ヴィレイサーには……これまた今までと変わらずに本命だと言えずに渡すはずだ。


(うぅ……やっぱり、渡すのは恥ずかしいし)


 小さい頃からずっと自分を見守り、厳しく、時には優しくしてくれた彼が大好きなのに、いざ渡そうと思うと、何も言えずに終わってしまう。


「はぁ……」

「深い溜め息だな」

「ひゃっ!?」


 誰も聞いていないと思っていただけに、反応があったことには驚いた。しかもそれが、ヴィレイサーだったから尚更だ。


「何してんだ?」

「あ、えっと……日向ぼっこを」

「ふーん」


 聞いておいてそんな反応を返されれば、誰だってむっとするだろう。しかしカリムは違った。ヴィレイサーのマイペース振りは、義弟のヴェロッサと似ていたから、別に怒ったりしない。


「ヴィレイサーも、一緒に日向ぼっこしましょう」

「…まぁ、いいけど」


 彼も仕事が片付いているので暇があるはずだ。断っても、強気に出れば折れるのは分かっているので、話し掛けた時点でカリムの勝ちだ。


「ねぇ。あの子達、小さい頃の私たちに似ていると思わない?」


 カリムが指差した方を見てみると、件の男の子と女の子が楽しく遊んでいる。


「あんなに快活に遊んでいたか?」

「えぇ、もちろん。ヴィレイサーはいつも優しくしてくれたわ」

「…さぁ、憶えていないな」


 いつも憶えていないとか気のせいだとか言うが、口の端に小さな笑みが浮かんでいるのをカリムは見逃さなかった。そんな僅かな違いを見抜けるのはせいぜい自分だけだろう。そう思うと、なんとなく優越感が芽生えてくる。


「ねぇ、ヴィレイサー」

「ん?」

「今年のバレンタインデー、期待していてね」

「期待?」

「えぇ。あ、でも過度に期待されると困るかも……」

「どっちだよ……まぁ、どっちでもいいけど」

「が、頑張るわ」

「頑張るって……まさか、自分で作るのか?」

「そうよ」

「…シャッハについてもらえ」

「ちゃ、ちゃんと1人でできるわ」


 カリムは立場上、自分で料理をすることは滅多にない。それなのに、1人でチョコレートを作ると意気込んでいるなんて、ヴィレイサーからすれば何をしているのやらと呆れてしまう。


「まぁ、お前がそう言うのなら俺は構わないが……どうなっても知らないからな」

「あ、ヴィレイサー?」

「大聖堂に行ってくる。気が向いたら、ちゃんと戻る」


 大聖堂へ向かったヴィレイサー。数十分すれば戻ってくると思っているカリムは、その場で待つことに。





◆◇◆◇◆





「…なんだ、いたのか」


 やがていつもの懺悔を済ませてきたヴィレイサーが、カリムがいるのか確認しに戻ってきた。だが、ずっと陽気にあてられていたせいで眠気が増したのか、彼女はぐっすりと寝ていた。


「おい、起きろ」

「ぅんん……」


 軽くゆすってみるが、カリムは起きようとしない。普段、夜遅くまで仕事を頑張っているのだから寝かせておくべきだろう。ヴィレイサーは溜め息を零して隣に座った。教会の敷地内とは言え、放っておくと後でシャッハにばれた時怒られるのは必至だ。ならば、面倒ではあるが残っていた方がいい。


「すぅ、すぅ……」


 小さな寝息が聞こえてくる。彼女を横目で一瞥した後、懐から文庫本を取り出してぱらぱらと捲っていく。カリムが貸してくれた本だが、正直なところつまらない。彼女にしては珍しく、恋愛に関する話題が多く取り上げている内容だからかもしれない。いつもならこんなものを貸してくるはずもないから、余計に違和感を覚えている。


「ぅん」


 やがてヴィレイサーの肩にカリムの頭が倒れてきた。そのまま無視しても良かったのだが、微妙に後ろへずれているので、このまま寝かせていると首を痛めてしまうだろう。溜め息を零し、ヴィレイサーは少しだけ彼女に寄り、痛めてしまわないようにする。


「…ん?」


 しばらく本を読み進めていると、最後の方のページに1枚の紙切れが挟んであった。最初はカリムが栞に使っているのかと思ったが、何故か自分の名前が書いてある。


(まぁ、いいか)


 別に勝手に読んでも、ばれなければ大丈夫だろう。そもそも、こんなところに挟んだまま忘れるカリムにも落ち度はある。


(なんだ、これは?)


 そこには、自分だけでなくカリムの名前もあった。しかもそれだけではなく、イラストも描かれている。彼女は色々なことに自ら挑戦するタイプで、絵もよく描いていた。その甲斐あってか、その腕前は見事と言っても過言ではない。だから、余計に彼女がどうしてこんな絵を描いたのか、ヴィレイサーにしては不思議で仕方がなかった。

 結局、ヴィレイサーはそれを元の場所にしまって本を閉じた。カリムにどうしてあんな絵を描いたのか訊ねる気なんてない。どうせ聞いたところで何も言わないだろうし、わざわざ聞く必要もなければ、聞くのは少しばかり恥ずかしい気がしたから。


「あ……ヴィレイ、サー……?」


 目を覚ましたのか、耳元でぼんやりとした声が聞こえてきた。まだ眠たいだろうから、短く「あぁ」とだけ返し、次の言葉を待った。


「ん……ごめん、なさい。寝てしまって」

「別に」

「そう」


 やはりまだ眠気は抜けきっていないようだ。カリムは「うーん」と何かを手探りで探し、やがてヴィレイサーの膝に頭を乗せた。


「もう少し、お願い」

「好きにしろ」


 甘えるカリムを邪険にするはずもなく、彼女を受け入れる。その言葉に安堵したのか、カリムは顔を綻ばせてから、また眠ってしまった。


「…暇だな」


 最初は寝ているカリムを起こしてしまわないように髪を弄ったり頭を撫でたりして暇を潰していたのだが、くすぐったそうにするので手を止めて熟睡させることに。そうなると、かなり暇だ。


(面倒な奴だ)


 寝ているとは言え、それを呟いては無駄に気にしてしまうのが彼女の悪いところだ。ヴィレイサーは深く息をついて空を見上げた。





◆◇◆◇◆





 バレンタインデーの前日───。

 立て込んでいた仕事を終えたカリムは、シャッハになんとか許可をもらってキッチンにいた。当日まであと数時間しかないことで焦っていたのかもしれない。包丁で指を切ってしまった。幸い、傷はかなり浅いので絆創膏を貼っておけば問題はない。

 なにより、もっと問題なのは───


「だから言っただろうに……」


 ───ヴィレイサーにばれて、しかも怪我したせいで怒られていることだ。


「ご、ごめんなさい」

「シャッハが知らせてくれたから、来ておいてよかったよ」


 絆創膏を差し出され、カリムは作業を中断してそれを指に張り付ける。その間にもヴィレイサーが彼女に代わって作業を進めていった。


「わ、私もやるから」

「これ以上面倒を起こすなよ」

「…心配してくれて、ありがとう」

「そんなんじゃない」


 口では素っ気ない態度をとっているが、内心ではちゃんと心配してくれているのだろう。彼は気付いていないようだが、先程シャッハが入口に立ってこちらを見ていた。しかし、ヴィレイサーを見て不思議そうな顔をしていたので、どうやら彼女が寄越したわけではないようだ。


(ふふっ、さっきは『シャッハが知らせてくれた』なんて言っていたけど、本当は心配してくれたのね)


 嬉しくて、また作業がおろそかになりそうになる。慌てて我に返った。


「それにしても、この量で本当にあっているのか?」

「えぇ。どうして?」

「クロノとヴェロッサにも贈るんだとしたら、明らかに量が足りないだろ」

「あ、あの2人の分は、もう別に作ってあるわ」

「通りで、少しは慣れているわけだ」


 カリムが作業する姿を見て、それを不思議に思っていたらしい。彼らしく、ちゃんと見てくれているのだなぁと思うと、少しばかり恥ずかしい気もする。その行動が、もしも恋慕からくるものだったら──そんなことを考えてばかりだ。


(そんなはず、ないわよね)


 彼と自分は、単なる友達だ。だから、自分が抱く愛は一方通行でしかない。そう思っては、消沈するばかりだ。


「あとは数時間寝かせて、完成ね」

「…そうだな」


 椅子に座るカリムと、背中を預けて突っ立ったままのヴィレイサー。たわいない話をして適当に時間を潰そうかと思ったが、次第に眠たくなってきてしまう。


「ふぁ……」

「眠いのなら、部屋に戻って寝たらどうだ?」

「う、うん。まだ、起きてるから……」


 眠気が増してきたのか、返事も徐々に遅れてくる。うつらうつらとするカリムを見て、ヴィレイサーは彼女を抱き抱える。


「ふぇっ!?」

「ここで寝られると面倒だ。部屋まで戻れ」

「…ご、ごめんなさい」

「別に」


 赤くなった顔を見られまいとそっぽを向いてしまったが、ヴィレイサーは特に気にした風でもなく、いつものように彼女を部屋まで運んだ。


「さっさと寝ろよ」

「あ……ま、待って」

「…何だ?」

「あ、えっと……」


 言いよどむカリムの言葉を待ちながら、借りていた本を棚に戻す。それを手にしたとき、挟まれていた紙切れを思い出したが、やはり聞こうとは思わない。


「…今日は、一緒にいて欲しいの」


 いつの間にベッドから離れたのか、カリムは服の袖を握っていた。窓から外を見ると、満月が見える。


(そうか……今日は、満月だったな)


 冷たく光る満月に、ヴィレイサーは彼女に気付かれないように顔をしかめる。

 2人とも、満月の夜は嫌いだ。ヴィレイサーがカリムを守れなかったから───。


「嫌な、バレンタインになっちゃったわね……」

「お前がそう思うのなら、そうなのかもな」

「あ……」


 顎に指が当てられて、ヴィレイサーの方を向かされる。真っ直ぐにみられて、顔が赤みを帯びていくのが自分でもわかった。


「お前さえ健やかに過ごしてくれれば、俺はそれでいい。辛い思い出は、あって然るべきものだ。それでも辛い時は、また俺が傍に居てやる」

「ヴィレイサー……」

「…それとも、俺では不服か?」

「そ、そんなことないわ! だって、私は……!」

「ならいい」


 すべてを言い切る前にヴィレイサーが言葉をかぶせる。続く言葉を分かっていたのかいかなかったのかは分からないが、カリムも言わなくて良かったと思う。言ってしまえば、もう彼が傍に居てくれなくなるかもしれない──そう思うと、とても怖かった。


「…ほら、とっとと寝ろ。傍に居てやる」

「…うん、ありがとう」


 ベッドに並んで入り、カリムはヴィレイサーの胸に顔を埋める。


「ありがとう」

「…別に」


 カリムを優しく抱き締めながら、彼女が眠りにつくまで静かに頭を撫でた。











◆──────────◆

:あとがき
じゃっかん本編のネタバレがありましたが、そうしないと満月の夜が怖いという件が説明できませんでした(汗

最近は甘い話が書けないので、まったく甘くないですね。申し訳ないです。
明日のリヒト×リインフォースはもう少しはまともになりますので、お楽しみに。

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あきゅろす。
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