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小説
クリスマス ☆






「最近、冷え込んできましたね」

「そうだな」


 隊舎の廊下を、間にリカを挟みながら歩くヴィレイサーとメイヤ。2人は、最近の寒さが身に凍みているようで、時折吹く風に負けて、縮こまる事が幾度かあった。


「お兄ちゃんは、今日は髪どーするの?」

「ん? 特には決めてないけど……リカは、どっちがいい?」


 未だに髪を結んでいないヴィレイサーに、リカは彼を見上げながら髪を結うかどうか訊ねる。そんな彼女に、ヴィレイサーは首が疲れてしまわない様に視線を合わせてやりながら聞き返した。

 今まで髪を結んだ事がなかったヴィレイサーだったが、こないだメイヤに言われて一条に束ねられた事があった。その時はそれで終わりと思っていたのだが、意外にも自分が思っていたよりも纏まったので、たまには気晴らしに髪を結ぶ事にしたのだ。


「結んで欲しい! リカが、お兄ちゃんの髪を結びたいもん!」

「そっか。それじゃあ、後でリカに結んでもらおうかな」


 期待に胸を膨らませているリカの頭を優しく撫でると、彼女は目を細めて嬉しそうに笑む。そんな2人を見て、メイヤも自然と笑みを零した。


「それじゃあ、すまないが頼む」

「うん。アルクも、気を付けてな?」

「あぁ」


 と、進行方向にあるとある一室から、アルクとはやて、そしてリインフォースUが出てきた。アルクはどうやら、外に出る様だ。余所行きを着ている事から、すぐに判断がついた。


「あ、アルク。外は寒いし、マフラーしてった方がええよ」


 踵を返しかけた彼を呼び止めて、はやては丁寧にマフラーをアルクの首に巻いていく。それを手伝う様に、リインフォースUも彼の周囲を舞う。


「ありがとう、はやて」

「気を付けて行ってくるですよ?」

「あぁ、もちろんだ」


 リインフォースUの注意に頷いてから、アルクは外へと出ていった。


「マフラー……」


 アルク達のやり取りと見ていたメイヤは、ちょっぴり羨ましそうな視線を送る。そして、ヴィレイサーに視線を戻した。彼は確か、マフラーを持っていなかった気がする。


(してみたいです)


 はやてとアルクがしていた事を、自分もやってみたい気持ちが、静かに膨らんだ。





◆◇◆◇◆





「んっと……?」

「あ、そこはこうやって……」

「あ、出来た!」

「上手ですよ、リカちゃん」

「えへへ〜」


 ヴィレイサーの髪を結び終わり、しっかりと綺麗に整ったのでメイヤが彼女を優しく撫でる。


「リカって、本当に要領がいいな」


 鏡でリカに纏めてもらった自分の髪を見ながら、ヴィレイサーは彼女の呑み込みが早い事に驚く。一条に束ねられたそれに合わせて、リカが選んでくれた翡翠色のリボンが揺れる。


「そういえば、ヴィレイサーさんはマフラーとか持っていないのですか?」

「あぁ。別になくてもいいかなぁと思ってるし。
 まぁ、あるにこした事はないのかもしれないが、特に急いでもいないから」

「そう…ですか」


 ふと、何かを考え始めたメイヤに、ヴィレイサーは何も言わずにリカを抱っこして自分の膝の上に座らせる。そして、彼女がすっぽり収まる様に後ろから抱き締めてやる。


「ふみぃ……」


 リカはこうされる事がとてもお気に入りらしく、度々ヴィレイサーにせがんでいた。その度に、メイヤが羨望の眼差しを向けているが、リカはそれに気がつける程大人では無かった。


「リカは、クリスマスプレゼントは何がいい?」

「プレゼント?」


 もうじき、クリスマスがやってくると言う事で、ヴィレイサーはリカにプレゼントの中身を聞いてみる。すると、リカは目を輝かせてヴィレイサーを見上げた。


「じゃあ……ヌイグルミが欲しい!」

「ヌイグルミか」


 高価な物はまだまだ疎遠なリカの要求に、ヴィレイサーは安堵する。彼女の為にヌイグルミを買ってきた事はこれが初めてではない為、可愛い物を選べばそれで喜んでくれるだろう。


(とは言え、流石に被るとマズイからなぁ……後でチェックしておくか)


 まったく同じものを選ぶ事はないだろうが、それでも、同じ動物のヌイグルミを購入してしまう可能性がある。ヴィレイサーは、後でリカにまた詳細を聞く事にして、今度はメイヤに問う。


「メイヤは、何か欲しい物はあるか?」

「私、ですか?」


 顔を上げて、ヴィレイサーを見詰め返しながらしばしまた考え込む。しかし、頭を振って苦笑いした。


「今は、何も……」

「そうか」


 メイヤが何も望んで来ない事を、ヴィレイサーは心のどこかで分かっていた気がした。

 彼女の欲求は、周囲の人間に比べると少々、小さく感じられる。【小さな幸せ】が、彼女の中では【大きな幸せ】と同義なのだ。こうして、ヴィレイサーと一緒に居られる幸せ──それは、在り来りで小さなはずなのに、メイヤにとっては至福だった。


「こうして、貴方と一緒に居られる事が続けば、それだけで私は……」


 ヴィレイサーの隣に座し、彼の肩にコテンと頭を乗せる。その拍子に垂れた緑髪から、仄かだが馨しい香りが漂う。それはいつも、ヴィレイサーを癒してくれた。


「ヴィレイサーさんこそ、何か欲しい物はないんですか?」

「俺も、君と……そしてリカと……3人で一緒に居られる時が、永久(とわ)に続けば、それでいい」


 リカに気付かれぬ様に、2人は静かに唇を重ねる。

 外は、早くも雪が降り始めていた。





◆◇◆◇◆





「むぅ……」

「な〜にを真剣に見てるん?」

「ひゃっ!?」


 雑誌に目を落として、そこに書かれていた内容を頭に叩き込む事に集中していたメイヤは、急にはやてに声をかけられてビックリする。


「ん? 編み物の本?」


 本を閉じて、中身を見せぬ様にしたメイヤだったが、残念ながらタイトルが露呈してしまい、素直に本を渡し事にした。


「ヴィレイサーに何か編んであげるんか?」

「その……マフラーを……」

「なるほど」


 何のために編み物の本を読んでいたのかをあっさりと悟られて、メイヤはあっさりと白状する事を選んだ。リカの為と偽ることもできたが、それはそれで嫌だった。


「メイヤ、編み物は出来るん?」

「可も無く不可も無く、というところですね。編めない事もないかと思いますが、そこまで早いペースでは無理ですね」

「ほな、私が教えてあげる」

「え、いいんですか?」

「うん。私も、復習には丁度ええし。
 本だけやと分からへんところもあるやろうから、引き受けるよ」

「それでは、是非ともお願いします」

「もちろんや」


 メイヤははやてに頭を下げて、マフラーの編み方を教えてもらう事となった。


「ええか、ここの結びは……」

「はい」


 空いた時間は、こうしてはやてに編み物を教わるメイヤだが、リカやヴィレイサーと一緒に居る時間も極力作っていた。根の詰めすぎにならぬよう、はやても時間を調節し、無理なく編み物を続ける事が出来た。


「えっと……」


 メイヤが懸命に編み物を続ける傍ら、リカは編み棒と毛糸を持って、彼女の編み物を見よう見まねで同じ行動を繰り返していた。それは実に微笑ましい光景で、隣に居たメイヤが気疲れした時には、ついつい、リカが頑張っている姿をじっと見詰めてしまう。


「うみゅぅ……」


 しかし、やはりまだまだ幼いリカには早すぎるのか、毛糸を編む事は叶わなかった。


「リカちゃんもやってみたい?」

「うん」


 はやても、リカの意思を汲み取ってくれた様で、彼女にも編み物を教えてくれた。


「リカちゃんは、誰に何をあげたいんですか?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんに、マフラーをあげたい!」


 満面の笑みで答えるリカに、メイヤは驚き、目を見開く。しかし、すぐに柔和な表情になり、リカの頭を優しく撫でた。


「リカちゃんなら、きっと上手に出来ますよ」


 彼女の編み物が上手くいく様に、内心、神頼みしながらメイヤは笑む。


「ぼんやりしとると、メイヤも追い抜かれるかもしれへんよ?」

「ふふ、頑張ります」





◆◇◆◇◆





「えっと、ここは……」


 クリスマスを明日に控えた夜。

 既にリカはヴィレイサーと共に就寝しており、メイヤは別室で最後の仕上げに入っていた。


(ヴィレイサーさん、喜んでくれるでしょうか?)


 自分が愛する彼がこれを喜んでくれないとは思えないが、どんな表情をしてくれるのかは楽しみだった。


「これで完成ですね」


 ようやっと作業が終了したので、メイヤはそそくさと眠ってしまった。

 確かに、マフラーの形は完成したのだが、しかし彼女はある事を見落としていた。





◆◇◆◇◆





「リカは一緒に行かないのか?」

「うん。やりたい事もあるし……」


 翌日。買い物に行こうとするメイヤとヴィレイサーだったが、リカはそれについて行こうとはしなかった。


「それじゃあ、いつでもリカと一緒に出掛けられる様に、少し日を空けておくからな」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 ヴィレイサーの配慮に、リカは笑顔で応えた。


「いい子にしているんだぞ?」

「うん」


 リカを撫でてから、ヴィレイサーはメイヤが待っていると思われる隊舎の出入口に向かう。


「いた」


 ほどなくしてメイヤは見つかり、ヴィレイサーは歩み寄った。


「待たせたかな?」

「いえ、大丈夫です」


 手提げ袋に顔を向けていたメイヤはパッと顔を上げる。


「あ、あの……」

「ん?」

「少し、不恰好ですけど……」


 そう前置きして、メイヤは手提げ袋からマフラーを取り出す。深紅の毛糸で編まれたそれは、実に暖かそうだった。


「これ……メイヤが?」

「は、はい」


 肌触りの良い感触に、ヴィレイサーは彼女が懸命に編んでいた姿を思い浮かべる。


「ありがとう。嬉しいよ」


 ヴィレイサーはメイヤに謝辞を述べる。だが、彼女の表情はまだ堅かった。


「どうかしたのか?」

「じ、実は……」


 メイヤは、そっと折り畳まれたマフラーを伸ばす。その長さは、1人の人間に巻くには充分過ぎるほどだった。あろう事か、一生懸命になりすぎたメイヤは、長さの事をすっかり失念していたのだ。


「ごめんなさい! 私がちゃんと、確認していれば……」


 しゅんと落ち込むメイヤに、ヴィレイサーは顔を綻ばせた。


「メイヤ」

「あ、はい」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ヴィレイサーは優しく笑んでいた。


「マフラー、巻いてもらっていいかな?」

「え? で、でも……」

「したくないのなら、別にいいんだけど……」

「い、いえ。それでは、失礼します」


 逡巡するメイヤだったが、ヴィレイサーが巻いて欲しそうな態度を示すと、たおやかな手つきで静かにマフラーを首に巻いてくれた。余った深紅の帯が、銀雪を更に彩った。


「メイヤ、じっとして」

「ぁ……」


 冷たい風に揺れるマフラーを取り、今度はヴィレイサーがメイヤの首に巻いていく。


「これなら、丁度いいだろ?」


 メイヤが編んだマフラーは、ヴィレイサーとメイヤ、2人を丁度良く包み込んでくれた。


「この方がより温かいし……なにより、君を傍に感じられる」


 深紅の橋が、2人を繋いだ。


「ヴィレイサーさん……」


 自分にマフラーが巻かれて、メイヤは嫣然と微笑んだ。


「行こうか」

「はい」


 差し出された手を、婉婉と握り返した。凄然とした寒さが駆け巡るが、2人の、互いの愛者を想う熱はそれを受け付けなかった。





◆◇◆◇◆





「ただいま」

「リカ、いい子にしていたか?」


 買い物を早々に切り上げ、2人はリカの様子を見る為に戻ってきた。ヴィレイサーの片手には、リカが所望したヌイグルミが、丁寧に梱包されていた。


「お姉ちゃん……」

「どうしたんですか?」


 目にいっぱいの涙を溜めて、リカはメイヤに泣きついた。


「ごめんなさい……」

「リカちゃん、泣かなくていいですよ」


 理由は分からないが、リカの背中を優しく、一定のリズムで叩きながら彼女に言い聞かせる。泣いている理由を聞き出すよりも、先に泣き止ませた方が良いからだ。


「マフラー……」

「え?」

「マフラー、間に合わなかったよぉ……」

「そうだったんですか」


 未だに小さな嗚咽を混ぜて話すリカに、メイヤは相槌を打ちつつ、泣き止ませる為に優しく笑む。


「マフラーって?」

「私とヴィレイサーさんを包んでくれる様なマフラーを、リカちゃんは1人で作りたかったんです」


 リカが落ち着いた所でヴィレイサーが問うと、メイヤが代わって教えてくれた。


「リカちゃん、どれくらい出来たのか見せてくれますか?」

「うん」


 いつもの子供らしい元気な声ではないが、リカは頷き、頑張って編んだマフラーを披露してくれた。


「綺麗に編めているな」

「上手に出来ましたね、リカちゃん」


 ヴィレイサーとメイヤに褒められて、リカも少しは調子が戻ったらしく、元気になった。


「リカちゃん、このマフラーですけど……」


 ヴィレイサーに聞こえぬ様に、リカに耳打ちして伝える。すると、リカはすぐさま頷いた。


「いいよ」

「それじゃあ、ちょっとお借りしますね」


 リカから預かったマフラーを持って、メイヤは部屋の奥へ消えてしまった。


「リカ、今日の街はこんなに眩しいよ」

「わぁー♪」


 ヴィレイサーに肩車されながら、リカは窓から雪月夜の街を見下ろす。六花が舞い、玲玲と輝くイルミネーションが様々な顔を見せた。


「お待たせしました」


 しばらくすると、メイヤがマフラーを持って戻ってきた。ヴィレイサーが胡座を掻いているその上に座しているリカに、じっとしている様に言って、メイヤは彼女にマフラーを巻き、次いでヴィレイサーに巻いて、そして最後に自分にマフラーを巻いた。


「こうすれば、3人で一緒に暖かくなれますよ」


 リカの編んでくれたマフラーを、メイヤが編んだそれに加えたのだ。


「お姉ちゃんのマフラー、あったかいね」

「メイヤだけじゃない。リカも一緒に編んでくれたから、こんなにも暖かいんだよ」

「ヴィレイサーさんの言う通りです。
 私とリカちゃんの気持ちが籠ったマフラーですから暖かいのですよ」

「ホント?」

「あぁ」

「はい」


 ヴィレイサーとメイヤの顔を交互に見詰めて聞くと、2人は優しく微笑んでくれた。


「メイヤ、リカ。最高のクリスマスプレゼントを、ありがとう」


 ヴィレイサーの謝辞に、2人は口を揃えて返した。


「「メリークリスマス」」





◆◇◆◇◆





「結局、メイヤは何もプレゼントを要求しないのか?」


 リカを寝かしつけて戻ってきたメイヤに、ヴィレイサーは予てより気になっていた事を改めて聞いた。


「そうですね。強いて、言うのなら……」


 視線を巡らせているメイヤの瞳に、ふと、ヴィレイサーのリボンが映った。


「では、ヴィレイサーのリボンを1つ、頂けますか?」

「あぁ、いいけど」


 『それだけでいいのか?』そう続けようとして、ヴィレイサーはその言葉を呑みこんだ。メイヤにとっては、【それだけ】で片付けられる事ではないのだろう。とても嬉しそうな表情の彼女を見れば、それはよく分かった。

 自分が今使っている翡翠色をしたリボンをほどき、メイヤに差し出す。


「ヴィレイサーさんこそ、プレゼントはマフラーだけで良かったんですか?」

「そうだな……じゃあ、1つだけ我儘を聞いてもらってもいいかな?」


 メイヤがリボンを受け取ったので、ヴィレイサーは、彼女が美麗な髪を結っている赤いリボンに触れる。


「メイヤのこのリボン、もらっていいかな?」

「…はい、もちろん」


 ヴィレイサーが自分のリボンを要求するとは思っていなかったが、メイヤは笑顔になり、微かな音を立ててリボンをほどいた。艶やかな髪が、パッと花開いたかの様に広がり、音もなく静かに舞い降りた。


「あの……よかったら、結ばせて頂けますか?」

「あぁ。是非とも頼む」


 そのままリボンを渡そうとしたメイヤだったが、ヴィレイサーの髪を結いたくなり、彼女は婉婉とした動きで素早く髪を結んだ。一条に束ねられたヴィレイサーの髪は、先程までメイヤがしていた赤いリボンを映えさせていた。


「では、お願いします」

「分かった」


 何をしてもらいたいかを明言していないが、2人には些末な事だった。ヴィレイサーはメイヤの髪を手に取り、自分が使っていた翡翠色のリボンで纏めていく。


「これでいいかな?」

「ありがとうございます」


 慣れた手つきでメイヤの髪を結い終えると、彼女はヴィレイサーの方を向いて彼に抱きつく。


「私も、我儘になっていいでしょうか?」

「君の願いを、俺が拒めると思うか?」


 メイヤを抱き返し、ヴィレイサーはしばし視線を絡め………そしてキスをした。


「貴方が、欲しいです」

「俺も、君が欲しい」


 雪月花が彩る外の景色と同じくらい……否、それ以上に美しいメイヤを抱き締め、ヴィレイサーは再び彼女と唇を重ねた。






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