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小説
息子のために ☆





「おや? 何やってんだい、ヴィレイサー」

「ん? カローラか」


 声をかけられたので振り返ると、恋人であるカローラの笑みが眼前にまで迫っていた。彼女はヴィレイサーに甘えるようにして後ろから彼を抱き締める。


「菖蒲の葉を適当な長さにしていたんだ」

「菖蒲の葉を……どうしてだい?」

「もうすぐ端午の節句だからな」

「端午の節句……なんだい、それは?」


 聞き覚えのない言葉に、カローラは菖蒲の葉ではなくヴィレイサーに視線を移す。


「地球の季節行事の1つだ。簡単に言うと、男児の健やかな成長を祈願して、人形を飾ったり、柏餅を作ったり……とかく、色々とやるんだ」

「その色々の中にそれも使うものがあるっていうことか……」

「あぁ。それであってる」


 丁度良い長さになった菖蒲をカローラに渡してから説明を再開する。


「それでこれの使い方だが、この菖蒲の葉をを湯船に浮かべた菖蒲湯ってのに入ると、邪気を払ってくれるんだ。一応縁起担ぎの一種になるな」

「なるほどねぇ……」


 科学的根拠のない推論にはあまり興味はないようで、カローラはそれだけ返すと机に置き戻した。


「一応コルトの為にやってやろうと思ってな……その他にも六課にはそういった立場のもいるし、せっかくだからな」


 カローラとの結婚は公式にはまだだが、何れコルトはヴィレイサーの義理の息子と言う位置になる。その為の予行みたいなものだ。無論、それだけが理由ではない。他の皆にも体験して欲しいのだ。


「コルトに、か……それなら私も母親らしいことをしてやるべきかねぇ?」

「別に、カローラはいつもどおりでいいだろ。急に変わったら、コルトが驚くんじゃないか?」

「おやおや、言ってくれるじゃないか。結構こういうのは気にするんだよ、私は」


 そのままでいいと言われたが、やはりコルトの母親となったからには相応の責務がある。それを果たそうと、半ば強迫観念に駆られているのかもしれない。


「何かあったら、俺も手伝うよ」

「おや、本当かい?そんな事言うと、本当に頼っちまうよ?」

「あぁ。カローラはもう、自分一人で抱え込まなくてもいいんだよ。俺だって、カローラの支えになりたいんだ」

「言ってくれるねぇ……だけどそういうアンタが好きだよ」

「俺も好きだ。カローラ、愛している」


 互いに引き寄せられるようにして、どちらともなく顔を近付けていく。唇と唇とが重なり、離れる。だが、すぐに再び重なった。今度は熱いキスだ。


「カローラ、まだ昼なんだけど」

「私にとっちゃあ、時間帯なんて関係ないね。私がこうしたいからそれを実行する……それだけだ」

「…そう言うと思ったよ」

「なら、いいだろう?」

「…しょうのない」


 妖艶に迫るカローラをお姫様抱っこして、適当な位置で彼女を下ろして押し倒す。


「ヴィレイサー、もっとキスしてくれるんだろう?」

「あぁ、勿論だ」


 カローラに応じて、2人の伽は更に加速した。





◆◇◆◇◆





「これがその、五月人形っすか?」

「あぁ。この時期にはこうして、ちゃんと掃除したりしないといけないのが、難点と言えば難点かな」


 ブルズの問いに返事をしてから、順々にガラスケースの蓋を開ける。そしてその中身を取り出すと、一つずつ手入れを始める。


「こうして毎年綺麗にしないと、ダメになるからな」

「雛人形と一緒なんですね」

「そういうこと。雛祭りは女児の健康を願い、この端午の節句の時には男児の健やかな成長を祈願するんだ」

「へー」

「興味なさげな返答だな、レオン」


 語尾を間延びさせた、なんとも呆気ない返事をするレオンを一瞥すると、彼は肯定するように頷く。


「生憎、俺はもう子供じゃないからな……こうなるのも仕方ないじゃないか」

「雛祭りと一緒で、歳は関係ないと思うが………まぁ、それでもお前はヴィヴィオの成長を願うんだから、せめて雛祭りの方を少しは知っておけよ」

「へいへい、了解しましたよ」


 口煩く言ってくるヴィレイサーに、レオンはまたも適当な返事をする。


「子供の成長、ねぇ……」


 その様子を遠目に見ていたカローラは、それまで吸っていた煙草を携帯灰皿を使って処理すると一度大きくため息をついた。


(思い返せば、私もコルトのお陰で今の私になれたんだったね……)


 カローラは元々、あまり自分に自信を持てない質だった。今と違って、自分に余裕がなかったのだ。が、そんな自分を変えてくれたのは誰であろうコルトに他 ならない。彼を助けだし、そして息子にすると決めたあの時。思えばあの時から、自分は母親として成長し始めたのだと思う。


「本当、あの子には感謝しないとね……」


 コルトを育てていく過程で、自分も大きく成長したと思う。そして今は、そんな自分を愛してくれるかけがえのない人もできた。


「カローラ」

「…あぁ、ヴィレイサーかい。私を驚かすだなんて感心しないねぇ……」


 後ろから抱き締められて、カローラは一瞬驚いた。が、相手を認めると言葉では文句があるようにふるまうが、その表情は綻ばせていた。


「何かやりたいこと、出来たのか?」

「当然。だって私は……コルトの母親なんだからね。
 まぁでも、その為にはお前さんに手伝ってもらいたいんだが……約束は守ってくれるんだよね?」


 抱き締めてきているヴィレイサーの手に自分の手を重ねて、カローラは彼に寄りかかるその行動からは相手を信頼している事が容易に感じられる。


「ヴィレイサー。私がすべきこと、教えてくれないかい?」

「んー、そうだなぁ……じゃあ……」





◆◇◆◇◆





「…これで材料は全部だね。ふぅ……」


 目の前に置かれている材料をそれぞれ一瞥して、カローラは少し困惑していた。彼女はエプロンをつけて、隣にいるヴィレイサーの手を引っ張る。


「…本当に、柏餅を作るのかい?」

「今更になって変えるのか?」

「だって、ねぇ……料理はあんまり得意ではないからね」

「俺も一緒に作るさ」

「共同作業……まぁ、それならやってあげようかねぇ……」


 ヴィレイサーと一緒に作れるのが嬉しいのだろうが、本当はコルトの為に一生懸命になりたいのに、自分だけでは美味しく出来ないからと彼を頼ったのだ。


「素直じゃないな」

「何の話だい?」

「いや、別に」


 笑うヴィレイサーをカローラは訝しく見詰めるが、彼は特に何も言わず早速料理に取り掛かった。


「む、難しいね……」

「お菓子はそういうもんさ」

「コルトは、よくこれを得意になれたね」

「コルトは基本に関してはヴェロッサに教えてもらったと言っていたな。そこからは独学で色々試していったそうだ」

「ほぅ……」

 菓子作りは初めてということもあって、カローラは戸惑いながらもなんとか作っていく。が、やはり初心者の彼女には荷が勝ち過ぎていた。


「ほら、もう少し頑張っていこうぜ」

「そうだねぇ……まぁ、一度始めた事を止めるのはなんだか気にくわないし、頑張るとしますか」


 ヴィレイサーが脇から手伝ってくれるのが嬉しくて、カローラはついつい彼に甘えてしまいそうになる。だが、ここで全てを任せてしまう訳にはいかない。曲がりなりにも自分はコルトの母だ。息子に支えてきたばかりではない。自分だって支えられてきた。だからこそ、最後まで自分でやり通したいと思った。





◆◇◆◇◆





「コルト」

「ヴィレイサーさん?」


 端午の節句を充分に満喫しているのか、コルトは笑んでいた。そんな彼を、ヴィレイサーは人気のないところに呼ぶ。


「何ですか?」

「ちょっとな。
 ほらカローラ、そんなところにいないで出て来いよ」

「いや……だってねぇ」

「いいじゃないか、一生懸命作ったんだから」

「ちょ、ちょっと!」


 ヴィレイサーに引っ張られて、カローラは物陰から出てきた。


「母さん?」

「ふむ……こんな不格好なのは気に入らないと思うが……」


 観念して、カローラは作りたての柏餅をコルトの前に手渡す。形は悪いが、色合いなどは本当に綺麗だ。


「うわぁ……ありがとう、母さん」

「べ、別に」


 コルトが素直に謝辞を述べると、カローラはぷいっとそっぽを向いてしまった。その様子を見てコルトは一度笑みを浮かべた後に柏餅の一つに手をのばし、それを口へと入れた。


「…うん、美味しいよ」

「それなら良かったよ」

「いつもありがとう、母さん」


 笑顔で、コルトは半分になった柏餅をカローラに食べさせて、残りを他のメンバーに渡しに行った。


「良かったな、カローラ」

「…ん、そうだね」


 半分になった柏餅を更に半分にして、カローラはヴィレイサーの方を振り返る。


「ありがとう、ヴィレイサー」


 そして、それをヴィレイサーに食べさせた。


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