小説
本当にしたい嘘 ☆
「ん、そういえば今日は……」
ふとカレンダーに目をやって、はやては今日の日付を確認する。
「4月1日……エイプリルフールやね」
彼女の言う通り、今日はエイプリルフールだ。簡単に言えば、罪のない嘘をついて、他人をかついでもよいとされている日である。
「今年はどんな嘘がええかなぁ」
今までもみんなと楽しむ為に何度か嘘をついてきたことがある。もちろん、困らせたことはあまりないし、嘘だと知って怒られたこともない。流石にそれだけの分別はわきまえているつもりだ。
「それを考えるよりも、仕事を片付けてもらいたいんだがな」
「考えるだけならええやん」
資料で軽く頭を叩いてきたアルクにそう返しながら、はやては仕事に戻った。彼女の近くでは、リインフォースUとリカが楽しそうに遊んでいる。
「そや。あの2人って、まだ結婚の話とかしてないん?」
「あぁ、まったく聞かないな」
はやてが言った『あの2人』とは、メイヤとヴィレイサーのことだ。互いに愛し合っていることは明白で、既に結婚しているように見えるのだが、意外なことにそれはまだだった。保護しているリカを一緒にさせて出掛けさせたら、十中八九家族として認識されるだろう。
「せやったら、ピッタリの嘘を思い付いたわ」
席を立ち、はやてはリカに話しかける。
「リカちゃんは、メイヤとヴィレくんが結婚したらどう思う?」
「んー……『ケッコン』って、なぁに?」
まだまだ子供なリカには少々難しかったようだ。はやてはどう説明したものかと、腕を組んで悩む。
「簡単に言えば、仲の好い男女がずっと一緒に居ることを誓うことですよ」
「ずっと、一緒?」
「はい」
はやてに代わって、リインフォースUが説明してくれたことを反芻して、リカは目を輝かせる。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんがずっと一緒なら、リカもずっと一緒?」
「うん、一緒やね」
「それじゃあ、リカはお姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚して欲しい!」
「可愛い子やなぁ」
「ですぅ♪」
リカの可愛らしさに和んでいるはやてとリインフォースUを横目に、アルクは仕事に集中した。
「まだ結婚しないの?」
「ん〜……きっと、今日中には結婚すると思うよ」
リカの何気ない質問に、はやてはここぞとばかりに嘘を吐いた。この程度なら、誰も困りはしないし、あの2人が幸せになるのならそれで良かった。
「じゃあ、リカ、みんなに言ってくる!」
「リ、リカちゃん! 走ったら危ないのですよ!」
リカは何を思ったのか、そう言って駆け出していく。リインフォースUが彼女の傍についてくれるのなら、これと言って面倒はないだろう。はやては再び仕事を始めた。
◆◇◆◇◆
「付き合ってくれてありがとうな、メイヤ」
「いえ。これくらい当然ですよ、ヴィレイサーさん」
廊下を歩き、手に提げている買い物袋を持ち直しながらヴィレイサーは隣を歩いているメイヤに謝辞を述べる。2人は、今しがた買い出しから戻ってきた所だった。本当はヴィレイサーだけでも良かったのだが、その量が多いと判断したメイヤが手伝いを買って出てくれたのだ。
「リカ、寂しがってないかな」
「ちゃんと皆さんがお世話をしてくれていますよ」
いつもならメイヤが面倒を見ているのだが、今回は買い出しの手伝いと言う事で、リカをはやてに預けた。大体はザフィーラとリインフォースUが世話をしてくれているので、この2人にもかなり懐いている。
「よう、ヴィレイサー」
「おう、ヴィータ」
と、曲がり角でヴィータと出くわす。彼女はヴィレイサーとメイヤを交互に見た後、笑った。
「ようやっとって感じだな」
「何がですか?」
ヴィータの言っていることが分からず、メイヤが聞き返す。
「隠すなって。別に恥ずかしいことでもねぇんだし」
「いや、話が見えないんだが……」
「まぁ、どうせ後でみんなに言うつもりだろ? 楽しみにしてるからな」
話が見えぬまま、ヴィータはそれ以上の会話をせずに手を振って去っていった。
「メイヤ、何か聞いているか?」
「いえ、何も」
「まぁ、そうだよな」
今日は特別な日でも無い。もし何か重要なことがあるにしても、メイヤが自分に隠し事をするなんてのはまずあり得ない。もちろん、自分の誕生祝いをサプライズで祝われたことはあるが、あったとしてもそれぐらいで、メイヤはちゃんと話をしてくれる。
「なんなんだか」
歩みを止めていてもしょうがないので、2人は買って来た品を整理する為にシャマルのところに行った。
「あら。シグナム、主役の2人が帰ってきたわよ」
「そうか」
「買い出し、終了しました」
「あれ、シグナムも一緒か」
「あぁ」
買い物袋を机の上に置いて、品を整理しながらシャマルの顔を窺うと、何故か嬉しそうな表情をしていた。
「なんか嬉しいことでもあったのか?」
「もっちろん♪」
「ふーん?」
「何があったんです?」
「あら、2人とも冗談言わないでよ」
くすくす笑うシャマルに、ヴィレイサーもメイヤも首を傾げる。またも話が見えないのだ。
「もしかして、今更ながら照れているの?」
「まぁ、致し方ないな」
「でもでも、いつの間にドレスとか式場とか、あと指輪とか決めたの?」
「ヴィレイサー、お前がそこまで隠し通しながら準備できる程器用な人間だとは思っていなかったぞ」
「…悪い。2人とも、話が見えないんだが?」
「へ?」
「む?」
4人とも不思議そうな表情をしている光景は、傍から見ると中々面白い。だが、シャマルとシグナムは顔を見合わせて笑んだ。
「もう、ヴィレイサーったらこの期に及んで何を言っているの?」
「そうだな。せっかくメイヤを伴侶として迎え入れるのだから、もっとしっかりとしろ」
「は?」
「えっと……?」
確かに、メイヤはヴィレイサーを、そしてヴィレイサーはメイヤを生涯の伴侶として認めている。だが、まだ迎え入れる──つまり、結婚するつもりはなかった。
呆然としている2人が我に返ったのは、扉が開かれた時だった。
「あ、お姉ちゃん!」
「リカちゃん。いい子にしていましたか?」
「うん!」
「そうか。偉いぞ、リカ」
「えへへ」
部屋に入ってきたのは、リカだけではない。彼女を背中に乗せていたザフィーラも一緒だ。
「ヴィレイサー、今夜にでも皆に報告すると聞いたが?」
「何を?」
「恍けたことを。リカから聞いたが、今日にでもメイヤと結婚するそうだな?」
「はぁ!?」
「な、何故そのような話が!?」
驚いたのはヴィレイサーとメイヤだけではない。2人の反応を見て、ザフィーラ達も少なからず目を丸くしていた。
「いや、私達はリカから聞いたのだ」
「さっき、『お兄ちゃんとお姉ちゃんが結婚するー』って喜んで話していたわよ?」
「リ、リカちゃん、どうして私とヴィレイサーさんが結婚すると言う話をしたのですか?」
「え? だって、はやてお姉ちゃんがそう言っていたから……」
「アイツは……」
頭を抱えて溜息を零し、ヴィレイサーはメイヤと一緒にはやての所に向かう。
「2人はここで待っていてくれ」
メイヤとリカにそう言って、ヴィレイサーははやての部屋に入った。彼女はヴィレイサーが姿を見せても大して動じない。
「はやて、どうしてリカにあんな嘘を吐いた?」
「ええやん、別に。特に誰も困らへんやろ?」
「そういう問題じゃあないだろ……」
呆れるヴィレイサーに、はやては笑う。
「はよ結婚すればええんよ」
「好き勝手に言ってくれる」
これ以上は無駄だと判断して、ヴィレイサーはしぶしぶと言った様子で引き下がる。
「まったく、どんな嘘を吐いたかと思えば……」
「あ、アルク。もしかして、怒ってる?」
「リカは2人が結婚すると信じて疑わないんだぞ? それが嘘だと知れたら……」
「あ……」
「やれやれ。どうやら、少しお灸を据えてやった方がいい様だな」
「ちょっ!? ア、アルク! 頼むからそれは堪忍や〜」
「問答無用だ」
懇願するはやてに、アルクは溜息混じりに言うのであった。
◆◇◆◇◆
「えー!? 嘘、だったの?」
「まぁ、そうなるな」
「そう、なんだ」
ヴィレイサーから嘘だと教えられて、リカは少しだけしょんぼりする。
「だけど、結婚しない訳じゃないよ」
「ホント?」
「あぁ、本当さ」
リカを宥めて笑顔にさせた後、ヴィレイサーはメイヤの方を向いた。ほんのりと顔を赤くしているのは、ヴィレイサーが「結婚しない訳じゃない」と言ったからだろう。
「なぁ、メイヤ」
「は、はい」
「メイヤさえよければ、なんだけど……せっかくだから、嘘のまま終わらせずに本当の事にしようか」
「え?」
メイヤはヴィレイサーの言っていることが分からず、しばし呆ける。だが、次第に理解していくと、また少しだけ頬は赤みを帯びた。
「そ、それって……」
「…近いうち、祝言をあげよう」
ヴィレイサーは、メイヤの言葉を遮って言い切る。窓から差す西日に照らされたメイヤは、とても素敵だった。そっと手を差し出すと、メイヤはおずおずとその手を取ってくれた。
「本当に、本当ですよね?」
「あぁ、嘘なんかじゃない」
疑う訳ではないが、メイヤは確認せずにはいられなかった。
「プロポーズの言葉としては、聊か魅力に欠けたな。今度までに、ちゃんと考えておくよ」
「いえ、それは必要ありません」
「え?」
「ずっと、願ってきた風景があるんです」
静かに語りだし、メイヤは微笑む。
「リカちゃんが笑顔でいて、そこには私と……私と、貴方がいるんです」
見詰め、そっと歩み寄ると、メイヤはヴィレイサーに抱きついた。
「それは、彼氏と彼女と言う関係でも、恋人と言う関係でもありません。
私と貴方は夫婦で、家族なんです」
視線が絡む。瞳が揺れて、メイヤは涙を零した。
「そんな夢を……ずっと、描き、夢見てきました。貴方の妻になれる……それが、私の最上の幸福です。だから、新たな言の葉はいりません。」
「メイヤ……なら、もっと幸せになろう。家族で、幸せになろう」
「ヴィレイサーさん……はい」
笑みを浮かべ、2人は静かに唇を重ねた。
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