小説
ラッキーアイテム ○
「ふんふふ〜ん♪」
楽しげに、鼻歌まじりに掃除をしているのは、ノア。今はヴィレイサーの部屋を、“抜き打ち”で清掃している。と言うのも、いくらノアを始めとする魅力的な恋人が4人もいるとは言え、ヴィレイサーも男である。如何わしいものを所持していないか、こうして掃除がてらに確かめているのだ。
「うん、ないですね」
これまで見つかった試しがないので、今回も特に気掛かりではなかった。ただ、心配性なフェイトとギンガは時間をかけて捜索しているらしい。まぁ、捜索に没頭して最終的に戻ってきたヴィレイサーに怪しまれたこともあったのだが。
「最後は〜……この引き出しだけ」
どうせ何も出てこない──そう気楽に考えて、ガラッと引っ張ったノアは固まる。
「…………え?」
ようやくそれだけ発したノアが見ているのは、3つの首輪。大きさは統一されているが、色は黒、赤、緑とバラバラだ。
何とはなしに、緑の首輪に手を伸ばす。
「こ、これは……!」
そしてすぐに確信した。
「いや〜ん♪ ヴィレイサーさんったら、こういうプレイをしたかったんですね」
いやんいやんと頭を振るものの、頬は赤みを帯びており、表情はまったく嫌がっていない。
「付けてみようっと」
首輪をはめることに、まったく抵抗を見せないノア。それだけヴィレイサーのことを愛しているのか、はたまたヴィレイサーがそういうプレイをするのだと信じて疑わないのかは本人にしか分からない。
「あ、ぴったりだ」
サイズに問題はなく、息苦しいこともない。
「も〜う、ヴィレイサーさんってばドSなんですからぁ♪」
またトリップしたノアが戻ってくるまで、十数分を要したのは言うまでもない。
「姉さん……何、してるの?」
いつまでも掃除から戻ってこないノアを心配して、ギンガが部屋を訪れた。するとノアは、ニヤリと笑ってギンガに問う。
「ギンガは黒と赤、どっちが好き?」
「え? それは、やっぱり……ヴィレイサーさんの好きな、黒かな」
「あぁ。だから勝負下着の色も黒ばっかりなんだ」
「そ、それは……!」
言い当てられ、ギンガは顔を真っ赤にする。しどろもどろになった彼女の隙をついて、ノアはギンガに首輪を嵌めた。
「何、これ……?」
「首輪だよ」
「それは分かってるよ! どうして首輪があるの」
「ヴィレイサーさんの引き出しの中にあったんだよ」
「ヴィレイサーさんの……?」
「多分、首輪プレイをしたいんじゃないかな?」
「く、首輪プレイって……」
「つまり……」
『2人とも、よく似合っているぞ』
笑み、ヴィレイサーはノアとギンガを優しく撫でる。
『あ、ありがとう、ヴィレイサーさん』
『ダメだよ、ギンガ。ちゃんとご主人様って言わないと』
『あっ……姉さん、そんな触らないで……』
『ギンガがちゃんと言えなかった罰だよ。ね、ご主人様?』
『ノアの言う通りだな。ギンガ、俺はお前の主なんだぜ?』
『ご、ごめんなさい……ご主人、様』
『いい子だ』
「……みたいな?」
「あ、あうぅ……」
ノアの例挙に、ギンガの顔は真っ赤だ。そこで反論しないあたり、吝かではないのかもしれない。
「ふっふっふっ……そして、みんなでフェイトちゃんをいじめるんだよ!」
「姉さん……何でフェイトさんにだけは厳しいの?」
「気にしたら負けだよ、ギンガ」
「はぁ……」
なんとなくだが察しはついている。恐らく『私の方がヴィレイサーさんを好きになった時期が早いのに、フェイトちゃんに奪われたから』とか考えているのだろう。
(でも、そんなに気にしなくてもいいと思うけど……)
ノアと違って、ギンガは然程焼き餅焼きではない。フェイトとヴィレイサーを見ていると、よくフェイトが弄られているのを目にする。それも一種の愛情表現なのだろうが、ノアみたいに嫉妬したりはしない。
「それにしても……ヴィレイサーさん、こんなことしたかったんだ」
「常日頃、フェイトちゃんをいじめているだけはあるよね」
いじめていると言うよりは弄っているの方が正しい気がするが、そこは黙っておく。
「でも、首輪だけなんて……付け耳と尻尾はないのかな?」
言いながら、また引き出しを漁る。そんなノアの後ろ姿を見て、ギンガは思った。今正に、ノアに犬の尻尾が生えているように見える─────と。まるで何かに興味を示して興奮しているみたく、尻尾が思い切り振られているみたいだ。
「姉さん、あんまり漁ると、ヴィレイサーさんにばれちゃうよ?」
「その時はギンガを盾にするね」
(結局は怒られると思うけど……)
懲りない姉である。
「…何しているの?」
「あ……」
「フェイトちゃん」
呆れ気味に声がかかり、振り返ると今度はフェイトがいた。
「ギンガ、フェイトちゃんを捕まえて!」
「えっ!? あ、うん」
ノアのいきなりの指示に、思わず従ってしまった。驚いたのは、ギンガだけではない。フェイトもまた、どうしてそんな命令が出されたのかまったく分からず、呆然とする。
「ふっふっふっ……これでフェイトちゃんも私達と同じだよ」
「姉さん、なんだか悪役っぽいよ?」
「も〜、こういうのはノリだよ、ノリ!」
ギンガの冷静なツッコミに、演技をしていたノアは不貞腐れる。
「まぁいいや」
ころっと態度を変えて、ノアはフェイトの首に赤い首輪をつけた。
「完成〜♪」
「な、何これ……?」
「ヴィレイサーさんの従順な恋人の証だよ!」
「単なる首輪だと思うけど……」
「ヴィレイサーって、やっぱりこういうのが好みなのかな?」
「ど、どうでしょう?」
最も近しい立場にあったギンガにも、流石に分からない。
「でもこれ、リインの分は?」
「「……あ」」
フェイトの指摘で、ようやく気が付いたようだ。ノアとギンガは顔を見合わせる。
「まぁ、リインの分はいらないんじゃないかな?」
「何でですか!」
「わぁっ!?」
あっさりと【リインには不要だ】と言い切ったノアの耳元で、憤慨の声が響いた。
「い、いつから居たの?」
「最初からですよぉ! ずっと、ヴィレイサーさんの枕の上で熟睡していたです」
リインフォースUは、小柄なままギンガの肩に移動し、座す。
「どうしてリインだけ首輪がないんでしょう……」
「え、欲しいの?」
てっきり抵抗があると思っていただけに、ギンガは目を丸くしてしまう。
「もちろんです。リインもヴィレイサーさんの恋人なんですから」
「そういう理由なんだ……」
理由としては甚だ奇妙な気もする。ギンガもフェイトに同意見のようで、苦笑い。
「リインはまだ子供なんだから、首輪をしてもらうのは早いよ」
「子供じゃないですぅ!」
まるで首輪をしている方が特別視されているとでも言うように、ノアは胸を張る。
「人の部屋で何やってんだ、お前ら……」
「あ、ヴィレイサー」
「おかえりなさい、ヴィレイサーさん」
帰宅したヴィレイサーをすぐに迎えたフェイトとギンガ。彼女らの頭を優しく撫でていると、リインフォースUが泣きついてきた。
「ヴィレイサー!」
「どうした? ノアに苛められたか?」
「どうしてそうなるんですか!」
いきなりノアが原因だと思ったヴィレイサーに、今度はノアが噛みつく。
「お前以外に誰がリインフォースを泣かせるんだよ」
呆れ気味に言ったのだが、何故か4人から視線が集中した。
「え?」
「いや、だから……」
「どう考えても……」
「ヴィレイサーさんが……」
「リインを泣かせているですよ!」
不思議な顔をするヴィレイサーに、フェイト、ギンガ、ノア、そしてリインフォースUの順序で畳み掛ける。
「あ、なるほどな」
涙目で睨むリインフォースUに「悪かったよ」と言葉をかけて宥める。手を差し出すと、そこにちょこんと乗ってくれたので然程機嫌を損ねた訳ではないようだ。
「ところで、何でお前らは首輪なんかしているんだ?」
「あ……そうです! ヴィレイサー、どうしてリインには首輪がないですか?」
「何の話だよ……」
「だって、これ……」
「それは、クロスに頼まれて見繕った首輪だ」
「えっ!? じゃあ、マスターが首輪プレイをするんですか?」
「ノア、そんなことを言うと後でクロスに怒られるぞ」
「なら、どうして?」
「アイツ、犬を飼うって言っていたからな。ただ、忙しくて選ぶ暇がないからって俺に押し付けてきたんだよ」
フェイトから首輪を外し、適当な場所に置いてから次いで、ノアの分を外す。
「そうだったんだ」
「なぁんだ。てっきり、ヴィレイサーさんが首輪プレイに目覚めたのかと思ったのにぃ」
「お前、俺をそんな風に見ていたのかよ」
「…って、ギンガが言っていましたよ♪」
「ね、姉さん!?」
「ほう?」
ノアの言っていること嘘だと言うことは、当然ながら気が付いている。それでも、悪乗りしてギンガを真正面からじっと見据える。
「ギンガはそういうこと、されたいのか?」
「そ、そういう訳じゃ……」
顔が近くにあるから、照れてしまってちゃんと言えない。もし曲解されたらどうしようか、皆目見当もつかない。
「まぁ、何れにせよ……俺がギンガを愛することに、変わりはないけどな」
言って、口付けをしようとした矢先だった。
「おぐっ!?」
ヴィレイサーがノアに突き飛ばされたのは。
「ね、姉さん!」
ギンガは今度こそ、憤慨する。一方、キスを妨げたノアは舌を出して挑発。そしてフェイトとリインフォースUもまざり、結局収集がつかなくなった。
(相変わらずだな……まぁでも、悪くない)
全員の恋人をぎゅっと抱き締め、ヴィレイサーは笑んだ。
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