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小説
狂おしい愛 ○
 ノア・ナカジマには、少々異質な所がある。常に彼氏であるヴィレイサーの傍に居ようとするし、彼が自分以外の女性と親しくしているのを見ると、無理矢理にでも引き離そうとするのだ。どうにも彼女は、ヴィレイサーを束縛したいらしい。


「ヴィレイサーさん、ノアのことなんですけど……迷惑じゃないですかね?」

「いや、大丈夫だ」


 申し訳なさそうに言うクロスに、ヴィレイサーは笑って返す。ノアがヴィレイサーを束縛するようになったのには理由がある。

 数ヶ月前、クロスとノアは任務中に負傷をしてしまった。致命傷には至らなかったものの、クロスは重症で意識不明の重体が続いてしまい、ノアは自責の念に苛まれていた。それを、ヴィレイサーが陰ながら支えていき、少しでも気持ちを落ち着かせてあげることができた。その後クロスも順調に回復し、ノアも次第に笑顔を取り戻してきた。

 しかし、気付かぬうちにノアの身体は蝕まれていった。いつ目覚めるか分からない主を待っている間に、ユニゾンデバイスとしての機能が綻びを見せ始めたのだ。クロスの、一部の感情の制御が不安定であることが、ノアにも言えたことがその最たる要因だ。傍にいてくれた人が途端に遠ざかるだけで、ノアは強い不安感と喪失感に駆られて自分を保てなくなってしまう。クロスがいない間支えになっていたヴィレイサーは、彼女と恋に落ち、それが結果として、ヴィレイサーを束縛するようになったことに繋がる。


「俺の方こそ、ノアを離せそうにないからな」


 世辞でも強がりでもない。ノアのことを愛してやまない自分には、丁度いいのかもしれなかった。





◆◇◆◇◆





「るん、るん♪」


 軽い足取りで、ノアは廊下を歩いて行く。束縛願望が強い時にはヴィレイサーが連れ添って歩くことが多いのだが、そうでない時は少しでもヴィレイサーがいない時間に慣らしていくために1人で行動させている。その甲斐あって、束縛願望は徐々に鳴りを潜めて行った。


「あ……」


 ただ1つの材料を除いて。

 立ち止まったノアが見たのは、ヴィレイサーと……知らない女。仕事の話ではないことは、表情ですぐに分かった。


「ヴィレイサーさん!」


 声を限りに叫び、ノアは彼の腕を引いて女から引き離す。


「ノ、ノア!? いきなりどうしたんだよ?」

「『どうした』じゃないですよ!」


 人気のない所まで来て、ヴィレイサーはノアに問う。しかし、問われた側のノアはその言葉に神経を逆なでされたみたいに苛立たしげに壁を叩いて睨む。


「なんなんですか、さっきの女は?
 私と言う人が居るのに、ヴィレイサーさんは私以外の女と楽しそうに談笑するんですか!? 私と話すのが嫌なんですか!?」


 かなり極端なことを言っているが、これにももう慣れてしまった。


「不安がらせてごめんな、ノア」


 優しく、そっと抱き締める。

 こんなことをするから、ノアは自分から離れられないかもしれない。だが、もしも冷たく当たってしまったら………きっとノアは、遠くへ行ってしまう。そうなった時は、自分が狂うかもしれない。『ノアを離せない』というのは本心だ。彼女を離さないには、こうするしか他に方法がない。歪だと……狂っていると言われようと、致し方ない。


「あの女……2度とヴィレイサーさんに近づけない様にしてきますね♪」

「大丈夫だよ、ノア。大丈夫……大丈夫だから」


 笑顔を振りまくノアの顔を、直視することはできなかった。





◆◇◆◇◆





 バレンタインデー。この日は、ノアの情緒が安定していたので安心して仕事に向かった。毎年、自分以外の女性がヴィレイサーにチョコを渡すのではないかと危惧して、いつも不安定になっていたので少し意外ではあったが。


「ノア、また後でな」

「はい♪」


 頭を撫でてあげると、ノアは嬉しそうに微笑んだ。彼女はクロスと共に行動するので、ずっと付き添うことは不可能だ。クロスや周囲に迷惑がかかっていないか気掛かりではあるが、そんな報告はないので大丈夫だろう。


「あ、お疲れ様です」


 仕事場に到着すると、女性職員が市販の小さなチョコレートを配っていた。曰く、お世話になった人全員に配付しているようだ。


「よかったら、どうぞ」

「いや、悪いが……」


 ノアに知られたら困るので、断る。彼女にとっては単なる人付き合いなのだろうが、ノアにしてみればそれは違う。だから、可能な限り断り続けた。





◆◇◆◇◆





「ただいま」


 仕事を終えて家に帰ると、玄関にノアがいつも履いている靴があった。


「ノア〜?」


 呼び掛けてみるが、まったく返事がない。


「なんだ、いるじゃないか」


 リビングに入ると、電気も点けずに椅子に座っている彼女を見つけた。西日が橙色と言うよりも真っ赤に見える。


「ノア?」

「──ですか」

「え?」

「なんなんですか、これは!」


 バンッと両手でテーブルを思いきり叩き、立ち上がる。彼女の前には、リボンで丁寧にラッピングされた箱が1つ。


「何って……」

「帰ってきたら、これがヴィレイサーさん宛に届いていました」

「ん? あぁ、こないだの任務で捜査協力した人からだよ」

「その人とは、どういう関係なんですか?」

「関係も何も、ただの知り合いだよ」


 ノアを刺激しないように、やんわりとした口調で言葉を紡ぐ。


「………」


 しばし黙っていたノアは、小さく笑って───


「お、おい?」


 ───件のチョコレートをゴミ箱に棄てた。


「じゃあ、これはいりませんよね」


 満面の笑み。躊躇いも罪悪感もない。彼女はヴィレイサーに歩み寄り、ロングコートと服のポケットを念入りに調べる。


「あ、チョコレート……」

「げっ!?」


 そして、無理矢理に渡されたチロルチョコが彼女に見つけられてしまった。


「ヴィレイサーさん? どういうことですか、これ?」


 冷淡な声。冷徹な瞳。愛など微塵も持ち合わせていない冷ややかな声に、ヴィレイサーは固唾を呑む。


「それは、無理矢理渡されて……」

「女に?」


 問いかけに、小さく頷く。 ノアが『女性』ではなく『女』と言うのは、束縛願望が籠められているからだ。


「私以外のチョコレート、貰っちゃったんですか……棄てれば良かったのに」

「棄てられる訳……ぐっ!?」


 そこまで言った時、背中全体に痛みが走る。ノアに押されて、壁に背中を打ち付けられたからだ。


「そんなにその女のチョコが食べたいんですか? 私のチョコなんかより、その女のチョコの方がずっとずっと美味しいんですか?
 ねぇ……ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ……ねえっ!!」


 色褪せた瞳が、ヴィレイサーを射抜く。


「ノア、俺はノアの作ってくれたチョコしか食べないよ」


 それでも、ヴィレイサーは冷静にノアに言い聞かせる。頬に優しく触れて、ただ語る。


「じゃあ何で貰ってきたんですか? あ、分かった……その女が、無理矢理押し付けてきたんですね。酷いですね、ヴィレイサーさんが嫌がっているのに、そんなことするなんて……」

「ノア、俺は大丈夫だから」

「全然大丈夫なんかじゃありませんよ、ヴィレイサーさん。
 ヴィレイサーさんはそう言うように、その女に脅されたんですよね? それとも、催眠術とか?」

「落ち着け、ノア。俺はどこにも行かないから……ノアを離さないから」

「そうだ、その女は今から殺しましょう。ヴィレイサーさんに最低なことをしたんです。殺した方がいいですよね♪」


 台所に行って、和包丁を持ってくる。


「ノアっ!」


 慌てて引き止めるヴィレイサーだが、ノアは振り返り様に包丁を振るう。辛うじて、頬を掠めただけで済んだが、僅かに血が伝う。


「何でですか……? ヴィレイサーさん、その女の所為で迷惑にあったんですよ? なのにどうして殺させてくれないんですか?」

「ノア……俺はノアさえいてくれれば、大丈夫だから」


 包丁を離させ、抱き締める。ノアはしばらく黙っていたが、何を思ったのか頬を伝う彼の血をペロリと舐めた。


「ヴィレイサーさん、大好きですよ♪」


 褪せた瞳は、ヴィレイサーだけを写していた。


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