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小説
特別編 あるナカジマ家の日常




 久しぶりの休日。のんびりと過ごす家族を横目に、ギンガは少しそわそわしていた。


「ギンガ、そんなにそわそわしなくてもいいんじゃないか?」

「そ、そんなにそわそわしてないよ」


 兄のヴィレイサーの言葉に、ギンガは冷静だと返す。だが、内心ではその言葉を肯定していた。今日は家族全員で休暇を取ることができた。今は機動六課に出向いている妹のスバルも、昼過ぎに帰宅すると言っていたのでそろそろ帰ってくるはずだ。


「まぁ、久しぶりに家族がそろうんだ。ギンガが気にかけるのも分かるだろ」

「まぁね」


 ゲンヤの言葉に同意するヴィレイサーも、やはりスバルと会えるのを楽しみにしているのだろう。だが、一番喜んでいるのはそのスバルだ。機動六課に1人で出向いているだけあって、寂しい気持ちでいると素直に言っていたこともある上に、ヴィレイサーとは1度、偶然仕事の最中に出会っただけで、それ以来はメールのやり取りしかしていない。


「ただいま〜」

「あ、帰ってきた♪」


 スバルの明るい声につられて、ギンガも顔を綻ばせる。足早に玄関へ迎えに行くギンガを見て、彼女が本当に楽しみにしていたのがうかがえた。


「妹想いだな、ギンガは」

「それは、お前さんも同じだろ」


 楽しげに会話しているスバルとギンガ。2人の邪魔をするのも悪いので、ヴィレイサーとゲンヤはリビングに戻ってくるのを待つことに。


「ただいま、父さん、ヴィレ兄」

「おう」

「おかえり、スバル」


 笑顔で出迎えてくれた父と兄、スバルもまた笑顔で返す。明後日には戻ると言うことで、荷物は少なめのようだ。母であるクイントの墓参りは、明日にみんなでいくことになっている。今日は日頃の疲れを癒すために帰ってきた。早速ソファーにごろんと寝転がる。


「はぁ、久しぶりの我が家って、なんだか新鮮かも」

「兄さんに会うのも、本当に久方ぶりだもんね」

「うん。ヴィレ兄とまた会えて、本当に嬉しい」

「約束したからな。まぁ、かなり時間がかかっちまったけど」

「ほんとだよー」


 むぅと唸るスバル。そういえば、ギンガも同じような表情をしていた。姉妹そっくりだ。


「ところで……スバル、その袋はどうしたの?」

「あ、これ?」


 傍らにあるビニール袋を広げると、中からは大量のお菓子が出てきた。


「あり過ぎじゃないか?」

「あはは……六課のみんなで持ち寄って食べる時があるんだけど、あたしが家に帰るって話したら、持っていくようにって」

「それはありがたいが、家にあってもしょうがないだろ」

「うぅ……だって、断りきれなかったんだもん」


 ゲンヤとヴィレイサーからの指摘を受けて、しゅんと落ち込む。この量なら、スバルとギンガだけでも充分に食べきれる量なのだろうが、お菓子ばかり食べさせるわけにもいかない。


「あ、ポッキーだ」


 多くのお菓子の中からポッキーを見つけたギンガは、スバルに一言断ってから箱を開けてそうそうに1本食べる。


「「…あ」」


 それを見ていたスバルとゲンヤが、何かを思い出したかのように呟く。


「父さん、どうかした?」

「あー、いや……前にクイントがあれを食べていた時に、ちょっとな」

「母さんが?」

「あぁ」


 何故かゲンヤは照れ臭そうにしている。ヴィレイサーは首を傾げるも、それ以上は聞かない方がいいかと思って黙っておくことに。一方のギンガも、スバルにどうしたのかと問いかけている。


「どうかしたの、スバル?」

「八神部隊長に教えてもらったんだけど……ポッキーを咥えて遊べるんだって」

「? どうやって?」

「なんでも、2人でポッキーの端と端を咥えて……」

「こう?」

「うん」


 試しにやってみようとするギンガ。スバルに反対側の端を向けて待っている姿は、どこか奇妙だった。それと同時に、なんだか可愛らしい気もする。


「で、同時に食べていくんだって」

「へー……って、えぇ!?」


 大声を上げたギンガを見てみると、何故か顔が赤い。


「せっかくだし、やってみる?」

「い、いや……それは、ちょっと……」


 苦笑いするギンガに、スバルは「えー」と不服そうにしている。


「ヴィレイサーは、ポッキーゲームってのを知っているか?」

「あぁ。そういう父さんこそ、知っているんだな」

「実は、クイントにもちかけられたことがあってな」

「え……意外だ」

「だろ?」


 ヴィレイサーの知るクイントは、そんなことには疎そうな気がした。姉御肌と言うか、ともかく誰に対しても面倒見の良い女性で、ゲンヤといちゃついているところは滅多に見なかった。


「まだスバル達が養子になる前に、何度かあったんだ。あれで、結構茶目っ気のある奴なんだよ」

「そうなんだ」

「に、兄さん!」

「あ、何?」


 ついゲンヤと話し込んでしまった。ギンガに呼ばれて振り返ると、スバルがにんまり笑っている。


「スバルが、ポッキーゲームをしようって聞かなくて……」

「…や、やればいいんじゃないか?」

「だ、ダメなの! だって、最終的にはキスしちゃうんだよ?」

「別に、必ずしなきゃいけないわけじゃないし、途中で折れば?」

「それでスバルが納得してくれると思う?」


 見ると、スバルはゲームが始まるのを今か今かと待ち望むかのように目を輝かせている。


「…と、父さんなら母さんと何度もやったことがあるし、成功するんじゃないか?」

「バカ言え! ゲームであっても娘とそんなこと出来るか!」

「ご尤も」

「それと、【何度も】じゃなくて、【何度か】だからな」

「母さんと父さんが……」


 両親の若い頃の写真なら見たことがある。若々しい両親がポッキーゲームをしているのを想像して、ギンガは微笑んだ。


「まぁ、俺も兄貴なんだし、まずいだろ」

「え、じゃあ……」

「頼んだ、ギンガ」

「えええぇぇ!?」


 必然的に白羽の矢が立つのはギンガだ。なんとなく予想していたとは言え、やはり恥ずかしい。


「何でみんなして嫌がるの? 私はティアや八神部隊長としたのに」

「わー……」

「八神は完全に割りきっているんだろうが……成否はともかく、ティアナには後で謝っておくか」

「わ、私から伝えておくね」


 ティアナが必死に抵抗し、しかしそれが無駄に終わった光景が容易に想像できた。


「ギン姉、やろうよ」

「で、でも……私、ゲームもキスも初めてだし……」

「まだだからこそ、経験しておくのもありかもな」

「兄さん!」

「すまん……」


 ギンガの剣幕に、自然と身が竦んだ。


「初めては、兄さんがいいのに」

「ん? 何か言ったか?」

「な、なんでもないよ」


 慌てるギンガの頬が、何故か赤い。理由の見当はまったくつかないが、本人がなんでもないと言うなら詮索しない方がいいだろう。


「じゃあ、ヴィレ兄、どう?」

「いや、だから……「ダメ!」……え?」

「に、兄さんは……ダメ」


 先程よりも声を張り上げて拒むギンガに、誰もが目を丸くする。こんなに大きな声を出すのはかなり珍しいのだから、当然と言えよう。


「何で?」


 スバルのもっともらしい問い。だが、ギンガは中々答えようとしない。


「と、ともかく、ダメなものはダメなの」

「そっか……残念」

「スバルは、どうしてそんなにしたいんだ?」

「ん? うーん……なんて言うか、寂しかったから、かな」


 苦笑いして誤魔化そうとするスバルに、ゲンヤが頭を撫で、ギンガとヴィレイサーがそれぞれ前後から抱き締める。ずっとメールしていたとは言え、1人だったのが堪えたようだ。なにより、ヴィレイサーとギンガはゲンヤが部隊長を勤める陸士108部隊に所属している。仕事上ではあるが、会おうと思えば会えるのが羨ましかったのだろう。


「…まぁ、寂しい想いをしていたんだし……ヴィレイサー、手伝ってやれ」

「いやいや、ここはギンガがやるべきだろ」

「ううん、経験者の父さんがいいよ」


 結局、譲り合うばかりで誰も率先してやろうとしない。


「あはは、無理に私とやらなくていいよ。ただ、成功したところを見たことがないから、見てみたい気はするけど」

「…なら、ヴィレイサーとギンガ、頼んだ」

「「何で!?」」


 いきなり指名された2人は拒もうと捲し立てるものの───


「ギン姉、ヴィレ兄……ダメ?」


 ───スバルの上目遣いに陥落させられた。





◆◇◆◇◆





(うぅ、成り行きで兄さんとキスすることになんて……チャンスと言えば、チャンスだけど……)


 スバルにポッキーゲームのやり方を教わりながらも、しかしギンガの耳にはその内容が入ってこない。ヴィレイサーを兄としてではなく、異性として見ている彼女にとってはハードルが高いようだ。


「ギン姉、聞いてる?」

「えっ!? あ、えっと……ごめん、もう1回お願い」

「それはいいけど……嫌なら無理しなくていいんだよ」

「スバル……」


 彼女とて、家族だからただのスキンシップで済むとは思っていまい。だが、家族だからこそ、こうしてゲームを持ち込んで楽しく過ごしたいのだろう。


「代わりに、私とヴィレ兄がするから」

「ううん、私がやる!」


 いくら妹でも、やはり譲れないものは譲れなかった。


「じゃあ、頑張って」


 もしかしたら、スバルにかつがれているのかもしれない。だとしたら、とんでもない策士だ。


「せっかくのチャンスなんだし」

「え? どういう意味?」

「だって、ギン姉ってヴィレ兄のことが好きなんでしょ?」

「え゛……」


 まさかの一言に、ギンガの方が絶句してしまう。


「ま、まさか……そんなこと、ないよ」


 この気持ちがいけないことだと言うのは分かっている。家族としての形を壊すことになるのだから、絶対に成就してはいけないのだ。


「そうなの?」

「もちろん。そりゃあ、兄さんのことは尊敬しているけど……好きって訳じゃないよ」

「ふーん?」


 まだ納得していない様子のスバルを誤魔化すように、笑ったりポッキーゲームの練習をしたりする。


「そっかぁ……ギン姉とヴィレ兄、結構お似合いだと思ったんだけどなぁ」

「そ、そう?」


 一番身近な妹にそう評されて、悪い気はしない。思わず顔が綻んでしまった。


「もし……もし、スバルの言う通り、私と兄さんが恋人になったら……どう、思う?」

「どうって……特にはなんとも」

「え? だ、だって私と兄さんは兄妹なんだよ。それなのに付き合うのって、変じゃない?」

「うーん……私は簡単にしか考えられないんだけど、それって、今よりもっと仲良くなったんだし、いいんじゃないかな?
 それに、ずるいかもしれないけど、ヴィレ兄はまだ正式な養子じゃないからいいかなぁって」

「スバル……」


 彼女の言うように、ヴィレイサーはまだナカジマ家の正式な養子ではない。その点が、逆に彼との距離が開いているみたいで心苦しくもあるが。


「それじゃあ、そろそろヴィレ兄呼ぼうか」

「えっ!? ま、待って!」

「もう充分練習したでしょ?」

「そ、そうだけど、心の準備が……」

「ヴィレ兄〜、ギン姉がいいって〜」

「あうぅ……」


 スバルはギンガの言葉に耳を貸してはくれず、ヴィレイサーを呼び付けた。頭を抱えるギンガを見て笑っているところを見ると、さっきのが嘘だと気付いているようだ。


「頑張ってね、ギン姉♪」

「あ、ちょっ! ス、スバルは!?」

「だって、私がここに居たら邪魔でしょ?」

(寧ろ居てくれないと……恥ずかしさで兄さんのことを殴っちゃいそうなんだけど)


 結局、スバルはヴィレイサーと入れ替わるようにして部屋を出て行った。取り残されたギンガは顔を真っ赤にして俯かせており、ただ黙っているしかできない。


「あー……まぁ、スバルの言うことも分かるけどさ。
 やっぱり、無理にポッキーゲームをしなくてもいいんじゃないか?」

「そ、そう……だよね」


 ヴィレイサーの自分に言い聞かせるように、頭の中で反芻する。その度に胸が締め付けられるように痛い。本当は彼とポッキーゲームをしたいのだと、本心を宿した自分が声を限りに叫んでいるみたいだ。


「……兄さん」

「ん?」

「私も……ポッキーゲーム、したい」

「え……?」

「ダメ…だよね」


 分かっている。兄として妹にそんなことはできないと言っていた彼が、絶対にしてくれないことぐらい、重々承知しているのだ。だが、だからこそこの機会を見過ごすわけにいかない。今を逃したら、本当にもう彼と口づけするチャンスは2度と訪れないだろう。


「ご、ごめんね、変なこと言って……」

「ギンガ」

「な、何?」

「いや、その……まぁ、お前がどうしてもって言うなら、考えなくもないけど……」

「え……い、いいの!?」

「それはこっちの台詞だ。お前、スバルと俺がするのをかなり嫌がっていただろ?」

「あ、あれは……」

「てっきり、俺が嫌いだからスバルにさせたくないかと思っていたんだよ」

「ち、違うよ! 私、兄さんのことを嫌いになったりしない!
 どんな時だって、兄さんを───!」


 勢いで全部言ってしまいそうになり、慌てて口を閉ざす。そこまで言っても、きっと彼は気付かない。ゲンヤもスバルも、自分がヴィレイサーに異性としての好意を寄せていることを知っているに違いない。


(でも、兄さんは……)


 しかし、彼は違う。気付いていないと言うより、興味がないと言った方が正しいかもしれだろう。今は自分と同じようにして造られた他の戦闘機人のことを気にかけてばかりで、それが、少しばかり寂しい。


「それで……どうする?」

「ど、どうするって……それじゃあ、1本だけ」

「ん、分かった」


 ギンガが袋から1本取り出し、クッキー部分がある方を咥える。なんとなく目を瞑った方がいいと思ったので、静かに目を閉じて待つ。


「……に、兄ふぁん?」

「あ、あぁ……悪い、可愛いから見惚れてた」

「か、かわっ!?」


 思わぬ一言に、ギンガは咥えていたポッキーを落としてしまった。


「落としたらダメだろ」

「に、兄さんが可愛いなんて言うから……!」

「本当のことを言っただけなんだが……」


 仕方なく、今度はヴィレイサーが咥えることに。ギンガは顔だけ突き出す形でもう片方の端を咥える。そして、互いにゆっくりと齧り始める──が、始めてすぐにポッキーが落下してしまった。


「…やっぱり、無理じゃないか?」

「そ、そうだね」


 落ちてしまった分を片付け、残りは諦めて普通に食べていく。


「俺はまどろっこしいのは苦手だから、するならやっぱり直接の方がいいな」

「…じゃあ、私に直接キス……して、みる?」

「な、何でそうなるんだよ」

「なんとなく言ってみただけだよ。
 兄さんってば、照れてる♪」

「照れてない!」


 珍しく慌てているヴィレイサーを見て、ギンガはつい笑ってしまった。そんな彼女をやれやれと見ていたヴィレイサーだったが、まだポッキーが1本だけ残っているのを見て手に取る


「ギンガ」

「なぁに?」

「ほら、あーん」

「ふぇ!? あ、あーん」


 差し出されたポッキー。それを食べさせられる形となって恥ずかしくはあったが、せっかくだからと食べてしまう。


「ゲームより、こっちの方が楽しいな」

「あ、兄さん、チョコレートがついちゃっているよ」

「ん? 本当だ」


 人肌の熱で少し溶けたチョコレートがついているヴィレイサーの指。それを拭ってあげようと手に取って、しかしじっと見つめるだけに留まる。


「どうした?」

「…はむ」

「なっ!?」


 ギンガは何を思うでもなく、無意識のうちにヴィレイサーの指を舐めた。それを自分で認識し、見る見るうちに顔を赤くしていく。


「…さ、さっき、食べさせた分の仕返しだからね!」


 それだけ言い残して、ギンガは部屋を飛び出していった。口の端に、僅かな笑みを浮かべながら。










◆──────────◆

:あとがき
今回は、先日の11日がポッキー&プリッツの日だったので、それをネタにした話となっています。

何話と何話の間にあった出来事──とか、そう言った細かいところまでは決めていないので、気にせず読んでいただけたら幸いです。

最初はスバルとヴィレイサーにもしてもらおうかと思ったのですが、各方面の方から無言の圧力がありまして……べ、別に恐怖から屈したわけではなく、配慮しただけですので(震え声

今回は恋人未満だったので、少しラストに迷いましたが、とりあえずこんな感じに。

口付けまでいくと思っていた方、申し訳ない。
でもどうせ本編でしますから、いいですよね! それに、小話でも散々していたわけですし!←



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