小説 ハロウィン(リオ編) 「…見つけられるかな、あいつ」 目の前を通っていく人の波をぼんやりと見詰めながら、ヴィレイサーはなんとはなしに呟く。『デートしましょう!』──数日前に送られてきたメールには、なんの前触れもなくそんなことが書かれていた。思い立ったが吉日とは言うが、彼女の行動力には驚かされるばかりだ。 待ち合わせの20分前に集合場所へと来たのだが、別に楽しみにしていたからではない。もちろん期待を一切持っていないわけではないが、早く来たのはあくまで時間に遅刻しないため。そして彼女の方が先に到着してしまうのを避けるためだ。やはり男性としては先に来ておきたいものだろう。 だが、ここで困ったことが1つだけある。彼女の背丈は残念ながら小さい。まだ年齢が10歳なのだから当然と言えば当然だろう。しかしそうなるとこの人ごみで見つけるのは難しいかもしれない。 (こっちから探してみるか) デバイスを取り出し、早速デートの相手に連絡を取ってみる。と、その時だった。 「あ、ヴィレイサーさ〜ん!」 元気な声が、人込みの向こうから聞こえてきた。それと同時に人懐っこい笑みを浮かべて元気に駆け寄ってくる人影が1つ。小柄な少女は紫色の髪を揺らし、上がった息をヴィレイサーの前で整える。 「…前から思っていたんだが」 「はい?」 「お前、声が大きすぎないか。あまり大きな声で俺を呼ばないでくれ」 「えー……」 不服そうにする少女──リオ・ウェズリーは感情を隠そうともせずにぷくっと頬を膨らませている。 「周囲の注目を集めるから止めろ」 「いいじゃないですか、名前を呼ぶくらい」 「あのなぁ……お前と俺じゃあ、身長差がありすぎるだろ。 大きな声で名前を呼ばれた暁には、俺がロリコンだと思われるじゃねぇか……」 「え? ヴィレイサーさんってロリコンじゃないんですか?」 「…この口が言うのか? こ・の・く・ち・がー!」 「いひゃい、いひゃいれすぅー!」 頬を引っ張ってリオを反省させる。 「俺が好きなのは別に小さい子ってわけじゃねぇ。お前だけだぞ、リオ」 「い、いきなり言うのは卑怯だと思いますよ?」 「お前だって言うだろ」 自分で言っておいて、恥ずかしくなってしまった。リオの手を取って、適当に歩いていく。デートと言っても目的地は決まっておらず、2人で気ままに街を巡る。 「なんか、やっぱり周囲の目が気になるな」 「そうですか? 私はそんなことないですよ。大好きな人と一緒にデートしているんですもん」 「そりゃあ、大した胆の持ち主で」 リオとヴィレイサーではまだ身長の差がありすぎる。手を繋ぐのは平気だが、やはり恋人同士と言うよりもヴィレイサーが少女を連れている犯罪者に見えてしまうかもしれない。 「きっと、歳の離れた兄妹っていう風に見えていますよ」 「どうだろうなぁ……」 彼女の前向きなところは本当に羨ましいと思う。そんな一面にも惹かれたのだったと今更ながらに思い直す。 リオとは、ヴィヴィオと遊びに来ていた時に知り合ったのが切っ掛けだ。インターミドルチャンピオンシップに向けて人一倍頑張るリオを見て、ヴィヴィオたちよりも傍でサポートをすることが多くなった。その中で互いに意識していき、今の関係になったと言うことだ。 ちなみに、周りの友人たちには口を噤んでいるのだが、ヴィヴィオとコロナ、そしてルーテシアにはばれているようだ。いつも友人の2人にからかわれているとリオが言っていた。 「もう、ヴィレイサーさんってば気にしすぎですよぉ」 「しょうがないだろ。嫌でも気にしちまうんだ」 「むぅ……デートする時は大人モードになった方がいいんでしょうか?」 「いや、流石にそれは不要だ。ずっと大人の姿になっているのも疲れるだろ」 言いながら歩みを止めて頭を撫でると、リオは嬉しそうに微笑んだ。 「えへへ♪ やっぱりヴィレイサーさんは優しいですね」 「そんなことないさ。これくらい誰だって言えるし、できることだ」 「もう、ちょっとは胸を張ってくださいよ」 「天狗になりそうだから断る」 リオの表情はころころ変わるので、見ていて面白い。喜怒哀楽がはっきりとしていて、明るくて快活な彼女らしい。 「あ、ゲームセンターに入ってみたいです」 「リオはまだ小さいから、早いんじゃないか?」 「え? 年齢制限があるんですか?」 「ないけど……初等科の子が入るような場所じゃないってこと。 それに、リオの周りでゲームセンターに行ったことがあるなんて話、聞いたことあるか?」 「ないですけど……どうしてもダメですか?」 リオの眼差しに、ヴィレイサーは返答に詰まってしまう。今にも「う〜」と惜しそうにする呟きが聞こえてきそうだ。そしてなにより、彼女とは身長差があるので必然的に上目遣いで見られてしまう。 (甘やかしちゃダメだ) 自分にそう言い聞かせていると、リオは「ちょっと待っていてください」と言い残し、そそくさと物陰に隠れた。 (まさか……) ヴィレイサーの予感は的中し、戻ってきたリオは大人の姿になっていた。 「これならいいですよね?」 「…はぁ、ちょっとだけだぞ」 「やった〜♪」 嬉しそうにジャンプし、抱きついてくるリオ。結局甘やかしてしまうことになり、ヴィレイサーは内心で溜め息を零した。 「わぁ、色んなゲームがあるんですね」 まだ新しく開店したばかりなのか、床は真新しい。想像していたものよりも店内は騒がしくないので、リオも安心して遊べるだろう。 (あ……あれ、可愛いかも) ふと目に入ったのは、クレーンゲームの景品になっている熊のぬいぐるみ。しかし、ねだるのも恥ずかしい気がしてすぐに通りすぎようと思っていると─── 「それが欲しいのか?」 ───ヴィレイサーに見抜かれてしまった。 「ちょっと待ってろよ」 リオの返答も聞かぬまま、ヴィレイサーはクレーンゲームで件のぬいぐるみの獲得に成功した。 「ほら。大事にしろよ」 抛られたそれをキャッチして、赤くなった頬を隠すようにぎゅっと抱き締める。 「ヴィレイサーさん、やっぱりかなりモテそうです」 「んな評価より礼の方が聞きたかったんだけどな」 「あっ、ご、ごめんなさい!」 「いや、俺の方こそ悪いな。言わせちゃってすまない」 慌てて平謝りに謝るリオの頭を軽く叩いて、もっと店内を見て回ろうと誘う。 「で、さっきの評価はなんだ?」 「いえ。単に思っただけなんですけど……ヴィレイサーさん、モテるんだろうなぁって」 「何だってそうなるんだよ」 「このぬいぐるみが欲しいってこと、すぐに気付きましたし……」 「外れていたらどうしようって、内心では緊張していたんだけどな」 「ちゃんと人のことを見ているんだなぁって、感心しちゃいました」 なら普段は人を見ていないと思っていたのか──そう返されてしまうのではないかと思っていたが、ヴィレイサーはリオの方を振り返ると、耳元で囁いた。 「お前だから、見ていたんだ」 その一言に呆然とし、次に顔が真っ赤になるまて、然程の時間は必要としなかった。 ◆◇◆◇◆ 「そういえば、ヴィヴィオから聞いたんですけど……ヴィヴィオのお母さんがカボチャに悪戦苦闘しているとか」 「カボチャ? あぁ、あれか」 最初はなんのことか分からなかったが、なのは達から聞かされた話を思い出し、頷く。 「カボチャの中身をくり貫いて、目と鼻、それに口に見えるように穴をあけているんだ」 「どうしてそんなことを……?」 「なのはの出身である地球で行われている行事の1つだ」 公園が見えてきたので、ヴィレイサーはリオと一緒にベンチへ腰掛ける。 「ハロウィンって言ってな。お化けとかの仮装をする祭りみたいなもんだ」 「お化け、ですか?」 「あぁ。子供が色々なお化けに扮して、家を訪ねては言うんだ。トリックオアトリート、って」 「えっと……?」 首を傾げるリオに対し、ヴィレイサーは意外そうな顔をする。まだ初等科だから外国語の講義は本格的には始まっていないのかもしれない。 「意訳だが、お菓子をくれなきゃ悪戯するってことさ。 で、人から色々とお菓子を貰って楽しむんだと」 「あ、ヴィレイサーさんも地球の出身でしたっけ。だから詳しいわけですね」 「子供向けの行事だし、当日になったら誘われると思うぞ」 「じゃあ、その時はもちろんヴィレイサーさんもいますよね?」 「え……」 せっかくだからヴィヴィオ達と楽しめばいいと思っていたヴィレイサーにとっては思いがけない一言だった。返答にまごついていると、リオの機嫌が徐々に悪くなっていく。 「も、もちろんだとも」 「約束ですよ♪」 まだ年端もいかない若すぎる少女に、早くも尻に敷かれていた。 ◆◇◆◇◆ ハロウィン当日───。 最初はリオとの約束を破ってしまおうかと思ったが、生憎とそんな度胸はなかった。後でばれたらただでは済まないだろう。結局、なのはとフェイトがカボチャをくりぬく際に危なっかしい場面が多々見受けられたので、それを引き受けることにして時間を潰した。 「ヴィレイサーさん、こんばんは」 「あぁ」 まだ仮装していない状態のリオが挨拶をしに来たので、お菓子を作っていた手を止めて彼女の方を見る。 「…何で大人の姿なんだよ」 「こっちの方がいいかなぁと思いまして」 「いいも悪いもないと思うが……まぁ、好きにしてくれ」 「むぅ……せっかく美女になったのにつれないですね。 …やっぱり胸が大きくならないからかなぁ」 「別に関係ないけどな。胸囲なんてどうでもよくね?」 「よくないですよ!」 いきなり声を張り上げたリオに驚き、ヴィレイサーは目を瞬かせる。 「女の子にとっては重要なことなんです!」 「ふーん……? けど、変身魔法ってあくまで適した身体に変えたりするんだろ? だったら、リオの戦闘スタイルに合っているからああなったんじゃないか?」 「…ソル、今度から胸をおっきくして!」 「おい、デバイスのせいにしてやるな」 今は手が汚れてしまっているので軽く足蹴して止めさせる。 「うぅ〜……大人になったら絶対に胸も大きくなりますよね!?」 「……多分、な」 「なんですか、今の間は!?」 「いや、無責任なこと言えないし」 「希望を持たせてくださいよ、彼氏なんですから」 「はいはい。じゃあ、改めて……リオの胸は大きくなるよ。 これでいいか?」 「なんか投げやりな気がします」 「一々クレームつけるなよ」 これ以上お菓子作りの時間を遅らせるわけにもいかないので、リオを下がらせる。その際、彼女は何を思ったのか手をじっと凝視してきた。 「何だ?」 「クリーム、おいしそうだなぁって」 舌をちろっと出して苦笑いするリオ。ヴィレイサーはやれやれと肩を竦めるが、作りかけのものを渡すわけにもいかない。 「後で食べられるんだから、我慢しろ」 その時ちょうど、ヴィヴィオの声が聞こえてきた。リオを呼んでいるので、「呼んでいるぞ」とヴィヴィオがいる方に指を指すと─── 「はむっ!」 ───クリームのついた指が咥えられた。 「えへへ、甘いです♪」 「とっとと行け!」 照れ隠しに蹴りを見舞うが、それを予想していたのかリオは笑顔のまま走り去った。 「ったく、あんなにもませているとは思わなかったなぁ」 付き合いたての頃は、恥ずかしがってばかりだった。緊張をほぐそうと撫でているだけでも、余計に彼女を緊張させる結果になっていたこともある。 (そんな奴が、今じゃああだもんなぁ……なんか、悪い方向に進んでいないか心配だな) ◆◇◆◇◆ 「わざわざ送ってもらってすみません」 「別に。遅くまで付き合わせたこっちも悪いし」 車でリオとコロナ、アインハルトを送迎していく。幸いにして家の方向は同じなので問題はなく、最後にリオを送っていた。 「それにしても……何で着替えずにそのまま帰るんだ?」 「今日はじーちゃんがいますから、家族にも見せてあげようかなぁって」 「なるほど」 リオは犬の被り物と、手足に包帯を巻いた衣装を着ていた。快活な彼女に、お決まりの「トリックオアトリート」と言われた際、菓子を渡さなかったのだが、見事に噛みつかれてしまった。 「あ、じーちゃんにヴィレイサーさんのことを話したら、1度でいいから手合せしたいって言っていました。 強い人が大好きなので、すぐに気に入ってもらえると思いますよ」 「話したって……まさか、俺たちの関係も?」 「流石にそれは話せませんよ〜」 「だよな。良かった」 まだ10歳の少女だ。そんな彼女が自分の倍以上も歳の離れた男性と付き合っているなど、簡単に話せるものではないだろう。しかし安堵するヴィレイサーとは違い、リオの表情は少しばかり暗かった。 「早く、話せればいいんですけど……」 「…だな」 気兼ねなく、そして大っぴらにはし辛いのが2人にとっては残念だった。 「着いたぞ」 「送ってくれてありがとうございました」 「気にするな。少しでもお前と長く居られて良かったよ」 「も、もう、すぐそうやって照れさせるんですから」 「お前にだけは言われたくない」 照れた表情のリオも可愛い。それを言うと照れ隠しに何が飛んでくるか分からないので黙っておくが。 「あ……」 「ん、どうした?」 1度は玄関まで向かったものの、リオは何かを思い出したようですぐに戻ってきた。 「忘れ物しちゃいまして」 「どこにあるんだ?」 助手席にリオの忘れ物がないか探そうとしたが、肩を叩かれたので振り返ると、すぐ傍にリオの笑顔があった。そして彼女はなんの言葉もなく顔を近づけて───。 「んっ……えへへ、おやすみなさい♪」 ◆──────────◆ :あとがき ついにリオにまで手を出してしまいました。 これでチームナカジマの面々は完了ですね。 あ、ヴィヴィオを書いていませんでした(ぉぃ 快活で人懐っこい犬っ子をイメージしましたが、中々に難しいです……。 大人しいアインハルトだと弄られ、淑やかなコロナは大胆に……意外とバラバラですね。 やはり弄りやすいアインハルトが書きやすいです。 チームナカジマの全員を籠絡する話は、カガヤ先生のところの彼に任せます。ヴィレイサーじゃつまらないですし。 [*前へ][次へ#] |