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小説
Episode 14 対立
 橙色の西日が眩しい。窓から入り込み閃光に目を眇めるEの表情は、少しだけ優しげだった。純白の長髪が夕陽に染められながら、貸されている家を歩いていく。

 研究所から逃げ出して、その後は街を徘徊していた。その後、奇跡的に今の料理屋の店主に拾われて、命を取り留めることが出来た。それから今までずっとそこで働かせてもらって、今はこうして自宅を貸し出されるほどに信頼してもらっている。名前は、Eのままだが。


(私、期待しているのかしら)


 10年ぶりに再会した、同類の戦闘機人──Rが連れていた、1人の女性。確かギンガと言う名だったか。彼女に英記号以外の名を貰えることに、少なからず嬉しさがある。


「まぁ、2度と会わないでしょうけど」


 どうせ互いに会う気など起きはしないだろう。R──いや、今はヴィレイサーか──と連絡する方法などない。連絡を取り合えないのなら、もう会うことはない。


「…誰?」


 私室へと繋がる扉を開いた瞬間、Eは室内に問うた。荒らされているわけではないが、戦闘機人たる彼女には僅かな変化もすぐに見抜く。


「あっはは。よく分かったね、E」

「貴女……Aね」


 奥から姿を現したのは、桃色の髪を揺らしたAと、彼女の後ろに控えている少女が1人。空色の髪をした彼女も、自分たちと同じ戦闘機人だ。


「計画のお誘いに来たよ、E」

「A、貴女憶えていないの? 私は、計画に興味などないわ」

「そうは言っても、何れは参加しないとならないんだよ」

「私を屈服させられるかしら?」

「1人だと無理かもしれないね」


 しかし、Aは余裕の笑みを絶やさない。自分の後ろに控えていた、もう1人の戦闘機人の少女の背中を押して、無理やり前に出させる。彼女は、その不安げな表情から察することが出来る通り臆病な性格だ。恐らく、Aの口車に乗せられただけだろう。


「F……貴女、本当に計画に賛成なの?」

「わ、私は……」


 Eに問われた瞬間、ビクッと身体を強張らせたのは、Fと名付けられた少女。背丈はAと同じくらいで、10歳前半に思える。だが、2人は基礎フレームが成長に合わせて変化するものではなく、内蔵している機能の影響で体格に変化が起きないため、未だに背丈が小さい。


「大方、Aに唆されただけでしょ?」


 研究所で一緒だったから、Fのことはよく知っている。いつも誰かの後ろに隠れるようにしていて、それをからかわれていた。10年以上経過した今も、その性格に変化はないようだ。


「いい加減、自分の意志を持ったらどう?」


 厳しく言うEに、Fは何か言おうとして口を開き、しかしすぐに閉ざした。EとFは、よく一緒に行動していたから、姉妹のような間柄だ。だから、多少は強く言い聞かせた方がいいくらいだろう。


「F、いつまでもそれじゃあ、一生を傀儡として過ごすことになるわよ」

「…ごちゃごちゃうるさいなぁ」


 そこで横槍をいれるのは、当然と言えよう。Fを揺さぶられて、戦力を失うのは困るはずだ。Aが口出しして、このまま戦闘に縺れ込めばFを連れて逃げることも可能だ。


(まぁ、それはAの力が私で対処できれば、だけど)


 Eの力は、Rことヴィレイサーと近い。だから、基本的には負けるはずがないのだが、何事にも予想外というものは起こり得るものだ。戦局がどうなるのかは、Aのもつ力がどんなものかによる。それは、Aも同様だ。

 研究所でバラバラに造られたから、名前は知っていても能力を知らないことの方が多い。


(ヴィレイサーから聞いておけばよかったわね)


 後悔先に立たずとはよく言ったものだと思う。だが、Eは助けを求める気などなかった。計画に反対も賛成もしなかったのは、どちらにせよ他者に迷惑をかけるから。それが、Eの根幹をなしている限り、彼女は誰にも助けを求めない。今の料理屋の店主の場合は、お節介が過ぎるから、断れないだけだ。


「ほら、早くやっちゃいなよ、F」

「で、でも……!」

「…早くしないと、あんたを殺しちゃうよ?」

「っ!」


 耳元でぞっとした声が囁かれる。背筋を冷たいものが走り、Fは身体を震わせた。極度の怖がりで、死を何度も目の当たりにしてきたF。彼女は優しすぎるから、死を今も受け入れられずにいた。

 研究所で一緒になった戦闘機人らの全員と仲良くなっても、何れは彼ら彼女らと戦い、どちらかが必ず死ぬ。それ故、誰とも仲良くなれないでいた。いつしかそれが、怖がりで臆病な性格を模ることに。


「…Frigid!」


 両手を前に突き出して、掌底から冷気を噴出する。【寒冷】を意味する【Frigid】の名。その名の通り、多量に噴出された冷気がEの足もとや腕を凍てつかせる。余りにも多くの冷気を放出させるため、内部のフレームに支障をきたす場合も多々あるが、長時間の使用をしなければ敵の動きを封じるだけでなく攻撃武装として冷気を凝固させることも出来る。


「もう終わりだね、E」


 Aの左右に控えていたセイバー。早々に決着がつくことを予期して、彼女は嗤った。


「やっちゃいな、セイバー!」


 機械的な声を上げ、1体のセイバーがEへと迫る。


「…舐めないでくれる?」


 が、件のセイバーは一瞬にして真っ二つに切断された。胴体を薙いだのは、Eの力ではなく彼女の固有武装の大剣。腕を拘束していたはずの氷は、いつの間にかあっさりと打ち砕かれていた。

 戦闘機人の腕力は、普通のそれとは違う。氷など、容易く打ち砕ける。そしてE自身の腕力もまた、本来の戦闘機人がもつ力よりも強かった。


「…やるね」

「そうかしら? Aが弱いだけでしょ」

「…言ってくれるね」

「あ……」


 にらみ合う2人。それから阻害される形となったFは、力を使うのを止めて無意識のうちに後ろに下がる。


「何やってんの?」

「え……」

「さっさとあいつを氷漬けにしちゃってよ!」

「っ…う、うん!」


 Aには逆らえない。Eへの攻撃は、少しぐらい躊躇うことがある。だが、Aの目の前でそんなことをしたら、まだ奥に控えているセイバーに噛み殺されるだろう。そんな怖い思いをするのは絶対に御免だ。


「言ったでしょ、舐めないでって」


 天井まで跳躍して、振りかぶった大剣を2人の間に向かって振り下ろす。大剣が家を傷つけようと構わない。居場所を知られたのなら、どうせここも引き上げた方がいいだろう。そうなると、また別の働き口を探さなくてはならないが。それが、少しだけ心残りと言えよう。


「はぁっ!」

「チッ!」

「きゃっ!?」


 粉々に砕かれた床が、木片と埃を巻き上げて周囲へと欠片を散らす。Aは咄嗟に回避したが、Fは臆病風に吹かれてその場から一歩も動けなかった。どうせそんなことだろうと思っていたので、連れていくにはありがたいことだ。


「さよなら」

「逃げるの?」

「当たり前でしょ」


 Fを小脇に抱えて、Eは走り出そうとする。しかし、急に足が重たくなった。そして、次第に床にくっ付いていく。感じるのは重みだけでなく、冷たさもあった。


「…どういう了見かしら、F」

「だ、だって……わ、私……!」


 Fを床に抛ると、彼女は受け身も取らず身体を縮こまらせてそこを転がった。先程まで力を使っていた掌底から、冷たさを象徴するように白い煙が薄らと立ち上っている。


「私……計画に、参加……する」

「…本気なの?」

「…う、うん」


 か細い声で、しかしFは確かに頷いた。それがAに感化されたからかどうかまでは分からないが、少なからず彼女が自分で決めたようにも見える。Eは大仰に溜め息を零し、剣尖をFに向けた。


「もう1度聞くわ。F……本気なの?」

「…本気、だよ」

「Aの口車に乗ると……そういうことね?」

「違う」


 今度ははっきりと答えた。時折芯の強いところを見せてくれるFだが、それが彼女にとって、そして仲間にとっていい方向に傾くかどうかは、五分五分と言ったところだ。


「私、この世界が憎いから……」

「…そう。なら、ここで貴女を殺すわ」


 Eには、躊躇いなどない。そんなものは自分の命取りにしかならないから、とうの昔に捨てた。喉元に狙いを定めた剣尖。それを振り下ろそうとした矢先、Eは身を屈めた。その頭上を、2体のセイバーが通り過ぎた。


「血も涙もないんだね、E」

「貴女に言われたくないわね、A」


 背後から嫌な声がかかる。振り向きたいところだが、生憎とFが足元を凍らせたのでそれは厳しい。


(地下通路でも通るしかないわね)


 溜め息を零し、Eは足場に大剣を突き立てて床を壊した。そのまま地下へと降り、容易く氷を砕いて走り出す。背後を、セイバーが1体だけ追いかけてきた。


「心許ないんじゃない? それとも、逃げるための時間稼ぎのつもりかしら?」


 どちらにせよ、交戦するには少し狭苦しい場所だ。大剣を振り回すには不利だろう。Eの力は、まだ使うには早い。


「ふふっ。どこに逃げたって無駄だよ」


 一方のAは、セイバーに接続したケーブルからEの位置情報を常に見出していた。残りのセイバーを全てそこに差し向ければ、簡単に仕留められるだろう。


「Analyze」


 追尾させたセイバーから情報を得ようと、力を発現させる。だが、地下通路だけあって視界は真っ暗だ。


「暗視モード、起動」


 これくらいのこと、想定しておかないほうがどうかしている──Aは人を蔑むことが大好きだった。なんでもかんでも、自分の思うとおりにならないと気が済まないたちだ。


「F……逃げたら、殺すからね?」

「に、逃げない……!」

「じゃあ、Eを殺してよ」

「え……!?」

「あんたが死ぬか、それともEを殺すか……どっちかだからね?」

「…わ、分かった」


 従うしかない。Fは静かに頷いて、Aに言われた場所まで歩き出した。


「そこの部屋に隠れているんだね、E」


 やがてセイバーが止まった。眼前には、1つの扉。その位置をケーブルを介して理解すると、残りのセイバーに力を使って伝える。


「袋の鼠だね」


 勝った──そう確信した矢先、背後で床が軋む音がした。


「何? Fってば、戻って……」


 振り返り、音を立てた主を認識した瞬間、Aは言葉を呑み込んだ。


「ただいま、A」

「…E!?」


 そこにいたのは、FではなくEだった。大剣を平然と突きつける彼女が、どうしてここにいるのか。


「セイバー、何してんの! 早く、こいつを……!」


 幾ら命じても、その場から一歩も動こうとしないセイバー。Aが更に慌てる姿は、まさに滑稽だ。


「ど、どうして動かないの!?」

「さぁ、どうしてかしらね?」


 妖艶に笑むEの瞳は、いつの間にか金色に変化していた。力を使っている──それが、セイバーが動かないことの原因にもなっていることは明白だ。


「あんた……セイバーをどうやって!」

「教えるわけがないでしょ。それも、ここで死ぬ奴に対して」


 力が作用しているのはセイバーだけなのか、それとも自分も含まれているのか。恐怖のせいでいつもより頭が回らない。


「さようなら、虎の威を借る狐さん」


 ゆっくりとしたモーションで振り上げられた大剣。が、下ろす時に迷いなどない。一気に、Aの体躯を粉砕するべく振り下ろす。


「…逃した?」


 が、大剣がAの肉を抉るより早く、紫色の光が一瞬だけ走った。Eの予想通り、大剣はAを捉えることなく床をぶち壊しただけに終わる。


「…どこに行ったのやら」


 眼の機能を最大限に活かしても、Aの居場所を見つけ出すのは無理だった。しかも、Fの姿もない。Fのようなとろい少女が、すぐさまこの場から離脱できるとしたら考えられる方法は2つ。1つは転移魔法を使って、この場から離脱した。そしてもう1つは、高速に移動する魔法によって早々にここから離れたかのどちらか。


(何れにせよ、さっきの紫色の光が関係していると考えるべきね)


 既に機能していないセイバーを、憂さ晴らしのために次々と斬っていく。


(機械に頼るから、足元を掬われるのよ)


 Eの力は、ガジェットやセイバーにはかなり有効な力だった。元々、地上本部が開発していると言うアインヘリアルやストレージデバイスの“無力化”を行う力とされており、Eがその後独自に改良する。自分を従わせようとする者を排除するための力だ。


「さて、これからどうしようかしら」


 頼る当てなどない。Eは、半壊した自宅を後にする。夜空に広がる、数多の星を見上げながら。





◆◇◆◇◆





「あ、危なかったぁ……」

「協力は惜しまないと言ったはずですが」


 AとFをそれぞれ脇に抱えたのは、引き締まった体躯の女性。紫色の髪に、金色の瞳。そして、青いボディースーツに身を包んでいる彼女は、Aが協力を申し出た相手、スカリエッティの仲間だった。


「あはは。こんなことで貸しを造るのも考え物だからね」


 笑うAに、女性は溜め息を吐いた。彼女にはついていけないと言った様子だ。


「なんにしてもありがとう、トーレ」

「いえ」


 女性──トーレは、Aの謝辞にたったそれだけ返すだけだった。










◆──────────◆

:あとがき
長らくお待たせしてしまって、申し訳ありませんm(_ _)m
就職活動と卒論の板挟みで精神的にも疲れており、中々執筆できず、遅れてしまった次第です。

今後もしばらくはこのようなことが続くかと思います。悪しからず。


さてさて、久しぶりにAが出てきました。
Fを言葉巧みに仲間へ引き連れましたが、残念ながらEはまったく意に介さず。

ちなみに、EとR、そしてSは能力が似ています。
ただし、3人が及ぼす力の対象はばらばらになっているので、結局のところ誰か1人でも欠けてしまうと大きな欠陥になってしまいます。

詳細に関してはまた何れ。
次話ですが、予定としてはギンガとヴィレイサーをまた接近させようかと思います。

そろそろSも出さないと忘れられてしまうかもしれませんので、余裕があれば彼女も……なんて考えていますのでお楽しみに。

いつ書きあがるのか分からないんですけどね(ぉぃ

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あきゅろす。
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