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暗・シリアス



「イライラする」

たった、二人きりの客間。
時刻は外が闇に染まり、静まり返った夜の正午過ぎ。
灯りは手元にある第五音素が小さく揺らすランプの火だけである。
数か月前にこの屋敷で出会った時も主人は同じ言葉を、同じように零していた。
同じ声のトーンに、同じ表情で。
今はその表情が第五音素により明るく照らされている。
その為か、表情の変化が手にとるように分かる。

「お前もそう思うだろ。ヴァン」

共感を求められる。
そもそも、この質問には主語が無い。
その抜けている部分をどのように捉えればいいのか、という答えは自ら導き出さなくてはいけないことだ…が。

「それは貴公が何に対して、でしょうか」

ああ、すぐに分かる。
これはしてはいけない質問をしたようだ。

「…なに知らぶっくれてるんだ。アイツに決まってるだろ」

その憎しみの想いを馳せている対象について、二人きりの時だけは名を口にしなかった。
この会話を誰かが聞いていたら不味い、などという根本的なことではない。
一応は盗み聞きをされぬよう、常に細心の注意を払っている。
ただ単に、あの子供の名を本人が口に出したくないだけの、くだらない理由だ。

「しかし、日中の貴公はその想いを感じさせぬような世話をしているな」
「当たり前だ。あんなの…演技だ」
「…ほう」

互いに極力、主語が無い会話を続ける。
そして言いたいように言わせておけばいい。

「明日はダアトに戻るのか」
「そのつもりだ。午前に稽古をついてから発とうと思っている」

貴公がイライラしてしょうがないアイツの機嫌をとってからな、と最後に付け加える。
随分、感傷的になったものだ。
家族の仇の子のこととなると、どうやら感情を抑え込められないらしい。
綺麗な顔立ちをしているのに、今の表情は台無しだ。

「…それじゃあ、今夜は俺の機嫌もとっていってくれよ」
「明日に響くだろう」

シングルベッドのサイズの上にぎしり、と二人分の体重が乗る。
身体に触れてきては誘うよう、しなやかに首に腕を絡ませてきた。
胸を張っており、月の光で僅かにしか見えないが、表情は柔らかい。

「今、抱かれたい気分なんだ。お前に」

口先は強請るように舌を出し、そのまま近付いてくる。
直前で止まると双方が暫く見つめ合う。
吐息がかかり、まだか、と言いたくなるほどに待たされるとようやく口唇が重なった。
同時進行に、手慣れた手つきで衣服を脱がせ始められる。

「ここまで貴公に誘われては、断るわけにはいかないだろう…」





数時間後、人気のない朝方頃に不満を零していた主人は身を満足にし、部屋を後にした。
行為自体はそこまで長く行っていない。
事は簡潔に、最後の後始末まではするが互いの身体を気遣いながら、だ。
妙に慎重になりすぎなのかもしれないが、神託の盾騎士団主席総長が屋敷に泊まった次の日には必ずルーク様付きの使用人が役立たず、では周りに何かを勘付かれかねない。
自分の身が居づらくなるようなことは極力避けたかった。

「さて、少々仮眠でもとることにしよう」

行為で多少疲れた身体を癒すために、二度寝をする。
正し、ここのお坊ちゃまは師匠の滞在時だけやる気を起こす、という変わり者だ。
午前の稽古と言っても、今日はやる気が有り余り朝から鍛錬する、と駄々をこねるに違いない。
東の窓を眺め、日の出方からして仮眠はわずかしかとれないことを悟る。

(長く横になっていることは出来ないな…)

色々考えておきたいこともあった。
嫌々ながらも復讐の機会を窺い、敵地であるこの屋敷の使用人になりすまし、演技を続ける主人のことも。
何も、日々を過ごしていくだけでストレスが溜まり続けるこのファブレ邸に無理して居ることはないのではないのか、と。
何度そのことを問い続けたことか。
返ってくる答えはいつも一緒だ。

『…お前は俺に負け犬になれと言うのか。この家族の仇であるファブレ家から尻尾を巻いて逃げ出し、復讐を忘れて!どっか平和な地で悠々と平凡に暮せってか!!』

あれは、正しく復讐にとりつかれてしまっていた目だった。
光を感じさせない、すっかり淀んでしまった瞳。
昔、幼い頃の好奇心に溢れていた眩いキラキラしていたものとは別物になってしまった。
何をここまで、主人を汚してしまったのか。
…考え出したらキリがない。
あれこれ考え、膨らんでしまった想いを心の内の奥においやり、わずかに残った睡眠時間のためゆっくりと瞼を閉じることにした。





ダアトへ帰国後、改めて事の原因を整理することにした。
何かを深く思い悩む時は一人で納得いくまで考え込む。
当然、他のことを兼用していては自己の正確の答えを導き出すことは出来ない。
気を利かせてか、その間は専属の秘書は顔を見せることはなかった。

(こんな関係を続けてどうなる)

小さなため息ばかりが口から零れていく。
こうやって、今と同じようにダアトに帰国してから後悔をしたのは何度目か分からない。
気付いたら、いつも似たような展開だ。

(こんな茶番、一体いつまで…)

皮張りの椅子の背もたれに寄り掛かり、眉間に皺を寄せている間が長く続いた。
つい先日、脳裏に焼き付けた行為中の主人の痴態を想い描きながら時間は刻々と過ぎていった。





「師匠!今回は随分早かったんだな!」

そして数週間後、ファブレ邸に着き、いつもより早い再会にルークは心から喜んでいた。
丸一日、屋敷で軟禁生活を過ごしている分、ルークの知り合いは貴族内で数える程度だ。
むしろ他との交友関係など行わない為、無いに等しい。
しかも当の本人は間違っても自ら人と慣れ親しもうとする性格ではない。
大好きな剣の師匠とあらば、鬱陶しいぐらいに懐いてくれた。
好いた人間にはとことん執着を見せる、そんな人間味のあるところを見せつけられた。

「ルーク。早速だが剣の稽古をしてやろう。部屋から剣を持ってきなさい」
「ほっ、本当ですか!?すぐ持ってきますっ!」

目を眩しいくらい、キラキラさせながら赤毛の少年は自室へ向かって走った。
余程、久し振りの師匠相手の稽古が嬉しくて仕方がないのだろう。
出迎えてきてくれた執事のラムダスが下がると、先ほどまでルークと一緒に行動を共にしていただろう使用人と中庭に向かう。
あそこなら同志である庭師のペールが居る。
そして、ある程度なら彼が周りを見張っていてくれる。
部屋以外で話をするのには丁度良い。





本日は、文句の無い晴天だ。
空に向ける視界には雲以外何も遮るものがない。
どこまでも拡がる青い空に、絵の具のような真っ白くふんわりとした雲。
その青空の下で、誰にも聞き入れられてはいけない会話が始まった。

「それからどうだ。アレの様子は」
「急に性格は変わるもんじゃないだろ。相変わらず、毎日好き放題さ」

部屋に居る時程ではないが、表情が曇っている。
いや、先程本人を目の前にした表情も窺ったが、少し気を許せば全て勘付かれてしまうのではないのかという冷や冷やしたものだ。
幸い、気付かれていないのは仕えている本人が鈍感だからか。
それとも、前回の密会時に零していた“演技”とやらが上手いのか。
…結局、どちらも皮肉なものだ。

「それよりどうした。帰国後早々、剣の稽古だなんて。珍しいじゃないか」
「…いや、最初にアレの機嫌をとっておくのも悪くない…と、思ってな」
「そうかい。神託の盾の騎士様は大変だな」

そうこうしている内にルークの私室のドアが開いた。
話の元である本人が登場し、片手に剣を持ちながらウキウキ気分で鼻歌を交え、中庭の真ん中へとやって来る。

「何してんだ。ガイ」
「ああ、俺も剣の達人ヴァン謡将にご教授願おうかと思ってね」
「だめだぞ!師匠は俺と手合わせするんだからな!」

…少しでも感情を、抑えているのか。
ルークの見えないような位置からでは作った笑顔が強張って見える。
相当の我慢をしているのに違いない。
したくもない相手に苦労と、気遣いと尊敬の意を。

「…では、始めるとしよう。ルーク」
「はいっ、師匠!お願いします!!」





何度密会を繰り返したか分からない。
二人きりの客間。
辺りもすっかり日が落ち、静まり返った夜の正午過ぎ。
灯りは、無い。
いつも手元にあるはずの第五音素のランプの火は消えている。

「お疲れかい?」
「…なに。貴公の昼間の演技に比べたら楽なものだ」

薄暗い部屋の中、衣服を一枚一枚脱ぎながらの会話をする。
今夜は主人の機嫌とりでも無く、誘われた訳でも無い。
誘った、のだ。
その為に今回はバチカルに来たと言っても、過言ではない。

「言うねぇ。ようは慣れだと思わないか?」

上肢の衣服を途中まで脱いだところで主人をベッドに縫い付けた。
脚の間にわざと膝をつき、身体全体を覆うように。
顔を近付けることを一切せずに一定の距離を保つ。

「慣れ…か。では聞こう。昼間、私をアレと迎い入れた時、貴公は何を考えていたのか」
「な、に…」

相手にとって、予想外の質問をしたつもりは無い。
疑問に思ったままを言ったまでである
…なのに、何故、答えが返ってこない。
待てども待てども、あるのは静かな沈黙のみ。
ただ、蒼い瞳は長くこちらを見つめているだけだ。

「お前はその答えを聞いて、どうなるってんだ」
「そこまで深く考えてはいないが…そうだな。あえて言うならば興味本位、か」

スッ…と、太ももに触れる。
それがまるで合図のように、首に腕が絡みつく。
離れていた二人の距離をだんだんと身体が近付き、縮んでいく。

「…馬鹿馬鹿しい。聞く程のことじゃ、ないだろ」

話を簡単に逸らされてしまった。
単に、行為に集中したかっただけなのかもしれない。
今にも確信に触れることなく弄る手には、早く触れてと言わんばかりに腰が揺らめいているのが分かる。
会わない最中には処理をしていないのか。
それとも、精力有り余る年齢だからとでも言うのか。

「分かり切ったことを…聞いてしまったな」





妙に身体が火照っていた。
何度も触れ合い、互いにお互いを知り得た関係だと言うのに鼓動はこんなにも、信じられない速度で早鐘を打っている。
不思議な気分のまま優しく、触れる。

「ヴァ、…ヴァンッ」

上擦った声が、名を呼ぶ。
触れた先は射精をしても勃起を繰り返す性器だ。

「…何か?」
「何か…って、さっきイったばかり…だろ」

その目線の先には証拠である白濁色の液体が点々としていた。
仰向けになっていた腹部、胸部に続き、顔付近に至るものまで伺えられる。
だが、本人の口からの反応と身体の反応は異なっていた。

「確かに。しかし、このように勃起しているということはまだまだ足りないから…という解釈になるのだが」

指で包み込んだ後にやんわりと握り、手淫を始める。
すると、面白いぐらいに先端から透明の先走りが垂れ始めた。
その排出口を親指の腹で押し広げるかのように圧力を加え、愛撫を続ける。

「…ッ、あぁ、」

手のひらに握り締めている性器は硬い。
手淫という性的興奮により、血管が浮き上がり、充血をしている。
下の双球を揉み、硬さを確かめれば限界は近いと察する。

「こんなことでしか、ストレスを発散出来ないとは…お互い、無様なものだ」

ポソリ、と呟く。
聞こえるように喋ったつもりは無い。
そのためか、快感に溺れている最中の相手には届いていなかったようだった。
意識が他のものへと集中している内に、手早く穴へ指を押し付ける。
握り締めている感触からして、早く達してしまいそうならピストン運動を止め、根元を抑えた。

「ひッ、…」

昂った気持ちとは裏腹にゆるゆると抑えられる刺激と、異物が侵入してくる感覚は如何なものか。
決して良いものではないのかもしれないが、この後待ち受けている期待に比べれば容易いことなのかもしれない。
指二本ほどの挿入を繰り返し、十分に解されたことを確認すると期待の元である性器を入口に宛てた。

「もっと、力を…抜くことは出来ないのか」
「ッ、んな、むっ…」

何時にない締め付けにこちらが白旗を上げそうになってしまった。
塞き止めていた根元を離し、再びピストンを開始する。
腰を前へ、前へと動かしつつ無理のない挿入を続けた。
ようやく、ある程度のところまで侵入を果たす。

「先走りが止まらないな…」

にち、と音を立てるのは指を離しても糸を伝う亀頭と隙間のない結合部だ。
まずは小手調べの如く腰を引き、収まりきっていた性器を動かす。
擦られる感覚に何を感じたのか、不甲斐無い喘ぎ声が漏れる。
その声がする度に、ぞくっとしてしまう胸の昂りは何なのか。

緩い律動を繰り返してだんだん慣れてきたところで、いよいよ核心に迫った。
腹部側の壁に、性器を擦りつける。
コリ、とした突起物にあたると一層、身体の変化や声の質が変わる。
突くのではなく、擦りつけるのだ。
もどかしい程の快感を与える。

「だ、だめっ、それ…ヴァ、…あ、ァアッ!」

後半は、縋り泣く聞き心地の良い声を聴きたいが為に行為に励んでいたことしか記憶に無い。
時たま、我を忘れていることがある。
業務に差し支えない程度に抑え、無理をさせたくないとは思っている。
いつの間にか、欲望と言う名の理性が崩れてしまった時は歯止めが利かなくなる。
数日前に想い悩んだ思考なんて、脳の隅の方に追いやられてしまっていた。
本当に、この身体はこんな関係を断ち切りたいと思っているのだろうか。
自分自身に、疑いの怨念しか感じられなかった。





end.
2011/10/02

(あとがき)
後半は強制的に終わらせた感がプンプンしているんですが、このヴァンガイ…1年前に書き上げたものなんですよ…。
今までずーっと、保存してあって、たまーに読み返していたりしていました。
個人的には復讐にとりつかれているガイが大好きなので結構気に入っています。
そしてこのヴァンも大好きで大好きで…ジェイガイでは越えられない壁である幼馴染というポジションは無敵だと思っています。
題名にあまり繁栄されていないような内容に仕上がってしまったけれども、個人的には満足なのでそれで良し^^←



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