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ホド組ほのぼの



奏でる音素は心地良い音色ばかり。
人が操らなければ固有の振動数を放つことが出来ないそれは、手間がかかるだけ相応の恩返しをしてくれる。
自分は触れられるが、意味を成さない。
触れても、弾けることが出来ないからだ。





「なにしてるの、ヴァン」

遊び相手を探すべくお昼寝の時間にも関わらず歩き出したガイは、とある一室で幼馴染を見つけた。
扉の端から少しだけ顔を覗かせ、ヴァンともう一人、部屋に居る男性に視線を送る。
男は「こんにちは。お坊ちゃま」と挨拶をすると部屋の奥に消えていく。
ヴァンは廊下側の扉の隅っこに居るガイに近付き、目線を同じにして問いかけた。

「今は確か、お昼寝の時間ではありませんでしたか」
「いいの。まだ眠くないから」

やれやれ…とヴァンが肩を落としていると少し遠くから綺麗な音色が聴こえてきた。
単調で、それでいて透き通った音楽がどこかからか流れてく。
音のする方向へ顔を向けるとそこにそびえ立つのはガイ自身、あまり見知りのない。

「パイプオルガンと言うのですよ」

目線のままガイはヴァンに抱き抱えられ床からの距離が伸びると同時に遠くまで見渡せられた。
壮大なパイプオルガンは広い部屋の壁側に位置し、存在感を感じさせられる。

「あの人はだれ」
「ああ、今日呼んだ調律師のことですか」
「ちょうりつ、し…」

目を丸くして、けれども興味津々なガイは聞き慣れない単語を繰り返す。
どうにも理解出来ずにう〜、と唸り始めた。

「そうですね…調弦、いやメンテナンスをする人…」
「わかんない」

分かりやすく伝えようとしたヴァンの呟きに、ガイは容赦無く言葉で裁断する。
子供に物を教えることは困難だ。
理解力の少ない子供に何を、どうして物を教えればいいのかヴァンは首を傾げる。

「お医者さん…と言えば、分かりやすいですか」
「お医者さん、…どこか痛いの?」
「いえ、そういう訳ではなく…定期的に調律を行わないと音素がずれてしまうものなので…」

途中まで言いかけたところで、難しい話は止めましょうか、とヴァンはガイに微笑む。
その間にも調律を行う技師は鍵盤から音素を奏でる。
高音から低音へ一定に音素を放出しながら、指は移動を始めては次から次へと鍵盤の上を軽やかに歩いて行く。
その動作に、ガイは見入ってしまっていた。

「すごい…僕もあんな風になりたいなぁ」
「あら、男の子がオルガンを弾くの?」

ガイが音色に浸っていると何時からいたのか、背後からいきなり声がした。
二人が振り返ると声の主は満面の笑みを浮かべ、仁王立ちをしているではないか。
ヴァンには不自然そうで、深い意味を持つ笑みの裏側がはっきりと見えていた。

「マリィベル様…」
「あねうえ!」

そんなマリィに向かって手を伸ばすガイをヴァンは腕から下ろした。
ガイは数歩、歩いてから姉の足に抱きつく。

「あなた、お昼寝はどうしたのかしら」

顔は確かに笑っているのに威圧感のある質問にヴァンは少々身じろぐ。
まだ幼いガイはこの威圧感に気付いてはいないが、無知とは時に恐ろしいものだ。

「だって眠くないんだもん」
「あら。小さい時によく寝ておかないと大人になって、お父様のように大きくなれないわよ」
「え〜〜」

昼寝を促すように誘導するマリィは、ガイに大きく育って欲しいからこその躾。
その厚意を受け止めようとはせずにガイは効果音のつきそうな足取りで、オルガンに向かって走り出す。
見事、妨害をする姉から逃げるように。

「こら、ガイラルディア待ちなさい!」

後から後ろについて来るマリィとヴァンはすぐに追いつく。
年が離れているからこそ二人の方が成長している分、当たり前のことなのだが。
ガイは立ち止ったところをあっさりマリィに捕まえられた。

「もう逃がさないわよっ」
「マリィ様、そんな乱暴にされてはガイラルディア様が…」
「ヴァンは黙ってなさい」
「…御意」

口を挟んだヴァンは理不尽にも叱られた。
じたばたと暴れる子供をマリィは男まさりに扱う。

「何故ちゃんと言うことを聞かないの」
「だってまだここに居たいんだもん!」

腕から離してもらえないことを諦めたのかガイは抵抗を止め、頬を膨らませる。
マリィはガイが訴えていることが何なのか分からず立ち尽くす。
口を閉ざしていたヴァンが「ゴホンッ」と咳払いした後に、助言した。

「マリィ様。ガイラルディア様はこのパイプオルガンに興味があるのかと…」
「…パイプオルガン?」

聞えた単語を復唱すると、ガイとマリィは正にそのオルガンの目の前に立っていた。
ガイが目指していたその先に、未だ作業を続ける調律師の姿が。

「何でいきなりパイプオルガンだなんて…」
「だってあねうえこれ、すごい綺麗な音がするんだよ!」

含ませていた頬をしぼますとガイはいきなり喋り出す。

「すごいの、綺麗で僕、感動しちゃった」

同じ言葉を繰り返し、興奮したように止まらない。
滅多に見せないガイの姿を目の前にして、二人は只事ではないと悟る。
剣の稽古をさせても嫌だ、嫌だと泣き喚いていた数日前の出来事がまるで嘘のようだ。

「すごいのは分かったわ。でもね、ガイラルディア。あなたはガルディオス家の跡取り。楽器より剣術を習わなくてはいけないのよ」

現実が、ガイにのしかかる。
それを聞いていたヴァンは少しの間、顔を背けた。
楽器とは貴族の嗜みであり、決して溺れてはいけないこと。
そして自分がこれから成すべきことを。

「今、やるべきことをやりなさい。それがあなたの宿命なの」
「…わからない、あねうえ…」

冒頭で言った通り子供に物を教えることは難しい。
何故、興味のあることを思いっきりしてはいけないのか。
好きなことを、大人や他人に決めつけられなくてはならないのか。

「わからない、ではなく分かりません…でしょう」

いつからか溢れてきていたガイの涙をマリィは優しく手で拭う。
涙がこぼれてしまわない様に、落ちてしまわないように。

「ガイラルディア様…」
「ひっ、…うぅ〜」

近くに居たヴァンも傍に寄る。
貴族でなくても、家を継ぐ跡取りは代々男と決まっている。
女であるマリィが家紋を継ぐことは出来ない。
やっと産まれてきてくれた男児だからこそ。
その為にもせめて立派な跡取りをと、これは姉の想いであり屋敷の者全員の想いでもある。
その大きな重荷をわずか四歳の男の子に託さなければいけない。

「男の子がいつまでも泣いているものではありません」

心を鬼にし、マリィは強く育って欲しいという一心でガイと向き合う。
肩を何度か揺らし、ガイは止まらない涙を自分で拭う。

「僕っ、…ここにいたい、ここでこの音聞いてたいっ…」

どうか、小さな子供の小さな我儘を受け入れてはくれないだろうか。
顔全体を赤く染め、力いっぱいに衣服を前で掴んでいる手は心細い。
思わずヴァンは手を貸したくなる衝動にかせられた。

「マリィ様」
「ヴァン。私に二度も同じことを言わせないでくれないかしら」
「…っ出すぎた真似を…致しました」

ヴァンのガイへの過保護っぷりに姉は再び冷たくあしらう。
先程のようにヴァンは口を固く閉じ、一歩下がった。

「しょうがないわね…こうしましょう。ガイラルディア、あなたがここを離れたくない理由はよぉーく分かったわ」

小さなガイの同じ目線に立ち、マリィは穏やかな表情で続けた。

「少しだけ、少しだけの間ならここにいることを許しましょう」
「ほ、本当っ本当に?あねうえ!?」

拗ねて口を開いてくれなかったガイは驚きのあまり興奮を隠しきれていない様子。
マリィの発言はヴァンにも予測出来なかった訳で、度肝を抜かれたようだった。

「特別よ。その変わりガイラルディアがまた逃げないように私もここに居ます。用が済んだらお昼寝をすること。いいかしら?」
「ありがとう、あねうえっ!」

本当に理解したのか信じ難いくらいに切り替わりが早く、ガイは姉を即座に通り抜けていった。
パイプオルガンの傍に寄り、空を眺めるように上を見上げる。
その目は眩しいくらい輝いていて、注意しようにも姉の気力を失わせる要素を備えていると言える。
一人、はしゃぐガイを二人は少し遠くから見守った。

「ああいう好奇心旺盛なところは母上に似たのね」
「ユージェニー様に…ですか?宜しいではないですか。何事にも興味を持たれることは良いことですよ」

身を引いていたヴァンはマリィと肩を並べる。
マリィの溜め息を受け止めるようにフォローをするともう一度、同じ口から溜め息が零れた。

「お願いだから習い事にも、その興味を持続して欲しいものだわ…」

腕を組みながら答えるマリィは真剣そのものであり、ヴァンは思わず苦笑する。
――その時、音素を奏でていた空気の流れが途切れた。
余韻寂しく二人はパイプオルガンの方へ目線を向ける。
すると先程まで無邪気に騒いでいた子供はその場に横たわっていた。

「ガイラルディア様っ…」
「待って。ヴァン」

動揺を隠せず駆け寄ろうとしたヴァンとは異なり、マリィは冷静に腕を伸ばして引きとめる。
身を乗り出していたヴァンは不審にマリィを見つめた。

「寝ているだけよ、あの子」

足音を立てない様に近付くと向けた視線のその先には静かに呼吸をし、寝息を立てるガイが居た。
それはそれは安心しきった表情で、午睡の時間にも関わらず起きていた為か疲れが出てしまっていたのだろう。
調律師は作業が終わると使用した道具を片づけていた。

「全く、人騒がせな子ね」

そっと、起こさない様にヴァンがガイを持ち上げる。
微笑ましく二人はガイの寝顔を見つめた。
あまりにも、とても気持ち良さそうな表情をしていたものだから。

最後に調律師に何か適当な曲を弾いてくれ、と頼む。
音素独特の優しい音色を、この子に。
包み込む包容力で起こさないように心地良くさせてあげて。
そして目覚めた時には惜しみなく、気が済むまでこの音を聴かせてあげましょう。





end.
2010/08/19

(あとがき)
私の中のホド組はこんなようです(笑
ガイラルディアに対してヴァンはとことん甘かったり、マリィは強気な女性なので本当に姉上って感じ。
色々捏造しました〜そもそもオールドラントに調律師という職業が存在しているのか、という疑問。
ガルディオス家にパイプオルガンが存在するのか、という疑問。

ガイは変にパイプオルガンにこだわっていましたが、この後キムラスカで音機関好きが発症するんです(笑
マルクトよりもキムラスカの方が譜業に関しては栄えているのでそりゃあもう、どっぷりと。
興味を持っていたけれども好きなようにしたいことを出来なかった幼少期の想いはこんなところで実を結んでいたようです。
けど貴族なら男の子でもピアノぐらいは触れていると思うんだ…貴族事情なんて全く分からないので捏造なのですが。

そして何故楽器をパイプオルガンにしたかと言うと、ヴァンがアブソーブゲートで弾いていたから(単純
ちょっとその話がきっかけでガイラルディア様の為にオルガン習い始めちゃおうかな、とか思うヴァン、良い。
折角弾けるようになってガイにお披露目したら「ヴァンだけずるいー!」ってなって、ガイに泣かられてたらいいよ(笑
で、アブソーブゲートでパイプオルガン弾いてるヴァンを見て、ガイは昔を思い出しちゃう(たいした記憶力
そのあとガイがヴァンの方に着いて、ガイまさかの隠れ六神将ルートへ。←
なーんてことにはなりませんよね、以上村瀬の劣化脳みそで考えたホド組でした。



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