[携帯モード] [URL送信]

シリーズ部屋
童町 けずる君
【2009/07/21 4:24】

都心の夏は暑い。雑居ビルの五階にはクーラーが壊れサウナみたいになってしまった事務所がある。そこは『私立探偵髭田事務所』

今回の依頼は手紙で届いた。郵便物の九割はくだらない物である。危うく一緒に捨ててしまうところだった。

依頼は近畿地方にある『童町』の坂本氏からだ。

『大人になるという事を町民に話して欲しい』


今回は我が愛車のオンボロ軽自動車の整備は完璧だ…いや完璧のはずだった。クーラーが壊れる迄は…お前もか。

童町は湿地帯にあり町全体が一つのドームになっていて、壁には苔がびっしり生えていた。私は童町の唯一の出入口であるゲートのインターフォンを押した。

言われるまま中に入ると検疫室でウィルスや菌を完全に遮断する防護服を着るよう指示された。着用しドアを開け進むと『エアシャワー』やら『消毒液』を散々かけられ漸く町の中に入れた。

私は驚いた。見渡す限りの町民が5〜6歳の容姿だからだ。依頼者の坂本氏(オカッパ頭の女の子)も同じだった。
『髭田さん、すみませんねぇ。ご覧の通り私達の肉体だけは子供なんですよ。だから外部の病気に弱いわけです。それで防護服を着用して貰っている訳です』
と坂本氏は言った。

講演会場に続く長い緑色の廊下で私は町の事を聞いた。詳しい話は聞き出せなかったが坂本氏はこうみえて20歳の女の子だというのだ。私があれこれ考えているうちに会場に着いた。

会場は1500人の子供だけで埋め尽くされていた。それと対峙する黄色の防護スーツ…シュールだ。講演が始まるといろいろ質問された。
『風の味はわかるか?』
『草や木々と話せるか?』
・・淡々と答えると(殆どNOだ)町長らしき人物(リーゼント)が力強く纏めた。

『皆。これでわかっただろう。大人に成るという事がどんなに失うものが多くて悲しい事かを!私達は永遠に生きられる!』

会場から割れんばかり拍手が鳴った。

と…そこで坂本氏の声が場内をつんざいた。

『それでもいい…私は母になりたい!こんなの間違ってるよ!』

会場は失笑した。

結局私は何しにきたか訳が分からなかった。まあ報酬を貰いさえすれば深入りはしない。最後に、『行かないで』と言いながら坂本氏が私の脚にしがみついて泣きじゃくった。私は坂本氏に別れを告げ町をあとにした。


そして数カ月後、事務所に黒髪が美しいワンピースを着た大人の女性が現れた。私に覚えはない。彼女は突然手紙を私に渡すと
『騙してごめんなさい』
一言だけ告げて階段を下りて雑踏の中に消えた…。


手紙の内容はこうだった。
『まだ世界は気付いてないけど子供から大人になるという事は、大人ウィルスに子供が感染するからなの。たいていは身近な大人である両親から。防護服を着せた真意はそういう事なの。でも私は大人に母に成りたかった。それが自然でしょ?計画通りに童町の皆は大人になりました。髭田様騙して利用して本当にすみません。

坂本』


利用?防護服は着ていたが…あっもしかして…あの時に…私の大人ウィルスはばらまかれたのか!…してやられたり。ふむ。果たしてこれで良かったのだろうか?疑問が湧く。頭が沸く。



私は試しに事務所の窓を開け風の味がわかるか、草や木々と話せるか確かめてみた。

『…わかんないな』

でも大人ウィルスに感染してよかった事が一つだけある。子供の頃苦かった麦酒が美味くなった事だ。




[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!