シリーズ部屋
重力町 けずる君
【2009/07/30 16:15改】
クーラーのない此処では扇風機は生命線。そして扇風機は昭和レトロの物に限る。趣があるからだ。もし古めかしい扇風機がある事務所を見かけたら、そこは『私立探偵髭田事務所』
去年の冬の事。甲信越地方に『重力町』という純文学作家、詩人を多く世に送り出している町がある。そこに住む私の遠い親戚という男性の真田氏から一つの鍵を託された。遺書には
『重力町の管理室の鍵を託す。これで重力町を月一でいいから管理してくれ。謝礼として現金を同封する』と書いてあった。
断る理由もない。途中で手紙が破けていたのが気になるが…。早速、重力町にスタッドレスタイヤに交換した軽自動車で向かった。
重力町、そこは深々と雪が降り、陰気臭い雰囲気を持っていた。道行く町民の何やら思い詰めた表情。ホーロー看板は書いてある事がいちいち重い…。流石、自殺者が多発する町である。
町役場の管理室にたどり着くとそこに町長(眼鏡の白髪)と名乗る人物と秘書(出歯の小男)がいた。
『…ほうあなたが次の管理人ですな』
町長から詳しい話を聞いた。管理室の鍵は代々真田家で受け継ぐ習わしがある。今回は相続する者がいなかったため遠い親戚である私に白羽の矢が立った。やる事は一つ、『管理人として管理室の中にある無数の重力ダイヤルを調整する事』
受け継いだ鍵でしか開けられない特殊な扉を開け管理室に入ると壁中に無数のダイヤルがあった。一つ一つにタグがあり、私は試しに『かぶりもの』のダイヤルを『軽い』の方向へ回してみた。
『ちょっと髭田さん!』
秘書は私を睨み付けた。町長の髪がわさわさと波立ち町長の目は血走っていた。まずいと思いダイヤルを戻す。
『まあともかく以後頼みますわ』
と町長に言われ、その日は事務所に戻った。
一週間後、町長に呼び出され一際目立つタグ無しの桃色のダイヤルを『軽い』の方向へ少し回すように指示された。ダイヤルは『重い』に最大限回されていた。私は言われるがまま回した。
また一週間後、同じように呼び出され軽い方向へ少し回した。
また呼ばれ回した。今回は町の変わりように気付いた。町民はスキップするように歩き、談笑し、町は明るくなった。以前、町の本屋は内容の重い純文学だけ売られてたのだが、今はラノベしか…ない。毎日いた自殺者も0になっている…。
そしてまた呼ばれた。が今回は躊躇した。ダイヤルのメモリがレッドゾーンに入ってしまう…。
『髭田さん回してくれんか?私達はもっともっと高みに高みに行きたいのです』
拒否の姿勢を示すと、隙をついた秘書がさっと手を伸ばしマックスまで『軽い』の方向へ回す。カリカリ。
『あっ!』
すると町長と秘書は一瞬恍惚の表情を浮かべた後、みるみるうちに目から力が、顔からは表情が無くなってしまった。
私は急いでダイヤルを元に戻したが一度離れたものは二度と戻らなかった。
町長と秘書は何も言わずふらふらと退室していく。去り際に秘書が破れた紙をポケットから落とした。
『…なお、桃色のダイヤルは一切触らぬ事』
以後、重力町は何も生み出さない『からっぽの町』になってしまった。
雪だけが重みを知る町…
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