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SS系2
猫の花嫁 道化師
(2009/08/15 10:20)

私の名前は叶。骨董屋『魔宝堂』の主人。
魔宝堂には時々人間以外のお客様もいらっしゃいます。幸せになりたいのは人間だけではないですから。

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近くのコンビニで買い物をして帰って来ると店先に白い猫が居た。
猫は鳴き声をあげながら扉をカリカリと掻いていた。

『おや、珍しいお客様ですね』

私は扉を開けて猫を招き入れると奥の部屋へ声を掛けた。

『猫丸さん、通訳して貰えますか』

奥の部屋からでっぷりと太った三毛猫がのそっと現れる。
猫丸さんとは2年前に縁が有り知り合った。
それから魔宝堂に住み着く様になったが本人曰く由緒正しい家柄らしい。だから人の言葉が話せるのは当然だと言ってる。猫丸は姓で名前は教えてくれない。猫にも猫の事情があるみたいです。

『やあ、これは美しいお嬢さんが来られましたね』

猫丸さんは目を輝かせて言った。一目惚れしたかも知れない。猫丸さんは惚れやすく、失恋しては泣いている。
一晩泣いたら忘れてるみたいだけど。

改めて見ると確かに品のある顔立ちをした猫だ。
ここは私も協力しなければと思い、おやつ替わりのカリカリを置いて外へ出た。
猫丸さんも私の仕事は知ってるので任せても大丈夫。後で話を聞けばいい。

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頃合いを見計らって店へ戻り猫丸さんから話を聞く。
白い猫は一歳で名前はミュウと言う。人間で言えば17才位になる。生まれてすぐに捨てられたが拾ってくれた男性が居て、それからはずっと可愛いがって貰っている。もう大人になったので何か恩返しをしたくて魔宝堂を訪ねて来た。男性は一人暮らしなので、人間になって傍でお世話をしたいと言っている。
猫丸さんは話を要約して教えてくれた。それからこのお嬢さんが言った訳では無いが男性を愛しているのだろうと付け加えた。
どうやら猫丸さんはまた失恋したみたいだ。
今夜も泣くだろう。


私は奥の部屋から真っ白いリボンと女性用の服を適当に見繕い持って来た。

『これは花嫁のリボンです』

通訳をする猫丸さんの黒い毛を一本抜いて、白い猫の頭に乗せてから首輪を外しリボンを巻いた。

たちまち白い猫は美しい女性へ変わった。
つやつやの長い黒髪、透き通る様な真っ白な肌、凛とした瞳の奥には穏やかな優しさが満ちていた。
猫丸さんが惚れるのも無理ないなと思った。

「ありがとうございます。このお礼は必ずさせて頂きます」

『お礼はいいですよ。とりあえずこの服を着て下さい』

私は女性用の服を渡した。ミュウは裸でいる事に気づき恥ずかしそうにうつ向いた。

私は後ろを向いてミュウが服を着るのを待った。

「でもこんなに変わったらあの人には分からないでしょうね」

ミュウが服を着ながら聞いてきた。

『大丈夫ですよ。相手の方には一年間共に暮らした記憶は残ってますから。名前は変わってるでしょうけど』

「本当ですか」

嬉しそうに声が高くなる。

『ただ、絶対にリボンは外さないで下さい』


やがてミュウが帰ってから猫丸さんがぽつりと呟いた。

『明日からダイエットするぞ』

はてさて明日とはいつの事やら


―――――――――

それから14年が過ぎた。ミュウは美由と呼ばれ男性と結婚して二人で幸せに暮らしている。時折ハガキをくれる。

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キキキキィー

男女二人を乗せた車が、道路に飛び出した狸を避けて、ガードレールを壊して崖下へ転落した。

ようやく車が止まる。
フロントガラスが滅茶苦茶に割れている。
男は頭に傷を負い血が流れている。女には擦り傷しか無い。男が咄嗟に片手を差し出し庇ったからだ。

「あなた、大丈夫!返事をして」

男は気を失っている。
女はブラウスを破り男の傷を止血する。
しかし血が止まらない。かなり深く切ったようだ。

携帯電話は後ろの座席のポーチの中だ。
身体が挟まっているので自由には動けない。手を伸ばしても届かない。

「誰か!助けて!」

女が叫ぶが、ここは山道。恐らく他の車は走って無いだろう。

その間も血が流れ続けている。
このままでは男の命が危ないかも知れない。

そうだ!もしかしてこれを使えば助かるかも……

―――――――――

私は崖下に車を見つけた。

男が気を失っていた。
頭に傷を負っているが血は止まっていた。

『大丈夫ですか』

私が声を掛けると、男はうっすらと目を開ける。

「美由は…美由は…」

男が助手席に目を向ける。

年老いた白い猫が息絶えていた。

私は背を向け携帯電話を取り出す。

「美由……ミュウ…」

背中越しに泣いているのが分かる。

車から離れて救急車を呼ぶ。


ミュウは幸せそうな顔をしていた。




あきゅろす。
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