寂しい背中10
「ご飯、食べようか」
とりあえず気持ちが落ち着き、それだけを口にした。
言いたいことは沢山ある、でもそれを音に乗せるのは無理だ。
そっと古泉から離れると間近で寂しそうな表情の古泉がいた。
まるで大好きな宝物がどこかにいってしまった時のような、悲しい表情。
「……そう、ですね。朝ご飯は一日のエネルギーを蓄える重要なものですし」
寂しい顔で困ったように笑いながら言う古泉に、何故か…キスしたくなった。
だけど俺と古泉はただの友達で、それ以上でも以下でもない。
だから心の中で思うだけに留まっておいた。
それから急いで簡単な朝ご飯を俺が何故か作り、二人で食べた。
半熟のめだまやきを古泉はとても嬉しそうに食べていて、少し幸せを感じた。
こいつの奥さんになる人が少し、羨ましいと思う。
「でも、あれだけあった台所の山をあの短時間でよく片付けられましたね。いつの間にかあの量になっていて、面倒で放ったらかしにしてたので片付いて助かりました」
どれだけ放置していたのか気にはなったが聞くのが怖いので、聞かなかった。
なんとなく、予想はついているのだが。
後片付けは古泉がしてくれた。
スポンジを嬉しげに眺めながら泡立てる古泉は年齢相応に(寧ろそれより幼く)見え、何だか見ているこっちまで嬉しくなった。
「……あの、ちょっとこちらへ来てくれますか」
「……?なんだよ」
洗いものをしている古泉に来いといわれ、渋々といった感じに近寄った。
一体何のようだろうか。特にこれといって急ぐ用はないはずなんだが。
「ごめんなさい、あの…許されないのは解っていますが……キス、してもいいですか?」
「はっ?」
え、今何て言った?
ワンモアプリーズ。
どうやら耳に米が挟まっていたみたいで聞き間違えたみたいだ。
「米って……。ええと、ですからキスを」
「はぁぁぁ?!!」
何言ってるんだこの人。
もう皆まで聞く必要もない、聞き間違えじゃなくて、そのまんま俺に聞こえていたみたいだ。
未だザーザーと水を流しながら泡まみれのスポンジを持った古泉が真剣な目でこっちを見ていた。
「……そんなの、彼女とすれば良いじゃないか」
「貴方としたいんです」
真剣に言われ、戸惑う。
スポンジを置き、俺と向き合うように向き直した古泉の顔が少しずつアップになってくる。
「貴方が良いんです」
内緒話をするときのように顔を近づけられ囁かれた言葉に、一瞬流されてもいいかも、なんて血迷ったことを思ってしまった。
唇が重なる少し前に我に戻り、下を向いて避けた。
「やっぱ駄目だ。ごめん」
古泉とキスすると多分その先を期待してしまう、彼女の存在を無視して。
それは駄目だ。
今、古泉がどんな表情をしているか解らない。俯いている状態だから伺うことも出来ない。
目の前には古泉の胸があって、思わず俺は抱き着いた。
「ごめん……本当、ごめん」
「謝らないでください」
「だけど、ごめ」
「謝るなと言っているんです。貴方は何も悪くない」
優しく古泉は俺の背中を摩ってくれて、何だかそれに安心して、静かに瞳を閉じた。
「僕と僕、二人で一つなんですよ」
にこりとそう言われ、首を傾げた。
意味が解らない。
どういう意味だ、それは。
二人で一つ?
なんだそれは、あのドラマでユニット組んだ二人組の歌詞かなにかか?
「違いますよ、だから僕には僕がいるんです。二重人格ではないんですが、まあ似たようなものですね」
「意味が解らない」
「直に解りますよ、貴方もね」
さぁ、起きましょうとどこかへ引っ張られていく。
眩しい光に全身を包まれたかと思えば現実へ引き戻された。
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