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寵愛の花束


「それ、そこな」

二年前に約束した通り、彼は僕の家に引っ越した。
家族に色々説明したりと忙しかったので引っ越しはゴールデンウイークの次の週の日曜日。要するに今日だ。
大学は別々になってしまったがいる場所は一緒。それだけで少し嬉しい。

「そこ違うっ、それはあっち」
「は、はい。あちらですね」
「うん、そこ」

荷解きをするのは大変ではあるがどことなく、幸せなのだ。
神は力を失い、卒業と同時に海外へ飛び立った。笑いながら「失恋旅行ついでに謎を見つけてくるわ!」と言っていた。
彼は未だに彼女が誰を好きなのかよく理解できていないらしい。
「あいつ、失恋したのか。つーかフラれたのか」とかぼそりと言っていたのだから。
彼も僕も、愛し合っていたということはこの学校では長門さんにしか話していなかった。
けれどやはり何か気付かれるような空気が流れていたのだろう。時々神が僕を羨ましそうに見ていたから。

「…ずみ、……いずみ、あー、たく。こいずみっ!」
「は、はい!何でしょうか?」

しばし過去を振り返っていたため彼が僕を呼んでいることに気がつかなかった。荷物を置いて彼の方を向くと少し怒った様子でこちらを見ていた。

「なんか今、物凄く馬鹿にされた気がしたんだが気のせいか?」
「えっ……あ、きっと気のせいですよ」

即答していないところで僕が嘘をついたことに気がついたのだろう。ああ、眉間に皺寄せないでくださいよ。

「今日の夜ご飯、お前抜きな」
「ええ?!ちょ、それ無理ですよ!だって貴方、朝もくれなかったじゃないですか」

朝は朝で貰えなかった。荷解きで体力を使うから仕方なかったといえば仕方なかったのだが、夜も抜きとなると少し厳しい。

「そんなの知ったことか、俺はやらんからな」
「はぁ…解りましたよ。彼女に貰った血液錠剤で我慢します」

彼に隠れて何回かは飲んだことがあるが、美味しくもないし温かみもなくてあまり好きではなかったのだがしょうがない。

「……ちょっと待て。お前、彼女いたのか?」
「はい?」

彼が突如思いも寄らない質問をしてきたから素っ頓狂な声をあげてしまった。
見るからに悲しそうな彼に首を傾げる。何がそんなに悲しいのか解らない。

「そっか……いたのか、そうだよなぁお前かっこいいし」
「ちょ、待って!待ってください!!誤解です、彼女というのは御前のことで僕の上司ですよ!」

凄い勘違いをしている彼に必死に説明した。
僕が愛しているのは貴方だけだと言うと、顔を林檎色にした彼からばかじゃないのかと軽く小突かれた。


「あ、少し出掛けても宜しいでしょうか?」

荷解きが一段落した所で尋ねる。そろそろ行かなければ店が閉まってしまうだろう。

「良いけど、どこ行くんだ?」
「ふふ、内緒です」

怪訝そうな顔をしているけれど、渋々頷いた彼の手を握り出来るだけ彼が好きな声で僕には貴方だけですからと言うとまだ少し疑惑的な顔をするものの、安心したことが解る。

「では、行ってきますね」



閉められるドアの隙間から淋しげな彼の顔を見つけ、早く帰らなきゃなと思った。
今日は大事な日だから、彼に喜んでもらわなければ意味がない。
エレベーターを待っているのでさえ落ち着けなくて階段で駆け降りた。……最上階近くなのに何をしているんだろう。と後になって後悔したのだが。


「いらっしゃいませー」
「すみません、予約していた古泉なのですが」

やる気のあるのかないのか解らない店員に向かい、早口にそれだけを言う。
彼のために走ってきた為、汗をうっすらと掻いてしまっている。
同級生が見たらビックリだろうなと自分でも思いながら店員を待つ。

「こちらですねー」
「ああはい、それです」
「ふふ、彼女さんが羨ましいです」

渡されるときに言われた台詞に少し苦笑した。
彼女じゃなくて、男なんですけどね。とは流石に言えなかった。


「ただいま帰りました!」

持ったものを落とさないように慎重に帰った。少々気障ったらしい気もするが彼との大切な日くらいはそれでも良いじゃないのかと思う。

「ああ、早かったな……。?、それ、何だ?」

お出迎えしてくれた彼がそれを目敏く見つけ、その後僕に投げ掛けるように質問した。
貰い物か?と少し眉を寄せながら聞く彼にそっと差し出すと更に意味が解らないといった様子で僕の顔とそれを交互に見ていた。

「今日、貴方と僕が初めて出会ってからちょうど三年目なんですよ。ですから、記念にと思って…買っちゃいました」
「買っちゃった…ってオイ!おま、これ花言葉の意味知ってるのか?」

そう言えば店員さんには誰に花束をあげるとも言わなかったのに、愛する人に渡すとばれていたなぁ。
解らずに首を傾げると、ダメだこりゃとでも言いたげに額に手をあて、溜息をついた彼が

「はぁ……解らないのか。まあ、とりあえずありがとう」

赤く頬を染めた彼が一応の感謝の気持ちを述べ、その後もこれだから性質悪いんだよな、とかどうすんだよこれ、とかぶつくさ言っていたが気にしないことにした。



その三日後、大学の友人からアイリスの花言葉を聞いて恥ずかしくなった僕がいたのはまた別の話。





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あきゅろす。
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